第92話 お上りさんとナンパ男
コスタリカ村で複数のクエストを受けた私は、まずは始まりの街、《グライセ》へとやって来た。
フララのためにも早くエルフの隠れ里を探してみたいのは山々だけど、引き受けた以上は早くお使いクエストを済ませないといけないからね。
それに、どうせ通る道なんだから、先に済ませておいた方が無駄がないし。
「そういえば私、グライセに来たの久しぶりだなぁ」
そういう理由からグライセを回る私だけど、よくよく考えてみればこれまで、コスタリカ村と西の森や東の平原を行ったり来たりするばっかりで、この街はほとんどただ通過するだけになってた。この機会に、色々とここでしか買えないアイテムを物色するのもいいかも。
「えーっと、買い物するんだし、南区だったかな?」
塩とか薬とか、あと子供のためにぬいぐるみ(家具カテゴリ)を買って来て欲しいなんてクエストもあったから、グライセの商店街染みたこの場所に来れば、大体の物は揃うはず。
「――!」
「ピィ!」
「ダメだよライム、フララ、屋台はまた今度ね」
胸に抱いたライムと、私の周りをふわふわ飛んでるフララが、いい匂いに釣られてぺしぺしと私の肩を叩くけど、すぐにそう言って窘める。こんな時に食べ歩きなんてしてたら、お金いくらあっても足りないよ。
ただまあ、畑に植えるアイテムの種とか、うちの子達の遊び道具なんかもあったらお土産にするのもいいかもしれない。
だからライムもフララも、そんなにしょんぼりしないの。
「らっしゃい! 《アクアブリーゼ》の港から獲れた新鮮な魚介、お1つどうだい?」
「うーん、それじゃあこれとこれを」
「北の《バルロック》に住む技術者が作った、一級品の家具だ! これならどんな大男が使っても壊れないぜ!」
「じゃあこっちの棚ください」
明らかに関係ない店にも寄りながら、かと言って冷やかしで終わらせるのも何だしと自分に言い聞かせて、あれやこれやと買い込んでいく。
……ま、まあ、お金はまだあるしね? このままだといつか尽きるっていうだけで、今すぐ無くなるほど貯金がないわけじゃないし……それに、キッチンは入れたけど、棚はまだ無かったから欲しかったのは確かだし?
だからライムもフララも、そんなジト目で見ないで、これは必要な物なの!
けど、うん、そろそろ目的の物も買わないとまずいし、そっちも見に行こう。
「えっと……まずは塩だったよね」
クエスト内容としては、最近塩を売ってくれる行商人が来てくれなくなって、村の中で不足し始めてるから、直接買い出しに行って欲しいってことだったかな。その分のお金も事前に受け取ってる。
そういうわけで、調味料を売ってるNPCのところへ足を向け、話しかけた。
「すみませーん」
「おう、可愛いお嬢ちゃんだね。うちは調味料なら大抵何でも取り揃えてるから、好きに見てってくれよ」
「はーい」
と言っても、買う物は決まってるから、ざっと品揃えを見たら、後は交渉するだけ。
ふむ、ラー油……唐辛子……ワサビもある。この辺りはまだ使ったことなかったなぁ、ちょっと買って……ってダメダメ、無駄遣いはほどほどに!
「おじさん、塩ください、これで買えるだけ」
「おお? 随分買ってくね、もしかしてコスタリカ村の子かい?」
「え? いや……あ、はい、そうです。なんか行商人の人が来なくなっちゃったみたいで」
買う量が量だったからか、私の注文に対しておじさんはほとんど確証を持った口調で尋ねて来る。
一瞬、違いますって言いそうになったけど、称号的には私はもうコスタリカ村の子で間違いないから、すぐに訂正して頷きを返す。
「やっぱりかー、苦労してるね」
「苦労?」
「あれ、知らない? なんでもここからコスタリカ村に行く途中の道に、厄介なモンスターが出現して、そのせいで行商人が向かえなくなってるって聞いたけど」
「そうなんですか?」
私、ここに来るのにポータル使ったから、道は通ってないし、それで会わなかった……って言うのは多分違うよね。これ、次のクエストのフラグなのかな?
「まあ、そのうち冒険者が仕留めるだろうし、そう心配しなくていいだろうけどね。君も帰り道気を付けてね」
「あははは……はい、気を付けます」
実は私も冒険者なんですよー、って、言った方がいいのかなこれ……まあ、別にいいかな。
ていうか、帰り道気を付けてって、あのポータルって普通の人は使えないの? いや、使えたらそもそもこんなクエスト発生しないし、そういうことなのかな?
うーん、相変わらず謎だ。
ともあれそんな疑問は一旦横に置いておいて、塩を買えた私はそのまま近くのお店から可愛らしいぬいぐるみを1つ……いや、2つ買う。頼まれたのは1つだけど……す、スライム人形なんてあったら、自分の分も買うしかないでしょ? だからこれは仕方ない出費なんだよ、うん。だからライム、人形のスライムにそんな対抗意識燃やさなくても、これはただの置物だって。
後、薬の方の納品クエストは《強壮の丸薬》っていう、1つ飲むだけで精力が漲り風邪も吹き飛ぶって触れ込みの、どっちかというか漢方薬っぽい感じの物を頼まれていた。
これも、最近新しく出たレシピで必要になる素材だし、何よりもしかしたらすぐに必要になるかもしれないから、一応私の分も買い込んでおこう。
「うん、流石にちょっと買い過ぎたかもしれない」
全部終わってみれば、インベントリの中がパンパンになるまで買い込んでいた。
うん、これは《西の森》に向かう前に、一度ホームに戻ってアイテムを整理しなきゃいけないかも……
「やあ君、1人かい?」
「はい? いや、まあ、1人と言えば1人ですけど……」
そんな風に悩んでいると、突然後ろから声をかけられた。
振り返ってみれば、そこには見知らぬ1人の男プレイヤーの姿が。
うーん、何だろう、凄いデジャヴ……グライセってこういう人ばっかりなの? いやまあ、私が田舎者っぽ過ぎるのかもしれないけどさ。コスタリカの村人なだけに。
「ならちょうどよかった。俺もちょうど1人でね、割の良いクエストがあるんだけど、一緒にパーティでもどうだい?」
「今クエスト限界まで受けてるんで、すみません」
とは言え、私としても一度経験してるわけだし、あの時の教訓を活かしてさっさと断ると、そのまま歩き去っていくことにする。
いや、特に私も急ぎの予定があるわけじゃないし、本当に割の良いクエストがあるなら是非とも教えて貰いたいところだけど、第一声が「手伝って欲しいクエストがある」じゃなくて「割の良いクエストを一緒に」って時点で色々と怪しい。というわけでここは逃げるが勝ち。
うーん、一旦コスタリカ村に帰って、クエスト消化したら、また次のクエストを受けるか、それともエルフの隠れ里を探す方を優先するか、どうしようかなぁ。
「待って待って、クエストあるなら手伝うからさ」
「いえいえ、私が受けてるのソロのお使いクエストなので、お手伝いはいらないです」
「それなら終わるまで待っててあげるからさ」
「連鎖クエストの途中なので、今日はずっと予定があるんですよ」
実際には、連鎖クエストかもしれないっていうだけなんだけど、フララの件もあるから今日は予定があるっていうのも嘘じゃない。
「そう冷たいこと言わずにさ、頼むよ」
「他にもたくさんプレイヤーいるんですから、そっちに頼めばいいじゃないですか」
「他のプレイヤーにも声かけたんだけど、みんな断られたんだよ」
「む……」
なるほど、何度誘っても断られるから、美味しい話があるんだけど、なんてベタベタな方法で勧誘しようとしたと。それなら一応筋は通る……のかな? いや、そもそも本当に割の良いクエストなら、そんなに何度も断られるわけないと思うんだけどさ。
「それじゃあ、話だけ聞いてみます。クエストの内容は何ですか?」
「ありがとう。こんな場所じゃなんだし、近くのお店で……」
「ここで話してください」
「ちっ」
この人今ついに舌打ちしたよ!? やっぱりただのナンパだった。足止めて損した。
「言えないようなクエストならやっぱりやめておきます」
「まあまあまあ、そう言わずに、ね?」
そう言って、なおも食い下がろうとする男プレイヤーと私との間に、影が入り込む。
なんだかこれまたデジャヴだなぁ、なんて思いながら、その影の主に焦点を結ぶと……
「こんな道の往来で、嫌がってる少女をしつこく勧誘とは頂けないね、それでも冒険者の端くれか!」
そこに居たのは、大剣を背に、気障ったらしいセリフと共に指を突きつける男プレイヤーだった。
あれ、この人、見たことあるような……って、ああ!
「あっ、お兄のフレンドの! ナンパ男!」
「ミオさん、そろそろ名前を覚えてくれてもいいんじゃないかな!? 俺の名前はフレッドだ!!」
私が指差してそう叫ぶと、ナンパ男はそう言って私の方に振り向いた。
いやうん、ちょうど場面が場面だったから、つい名前よりも先にそっちの呼び名が頭に浮かんじゃって。
「フレッド……? お、お前、《竜殺し》のフレッドか!?」
「ふっ、そうさ! どうやら俺のことは知っているようだな」
恐れ戦く男に、ナンパ男改めフレッドさんがカッコよく(?)前髪をかき上げて見せる。
「知ってるぞ! サービス開始してすぐ、転移ポータル前で銀髪美少女をナンパして、こっぴどくフラれた挙句に決闘仕掛けて返り討ちに遭ったって言う!!」
ピシッ!! と、フレッドさんの体が硬直する。
ああうん、間違ってはいないね、返り討ちにしたのはリッジ君だけど。
「ってことは……そ、そっちの子はまさか、《死神》か!?」
「……うん?」
あれ? 何かが決定的に違うような?
「並居るPKを黙らせてきた、最凶のPKK! 《竜殺し》からナンパされた時も、公衆の面前でボコボコにのして蹴散らしたって言う……! す、すまない、ちょっとした出来心で、悪気はなかったんだ、許してくれっ!」
「えっ、あっ、ちょっと」
そう言うなり、全力で逃げ出す男プレイヤー。
残された私は、カッコつけた格好のまま固まってるフレッドさんと向き合って、一言。
「ユリアちゃんと間違われてるんだけど、私のことどういう風に言い触らしたの?」
「俺のせいじゃないぞ!?」
どうやら風邪を引いたらしいので、次の更新は少し遅れるかもしれないです。すみません……_(:3」∠)_
季節の変わり目はダウンしやすいので皆さんもお気をつけください……




