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蒼柳聖は心が読める  作者: 金国佐門
第一話
1/5

「蒼柳聖の事件簿(前編)」


 この物語はフィクションです。

 実在する団体、組織、人物、あらゆる全てと一切関係がありません。

 このような事実は一切存在するはずもなく、事実のように書かれていようと、全ては筆者の妄想の産物に過ぎません。




「むしゃくしゃしてやったんだろ? そう言っちまえよ、なぁ?」


 警察署内の取調室で屈強な体格の強面の大男が囁きかける。


「そうすりゃ新聞も書きやすいしニュースでも読みやすいし、俺は家に帰れるし、お前も家に帰れる。その後豚箱に入れられるだろうけど、ずっとここで何日も閉じ込められるよかマシだろぉ?」


 彼の目の前には容疑者らしき男。テーブルの上にはカツ丼など無い。


「お前さぁ、自分が特別な人間か何かだとでも思ってんの?」


 男が拳をテーブルに叩きつけ、容疑者に顔を近づけて威圧する。


「お前みたいな埋もれたボンクラ一般人がさぁ、どんな理由で何人殺したって誰も気にも止めねぇよ!!」


 力強くテーブルを叩き、容疑者の精神を圧迫する。


「お前がどんな理由で殺したかなんて関係ないんだよ。どんな言い訳したってお前に同情する奴なんざいねぇよ! そもそもどんな理由を吐いたところで『むしゃくしゃしてやりました~』としかこっちは調書に書かねぇからな!! お前の理由なんざ外には出ねぇよ!! お前に求められている事は、俺がこれから言う言葉をお前が復唱すること、それだけだ、いいな?」


 早口でまくしたてるように怒鳴りつけ、耳を容疑者に近づけて男がそれを口にする。


「はい、私がやりました。むしゃくしゃしてやりました。はい復唱」


 実に冒涜的な所業である。

 これが本当に犯人相手ならば良い。だが、男はまだ疑わしき段階で容疑者にこのような強引な取調を行っていた。


 理由は単純明快。


 ……捜査が迷宮入りしかけていたからだ。


 他に一切の証拠が無い。被害者を殺しうる根拠があり、尚且つ目撃の証言がある。もっとも、その証言だけでは、犯人であると断言できる程の証拠でも無かった訳だが。


 ただ、怪しい目撃証言と一致するのが容疑者だけだった。


 さて、この事件で警察はどう動くだろうか。


 答えがこれだ。


「……違います。僕はやってません。人違いです」


 当然、容疑者は否定する。



 ここで、三人称小説という神の視点であるがゆえの絶対的根拠で明言しよう。


 彼は犯人ではない。


 誓って犯人ではないのだ。



 だが、それを証明できる物はどこにもなく、証明できる者もどこにもいない。


 なぜなら、彼は事件当時、部屋の中で寝ており、家には彼以外おらず、アリバイが無いのだから。


「お前なぁ。人が下手に出てればいい加減にしろよ?」


 となると当然、警察は間違っていても、怪しい人物を追い掛け回すしかない。


 このような形で、どれだけの冤罪が生み出されたか、知らないわけでもないだろうに。


「お前みたいな奴はな。適当に憎まれるための都合の良い理由とわけのわからない解答と共に私がやりました~っていう自供するだけで十分なんだよ!!」


 拳を荒々しくテーブルに叩きつける。


「いいか、金輪際、勝手なことを喋るんじゃねぇ!!」


 さらに荒々しく拳を叩きつける。

 いくらそのための音のなりやすいテーブルとはいえ、あまり乱暴にすればすぐに壊れてしまう。

 備品を粗末に扱わないで欲しい、と彼の相棒でもある初老の刑事は思うのだった。


「まぁまぁ桐谷(きりや)君」


 そんな初老の男がお茶をすすりながら場を納める。


「いいかい? 金村(かなむら)さん。君がいくら否定しようとね、状況が君を犯人だと断定しているんだ」


 怒鳴り散らす警官と、話のわかる警官のコンビ。

 典型的なグッドコップ&バッドコップ。


「これ以上どれだけ嘘を上塗りしても無駄だとは思わないかい?」


 つまりは茶番だ。


「もう家に帰りたいだろう? どうだい。一つ本当の事を話してみては」


 優しく語りかける刑事にも当然、容疑者は首を縦には振らない。

 振れるはずが無い。だって、彼は本当に犯人では無いのだから。


「お願いします。信じてください。本当に僕は何も知らないんです」

「ふざけんなてめぇ!!」


 容疑者の胸倉を掴む桐谷刑事。いくら演技にしてもやりすぎなくらいに力が込められる。

 正直、演技ではなかった。本気でさっさと終わらせたかったし面倒だとも思っていた。だから、彼を犯人ということにしてさっさと終わらせたかったのだ。

 なぜなら“彼が犯人でないと面倒”だし、そうに違いないと、署員全体がすでに決め付けていたからだ、


「いつまでもしらばっくれてりゃ帰してもらえると思ってんじゃねぇぞ!! どこの弁護士様に聞いたのかネットで知ったのかは知らねぇがな! ずっと黙ってれば済むと思ったら大間違いだ!!」


 容疑者を揺さぶり、唾を吐きかけ、怒鳴りつける。


「言うまで絶対に帰さねぇからな!! お前なんだろ!! 吐け!!」


 真正面から容疑者を見つめ、嘘はつけないと印象付ける。


「お前以外いないんだよ!! 吐け!! 俺はさっさと帰りてぇんだよ!!」


 投げ捨てるように乱暴に胸倉を放すと、立ち上がり煙草を吸い始めた。


「……お前舐めてんだろ」


 刑事が言葉と共に煙を吐きかけると、容疑者は薄く笑った。


「何笑ってんだよ!! なんならここで殺してやろうか!?」


 容疑者が笑うのも無理は無い。

 何を言っても無駄なのだから。

 相手は聞く耳を持ってない。

 勝手に無関係の自分を犯人だと決め付けている。

 これを、どうして嗤わずにいられると言うのだろうか。

 国家を守るはずの者が、国民を守るはずの警察が、誰一人守れずに、無関係の人間を生贄に、手柄とったりと愉悦に浸ろうと言うのだ。

 これをどうして、哂わずにいられると言うのだろうか。


 だがもちろん、それは悪手以外に他ならない。

 激情した刑事はそらみたことかと、馬脚を現したといきり立つ。


「……犯人自供の末に自殺、暴れたため取り押さえたら心臓発作で死んでいた、訳のわからないことを突然ほざきだして病死、最後のは被害者の呪いみたいで面白そうだなぁ。カバーストーリーなんざいくらでも作れんだぞ!! おらさっさと吐け!!」


 あまりに馬鹿げた事なので、容疑者は冷静にそれを口にした。


「だから、何度も言ってるじゃないですか」


 何度でも、それを繰り返すほかに出来ることなどない。


「僕はやってない。無関係だ。その日はずっと部屋で寝ていた。人違いだ」


 だって、彼は本当にやってないのだから。


「うるせぇ!!」


 我慢の限界に来た桐谷は、容疑者の後方へと周り、腕を取るとその間接を乱暴に極めた。


「まずは指だ。一本づつへし折る。次は腕。もちろん両方だ。それでも吐かないなら脚だ。……お前、脚関節なんて喰らった事ねぇだろ。プロレスみたいな魅せ技じゃねぇぞ。俺のは間接も靭帯も一瞬で無茶苦茶だ。二度と普通に立てなくなるぞ。それでもいいのか?」


 刑事は脅すことしか出来ない。

 証拠は不十分、展開は無し。彼以外に犯人はありえず、それを立証させる他ないのだから。


「最後はわかるな? ラストは首だ。お前はカバーストーリーのどれかが起きた事になり、冷たいベッド経由で墓の下へと永久就職だ」


 腕に力を込め、へし折れるギリギリまで間接を稼動させる。


「うん十年程度だ、ちょっと塀の中で楽しくお仕事して出てくるのと、今死ぬの。どっちがいい」


 残忍に笑った。もはやどっちが正義かわかったものじゃない。


「……だから!! 何度も言ってるじゃないですか!! 脅されようと殺されようと真実は変わりません!! 貴方警察でしょう? 見当違いの人間を犯人に仕立て上げて何が楽しいんですか! 手柄ですか!? 何のために刑事やってんだよ!! 刑事なら間違いを認めて、本当の犯人見つけて、事件を解決するように努めるべきだろう!! 違うか!!」


 刑事は思った。くだらない正論吐いて正義気取りやがって。白々しい。

 だが、容疑者はただ、心から思ったことを口にしただけだった。説得のつもりだった。


――そして、それは全て無意味だった。


「……言いやがったなてめぇ」


 極めていた間接をゆるめ、最後通告を行う。


「じゃあ死ねよ」


 強引に力づくで容疑者の腕をテーブルに乗せる。


「最後だ。お前なんだろ? 吐け」


 その右手の指を一本掴み、逆方向へと捻じ曲げていく。


「本当に何も知らないんです! 信じてください!!」


 やがて、限界ギリギリまで折り曲げられ――。



「やめてください!!」



 取調室の扉が開かれると、そこには少女が立っていた。


「その人は無実です」


 それは、警察署という場には不釣合いな、いろんな意味で相応しくない存在だった。


 少女はまるで日本人形のように長い黒髪を足首ほどまで伸ばした、小学生にも見間違えそうなほどの幼い顔立ちと体躯をしていた。

 背は140に届くか届かないか。女というにはまだ早い、二次成長も迎えているかはなはだ疑問な……いや、さすがにそれはないか、と刑事も悩む程の――。

 胸元は平坦で子供じみた体型ではあったが、体のバランス的には中学生以上、下手すれば背の低いだけの高校生であるかもしれないような、そんな見た目の少女であった。


 だが、その少女の更なる異様。


 それは衣服。


 至る所に魔術的な紋様や文字で装飾された、よくわからない不気味なセンスの服だった。

 まるで東洋の振袖と、西洋のゴスロリ服を足して二で割ったような、恐ろしく珍妙なドレス。


 右手には様々な色の宝石らしい指輪、左手にはアーマーリング、首には六防星のペンダント、耳には星と月の左右異なるイヤリング。などなど、無数の呪術めいたアクセサリーを付け、奇妙なほどにオカルティックな……少々悪い言い方をすれば、よほどセンスが無いかどこか心の病んでいるようないでたち。


 そんな姿であるがゆえ、何かやらかして補導された子供が勝手に取調室に入り込み捜査の邪魔をした。そう考えるのも無理からぬ話だった。


「なんだァ? てめェ」


 桐谷はこの珍妙な乱入者に困惑しつつも、怒りをぶつけざるを得なかった。


「いきなり入って来て……なんでそんな事がわかるってんだよ」


 桐谷は、少女の隣に立つ信頼できる上司にその訳を尋ねる。


「山さん、何か新しい情報でも出たんですか?」

「いや、そうではないんだが……」

「だったら、そいつは何なんです!!」


 なんと説明したものか、と苦笑いを浮かべつつ、山さんこと山寺は、こう答えるのだった。


「特別なんだよ。その子は。それ以上は言えない」


 いきなり邪魔をされ、それで納得できるはずもなく。


「くそ! 後ちょっとだったのに! いいとこだったんですよ! あとちょっとで吐かせる事ができたってのに!!」


 桐谷が激情を吐き捨てたその時だった。


「吐きませんよ。その人の指を何本へし折ろうと」

「はぁ?」


 少女が桐谷の目の前に立ち、その顔をまっすぐに見つめながら小さな声で吐き捨てた。

 真っ黒な、どこまでも沈み込むような闇のような瞳。

 少女の付けているカラーコンタクトの赤さえも飲み込むような、光の無い不気味な瞳だった。


「なんでそんな事がわかるんだよ」

「――そんな事がわかるんだよ」


 少女の言葉は、桐谷の言葉とほぼ同時に紡がれていた。


「は? お前、何……」

「は? お前、何……」


 次は完全に同時。


「俺の言いたい事を……同時に?」

「俺の言いたい事を……同時に?」


――同時。


「こ――」

「これはどういう」


 最後は、同時ではなく、言う前に。

 少女は、桐谷の言う言葉を先んじて口にする。


「……こいつ、嘘だろ……まさか、人の心が読めるのか?」


 ここに至り、やっと桐谷も理解し始める。


「わかっただろう? 一言一句違わなかったはずだ」


 山寺はやれやれ、といった風に席に着いて煙草を吸い始めた。


「私も最初にやられた時は腰を抜かしたよ。この事は内密に頼むよ」


 桐谷を含め、この場の全員の目を鋭く睨み。


「国家機密なんでね」


 力強く忠告した。


「迂闊に漏らすと狂人扱いで一生病院行きか……最悪は殉職だ。わかるな?」


 その言葉に、少女が続ける。


「いくらでもカバーストーリーはあるって事」


 嫌味以外の何も出もなかった。


「まぁまぁ、コイツも熱心なだけなんだ。いじめないでやってくれ」


 だが、こんな小さな子供にしてやられて、納得などできるはずも無く、行き場の無い怒りを持て余した桐谷は――。


「なんで……こんなチビに……ちくしょう!!」

「さっきも言った通り、この子は特別なんだ。そいつを放してやれ。そして、そっちの捜査はふりだしだ。別の容疑者を探れ」


――大人気なく騒ぎ立てる。


「くそ!! ……そもそも、だったらなんでさっきこいつは――」

「彼が笑ったのは、貴方のやり方が酷すぎて、警察なんてこんなものか、と失望したから」


 心が読めるがゆえに理解できたことを、少女は説明する。

 少女は隣にある別室で異なる難事件の取調べを手伝っていた。

 相手の心を読んで、何を隠しているのか、本当に犯人であるか否かを探り出す。

 だが、隣から聞こえてくる容疑者の心の声と、その周りで喚き散らす男の“あまりにも醜い本性”を聞き、慌てて止めに入ったのだった。

 なぜなら、桐谷は本当に彼の指をへし折るつもりだったから、

 なぜなら、桐谷は本当に最後は彼の首をへし折り、犯人に仕立て上げようとしていたから。


 そして――。


「そりゃあ嫌気もさすに決まってる。彼本人は事件解決のために力を貸したいと思っていたのに、いきなり無実の犯人に仕立て上げられて……何もしていない事件の犯行の供述を強要されたのだから」


 少女は桐谷の前に立ちはだかり、その顔を覗き込む。


「“あなたの罪”がいかほどか、わかりませんか?」


――その、無限に吸い込まれそうなほどに美しくも不気味な、闇のような瞳で。


「まぁまぁ(ひじり)君」


 山寺が止めようとするが――。


「て……めぇ……」


 桐谷は止まれなかった。


「警察舐めんじゃねぇぞ!!」

「やめたまえ! 桐谷く――」


 静止もむなしく、その豪腕を振り上げ襲い掛かる。


 だが少女はその拳を軽く横へと押すように反らして避けつつ手をそえると、まるでボール遊びでもするかのようにたやすく――。



 ポーンと、大男が宙を舞っていた。



「……だから、お前じゃ勝てねぇよ。俺でも無理なんだから」


――投げ飛ばされたと気付いたときには、桐谷の背中は硬い床へと叩きつけられていた。


「言っただろうが。特別だって……」


 痛みに体を悶えさせる桐谷を見下ろしながら――。


「人様の心が読み取れる“さとりの化け物”なんかに、人間風情が勝てる訳ねぇだろうが……」


――山寺は忌々しげに呟いた。




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