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甘ーいパフェにご用心

作者: ArmoniaProject

 とある夏の土曜日、現在時刻は午後2時36分。

 思い返せば、いつもは私が渋り続けた提案くらい泣く泣く取り下げる菫が、今回はどうしても譲歩の姿勢を見せなかった時点で、何かしら不測の事態が起こるのを予見しておくべきだったのかもしれない。

「さやかが急かさなかったら、こんなことにはならなかったのに」

「……元を辿れば菫のせいでしょう」

 一見して子供と目される年齢くらいは過ぎている私、一ノ瀬紗耶香。私と同学年で、無二の幼馴染でもある宝条菫。休日の昼下がりに2人揃って、文明の利器が高度に発達したこの時代、普段あまり訪れない街の中心でまさか物の見事に迷子になるなんて、その時は全く想像だにしなかった。


 ※※※


 発端はそれより数日前、夕方の帰り道のこと。

「……パフェ? 前に食べたじゃない」

「ううん、それとは違うの! というか、あれからもう2ヶ月くらい経ってるわよ……?」

「……一応確認だけどそれ、どこかしら」

「仙台駅の――」

「……却下ね」

「まだ全部言ってない!」

「……県外の時点でもう、ちょっと」

「いいじゃない、たまのオフなんだし」

 別れ際にそんな会話を切り出され、退け切らずに詳しく聞いてしまったのだから、私もつくづく甘かった。

 仙台。バスで片道およそ1時間半もの場所だ。大してアクティブでもない私にとって、それはなかなか骨の折れる距離だった。

 その仙台駅から歩いて7、8分程の所に、毎週末行列のできる人気洋食店が構えている。菫によれば、何でもそこのメニューに新作のパフェが追加されるらしい。特にデザートのラインナップが加わった時は毎回店の前がいつにも増して長蛇の列になるとの話だ。そういえば、以前から菫もいつか行ってみたいと漏らしていた記憶は、確かにないこともない。

 しかしそれが「行きたい」から「絶対行く」に変わったのは、おそらくその洋食店がオープンから5周年を迎えたのが大きいのだろう。全国区の雑誌や休日お昼のテレビ番組にまで度々太鼓判を押され、名立たる店への仲間入りを果たしたそのお店は、アニバーサリーを好機と捉えて積極的に宣伝を試み、新規の客を狙ってサービスも始めたそうだ。

「でね、これがクーポン! ちょうど良く2枚あるんだから」

 そのうちの1つが、それ。満面の笑みで、財布から雑誌の切れ端を取り出されては、私も情けが生まれるもので……

「……食べてみたくないと言えば嘘だけど、滅多に行かない場所に行くのは嫌」

「滅多に行かないからいいんじゃない。私がちゃんと案内してあげるわ」

「……それは当然でしょ。行くならまずは真っ直ぐそのお店よ」

「もちろん!」

 菫に言い包められ、結局私は仙台まで付き添う羽目になってしまった。きっとこれもまた、私の甘さだと言わざるを得ない。


 そんな私たちを当日待ち受けていたのは、運悪く度重なる不測の事態。

『……菫、菫! 全くいつまで寝てるのよ』

『んん、なあにさやか……朝早くから』

『……早くないわ。さっき過ぎたわよ、約束の時間』

『えっ! もう9時!?』

 今朝に限って、どちらかと言えば朝に弱い私が早く起き、準備も万端だった一方で、肝心の菫がこの有様だ。なるべく早く、と念押しして一度電話を切ると、堪えていた呆れが溜息となって大きく吐き出された。遅れてしまったからと朝食を軽めに済ませ、身支度をして家から出てきたのはそれから50分ほど。次を逃せば昼過ぎまでバスが無くなるからと急ぎ足で停留所へと向かい、何とか間に合ったものの――

「さ、さやか」

「……どうかしたの?」

「携帯、忘れちゃった……」

 バスの座席に着いた菫の呟きに、流石の私も閉口した。


 そんなこんなでいざ仙台に着いてみれば、不測の事態その2。菫は案の定あまり訪れた経験のない街並みに興味津々で、目移りも留まるところを知らなかった。

「見て見て! 山形市でもこんな服見れないわ!!」

「……真っ直ぐパフェって話は? あとナチュラルに地元を墜とさないの」

「そんなことよりさやか、行ってみましょうよ」

 強引に手を引く菫に、みたび私は自分の甘さを痛感した。

「……ちょっと菫、ちゃんと話を聞いてくれないと」


 更に追い討ちとして、不測の事態その3は頼みの綱である私の携帯にまで及ぶ。

 本来の目的から早々に外れ、散々私を連れ回して服に雑貨にとショッピングを楽しむ菫。それを私はもはや止められず、気づけば現在地点が分からなくなっていた。スマートフォンを取り出した開く私は、予想外の事態に愕然とした。

「……で、電源が」

「どうしたのさやか? 充電切れなら、コンビニで充電器買うお金くらい私が――」

「……いいえ、反応しないの……表示すら出なくて」

「――えっ!?」

 事態が悪化の一途を辿っていると、そこに至ってようやく菫も気づいたようで。けれど2人揃って食事を取れておらず空腹だったのもあってか、時既に遅しと私は早とちりしてしまった。

「……こういう時は、一度頭を冷やせる場所まで戻らないと」

「ちょ、ちょっとさやかぁ……??」

 菫の手を無言で引っ張り、バス停のある仙台駅を目指して逆方向に歩き出した。これが不測の事態その4であり、また私の不覚でもあった。


 ※※※


「本当にもう、さやかってこんなに方向音痴だったかしら」

「……それだけは言い返せないのが悔やしい。地図さえあれば迷うまではいかなかったのに、絶対」

「ふふっ、どうだったでしょうね」

「言っておくけれど、迷ってたのは私が菫を引っ張っていくより前からよ」

 身体はともかく心が酷く疲れていく中、やむを得ず菫の方向感覚に任せて歩いていく私は不満を隠せずにいた。

 しばらくして菫が見つけた交番は、仙台駅前から歩いて30分以上も離れたところ。無事に家へと帰れるかどうかの次に心配だった私のスマートフォンは、単なる熱暴走。こんな2つの落ちがついたことをもってしても、この「仙台パフェ事件」は笑って済ませられるようになるまでそれなりの時間を要したのだった。なぜなら一番の目的であり、あの時とぼとぼ足を進める私にとっても一筋の希望となっていた有名店のパフェが、私たちの到着以前に売り切れていたせいで、結局ただの幻と化してしまったのだから。

 美味しい食べ物――それも甘いスイーツに釣られて遠出すると、全く碌なことにならない。況して計画まで甘くなってしまえば、尚更のことだ。

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