第一話 説明
気付けば身体は柔らかな感触に包まれていた。
真っ暗だが視覚は存在し、五感が戻っていることを感じる。俺は転生したのだろうか。
「広義では転生とも言えるだろうな」
「!」
心臓に悪いので急に話しかけないで欲しい。今の俺には死んでしまう可能性もあるのだ。
「それもそうかもしれない。ただ、このまま朝を迎えて何もわからないというのも大変不親切だろうと思ってね」
全くその通り。説明をしてくれるとは言っていた。
「君の情報は君自身で起きてから少しずつ知っていくと思うが、君はブリヅ帝国の伯爵カーター家の次男で今十歳だ。カーター家の立ち位置としては中の上くらいと思ってもらって結構。この国の貴族は一般的に十歳になると首都にある国立魔法学園への入学を求められる。これは才能ある若者を失わないための政策だな。子供を学校にやれないほど貧乏な貴族はその間国の支援を受けることができる」
いたれりつくせりだ。その様子だと魔法の才能のようなものに血は関係ないのか。才能は血縁と大きく関わっていそうなものだが。
「過去、魔法が発見された時はそう思われていた。庶民で才能を持つ者には教育を施し、貴族になることも多かった。しかし、その後現れるいわゆる魔法の才能を持った者は周期なく、男女、貴族庶民関係なかった。そこで血筋と才能に直接因果関係は無いとされた。だから庶民も学校に行くことは義務付けられているのさ。諸々の問題で貴族の学校とは分けられているけどね」
やけに福祉がしっかりしているな。そんなにこの……何帝国だったか。
「ブリヅ帝国ね。常識だから覚えておいた方がいいよ」
ブリヅ帝国はそんなに豊かな国なのか?
「うーん……正確には近年は戦争があまり起きていなかった、という方が正しいかな。各国がいつ起きるかわからない次なる戦争に向けて準備していて、その中で魔法使いを育てることが最も大きな戦力増強だ」
電気や機械は?
「この世界はね、君の世界にそのまま魔法という不思議な概念を取り込んだ世界だ。つまり、魔法が絡むと運動方程式も熱力学の法則も気体の状態方程式もエネルギー保存則も全て成り立たなくなってしまう。だから魔法を含めて定性的な法則が存在しないから、滞ってしまっている。さらにそんな基礎研究より目先の戦争のために直結する魔法の研究の方が帝国は好ましく思っているということもある」
いつの時代も基礎研究というものは蔑ろにされてしまうものらしい。
「それで、お待ちかねの転生特典だが……」
お?
「今知っておいた方がいいものだけ話そうか。まず一つは言語能力、つまりこの世界の言語を理解することだ。有り体に言ってしまえば、この世界で君は言語について苦労することはない」
それはとても便利だ。生前(?)でも言語━━とは言っても英語くらいだが━━を学ぶことがとても苦手だったので新しく学び直すとなったら気が滅入っていた。
「特に、この能力はこの帝国だけではなく全ての人種、種族においても活用できる。そうしなければ何万年経ってもたどり着けなさそうだ」
その言い方だとこの世界には多くの言語があり、そのそれぞれに『作者』のもとへ辿り着くためのヒントがあるようだ。まるで元の世界と同じように。この世界は元の世界と一体何が異なるのだろう。
「それはネタバレだからね。今ここで言うことはできない」
それもそうだ。受け入れよう。
特典はそれだけか?
「まさか。君の学校での成績が悪くて卒業できないとなってもこっちは退屈なだけだからね。瞬間映像記憶能力をつけておいた。つまり、見たものを忘れない能力さ。感謝してくれてもいいよ?」
それはありがたい。中高時代にあったら生物や社会科のテストがどれほど楽だったことか。
暗記科目が苦手で留年しかけたことは一度や二度ではなく、どれもが苦い思い出である。
「ただ、注意しなければならないことはそれ以外の感覚のみで感じたものは容易に忘れうるということだ。視覚の完全な記憶に頼るとなおさらね」
確かに、さっきもブリヅ帝国という名前は容易に記憶の彼方に飛んでいった。
これは私と『作者』との会話は聴覚のみを用いているからだろう。
「あとはおまけだが、一回だけ私を読んでヒントを得る機会を与えよう。これは増やす方法もあるが、今はまだ明らかにしないでおく」
スキップできない広告を何度も見るというようなものではないな。もちろん冗談だが。
そして、呼ぶ方法は?
「君が真に呼びたい、来てくれ、と思った時に登場するよ。時間は……まぁ、程々に。伝えたいことを伝え終わったら帰るよ。私は便利だけど、気分屋だからね」
気分屋とは一番面倒くさい人種の一つだ。
それでも呼んだ分には仕事をしてくれるようだから、プラスアルファの仕事量に関してどうこう文句を言うことはお門違いだろう。
「さて、そろそろ朝がくる。朝とともに使用人が君を起こしにやってくるだろうが、その会話のほとんどに固有名詞は必要ないだろうさ。その後はすぐに馬車に乗って出発するからこの家に帰ってくることも当分ないだろう」
馬車とは初耳な話だ。一体どこへ連れて行かれるのか。
「私の話を聞いていたか?君は明日から国立魔法学園に入学するのさ。もう十歳だからね」
そんな昔の話は覚えていられないな。メモに起こしてほしいね。
それにしても学校か……楽しみだ。生前も勉強は大して得意ではなかったが友人関係は━━自分で考える分には━━良好で、学校は日々楽しいと感じていた。
「それではまた。次会う日はいつだろうね?」
その声が消えるとともに、カーテンの隙間からは光がこぼれ、その少し後にノックの音が部屋に響いた。