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蒼柳聖は心が読める  作者: 金国佐門
第一話
2/5

「蒼柳聖の事件簿(後編)」


「くっそ……いってて……」

「桐谷君。大丈夫かい?」

「まぁ、何とか。頑丈なんで」


 少女が去って言った後、残された桐谷と初老の先輩こと長部(おさべ)は、適当な横長の椅子に座って休んでいた。

 もちろん容疑者は解放された。


「それにしても君ねぇ、いくらなんでもアレはやりすぎだよ」

「長部さん。ああいうガキはね、あれくらい言わないとビビらねぇんですって。最近のガキは中途半端に知恵つけてるから」

「まぁ、そっちもだが……山さんの連れてた助っ人に……アレはまずいよ」

「だって……その、なんていうか……気味が悪くて」

「まぁ、過ぎた話はもういいか」


 長部は煙草を一吸いして――。


「取調べの件に話を戻すがな」

「はい」


――それから桐谷に厳しい顔で告げる。


「あのね、あんな非人道的で強引なやり口。アレはダメだろう。もし今日あったことを、その、なんだ? なんだっけ? インターネットの呟く奴。私はよく知らんからわからんのだが、それとかでこう、拡散されたりしたら、警察の評判が――」

「できやしませんて。今時、ネットで騒がれるのなんざ、よほどセンセーショナルで面白い、ネタになる話題くらいのもんですよ。奴が何を呟いたところで、誰も広めたりなんかしませんて、あんなろくに友達の一人もいなさそうな陰キャ臭い引きこもり野郎の呟くくっだらない内容なんかより、タピオカの話題で盛り上がるのが今のインターネッツってもんですよ」

「そういうもんなのかねぇ」

「それに、あんまり支離滅裂な事を現実であるかのように書くのであれば、それこそ公務執行妨害ですな。証拠付きでまた逮捕してやればいいんですって。余罪追求すればもっと何か出てくるんじゃないですかねぇ。猫殺しとか」

「君ぃ~、そういう偏見はやめたまえよ~」

「がっはっはっはっは」


 二人で笑いあう。

 いつもの、よくある署の光景であった。




 一方、その頃。


 この町、陽条(ようじょう)町がよく見渡せる黄星(おうせい)署の最上階の一室で、少女こと蒼柳聖は豪華なふかふかの椅子に座りながら優雅な時を過ごしていた。


「いやぁ、今日はありがとうな。聖ちゃん」

「どういたしまして」


 山寺は、二つの事件をある意味で進展させた聖に対し、盛大な礼を持って返していた。


 お礼代わりに出されたのは、行列の出来るスイーツ店のネット画像映えするマカロン達と、またもや並ばないと買えない有名店のネット画像映えするタピオカドリンク。


「……美味しい」


 普段は無表情で不気味な印象さえ感じさせる少女だが、こういった瞬間は可愛いものだった。


 本当は、彼女の所属する団体にしっかりと寄付金という名目の謝礼金が出されるのだが、これは別報酬。

 ようは気持ち、という名目の追加接待費という奴だ。


「しかし――」


 山寺が本来解決して欲しかった事件については、アリバイの崩し方から事件の詳細、その他様々な証拠をつかめるだけの情報を手にする事ができた。


 それでも、だ。


「――あっちの事件の方はなぁ……どうすりゃいいんだ?」


 容疑者を改めて探し出さなければならない。

 新たな証拠も一切出てこない。

 迷宮入りは確定だった。


 だが、その時。


 タピオカドリンクを飲み干した聖が口を開く。


「簡単な話。証拠が出ないようにされている」

「ん? それはいったい?」

「犯人がこちら側の動きを知っている」

「……そいつはどういう――」


 戸惑う山寺に、聖は真実を淡々と語るのだった。


「あの桐谷って刑事だから。犯人は」





 数週間後。


 星海(ほしみ)市。黄星(おうせい)区。陽条町。


 タワーホール星海(ユニヴァース)


 駅前にそびえたつこの街の名物。


 少女は自戒の念を心に抱きながら、高いビルの上、展望タワーから街を見下ろしていた。




 容疑者、金村蒼樹は無事釈放された。


 だが、彼はこの件で警察に強い不信感を抱いたようだ。


 彼は今回その身に受けた理不尽をあらゆる所にぶちまけた。


 インターネットで呟き、匿名掲示板サイトで何度もスレッドを立ち上げ、小説サイトで物語にして伝えようとした。


 自分の経験談を基にしたフィクションとしての物語だったり、そのまんま自身の体験談だったり。


 だが、その主張は誰の眼にも触れる事無く、触れたとしても一笑に付されるだけで、誰の心にも届くことは無く。

 やがて、謎の勢力により一斉に削除されるのだった。



 その後、彼の行方を知る者はいない。


 彼は姿を消すこととなる。


 もう、知る方法が無い。


 それだけが、彼女の心残りとなった。



「心の声さえ聞けたなら、真実を知る事ができたのに」



 それができなかった事が悔しくてたまらなかった。


 彼のような人間を理不尽から救うことができなかったことが、悔しくてたまらなかった。


 例え心を覗く超能力があろうと、無力である事が悔しかった。




 あの後、事件はなんなく解決を迎えた


 聖のヒントから情報は雪崩のように現れだした。

 そもそも、件の容疑者目撃情報こそがでっちあげだったのだ。


 人間は、自分の記憶を改ざんする事がある。


 曖昧な記憶に対し、こうではありませんでしたか? と聞くことで、偽りの記憶生成を誘導できるのだ。

 その結果、偽りの記憶を作り出した人間は、その記憶こそが真実だと思い込む。


 それを巧妙に使い、いかにも怪しい人物を容疑者に仕立て上げたのだ。



 だが、警察官が犯人であるなんて不祥事を告白するなどできるはずもなく、この事件は緩やかに世間から忘れられていく。

 わかりやすい、よりショッキングな事件報道に塗り替えられて。


 もはや新聞にこの事件が載ることは無い。


 代わりに、どこそこで小学校の生徒の列に車が突っ込んだ事件だの、老人がブレーキとアクセルを踏み間違えた事件だの、そういった、感情的な人間の心を引き付ける事件ばかりが報道される。


 そう、すべてはカバーストーリーで抹消されたのだ。


 表向きには犯人が捕まり、刑を受けたということにはなっているが――。


――それを証明できる者が果たしてどこにいるのだろうか。


 いもしない人間を作り出す事も。

 存在した人間の戸籍で違和感無く誰かを作り出す事も。

 代理の犯人を仕立て上げる事も。

 ありもしない事件で騒がせる事も。

 今ある事件で騒がせて注目をそらす事も。


――いくらでも、様々な方法があるのだろう。


 だが、凡人がいともたやすく想像できるようなやり口で、ましてや証拠が残るようなわかりやすいやり方で、プロが失態をみせるなんて事はあるはずもなく、証拠も無く、それを追う者がいても違和感さえ感じられないほどに繊細に事を進め、万が一にでも探るような輩がいた場合は……。


 また新たなカバーストーリーが使われるのだろう。




 日ノ本の国の一部たる。静かな静かな地方都市。


 星海市(ここ)はいつでも平穏で、今日も平和な惰眠を貪る。



 影で、いかなる悪党が、いかなる形で罪から逃れていようとも。


 無力なる人の身なれば、何も抗う術などあるはずなく。何もできようはずもなく。


 ただただ、日々の生活を過ごすのみで手一杯。



 ゆえに、もしそのような事件を解決できるとしたら――。



 きっと、人ならざる存在でしか、ありえないのだろう。



――もしくは、人ならざる異能を持つ者にしか。




 口惜しげな表情で少女は展望タワーを後にする。

 次の事件こそは、ハッピーエンドを求めて。






 この物語はフィクションです。

 実在する団体、組織、人物、あらゆる全てと一切関係がありません。

 このような事実は一切存在するはずもなく、事実のように書かれていようと、全ては筆者の妄想の産物に過ぎません。


 架空の地方都市を舞台とした、架空の物語以外の何物でもございませんとも。




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