第98話 新たな切り札(?)と宿題の行方
「ありがとねえ、これであたしもジョゼフィーネちゃんみたいにピチピチになれるよ!」
「あんたの場合同じピチピチでも、樹液の舐めすぎで服がピチピチになるんじゃないかい?」
「ありゃま、これは一本取られたね!」
「「あはははは!」」
「あ、あはは……」
《聖なる樹液》の納品クエストを終わらせると、おばさん達のそんなしょうもないダジャレが飛び交い、そのまま井戸端会議に突入する。
一応話を聞いてみると、やれ何それが値上げしただの、やれ誰それが最近調子が悪いみたいだの、やれ街道に変なモンスターがいるらしいだのと、案外次のクエストに繋がりそうな話が聞けて、意外と村のおばちゃん達の情報ネットワークも捨てたもんじゃないなぁ、なんて感想を抱いた。
まあ、大半がどうでもいいバカ話だったのは確かだけど。
「えっと、私そろそろ畑のお世話があるので、また今度……」
「あらあら、ミオちゃんは偉いわねえ、うちの子なんて本当いつも遊んでばっかりで……」
「そ、それじゃー!」
このままいくと、本当にいつまで経っても抜けられない危機感を覚えた私は、大急ぎでその場を脱出した。
一応、ちらりと振り返ってみれば特に気分を悪くした様子もなく、おばちゃん達は朗らかに手を振るとすぐに元の井戸端会議に戻って行った。
本当、あの途切れることのない話題提供はどこから湧いて来るんだろう……おばちゃんってある意味ファンタジーだよね。
「ライムとフララはあんな風にいっぱいお喋りしたい?」
「?」
「ピィ?」
「あはは、分かんないか」
2体とも、言葉は話せないから、お喋りというよりは私が一方的にお話しする感じに近いし、というより実際に触れ合ったりご飯食べたりする方が好きみたいなんだよね。まあ、それでも話しかけるのはやめないけどね、ちゃんと反応してくれて可愛いし。
と、そんなことを話してるうちに、ホームに帰りつく。するとそこには、幽鬼のように庭に寝そべる、フウちゃんの姿があった。
「あれ、フウちゃんもう復帰? 早いね、夏休みの宿題終わったの?」
「先輩~、今はその単語は聞きたくないです~、少しくらい息抜きさせてください~……」
ぐてえ、とムーちゃんにしがみついてそのもふもふな体に顔を埋めながら、精根尽き果てたと言った声色で呟くフウちゃん。
うん、どうやら宿題漬けの1日にいい加減我慢出来なくなって、遊びに来たってことらしい。やれやれ。
「どうせなら、最初から宿題の電子データをVRギアにダウンロードしてこっちでやればよかったのに」
今時の宿題……というか教材含めて諸々と電子化が進んで、大抵の場合学校のデータバンクに専用端末でアクセスして、必要に応じてダウンロードする形が主流だ。そして電子データである以上、MWOの中にだって動画データなんかと同じように持ち込むことが出来る。だから、後は本人のやる気さえあればいくらでも宿題はやれるんだけど……
「うえぇ~、いやですいやです~、こっちに来てまで勉強したくないです~」
駄々っ子みたいに手足をバタバタさせてる姿を見れば、やる気を出す可能性はとても無さそうだ。
もう、仕方ないなぁ。
「それじゃあ、キッチンがバージョンアップして色々作れるようになったから、フウちゃんがちゃんと宿題頑張って終わらせたらロールケーキ作ってあげるよ」
「よっしゃあ、やる気出てきましたよ~」
餌で釣ってみると、現金なまでに目を輝かせたフウちゃんは、すぐさまメニューから宿題データを呼び出すなりその場で仮想電子ペンを使ってカリカリと取り組み始めた。
どうでもいいけど、やっぱり最初から持ち込んではいたんだ……もしや、私が餌を出すのを待ってた? いやいや、そんなことはない、よね?
……まあ、それならそれでいいか。それよりも。
「こら、せめてちゃんとテーブルについてやりなさい」
「は~い」
ムーちゃんの上にうつ伏せに寝転んだまま、仮想電子ペンを使ってカリカリと宿題を始めたフウちゃんを後ろから抱き上げ、注意する。
怒られてるのに、この後待ってるロールケーキを思ってか顔がにやけっぱなしのフウちゃんの頭を軽くぺしっと叩きつつ、ホームの中に運び込む。
と、その前に。
「おいでビート、《召喚》」
「ビビ」
現れたビートを傍らに呼び、ひと撫ですると、インベントリからいつも持ち歩いてる《モンスターの卵》を取り出し、ビートに預ける。
「ビート、ムーちゃんだけじゃ寂しいだろうから、この子も連れて一緒にお世話しててくれる?」
ホームを拡張したとはいえ、まだムーちゃんやビートみたいな大型モンスターが入るには玄関も部屋の中も狭いから、外で待ってて貰わないといけない。
卵はインベントリの中に仕舞っておいたままでもいいんだけど、最近卵の中で元気にぴくぴく動いてるみたいで、そろそろ産まれそうなんだよね。せっかくなら、インベントリの中で1人寂しく産まれちゃうよりは、出来るだけ誰かに見守られながら産まれて欲しいし、《調合》の作業中なんかは、ビートに預けることが多い。
「ビビ!」
だから、そんな私のお願いにも慣れたもので、ビートは2本の前足で器用に卵を持ち上げると、ムーちゃんのところまでてくてくと歩いていく。
そのまま、1人でも問題ないよー、とばかりにのんびりと庭の草むらで横になっているムーちゃんのところまで行くと、その温かそうな毛の中に卵を置き、ころころと転がし始めた。
……転卵でもしてるのかな? でもあれ、鳥の卵にするものだった気がするんだけど、あれって鳥が産まれてくるの? それとも遊んでるだけ? いやいや、ビートに限ってそんな……ま、まあ、モンスターの生態なんてどこ調べても分からないんだし、専門家(?)のビートを信じよう、うん。
そう自分に言い聞かせながら、フウちゃんを連れてホームの中に入る。
随分と広くなった部屋の中を見ると、私もここまで来たんだなぁ、って未だに感慨深いものを感じるけど、それはそうと、今はこのぐうたらフウちゃんをどうにかしないと。
「ほらフウちゃん、そこのテーブルで宿題してて。私達は調合とかやってるから、終わったら作ってあげるね」
「あいあいさ~」
フウちゃんがテーブルに付き、カキカキと宿題を再開する。
それを見届けると、私達の方も本格的に作業を始めようと、調合セットを用意して、更に召喚石も取り出す。
「みんな、出ておいで、《召喚》!」
私の鍵言に合わせて、ムギ達ミニスライム隊がわらわらと現れる。
そしてぷるぷると跳ねながら、私の方に群がってきた。
「あっ、もうみんな、遊ぶ前にお仕事だよ?」
そう言ってみんなを1体ずつ撫でながら、調合セットからビーカーを取り出しそれぞれに配る。
これは、この子達を召喚モンスターとして迎える前から考えてたことで、ライム1体じゃ《酸性ポーション》の増産が追いつかなくなってきたから、素直にミニスライムの数を増やして対応しようっていう単純な発想だ。そして、それはちゃんと成果として現れてる。
「おー、やっぱり効率が段違いだなぁ」
ミニスライム達の《酸性ポーション》作成の様子を見て、思わずそう感想を漏らす。
いくつも並んだビーカーの上に、スライム達がぷるぷるしながら乗っかってる様は何ともシュールな光景だけど、細かいことは気にしない。
そういうわけで、私はライムやフララと、今日の本命とも言えるアイテム作りに入る。
「さて2人とも、この調合の成否が今後の畑作りに関わってくるからね、気合入れるよ!」
そう言って拳を握りしめると、ライムとフララもぐっ! と気合を入れるようにそれぞれ表情(?)を引き締める。
今回作るのは、畑作りには欠かせない肥料の材料……を、獲りに行くためにどうしても必要になるアイテムだ。
これまでは、単純に必要素材の一部が採取で手に入らないから作るのにお金がかかることと、《調合》スキルのレベルアップで解放された物だと効果が薄いのもあって、態々作るのも微妙だったけど、都合よくフララが新しいスキルを習得してくれたから、これならもしかしたら効果を高められるかもしれない。
「まずは、と。ライム、お願い」
「――!」
まず1つ目の材料は、ライムの新しく習得したスキル、《強酸》をアイテム化して得られる、《強酸ポーション》だ。
《酸性ポーション》じゃなくなったせいで、これまでみたいに状態異常ポーションの強化素材に使えなくなっちゃったのが困りものだけど、その分ダメージ源として強力になってるし、何よりもう1つ、別のアイテムが作れるようになってるから、ムギ達の加入もあってむしろ良い方に転がってる。
そういうわけで、ライムもまた他のミニスライム達と同じようにビーカーを渡して、《強酸》スキルをフル発揮して貰う。
スキルレベルそのものが下がったのと、上位スキルになったことでMP消費と作成時間が伸びてるのが難だけど、そこは仕方ない。気長に頑張って貰おう。
そうして出来た《強酸ポーション》に、イベント中に採取出来た《ドキドキシ草》を加えて、ドロっとしてくるまでよく混ぜ合わせる。
それが終わったら、グライセで買ってきた《強壮の丸薬》にすこーしずつ垂らして練り合わせ、後は少し乾くのを待ってあげれば……
名称:強心の丸薬
効果:《MIND強化Lv1》を付与する。
「よし、出来た!」
そう、これぞ肥料作りに必須となる《スケルトンの骨粉》を得るのに絶対必須なアイテム、対《ゴスト洞窟》攻略の切り札だ。その効果は、早い話が一定時間、お兄の《エンチャント・マインド》と同じ効果を使用者に与えることが出来る。
まあ、ぶっちゃけるならそこまでしなくても、素のステータスで十分なはずなんだけど……そ、そこはまあ、念のためと言うかね? 決して、お化けが怖くて過剰に警戒してるわけじゃないからね?
なんて言い訳を重ねつつ、作業を続ける。
そもそも、これはまだ試作段階。ここに、フララの新しいスキルも加えてみる。
「行くよフララ、《付与鱗粉》、マインド!」
「ピィ!」
フララの新しいスキル、《付与鱗粉》は、神官職が習得できる《付与魔法》の互換スキルだ。一度の行使で複数の対象に効果を及ぼせる分MP消費は抑えられるけど、その代わり効果範囲内にいるなら敵さえも強化してしまう上、魔法と違って発動から効果適用までに数秒のタイムラグが存在するっていうデメリットがある。
そして、《麻痺鱗粉》なんかがそうだったように、これにもアイテムの効果を高める生産素材としての一面があるんじゃないかと思って、もう一度同じ手順で作った練り団子が乾く前に、フララの鱗粉を振りかけてみた。
すると……
名称:強心の丸薬
効果:《MIND強化Lv2》を付与する。
「うん、予想通り。ふふふ、これだけの効果なら十分元が取れるよね。ありがとう、ライム、フララ!」
「――!」
「ピィ!」
《強壮の丸薬》に今まで手を付けて来なかったのは、これ1つで3000Gなんていう、ちょっと待てやって言いたくなるお値段のせい。出来れば自作したいんだけど、《強壮の丸薬》を使ったレシピは出てるのに、肝心の《強壮の丸薬》のレシピが出ない理不尽。
けど、元のレシピより一段高いアイテムなら、その効果も結構上昇するのは《麻痺ポーション》でライムが何度か試すことになった過去があるからよく分かってる。主につまみ食いによって。だから、こうすれば大量生産は出来ずとも、自分で使う分を用意する程度なら、十分手が出せる代物になったはず。
え? そもそもステータス的に大丈夫なら《ゴスト洞窟》に高価な消耗品持ち込むことがおかしいって? 細かいことは気にしない。
そういうわけで、2体を撫で回してお礼を言うと、えへん、と誇らしげに胸(?)を張って「偉いでしょ」とアピールしてくる。うーん、可愛い。
「さて、この調子でいくつか作ろうか。ムギ達が作ってくれた分も状態異常ポーションにしなきゃいけないし」
ライム達とそのままじゃれ合って1日過ごすのも悪くないけど、そんなことしてたらみんな仲良く餓死しちゃうから、ぐっと我慢して調合を進める。
それに何より、今ここで私がサボると、ようやくやる気を出したフウちゃんの手が絶対止まるから、出来る限り真面目に取り組まないと。
えっ、そもそもゲームしてるんだから真面目も何もないだろって? ごもっとも。
ともかくそういうわけで、フウちゃんのためにもそれからはもふもふ厳禁で調合を進めて、しばらくは作業の音だけがホームの中に響き続ける。
けど、本来は夏休み全部を使ってやる想定の宿題が、たった1日やった程度で終わるはずもなく。
私達の作業が終わって、いざ料理をしようという時になっても、フウちゃんは終わらせることは出来なかった。
「う~、もう無理です、限界です、これ以上は死んじゃいますよ~……」
「やれやれ」
溶けたバターみたいにテーブルの上でダウンしてるフウちゃんを見て、私は仕方ないなぁと嘆息する。
まあ、今日はよく頑張った方かな。甘やかすのもどうかとは思うけど、息抜きがないとこれ以上宿題に手を付けないまま進級することになりそうだし、少しくらいならいいでしょう。
「はい、フウちゃん、お疲れ様」
ことん、と、フウちゃんの前にお皿を置くと、億劫そうに顔が持ち上げられる。
けど、目の前に置かれたそれを見て、フウちゃんはくわっ! と目を見開く。
「こ、これ、ロールケーキじゃないですか~! 先輩、いいんですか~?」
「うん、頑張ったからね。けど、今日中は無理でも、今週中くらいには頑張って終わらせるんだよ?」
「わ~い、先輩大好きです~! 今度お礼に何でも言うこと聞いてあげますね~!」
「やれやれ……」
なんだか前にも聞いたことのあるセリフに溜息を吐きつつ、まあ、こんなのも悪くないか、なんて思いながら、抱き着いてきたフウちゃんの頭を優しく撫でてあげた。
宿題はちゃんとやらせるものの、なんやかんやで甘やかしてしまうミオでした。
けど、会社で同じ作業してる同僚に聞くと、「夏休みの宿題なんて一度もやったことない」って言うんですよね……それでいいのか、オイ。




