第97話 妖精の花園と小さな宴
フララが進化して、神殿を後にした私だけど、今回ここに来たのはフララの進化のためだけじゃなくて、クエストのために《聖なる樹液》を手に入れるっていう目的もあることを忘れたらいけない。
そういうわけで、エルフの隠れ里に隣接するように存在するという、《妖精の花園》へと向かった。
「おー、《妖精の花園》って、やっぱりこのエリアなんだ」
足を踏み入れてみれば、そこに広がっているのは見覚えのある光景。《生命の大樹》ほどじゃないにしろ大きくて神聖な気配を纏う巨木、《聖なる大樹》が中心に聳え立ち、白い羽を持つ綺麗な蝶達が楽しそうに飛び回るその場所は、以前《妖精蝶の救援》クエストで訪れ、フララをテイムした思い出深い場所だ。
一度クエストを達成してからは、同じ場所からこのエリアに入れなくて首を傾げたものだけど、普段はこうやってエルフの隠れ里から出入りするものらしい。あの時貰った《妖精の祝福》は、そういう意味もあったんだ。
ちなみに、《妖精の祝福》はクエストアイテムだから一度無くすと他の誰かから貰う以外に手に入らないんだけど、妖精の名を冠した装備は他にも種類があって、どれも妖精やそれに関わるクエストの成功報酬として用意されてるみたい。
そのうちどれか1つでも使ってエルフの隠れ里に立ち入れば、それから先はただのステータス微増装備だし、仮に全てのクエストを達成した後装備を全部失くすような事態になっても、やっぱりお兄達みたいに力ずくでゴーレムを倒せばそれ以降の出入りは問題なく出来るようになるから、結局そこまで重要視されてない装備らしい。
まあ、そんな裏話はともかく。
『あら、冒険者の方、お久しぶりです』
「はい、お久しぶりです。遊びに来ちゃいました」
聖なる大樹に近づくと、前にも会った綺麗な女性――この樹に宿った妖精さんが姿を現す。
するとそれを見るなり、フララが私の傍を離れて、妖精さんの傍まで飛んで行った。
「ピィ!」
『あらあら、ふふふ、元気にしていましたか?』
「ピィピィ」
『それは良かった』
フララと妖精さんだけで話し込んじゃったけど、フララにとっては久々の帰郷ってことになるんだし、積もる話もあるんだと思う。果たしてモンスターに、そこまでの高度なやり取りができるかは分からないし、そもそも何の話をしてるのかさっぱり分からないけど、そういう風に見えるんだから、きっとそういうことなんだろう。
……変な話はしてないよね? この間、フララが間違えて激辛ポーション飲んだのは私のせいじゃないからね? フララが食い意地張ったせいだからね?
『冒険者の方、この子の姿を見るに、妖精女王に認められたようですね。あなたの育て方が良かったのでしょう。この子自身、のびのびと元気に育っているようですし、感謝します』
なんて、私の心配は杞憂だったようで、妖精さんは朗らかな笑みを浮かべながら一礼した。
それを見て、私も慌てて頭を下げる。
「い、いえいえ、私の方こそフララにはよく助けて貰って」
『ふふふ、そうですか。良き関係です』
そういえば、お互い自己紹介もしてなかったけど、この人名前あるのかな?
「ところで、妖精さんって名前はあるんですか? あ、私はミオです」
『はい、シルフと言います』
「なるほど、シルフさん」
試しに聞いてみたら、やっぱり名前はあるみたい。
シルフ……シルフィード? フララが進化した種族もウインドフェアリーで風の妖精だし、この人自体が風を司ってるのかもしれない。
けどまあ、そんなことより。
「ところでシルフさん、その……服ってそれ、どうにかならないんですか?」
前に見た時も少し思ったけど、普通に綺麗な女の人なのに、着てる服が若干透けるくらい薄い布を巻きつけたみたいな感じだから、ちょっと色々と見えそうでよろしくない。凹凸はそれほどでもないけど、人形みたいに白くて滑らかな肌が服越しにも分かるのは流石に……
「はい……?」
ただ、シルフさんには聞かれてる意味がよく分からなかったのか、首を傾げるだけで特にそれ以上反応はなかった。
うーん、妖精にとってはこの服が普通なのかな? まあ、あまり気にしないことにしよう。リアルの街中ってわけじゃないんだから、ツッコミ過ぎるのも野暮ってものだろうし。
「えっと、分からないならいいです。それはそうと、私、実は1つお願いがありまして」
『はい、なんでしょうか?』
「《聖なる樹液》っていうアイテムが欲しいんですけど、ありますか?」
ここで採れるとは聞いていたけど、具体的にどう入手するのかは教えて貰ってなかったから、この際一番詳しそうなシルフさんに聞いてみる。
『ああ、それのことですか。ありますよ、あまりたくさんと言うわけにはいきませんが、貴女でしたら差し上げます』
すると、思ったよりもずっとあっさり貰えることになった。
「ほんとですか!?」
『はい、私の宿る大樹の裏側から滲み出ていると思いますので、ご自由に採取していってください』
「ありがとうございます!」
お礼を言いながら樹の裏側に回ってみると、確かに樹液みたいなのが滲み出ていて、《採取》スキルにも反応していた。
《採取》スキルは採取ポイントを教えてくれるけど、こういう大きな障害物に隠れてると認識できないから、樹の裏側って言うのは地味に盲点だった。
「じゃあ、ちょっと貰っていこうかな」
樹液を指で軽く掬ってみると、そのままアイテムとしてインベントリに格納される。なぜか指先ほどしか採ってないのに、滲み出ていた樹液全部消えてるけど、いつものことだから気にしない。
確認してみれば、そこには《聖なる樹液》1つと《妖精樹の樹液》3つが確かに収納されていて、1つ取り出してみれば、当たり前のように瓶1本分たっぷりと樹液が詰まっていた。
うん、これもいつも通り、気にしない気にしない。
「――!」
「ピィ!」
「あ、こら、ダメだよライム、フララも、これはコスタリカ村のおばさんに納品しなくちゃいけないんだから」
《聖なる樹液》を見るなり、2体とも物凄くキラキラとした目で見て来たけど、こればっかりはダメ。そんな目をしてもダメったらダメ! 1つしかないんだから。
そう言うと、ライムもフララもしょぼん、と悲しそうに俯く。い、いや、そんな顔されてもダメなんだから。ダメ、ダメ……
「し、シルフさん、この樹液ってもうないですか……」
『明日になればまた採れますから、その時になったらいらしてください』
「ライムもフララも聞いた? 明日になればまた貰えるから、だからそれまで、ね?」
心なしか苦笑を浮かべながら、シルフさんがそう言って解決策を提示してくれた。
ほっ、これがクエストアイテムで1つしか手に入らないとかだったら詰んじゃうところだった……い、いや、別にライム達の悲しい顔を見て流されそうになったわけじゃないよ? ほんとだよ?
そしてライムとフララも、明日になれば取り敢えず貰えると聞いてひとまず納得してくれたみたい。
ふう、なんとか乗り切った……明日は明日で、多分1つしか採れないだろうから、それをどうこの2体に納得できる形で提供するか考えないといけないんだけどね。あはは。
……実は今日は運が良かっただけで、1つも採れない日があるとかじゃないことを祈ろう、うん。
「ほら、代わりにこっちの《妖精樹の樹液》で、《アンバーポーション》作ってあげるから」
「――!!」
「ピィ!!」
私の妥協案で、ライムとフララは飛ぶように喜びを露わにした。
まあ、前に一度作ったきり、ずっとお目にかかれなかったアイテムだしね。私は忘れちゃってたけど、みんなは結構楽しみにしてたのかもしれない。悪い事しちゃったかな?
「ふふ、それじゃあやるよ」
神聖な雰囲気漂うこの場所で、果たして調合なんてやってていいのかと思ったけど、《携帯用調合セット》を取り出す私を見ても特に何も言わないから、大丈夫なんだろうと思ってその場に広げる。
「さて、それじゃあ早速……」
《アンバーポーション》を作ってからそれなりに時間が経ってるとは言え、一度作った後はちゃんとレシピ登録されてるから、忘れてても問題はない。
そういうわけで、いつものように鼻歌混じりに素材を磨り潰し、混ぜ合わせて、それらをビーカーに集めたら、《妖精樹の樹液》と一緒に少しずつ煮込んでいく。
辺りに甘い香りが漂い始め、ライムとフララだけでなく、それまで遠巻きに見ているだけだったフェアリーバタフライ達まで集まってきたけど、それはもう今更どうすることも出来ないから、ひとまず最後まで丁寧に愛情込めて作り上げる。
名称:アンバーポーション
効果:使用者のHPを200回復する。
「よし、出来た!」
出来上がった《アンバーポーション》を見て、その出来栄えに1つ頷く。
そしてふと見渡せば、ライムやフララに加え、たくさんのフェアリーバタフライ達のじーーーっと期待するような視線が。
……うん、どうしよう、これ。
「ちょ、ちょっと待っててね?」
とりあえず、今手元にある残りの《妖精樹の樹液》を使って、合計3本の《アンバーポーション》を作り上げる。
「えーっと……取り敢えず、みんなで分けようか?」
流石に行き渡らないだろうけど、ムギ達ミニスライムのために買っておいた取り皿を用意して、3本の《アンバーポーション》を少しずつ小分けに用意していく。
フララはともかく、ライムはこれだけじゃ物足りないだろうけど……まあ、ライムは帰ったら料理も作ってあげられるし、今は我慢して貰おう。
「はいどうぞ、召し上がれ」
私がそう言うと、フェアリーバタフライ達は一斉に取り皿に群がり、我先にとそのストローみたいな口を突っ込んで、《アンバーポーション》を飲んでいく。
フララとライムも、量が減ったのはちょっと不満そうだったけど、《アンバーポーション》を一口飲めば、すぐにその表情が喜色に染まり、美味しそうに飲み始めた。
うん、やっぱり動物のお世話って癒されるなぁ、心がぽかぽかするよ。
『あら、私の眷属達がすみません』
「あ、いえいえ、私が好きでやったことですから」
そんな風にライムとフララ、ついでにフェアリーバタフライ達のお世話をしていると、遅まきながらシルフさんがやってきて、申し訳なさそうに頭を下げられた。
気にしてないと言う風にそれを制するけど、それでもシルフさんの表情は晴れない。
『そうかもしれませんが……そうですね、お礼と言っては何ですが、これを差し上げます』
そして、そう言ってアイテムを譲渡された。
確認してみると……
「お、《妖精樹の樹液》だ」
しかも3つ。これはあれだね、これを使ってもっと作ってあげてくれってことだよね! いいよ、作ってあげましょう!
「みんな、ちょっと待っててね~」
早速とばかりに、貰った《妖精樹の樹液》を材料に《アンバーポーション》を追加で作り、周りに居たフェアリーバタフライ達に上げてみれば、これまたシルフさんから《妖精樹の樹液》が貰え、原料が手に入る。
これはもしや、無限ループ? この子達を気の済むまで好きなだけお世話していいというボーナスエリアなのかな?
「ふふふ、よーしみんな、今日は食べ放題だよー!」
「――!!」
「ピィ!」
「「「「「ピィピィ!!」」」」」
せっかくだからとビートやムギ達も召喚し、次々と《アンバーポーション》を作ってはみんなに与え、それによって貰えるアイテムを使ってまたポーションを作っていく。
冷静に考えてみれば、《アンバーポーション》を作るのに必要な素材は《妖精樹の樹液》以外にも《薬草》や《傷癒茸》とかあるし、作って与えれば与えただけ客観的に見て損してるわけだけど、そんなことは私にとってどうでも良かった。
途中から、流石に《妖精樹の樹液》がないとかで貰えなくなったらポーションだけでなく料理まで作り始め、ついでにシルフさんまで巻き込んで、ちょっとした宴会みたいなのを催してみる。
《妖精の花園》で開かれた、小さくも賑やかなその宴は、ライム以外のみんなが満腹で食べられなくなるまで続いた。
ちなみに、ゲームシステム的に言えば、この場で余分に《妖精樹の樹液》を得るために与えるアイテムは《アンバーポーション》である必要はありませんでした。儲け第一なら《ハチミツ》とかでも問題なかったりします。
それでも《アンバーポーション》を振る舞うのがミオの流儀(?)