第95話 エルフの長老と毒龍討伐クエスト
ポータルへの登録を済ませ、一度コスタリカ村に戻って達成済みクエストの消化を行ったものの、特に連鎖クエストってわけでもなかったのか、次のクエストは発生しなかった。
あそこまであからさまにフラグが建ってたんだから、クエスト自体はありそうなものだけど、まだフラグが足りないのかな?
ともあれ、急を要するクエストじゃないならちょうどいいから、予定通りすぐにエルフの隠れ里に戻って、フレアさんの言っていたエルフの長からのクエストを受けることに。
そんなわけで向かったエルフの長老の家は、隠れ里で一番大きな建物……ではなく、普通に民家に紛れるように存在している何気ない家の1つだった。
なんでこんな分かりづらいところに? と言うと、一番大きな建物は神殿みたい。精霊王と妖精女王が居て、外から来た人は出入りできないんだって。エルフの隠れ里とは言うけど、実のところ精霊や妖精を祀ってる司祭みたいな感じで、長老と言っても纏め役以上の意味はないんだとか。
「里の近くにある泉に、毒の龍が出現しましてな、どうかこれを討伐してくれませんか」
そんな説明を、当のエルフの長老から聞きつつ受注したクエストは、里の水源であり妖精達の森へ恵みをもたらす聖なる泉に、邪悪な毒の龍が住み着いたから退治して欲しいっていう内容だった。今はまだ平気だけど、このまま放置しておくと汚染が進んで大変なことになるらしい。
「はい、任せてください!」
あの門番(?)のゴーレムを戦わせたら? とか、エルフにも戦士とかいるんじゃ? とか色々と疑問はあるけど、細かいことは置いておく。
ちなみに、私とフレッドさんは初めてやるクエストだけど、フレアさんにとっては2度目だ。つまりこの流れを聞くのも2度目なわけだけど……
「その辺りは気にしたら負けよ?」
「ですよねー」
まあゲームだもんね、しかもソロプレイのゲームならともかく、こうやってたくさんの人が参加するタイプだと、矛盾の1つや2つあって当然か。
「では、どうかよろしくお願いします」
クエスト:エルフの里の毒龍討伐 0/2
内容:ヤマタノヒュドラの討伐 0/1
長老さんに最後にもう一度お願いされるのと同時に、クエストが受注される。
毒の龍、ヤマタノヒュドラって、これまた凄そうなのが来たなあ。
長老さんの家からお暇した私は、ひとまず討伐対象のモンスターはどんな相手なのかとフレアさんに聞いてみると、何だか面倒臭そうな答えが帰ってきた。
「基本的に、毒液を吐く攻撃を繰り返してくるわね。近づくと噛みついて来たりもするけど、それ以外に特殊な行動はあまりないわ。ただ、毒液は地面に当たった後もしばらく残留するし、ボスなだけあってHPはかなり多いから、自分の立ち位置は常に気を配ってね」
「分かりました」
「分かった」
私と、ついでにフレッドさんも頷きを返しながら、隠れ里の南側にある湖へと向かう。
特に何かで仕切られてるわけじゃないけど、途中からセーフティエリアで無くなってるから、一応戦闘可能エリアみたい。ただ、特にモンスターがいるわけでもなく、いくつか釣りができるポイントが点在するだけの場所で、普段は何のためにあるのか分からないエリアだけど、今この時は明らかに湖の一部が紫色に変色して、あからさまに「ここに居ますよー」って物凄く分かりやすくクエストボスの存在をアピールしてくれてる。
「ここから遠距離攻撃したら仕留められたりとか……しません?」
「やってみたけど、当たらなかったわね」
私のちょっとした思い付きも、フレアさんはもう試した後だったみたい。
まあ、あそこまであからさまに現在地をアピールしてる敵に一方的に攻撃出来るなら、苦労ないよね。
「近づいたら戦闘開始だから、準備しておいてね」
「分かりました」
言われて、改めて自分のスキル構成を見直して、戦闘用に組み替える。
今回は情報も出揃ってて、それ以外の敵が出るわけじゃないんだから、ここは……
名前:ミオ
職業:魔物使い Lv36
サブ職業:召喚術師 Lv29
HP:330/330
MP:420/420
ATK:118
DEF:159
AGI:159
INT:164
MIND:224
DEX:250
SP:22
スキル:《調教Lv38》《使役Lv40》《鞭Lv37》《召喚魔法Lv32》《魔封鞭Lv16》《敏捷強化Lv32》《投擲Lv33》《料理Lv41》
控えスキル:《採掘Lv29》《鍛冶Lv35》《釣りLv15》《隠蔽Lv30》《合成Lv35》《調合Lv42》《感知Lv38》《採取Lv42》
う、うーん……最近戦闘が控えめだったから、イベント終わってそれなりに日数経ってるのに全然レベル上がってない。
い、いや、別にサボってたわけじゃないんだよ? ただ最近は金策と食材集めのために採取と調合メインにやってたから、そっちのスキルが中々育たなかっただけで……!
そんな、誰にともない言い訳を心の中でしつつも、戦闘用になったスキル構成をもう一度確認して、メニューを閉じる。
「よし、それなら行くぞ!」
私がメニューを閉じたのを見て、準備完了と見たフレッドさんが先行し、湖に近づく。
すると、それに合わせて湖面の紫が少しずつ大きくなり、ボス戦を前にした緊張感が漂ってくる。
「来るよ」
フレッドさんがそう呟くと同時、紫に染まった湖面を突き破り、8つの細長い影が飛び出してくる。
細長い、とは言っても、それは全体の長さに対してそう見えるって言うだけで、太さそのものは私の腕じゃとても抱えきれないくらい大きい。
それが8つ。分かりやすいくらい名前通りの姿をして、蛇みたいな頭と紫の鱗を持ったその龍――ヤマタノヒュドラは、体を振るって毒に侵された水を弾き飛ばすなり、私達に向けて咆哮を上げた。
「ミオさん、ヒュドラは陸に上がってくるまで攻撃して来ないから、それまでに出来るだけ攻撃しておきましょう」
「あ、はい! 行くよフララ!」
「ピィ!」
「《トルネードブラスト》!!」
フララが風を起こし、いつもの得意技とも言える魔法を放つ。
それに合わせて、フレアさんもまた引き絞った弓からライトエフェクトを纏う矢を放った。
「《ストライクアロー》!」
フララの竜巻とフレアさんの矢が、それぞれヤマタノヒュドラの別の首に突き刺さる。
いくらさほど難易度の高くないボスって言っても、それだけで怯むほど柔じゃないようで、特に何事も無かったかのように進んでくる姿は、流石はボスって言える貫禄があった。
ただ、やっぱりレベルが35で止まって、ステータスが上がらないのもあってか、フララの魔法よりフレアさんの弓の方が連射が効くのに、一発一発のダメージにはほとんど差が見られない。それどころか、若干フレアさんの方が上ですらあった。
うーん、やっぱりこういう差を見るとちょっと悔しいな。何とか差を埋めて、フララも強いってところ見せてあげないと。
まあでも、それは次の機会で、かな? フララの進化のこともあるし、それ以外の手も、今は用意出来る手段がないし。
「陸地に着いた、2人とも気を付けてくれ」
「フレッド、ミオさんはともかく、気を付けるのは私よりも初見の貴方だからね?」
フレッドさんが私達を庇うように剣を抜き放ちつつ言えば、フレアさんは呆れたようにそう呟く。
心なしか、そう言われたフレッドさんの背中が震えてる気はするけど、そこは触れないでおこう、うん。
「キシャアアアア!!!」
陸地まで辿り着いたヤマタノヒュドラが奇声を上げ、その8つの口をくぱぁっと開ける。それと同時に、紫色の液体をどぷんっと吐き出した。
一応ドラゴンのブレスに当たる攻撃だと思ったから、もっと勢いよく飛んでくるものかと思ったけど、毒液の固まりは放物線を描いてゆっくり飛んでくるから、躱すだけなら《回避行動》スキルを持ってるフララでなくてもさほど難しくない。余裕を持って落下地点から退避する。
これが基本攻撃なら、距離さえ取っておけば安心……なんて思ったけど、地面に着弾した毒液は、思った以上に広く拡散して、まるで小さな毒沼のようにそこに滞留してしまった。
最初から注意は受けていたから、それ自体に驚きはないんだけど……ううん、ここまで広がるかぁ。
「ちなみにフレアさん、この毒沼に突っ込むとどれくらいの毒状態になります?」
「《毒Lv4》だったかしらね、それくらいだったと思う」
「うわぁ」
中々重い。一応、戦うモンスターについては簡単に聞いてたから、一度コスタリカ村に戻った時に《解毒ポーション》は持ってきたけど、あまり何度も足を突っ込んでると足りなくなっちゃう。
「何、足を踏み入れずに戦えばいいのだろう?」
「それフラグよ? まあ、ヤマタノヒュドラもあまり足元には毒は吐かないから、よっぽど大丈夫でしょうけど」
フレッドさんとフレアさんは、そんな軽口を交換しつつ、ヒュドラに立ち向かっていく。
ヒュドラの口のうち3つがすぐ目の前にいるフレッドさんに群がり、その牙を向けるけど、フレッドさんはどれも上手く大剣で弾いたりステップを踏んで躱したりと掠らせもせず、むしろ反撃を加える余裕さえ見せる。
一方のフレアさんも負けてない。ヒュドラの残る5つの口から飛んでくる毒液を躱しながら、地面を偶にちらっと見る程度でほとんど見向きもせずに弓を射続けてるのに、どういうわけか一度たりとも毒沼に足を踏み入れない。どういう距離感? 記憶力? いやうん、もはやどういう能力があればあんな真似が出来るのかもさっぱり分かんない。
で、私の方はと言うと。
「うわっと、わっ、わわっ!?」
毒液が落ちる度、少しずつ狭まっていく足場に及び腰になって、中々回避以外の行動が取れない。
むむむ、そう難しくはないとは言ってたけど、やっぱりボスはボス、厄介だなぁ。
「まあ、別に私自身が上手く戦えなくても、私にはみんながいるから平気だもんね、《召喚》!」
短杖を掲げ、ビートを呼び出す。出てきたビートが大きくて、危うく毒沼に着地させちゃうところだったのは少し焦ったけど、とりあえず大丈夫だったから良しとしよう。
「ビート、あのボスの周りを飛んで、攻撃はすり抜け様に尻尾で斬りつければいいから、アーツはなし、無理はしなくていいよ」
「ビビ!」
ビートに指示を出し、飛んでいくのを見送る。
ヒュドラの首の間を潜り抜けると同時に、尻尾の鋭い棘が浅く斬りつけ、それに釣られて首の1本がビートを追うけど、AGIが違い過ぎて全く追いつけてない。うん、良い感じ。
ヒュドラは首の本数が多くてあまり大きな隙はないけど、クラーケンの攻撃と比べると、サイズが小さい分ずっと躱しやすいから、私が張り付いて指示を飛ばさなくても、ビートだけで十分回避出来ている。それに、私はビートと分かれてここに居たほうが、狙いが分散してみんなが楽になるしね。フララの魔法と合わせて、これだけでも私の職業を思えば十分な働きではあるんだけど……
「せっかくの機会だから、スキルのレベル上げもしないとね。ライム、防御とMP管理はお願い!」
「――!」
ライムと頷き合いながら、私は鞭を構えヒュドラ目掛けて真っ直ぐ駆け出す。
毒沼はともかく、毒液に関しては動き続けてれば然う然う当たらないから、近づくだけなら結構簡単だ。
もちろん、近づけば毒液の代わりに、その牙で噛み砕こうとしてくるんだけど、それはライムがいれば大丈夫。
「――――!!」
ライムの《触手》スキルが即興の盾になり、常時発動中の《鉄壁》スキルに加えて、《硬化》スキルを使用することでDEFが大幅に上昇し、ヒュドラの牙を見事に防いだ。
もっとも、流石にボスの攻撃ともなると無傷とは行かず、ライムのHPが結構削り取られたけど……耐えられるのなら、常に《HPポーション》を《収納》スキルで抱えてるライムにとってはノーダメージと大して変わらない。すぐにライム自身がアイテムを使用して、全回復する。
そして、今のヒュドラの首は、3つがフララとフレアさんへ毒液を吐くのに夢中で、1つはビートを追いかけ回し、残る4つのうち1つはライムが今防いだ。そして3つは相変わらずフレッドさんに向いてるけど……
「フレアさん、毒液少しの間だけ封じますから、その間に大技お願いします!」
「分かったわ」
事前に打ち合わせたわけじゃないから、どこまで信じてくれたかは分からないけど、打てば響くような返事に大丈夫だと信じて、《魔封鞭》スキルの新しいアーツを使用する。
「《チェインバインド》!!」
黒いエフェクトを纏いながら、《ブルーテンタクルス》の鞭の先がヒュドラ目掛けて伸びていき、その首の1つに巻き付いて固定される。
もちろん、それだけじゃボスの動きを止めることなんて出来ないけど、このアーツの力は動きを止めることじゃない。このアーツによって拘束された相手の特殊行動……アーツや魔法、アクティブスキルの効果を封じ込めることにある。
これをプレイヤー相手に使ったなら、ステータス増減や武器スキルみたいなのを除いて全てのスキルが効果を失い、アーツや魔法を使えなくなるし、モンスター相手なら物理攻撃以外の全ての行動が取れなくなる。
もちろん、効果時間は他の拘束系アーツに比べて短いし、CTも長いけど……それくらいの価値は十分にあるアーツだ。
「ありがとうミオさん。それじゃあ行くわよ、《ブレイクシューター》!!」
フレアさんの長弓から放たれた弓が、ヒュドラが持つ8つの首のうちの1つ……さっきからずっと、フレアさんが攻撃し続けていた首に命中する。それと同時に、それまでフレッドさんを執拗に襲っていたその首は根元から千切れ、宙を舞った。
「キシャアアアア!?」
部位破壊によって、実際のダメージ以上にヒュドラは怯み、無防備な姿を晒す。
ただでさえ、ヒュドラの攻撃手段であると同時に弱点でもあった首を1つ落とされた中でそんな状態になれば、お兄の友達でもあるこの人達が黙って見ているはずもない。
「よし、ここで畳みかけよう!」
「ええ、やりましょうか」
「はい! フララはそのまま、ビートも、もう遠慮せずに思いっきり行くよ! 《野生解放》、《アタックフォーメーション》!」
「ピィ!」
「ビビ!」
フララとビートにバフをかけ、フレッドさんとフレアさんに続いて、ヒュドラ目掛け総攻撃を仕掛けていく。
私のアーツの効果はすぐに切れたけど、首を1つ失った状態では、それまでのように私達全員に注意を払うことなんで出来るはずもない。どこかに必ず隙が産まれて、そこをすかさず誰かが攻撃し、着実に追い詰めていく。
「さあ、これでどうだ! 《ヘヴィースラッシュ》!!」
「キシィ!?」
フレッドさんが大剣でヒュドラの首を斬り落とし、その攻撃力が更にそぎ落とされる。
こうなればもう、完全にこっちのペースだった。
首が一つ失われるごとに、ヒュドラの攻撃はその選択肢が狭まっていき、逆にこっちは自由に動けるようになっていく。
みるみるうちにそのHPが失われていき、その首も残り3本になった時。ついにヒュドラが、怒りの咆哮を上げた。
「キシャアアアア!!」
ヒュドラの咆哮に応えるように、失われていた首が一気に全て再生する。
うげげ、HPは流石にそのままだけど、ここに来て振り出しに戻るとは思わなかったよ。
さて、どうしようか……と、私は少しばかり迷って動きを止めたんだけど、フレッドさんとフレアさんの2人は、この程度織り込み済みとばかりに、一切の躊躇なく首の再生のため動きを止めているヒュドラに向かって駆け出していた。
「行くぞ、《グランドバスター》!!」
フレッドさんの横薙ぎの一撃がヒュドラの体勢を崩し、そこから更に跳ね上がるようにして大剣を振り上げ、トドメとばかりに強烈な振り下ろしを見舞う。ヒュドラの残り僅かだったHPがまた一段と失われ、もう一押しというところまで減らすことが出来たようだけど、ヒュドラはそんなことは意に介さず、HPが1でも残ってるなら十分だと言うかのように、勢いよくフレッドさんに向けてその8本の首を差し向ける。
けれど、その攻撃がフレッドさんの下まで届くことはなかった。
「させないわ、《インパクトアロー》!!」
フレアさんの放った矢が、あり得ないくらい重々しい音を立ててヒュドラの眉間に突き刺さり、発生した衝撃波がその首を後ろへと弾き返す。どうやら今のアーツは、ヒットさせた相手をノックバックさせる効果があったみたいだ。
けれど、ヒュドラの頭は全部で8つもある。体は繋がってるから、頭が1つ仰け反らされれば他の頭にも影響なしとはいかないにしろ、全てが防げるわけじゃない。
だったら……
「ライム、守ってあげて!!」
咄嗟にライムを《投擲》スキルで放り投げ、フレッドさんとヒュドラの頭の間に滑り込ませる。
私の意を汲んでくれたライムは、その場で触手を広げ、フレッドさんを庇うように防御スキルを使い、その攻撃を身代わりとなって受け止めた。
それを横面に、フレッドさんはニヤリと笑みを浮かべると……
「ありがとうミオさん、君が僕のために作ってくれたチャンス、無駄にはしない!」
いや、守ったのは確かだけど、フレッドさんのために作ったと言われると若干違うような。それに、庇ったのは私だけじゃなくて、フレアさんもなんですけど……
私がそんな複雑な心持になってるとは露知らず、鼻息も荒く意気を上げたフレッドさんは、再び大剣を振り上げる。そして……
「これで終わりだ、邪龍め! 《エアリアルスライサー》!!」
風を纏った大剣が、攻撃直後で無防備なヒュドラ目掛け振り下ろされ、その最後のHPを消し飛ばす。
断末魔の声とともにヒュドラは倒れ、その体が消えていくのに合わせて、紫に変色していた泉もまた、元の美しい色を取り戻していく。
こうして、エルフの長老からのクエストは、無事達成されたのだった。
クエスト:エルフの里の毒龍討伐 1/2
内容:ヤマタノヒュドラの討伐 1/1




