決戦
柔らかな風が白旗をなでるその街は、無数の狼煙をあげている。狼煙は連鎖しながら夜の砂漠に街の輪郭を浮かばせる。一際多く狼煙が上がる建物の屋上、そこに、数十人の兵士が、歌声を上げ、酒を飲み交わしている。
兵士には既に酒が回り、仲間の背中でダーツをする者、腕相撲をして賭博する者等、各々が宴を楽しんでいる。
その集団から少し離れた、屋上からやや突き出る体である、バルコニーのその席に、二人の兵士が、酒瓶を片手に小話をしている。
「こんなに晴れやかな夜は従軍の夜以来だ。なにより風が気持ちいい」
「ああ、軍に入ってこっちに飛ばされて以来、ずっと寒くて血生臭い夜しかなかったからな」
「夜になりゃ斬られた仲間が凍死していくし、寒さでおかしくなったヤツが仲間に斬りかかるなんて事もあった」
「だが今は、こうやって酒を飲み交わしてる。そうだろ?」
「ま、贅沢を言えば、狼煙が煙たいがな」
二人は談笑しながら酒を飲みすすめる。しばらくすると、宴が進むその屋上に、一人の将校が上がってきて、宴をしている兵士達が慌てた様子で席を立ち、一斉に敬礼する。バルコニーの二人も同様に敬礼する。
将校は並んだ兵士の中から上裸の者の前に進むと、周囲を見渡しながら
「貴様ら、今日までよく生き残ってくれた。軍を代表して感謝する。」
と一言。続けて、
「さて、いよいよ明日にでも魔王軍と最後の総力戦になる。恐らくは死傷者も過去最大になるだろう。貴様らの大半は死に、残った数少ない者だけが国に帰れる」
将校は上裸の兵士に後ろを向かせ、背中に刺さったダーツを引き抜く。上裸の兵士は苦悶の表情を浮かべ震えるが、敬礼の姿勢を崩さない。
「そこでだ」
将校は屋上入り口の階段に積まれている「王室献上品」と書かれた木箱を床に置き、近くに立て掛けてあった斧を振り下ろし割ると、中から糸を巻き付けた豚の腿の燻製を取り出し、兵士達が先程まで酒を飲み交わしていた机に置く。
「明日は昼過ぎに出発する。今夜はいつまで騒いでいても構わん。それに、どうせ大半は死ぬんだ。私も今の内に好き勝手させて貰う」
そう言うと、将校は上着を脱ぎ、椅子に座る。腰に下げた短剣を抜き、左手で燻製を抑えながら角を削ぎ落とす。削ぎ落とした角を剣先に刺してそのまま口に含み、口の中で燻製から剣先を抜く。抜いた短剣を机の上に置き、数回咀嚼すると、半分ほど飲み込む。次に机に残っていた酒瓶を口に付け、口の中に残った燻製と一緒に流し込む。最後に大きな曖気をして、一拍置くと、短剣を片手にまた燻製を削ぎはじめる。
兵士達が唖然として将校を見ていると、
「何を突っ立ている貴様ら、将校に続かんか」
「イ、イエッサー!」
将校も交じったその宴は先程より賑やかになり、将校と泥酔状態の兵士達とが肩を組んで歌い始める。
バルコニーで敬礼をしていた二人も、その様子を見て階段の木箱を引っ張り出して床に置く。同じように斧で割り、燻製を取り出すと、バルコニーの机に置いて、席に座り直し、また飲み始める。
バルコニーから見る屋上のその様子は、先程より一層賑やかになっていた。各々が酒瓶を片手に歌い合い、燻製を頬張る。バルコニーの兵士はその光景を見ながら酒瓶を片手に呟く。
「いよいよ明日なんだな、この中の大半が死ぬのが。とてもじゃないが、信じられねぇ」
「なんだ心配か?大丈夫だ、お前の葬式ぐらいには出てやる」
「けっ、お前は生き残れるってか?」
「なんだ、ダメか?」
「ダメじゃないが、まあ無理だな。帰る国にオンナがいねぇヤツは戦場じゃあすぐに死んじまう」
「そりゃ偏見だ。誰が死ぬか分からない。だからこその戦場だ。現にお前の班にいた、あの新婚の兄ちゃん、目の前で爆死したんだろ?そういう事だ」
「あんなのは例外も例外だ。のろけ話は達者だが、ありゃまだ顔がガキだ。いざ戦闘が始まったら、いつも真っ先に後方に逃げ回ってばっかだ。あれじゃあ生き残れねぇ、だからアイツは例外だ。それにな、」
「それに、なんだ?」
兵士は下を向き、酒瓶に映った、自分の顔にまだ残る、細い傷を見る。
「それに、俺にはもう二年も会ってない息子がいる。尚の事死ねねえよ」
「、、、そうか」
「ああ、、、」
兵士は口を上向きにし、瓶をほぼ逆さにして残り半分の酒を飲む。そして底に小さな溜まりを残した酒瓶を机に置き、こう返す。
「けっ、まあ、のろけてる分じゃあ、お前も一緒だ」
「かもな」
二人は再度談笑し、また酒を飲みすすめる。だいぶ飲んだのか、片方の兵士が
「ちょっといってくらぁ」
と怪しい呂律で相方の兵士にそう言い、机の下に置いてあった、まだ縁を開けていない酒瓶を取り出す。さらに燻製の切り分けた半分を縄で縛り、二つを片手に担いで席を立って階段を降りていく。
「おいおい、下で酒は飲めねえぞ」
「大丈夫だ、飲むためじゃねえ」
建物の下層には何人かの兵士がおり、屋上の雰囲気とはうってかわって殺伐としている。階段室ごとに槍を構えた衛兵が立っており、その表情は固い。地上まで降りると、金属の枠にはまった木製の、およそ兵士3人分の高さはある門がそびえており、ここにもまた槍を構えた衛兵が門の下に、建物の内側を向いて立っている。兵士は、小さな砂埃を足元に伴い、少し左右に揺れながら、衛兵の前まで歩いていく。
「あの、便所に」
「中の2階だ」
「いえ、そこ以外で」
「2階の便所に何か問題でも?」
「あの、あそこは少し居心地が悪いというかなんというか」
「外に居心地のいい便所を知ってるのか?」
「いや、そうじゃなくてですね、つまり」
「つまりなんだ、野小便をしたいのか」
「ええ、まあ、そういうことです」
衛兵は兵士を横目に、呆れたようにこう返す。
「ダメだ、外にはまだ残党がいる。それに仮にも王国の兵士が異国の、まして敵地のど真ん中で野小便など、、、」
衛兵は少し止まり、兵士を改めて見る。
「、、、それに貴様、酒を飲んでいるな。そんな状態なら尚更だ」
「まあそう固い事を言わず、お礼はしますから、、、」
兵士は懐から酒瓶を少し見せる。が、衛兵にはあまり効かなかったようだ。
「甘いな、衛兵を買収するときは、、、」
兵士はさらに、反対側の懐から縄で縛った燻製の片割れを少し見せる。
「ええ、分かってます」
衛兵は少し驚き、兵士を見る。が、衛兵はその懐から確かに見える燻製を横目に
「、、、10分だ。それ以上は認めない」
兵士が衛兵に酒瓶と燻製を渡すと衛兵が門を叩く。
「解錠!」
衛兵の声と少し遅れて門が開く。門先には未だ燃えている馬車が。兵士は門外の衛兵に睨まれ、少し肩をすくめながら門を抜け、狼煙が上がる建物近くの野原まで歩き始める。鼻歌を歌いながら、かつての建物が立ち並ぶ通りを暫く歩く。壁にひびが入り、ドアや窓枠が蹴破られた家が両脇に立ち並び、いずれの家からも、明かりや湯気は見えない。その代わり、いくつかの窓に、その内側にこびりついた、赤黒い塊がぼやけて見える。そんなような通りに、兵士の鼻歌が乾いて響く。通りを抜け、かつて門であったであろう、木くずの山を越えると、ちょうど野原に出た。辺りを見渡す。少し奥に歩くとよく開けた一か所を見つけたので、そこまで歩き、草むらに向かって用を足す。足し終わり、ふと夜空を見上げる。地上から見える月には少し煙がかかり、全体的に霞んで見える。しかし、煙がかかる月から少し目を横にやると、空には満点の星が。兵士は思わず、目を奪われる。思えば、従軍し、最初に魔王軍と睨み合ったあの夜から、こんなに穏やかな夜空を見た事が無い。いや待て、違う、空を見上げる事がなかったのだ。ここに来るまでに一体どれだけ下を向いてきたのか。穴を掘り、朽ちた仲間を埋める為、下を向いてきたのか。恐らくそれは兵士ですら分からない数だ。なので、身の回りに死しか無かった兵士にとってそれは、その一つ一つの小さな星の明瞭に光る姿は、まるで生命力の象徴であるかのようだ。なので、兵士は暫く時間を忘れてその光景に目を奪われいた。兵士はそれを見るとに野原を抜けようとした時だった。目の前を物凄い勢いで馬車が通り、建物の方向へと向かっていく。馬車には黒い垂れ幕がかかり、中の様子を見る事はできない。
兵士は衛兵との約束の時間に少し遅れて門を叩く。
翌朝早く、バルコニーで酔い潰れていた兵士は、同じく目の前で酔い潰れていた相方の兵士と共に起こされた。目を開けると、将校と衛兵二人、そして錠を掛けられた昨日の老人が立っている。
兵士はまだ朝方だという事に気づき、目を擦りながら
「し、司令殿、正午起床の午後出撃と聞いたのですが、、、」
「事情が変わった。実はな、昨日貴様が引っ張って来たこの老人。先程、とうとう魔王の隠れ家を吐いてな。早馬に調べさせた所、警備もこの時間帯なら薄いという事が分かった」
「そ、それは何たる好機。今すぐにでも全軍を、、、」
「まあ待て。確かに、今すぐに全軍で叩けばこの戦争は終わる。だが、全軍で動けば敵に悟られるのも早い。そうすれば無駄な犠牲も多くなる。ならば、そうなる前に、、、」
「、、、ここにいる五人で叩くと、、、」
兵士は目の前の相方に目を向ける。相方はまだ眠気が抜けないのか、何が何だかという表情だ。だが迷っている暇はない。相方に同じように事情を説明し、戸惑いながらの承諾を受け取る。
「一度この王国に捧げると誓ったこの命、今ここで使わずにどこで使うのか。お供いたします」
兵士と相方は多少震えながら起立し、敬礼する。
「飲み込みが早くて助かる。直ぐに出発だ準備しろ」
「イエッサ」
まだ見えない朝日が空を照らす薄暗い中、残り火が消えかかった馬車の前にそびえる門が静かに、少しずつ開く。門の内側では五人を少数の衛兵と三人の将校が見送りに来ていた。将校は腰に山刀を、衛兵二人は槍を持ち、二人に挟まれるようにして両手に錠を掛けられた老人が。そして兵士とその相方は腰に山刀、右足に短剣を差す。
「では、行って参ります」
将校は見送りに向かって一歩踏み出し敬礼すると、見送りの者も身分を問わず一斉に敬礼を返す。
門から出ていく六人の背中が見えなくなるまで、その敬礼は続いた。
少し朝日が見え始めた頃、一階建ての民家の前に立つ二人の兵士の前に、両手に錠を掛けられた老人が民家正面の角から顔を出す。兵士らは一度構えて老人に矛を向けるが、見覚えのある顔らしく一度警戒を解く。瞬間、両脇の壁から黒い布を被った男二人が兵士二人を押さえつけ、喉元に短剣を差し、左右に引き抜く。兵士二人は声を出す間もなく崩れ落ち、赤い鮮血が民家正面の地面に広がる。黒い布を被った男達は首から流血する兵士の服を漁り、鍵を取り出すと玄関の鍵穴に差し込み鍵を開けた。民家正面に立ちすくむ老人はそれを見て手で合図を送る。すると先程と同様に黒い布を被った男がもう三人、民家正面の角から出てくる。男二人で老人の両腕を組み、残りの男が玄関先の二人の男の前まで来ると、手で合図を送り、民家左右側面に男が一人ずつ回る。玄関正面には男三人と老人が並び、男達は各々武器を握りしめて構える。民家側面を回って来た男二人が正面玄関前に帰ってきて、玄関正面の男に手で民家内の人数とその配置を伝えると中央の男は手を上に掲げ、五本の指を上げ、やがて一本ずつ下げ始める。一本ずつが同じ間隔で下げられていき、最後の一本が下がった時、中央の男がドアノブを捻り、一斉に開ける。まず最初にすぐ傍にいた男二人が槍を持って玄関から上がり込む。鈍い音と共に室内の兵士が倒れ、玄関にいた三人の男もあとに続く。次々と寝起きを襲われ首や腹を刺される兵士。驚いて声を上げようとするものもいたが、声を上げる前に首を刺され絶命していく。玄関前に一人残された老人が唖然としている合間に室内の床は真っ赤に染まった。五人の男は室内を見渡し、兵士が全員死んでいる事を確認すると被っていた黒い布を取り、老人を室内まで誘導する。
五人の男は、それぞれ将校、衛兵二人に兵士二人であった。
室内の隅には床扉があり、扉の取っ手にはダイヤル錠が。
「よし、お前の出番だ。開かなければこの街ごと魔王を焼き殺す事になる」
将校は老人を床扉の前で膝まつかせると、後頭部に山刀を押し付け解錠を促す。老人は震えた手を片方の手で押さえながら、ダイヤルを回す。
一個のダイヤルが合わさるごとに五人の表情がますます固くなっていく。ついに最後のダイヤルが合わさり、錠がはずれる。
「いよいよ、魔王様とご対面だ、、、」
将校のその一言は、震えていたが、しかし確かに好奇心を含んだ言葉であった。残りの四人は再度武器を握りしめ、将校が手を掛ける床扉に向かって構えていた。
床扉が開き、将校、衛兵二人、老人、兵士の順に下に降り立つ。下は螺旋階段へと繋がっており、階段下からはロウソクの火が見える。六人はかかとから足を付けて素早く階段を駆け下り、これ以上下に階段が無いことを確認すると、目の前の扉に左右に分かれて張り付き、呼吸を整える。互いの顔を見ながら、全員の息が合うその時を待った。
扉が蹴破られ、槍や山刀を持った屈強な男五人がなだれ込み、周囲を警戒しながら室内を見渡す。よく見ると部屋の隅の薄暗い中に人影らしきものが見える。じっとして動かず、五人に背を向けたまま座っている。瞬時に両脇に飛び出した兵士二人は短剣をその首元に両方から同時に突き刺した。
短剣は人に刺さったとは思えないような、なんともいえない手応えであった。肉に刺さるというよりかは、骨の間に挟まった刃先が何か一本の繊維を切るという手応えだったのだ。
なんとも言えぬ手応えに兵士二人は戸惑いを隠せないが、次に起こる事は二人を待ってはくれなかった。
二人が短剣を刺した穴の隙間から、光が溢れたのである。その光は鮮明で、強烈。室内にとどまらず、隙間という隙間から、室外に溢れていったのだ。朝方のまだ薄暗い空に民家からの光の柱が何本か連立する。光の柱ははるか上空の雲にまで達した。光は暫くの間、絶え間なく室内を包んだが、やがて弱まり、再びロウソクの火だけが照らす薄暗い部屋に戻った。男五人にとっては一瞬の出来事であったので訳が分からず、刺した兵士二人に関しては、光が途切れた後も暫くは放心状態であった。
一番最初に我に帰ったのは将校であった。放心状態の兵士二人を押し退け、短剣が刺さったままのその人影を自らの足元に引っ張り倒す。
「おい、コイツは魔王なのか、確認をしろ」
将校は何かと落ち着いている老人に向け、人影の人物の身体を見せる。
「あ、あぁ、は、はい」
「本当に、本当にこの死骸が魔王なんだな。間違いないな?」
「はい、、、魔王で間違いありません、、、」
「本当だな!?」
「はい、本当です、、、」
老人は見せられた骸骨を前に、口を開け、一瞬驚いたような表情をしたが、暫くするとその表情のまま涙をこぼし、その場に崩れ落ちて啜り泣く。
その様子を見て、確信したのだろう、将校と少し遅れて我に帰った衛兵も一度安堵の表情を浮かべ、また老人と同じように下を向いて、暫くそのままの状態でいた。
兵士二人が我に返った時、室内には咽び泣く老人の嗄れた声と下にうつ向いた男三人の光景が広がっていた。
「し、司令殿、この人物は、、、」
「ああ、そうだ、そいつが魔王だ」
「あぁ、そうですか、で、では、つまり、」
「ああ、終わりだ。この戦争はたった今終わった。魔王の死という、結末をもってしてな」
「は、は、あ、あ、あぁ、、、」
兵士は安堵した様子で上を向き、手で額を覆うと、暫くは震えながら涙を流した。
「やっと、、、やっと国に帰れる」
「ああ、国に、国に帰ろう」
兵士は二人肩を組み、共に上を見上げて笑みを浮かべる。衛兵や将校もその光景を見て、笑みを浮かべながら涙を流す。
「、、、だ、、、まだだ、まだ終わってない」
老人は涙ぐんだ声で地面に向かいそう言う。五人はそれを聞くと蒼白になり、辺りを警戒しながら見渡す。将校が
「何、今貴様何といった」
「まだだ、、、魔王はまだ全員死んでない、、、」
「全員だと?魔王は複数いるのか?ならば、場所はどこだ」
「、、、そういうことか、、、」
「何がだ、何に納得したんだ!言え!」
「し、司令殿、これを、、、」
衛兵の一人が、先程蹴破った扉の裏を見せる。扉の裏には鏡が敷き詰められていて、丁度五人をすっぽりそのまま映している。
「な、なんだこれは、、、」
「一体何故こんな所に鏡が、、、」
相方の兵士の一人がそう言いかけた時だった。老人は相方の兵士の後頭部めがけて錠を掛けられた両手を一気に振り下ろし、体勢を崩した所を馬乗りになる。そして、その口には死骸に刺さっていた短剣が。気づいた兵士が山刀で老人の首を跳ねるよりも速く、相方の兵士の首に老人の頭部が覆い被さる。直後老人の首に山刀が線を描き、うなじの部分がごっそりなくなる。仕留め損ねた。老人がうなじを押さえながら激しく痙攣し、馬乗りの状態から横に倒れると、相方の兵士の首元には短剣が刺さっているのが見えた。
床に転げ回り、声を出して叫ぶ老人と同じように、首を刺された相方の兵士は声は出せないものの激しく震え、荒ぶる両腕で首を押さえつけている。
兵士はのたうち回る相方の四肢を押さえつけ、片方の手で短剣の刺し口から溢れる血を止める。
「包帯と止血薬、それと衛生兵を!早く!」
将校はそう叫び、衛兵が部屋から走って出ていく。
その様子を見ていたのだろうか、うなじから血を流す老人は、言葉にならない叫び声を上げていたが、やがてはっきりと、野太い声で口を動かす。
「愚かなり人間共よ!貴様らの生きる世に平穏などありはしない。貴様らは生き続ける限り、未だ蔓延る無数の魔王との戦いにその身を犠牲にしていくのだ!フハハハハハハ!」
将校が山刀を逆手に持ち、老人が押さえていた手ごと首を断絶する。笑い声は途端に止み、室内には血飛沫が飛び散り、兵士の顔にかかる。兵士はその事に気づかず、ただひたすらに、血が溢れる同僚の血を横目に、半狂乱で、溢れでる血を止める為、首元を押さえていた。目の前の光景に頭が追い付かず、意識が遠のいていく。何がどうなっているのか、、、首元を押さえた手から力が抜けていく。そして視界がくらみ、そのまま横たわってしまった。
それからどうやって帰ったのか、はっきりと覚えていない。将校と衛兵に引きずられ、燃え上がる民間に向かって必死に相方の名を叫んでいたのが最後の記憶だ。ただ、帰り際、街道の両脇に武装を解除した魔王軍の兵士達の行列が並び、そこを通る馬車から見えた、遠く、離れていくその街が、昨夜より大きく燃え上がっていて、その狼煙が入道雲のように登り、街が見えなくなっても暫く見えていた。そんな夢を、見ていた気がする。確か周りの仲間は歌を歌っていたはずだ。確か、、、
国に帰ると直ぐ、王宮に呼ばれた。将校と衛兵二人、それと相方の息子が軍服を着て、私を待っていた。目の前には王とその関係者が列に並び、その両手には金で装飾された勲章が。兵士はどこか、その、自分が置かれている、その状況を、とても実感味のあるようには思えなかった。どこか霧がかっていて、そうだ、夢を見るときの、あの感覚に似ている。悪い夢を見るときの。
それから、大勢の前で並ばせられ、歓声を浴びせられ、夜になれば王宮の宴で思い出したくもない戦場の話を、金持ちや、商人、国王から何度も聞かれ、その度に返ってくる言葉はいつも同じだ。
「彼の死は無駄ではなかった、君達は、人類を救ったのだ」
それから暫くは国での重要な仕事に付き、戦争犯罪の裁判に証人として、時には判事として呼ばれ、様々な極刑に導いた。もちろん、兵士にとってそれは、悪い夢のようなものであり、霧がかっていて、泣き叫ぶ被告人の表情や、その被告人に石を投げつける群衆さえも、霞んで見えたのだ。夢に、似ていたのだ。そして、魔王軍幹部の家族であった女と五歳の子供に死刑を言い渡したのを最後に、軍を除籍し、地元へ帰った。戦場の記憶を取り去る為、毎日のように酒を飲んでは、その金をついには勲章まで質に入れるようになった。周りの人間は最初こそ何も言わず、労ってくれていたものの、日を重ねる毎に態度は変わっていき、兵士を除け者のように扱うようになった。
そんな日々に嫌気が差し、森で首を括ろうとした所を相方であった兵士の息子に止められ、相方であった兵士の家に引き取られた。そこで初めて彼の妻に会い、啜り泣きながら、夜通し彼との思い出を話した。そして彼のその最期も。
翌日、彼の家を出る時、彼の妻から彼の墓地に寄るよう頼まれ、若干の酒が入った瓶と、暫く分の生活費が入った封筒を渡された。墓地に向かう途中、緊張を和らげる為、貰った酒瓶を開け、そのまま飲み始めた。かなり強い酒であったので、酔っぱらってしまい、吐いては飲み、吐いては飲みを繰り返しながら墓地まで進む。そのため彼の墓の前に膝をついた時にはもう、辺りは真っ暗になっていた。顔が真っ赤に染まった兵士は、暫く戦友の墓の前で吐き続けると、ゆっくりと顔を上げ、墓石に刻まれた彼の名前に残りの酒を掛けると、瓶を放り投げ、墓石に向かって静かに語り始める。
「こうやって、また夜に二人で飲むのは久しぶりだな。そうだ、あの夜以来だったな」
「お前は言ってたな、「帰る国にオンナがいねぇ奴は、戦場じゃあ、直ぐに死んじまう」ってな」
「あの賭け、どうやら俺の勝ちなようだ。お前は生きて国に帰らなくて正解だったよ。いざ帰ってみればこんな国、命を張って守った俺達の事を労いもしねぇで除け者扱いだ。こんな場所で生きていかなきゃならねぇと考えると、先が思いやられる。帰る国にオンナ、いや、本当に待ってくれている人間なんて最初からいなかったのさ」
「おっと、そうだった。お前はこんな事お見通しだったな。そうだそうだ、俺はお前に愚痴を話に来たんじゃなかった」
兵士は腰から短剣を取り出し、眺める。
「実はよ、俺、分かっちまったんだ」
「何故、あそこに鏡があったのか」
「老人は言ってたな、「魔王はまだいる。貴様らが生きる限り魔王は生きる」と」
「俺も最初は戯れ言だと思ってた。だが違った。魔王は俺がよく知っている奴だったんだ」
「なあ俺達は、正義の為に戦った。そうだろ?正義の為に魔王軍と戦い、正義の為に魔王軍を焼き、魔王軍の村を焼いてきた」
「そう全ては、正義の為だったんだ。仲間が毎日死んでいくのも、正義の戦争には不可欠だった。そうだろ?」
「結果、俺達は勝った。あの魔王に勝ったんだ。俺達の正義は間違ってなかったんだ。そうだろ?」
兵士は刃の光沢に映る自分を眺める。
「魔王はな、、、いたんだ」
「あの時、あの場所に」
「そいつは、、、」
「、、、俺達だったんだ、、、魔王は、、、」
兵士はそう言うと、短剣を片手に、墓石の前に泣き崩れる。
刃の光沢に映る魔王の、涙に濡れたその顔を、いつしかの柔らかい、夜の風がなびいていた。
当方、豆腐メンタルの為、評価される際には何卒お手柔らかにお願いします、、、




