第91話 村人の称号と妖精の噂
クルトさんから色々教わって僅か1時間後。早速、成長の早いハーブが採れたから、私はコスタリカ村の村長さんの家の前にやって来た。
「すぅー……はぁー……」
深呼吸して、ついでに胸に抱いたライムを撫で回して、気持ちを落ち着かせる。
別に、戦闘に行くわけでも何でもないというか、お茶に来いって言われたから来てみただけなんだけど、こう、食材アイテム欲しさっていう下心ありきで来てるから後ろめたいっていうか。うん、ぶっちゃけるとあの村長さんちょっとおっかなくて苦手だから、凄く緊張する。
「人の家の前で何をやっている」
「うひゃあ!?」
そうやって、入るために頑張って心の準備をしていたところ、突然後ろから声をかけられて思わず跳び上がる。
その拍子に、驚いたフララが肩から落ちそうになってたけど、なんとか堪えたみたい。
「あ、えと、ごめんなさい、村長さん」
慌てて振り返ったそこには、相変わらず不愛想な村長さんが居て、私を見下ろしていた。
ま、まさか家の外で出くわすなんて思ってもみなかったから、まだ心の準備が出来てないんだけど……も、もしかして怒ってる? 怒ってるのかな?
そう思って顔色を窺っていると、村長さんは何も言わず、いつも通りの不愛想な表情のまま、すたすたと私の横を通り抜けていった。
え、えっと、これはどう捉えたらいいんだろう、流石にまだ2回しか会ってないから、怒ってるのかどうかイマイチよく分からない……
そう戸惑いながら、その場を一歩も動けずにいる私に、村長さんはガラガラと戸を開けたところで振り返って、一言。
「何をしている、入るならさっさと入らんか」
そう言って、戸を閉めることなくそのまま家の中へと入っていく。
「あ、は、はい!」
どうやら、招いてはくれるみたい。
そう分かった私はほっと息を吐いて、慌てて村長さんの後を追い、戸を閉めながらドタバタと家の中へと上がっていく。
家の中は、クルトさんのホームを全体的に大きくして、内装を豪華にしたような感じだった。
ただ豪華と言っても、欧州のお城みたいに煌びやかとかそういうんじゃなくて、掛け軸とか木彫りの人形とか、そういう渋い調度品が適度に飾られてて、なんて言うか、風情のあるお屋敷って感じがした。
「そこに適当に座れ、婆さん、茶を」
「は、はいっ」
「はい、分かりました」
そんなお屋敷の内の一室、多分客間と思われるそこに案内されると、どこからともなく現れたお婆ちゃんNPCに村長さんがそう言って、どかっと腰を下ろす。
やや躊躇しつつも、その対面に腰を下ろすけど、流石にクルトさんのところでやったみたいに足を崩す勇気はなくて、キッチリ正座の姿勢に。足痛……くはないね、アバターだし。
そして、ライムとフララには私の両側にそれぞれ並んで、大人しく良い子にしてて貰う。じっと動かないのは辛いだろうけど……頑張って!
「…………」
「…………」
そして、そのまま私と村長さんの間に沈黙が横たわる。
うぅ、何話せばいいんだろう。いや、私としては目的はちゃんとあるんだけど、でもいくらなんでも「クエストください」なんて言えないし、だとすると村長さんのほうから切り出して貰わなきゃなんとも……そ、それとも実は、まだ何かフラグが足りなかったとか? だとすると私、いつまでこうしてればいいのか……うぐぐ、攻略サイトにも載ってなかったとはいえ、もう少し調べて情報集めればよかったかな……いやでも、私も調べものは得意じゃないからなー……
なんて考えてることを知ってか知らずか、いつまでも無言だった私達のところに、お婆ちゃんがお盆を持ってやって来て、お茶を置いてくれた。ライムやフララの分も用意してくれる辺り優しい。
「ありがとうございます」
「はい、ごゆっくり」
あんまりゆっくりできそうにありません、っていう言葉を何とか飲み込むために、貰ったばかりのお茶を一口。あ、美味しい。
「……村の暮らしはどうだ?」
「ふぇ?」
そうしてお茶の味で軽く現実逃避をしていると、同じように口の中をお茶で湿らせたらしい村長さんが、唐突に質問してきた。
え、えーっと、村の暮らしはどうだって言われると……
「えっと、楽しいですよ、ライム達とゆっくり過ごせますし、村の人達みんな良い人ですし」
これはお世辞でもなく本当のことだ。こういう牧歌的なところでモンスター達とのんびりするのは1つの夢でもあったし、関わった人達とも大体気兼ねなく話せるようになってる。
いつも畑荒らされてる農家のダンカスさんとか、マンムー牧場のトロルさんとか、大工のカンタラさんとか、NPCショップの看板娘ことジョゼフィーネさんとか。
まあ、NPCだからか、最初から結構友好的ではあったけど。村長さん以外。
だから、最後の部分以外を素直にそう伝えると、村長さんは一言「そうか……」と言って、改めて私と目を合わせる。
「畑はちゃんとしているのか? この村で暮らす以上、ある程度は自給出来なければやっていけんぞ」
村長さんがそう言うなり、ポーンっと聞きなれた音が響き、クエストが発生する。
クエスト:村長からの試験
内容:自らのホームで栽培した食材アイテム1つ以上の納品
発生したクエストを確認して、私は心底ほっとする。
いやー、これで無駄足だったらどうしようかと思ったよ……
「大丈夫ですっ、この通り、まだ駆け出しですけど、クルトさんに習って作り始めましたから……!」
この内容は事前に聞いてたから、ちゃんとここに来る時に持ってきた収穫済みのハーブを取り出し、村長さんに渡す。
すると、村長さんはしばらく私の出したハーブを検分した後、ふん、と鼻を鳴らして。
「まだまだ、全然ダメだな、まるで素人だ」
「あう……」
そのままハッキリとダメ出しされた。
うぅ、確かにクルトさんには基本的なことしか教わってないし、初めてだからその評価も仕方ないんだけど。
「だが……悪くないな。昔を思い出す」
けどすぐに、小さく笑みを浮かべた。
この村長さん、笑うことあるんだ、なんて、実際に口に出したら拳骨を落とされそうな事を考えながら見ていると、村長さんはハーブを手にしたまま、遠くを見るように目を細めた。
「この村は、儂らの代で作り上げたものだ。出来たばかりの頃はそれはもう苦労の連続でな、明日喰う物の確保にも難儀していたものだ……」
そして、唐突に始まった村長さんの苦労話。
老人の話は長いっていう通説に違わず、本当にどこまで続くのか分からないくらい長い長い話をされるハメになっちゃったわけだけど、私としては話の内容より、正座を続けて痺れ始めた足の方が気になる。
おかしいな、なんでアバターで痺れるの? そんなところ再現しなくてもいいんだけど?
あとライム、フララ、気持ちは分からないでもないけど、お茶をもう飲み終わっちゃったからって寝ないの! 村長さんに失礼でしょ! 気持ちは分かるけど!!
「っと、話が長くなったな……つまりだ、このハーブは、まだまだ未熟で、拙く、だが未来への熱意に満ちた良いハーブだ。続けて行けば、いずれ必ずや素晴らしい物に生まれ変わるだろう。儂らの村がそうであったように」
ようやく……本当にようやく、話に終わりが見えて、あとひと踏ん張りだと顔を上げる。
するとそこには、会ったばかりの頃の余所者を見る目じゃない、まるで自分の孫でも見るような、優しい目をした、村長さんの顔があった。
「儂らの村は、いつでも村の皆で助け合いながらここまで発展させてきた。ミオ、お前ももう、儂らの村の一員だ。困ったことがあればいつでも言え、力になってやろう。そして、誰かが困っていたら、どうか力を貸してやってくれ」
「は、はい! ありがとうございます!」
優しい声色で頼みこんでくる村長さんに、私は慌てて頭を下げる。
それに合わせ、アナウンスの音が鳴り、クエストが達成された。
クエスト:村長からの試験 を達成しました。
称号:コスタリカの村人 を取得しました。
称号? と一瞬首を傾げたけど、これがクルトさんの言っていた「正式に村の一員として認める」って言葉の意味なんだと気付いた。
これがあると無いとで、村の人達から受けられるクエストに差があるってことかな。
「また、納得のいく作物が出来たら持ってこい。儂が見てやろう」
「分かりました。それじゃあ村長さん、また……あ、そうだ」
「む?」
「今度来る時は、作物だけじゃなくて、私の作った料理も持って来るね。お爺ちゃんっ」
最後にそう親しげに呼んで、にこりと笑顔を見せると、村長さんは驚いたように目を見開いた後、嬉しそうに顔を綻ばせた。それを見て、益々笑みを深めながら、寝てるライムとフララを抱き上げると、そのまま村長さんの家を後にする。
これで少しは、村長さんとも仲良くなれたかな。そう思いながら。
村に出ると、早速勲章の効果が表れていた。
具体的には、これまであまり話をして来なかった村の人達も、私に対してかなり友好的に接してくれるようになったし、何かと情報も教えてくれるようになった。
もちろんそのついでに、何かしら頼まれ事を引き受けるようなこともあるんだけど、そのほとんどが、やれ何かの花が欲しいとか、街まで薬を買って来て欲しいとか、そういうおつかい系のクエストだったから、ひとまず引き受けられるだけ引き受けようと、近くにいる村人たちに片っ端から声をかけていく。
「へえ、《妖精樹の樹液》って、《西の森》の木ならどこからでも採れるんですか?」
「ああ。いや、どこでもっていうと正確じゃないね、あれは、妖精樹っていう名前の木があるんじゃなくて、妖精が宿った木のことを妖精樹って呼んでるんだよ」
その中でも、NPCショップに買い物に来ていたおばちゃんNPCとの話で得られた情報は、私にとっても結構有難かった。以前フウちゃんから貰って、かなり良い回復ポーションが作れたんだけど、あれ以来補充が出来てなかったんだよね。
どこで採って来たのか聞こう聞こうって何度か思ってたんだけど、イベントで忙しくて採りに行く暇はないからって後回しにしてる内に、忘れちゃってた。
「妖精が宿ってるかどうかって、どうやったら分かるんですか?」
「さてねえ、同じ妖精や、その仲間なら分かるって聞いたことはあるけど、それ以外なら実際に樹液を採って舐めてみるしか分からないねえ。妖精樹から採れる樹液は、そりゃあもう甘いって聞くから」
「なるほどー」
妖精の仲間かぁ、フララも妖精蝶だし、分かるのかな? と思って視線を投げれば、こくこくと自信ありげに頷いていた。うん、これなら大丈夫そう。
「ああ、私も一度でいいから、エルフの隠れ里にあるっていう、聖なる大樹から採れる樹液を舐めてみたいもんだね。ほんの一舐めするだけで、5歳は若返るなんて言われてるんだよ?」
「へえ、凄いんですね」
聖なる大樹って言うと、前にリッジ君やネスちゃんと一緒に受けたクエストで、悪魔に取り憑かれてたあの木かな? あの時はあまり近づかなかったから分からなかったけど、実は樹液も採取出来たのかもしれない。
ただ、エルフの隠れ里か。そういえば、あのクエストもエルフの人から受注したんだっけ。
「エルフの隠れ里ってどこにあるんですか?」
「さてねえ、普通の人には見つけられないからこそ、隠れ里なんて言われてるんだし」
「ああ、なるほど、それもそうですね。あはは」
私がそうやって誤魔化すように笑うと、おばちゃんもまた可笑しそうに笑う。
「なんでも、妖精女王から祝福を受けて進化した、強力な妖精達の魔法によって、普通の人はエルフの里に近づくことも出来ないんだって。だから、そこに立ち入れるのは、妖精に認められた心の清い者だけだって話だよ」
「へえ……妖精女王から……」
その話を聞いて、私は未だにレベル上限のまま進化出来ていない、フララのことを思い付く。
妖精女王の祝福を受けて、妖精達が進化するんだとしたら、もしかしたらその眷属であるフララもまた、同じように妖精女王か、もしくは妖精に祝福を貰うことで進化の条件を満たせるのかもしれない。
「ミオちゃんくらい純粋な子なら、もしかしたら妖精にも気に入って貰えるかもしれないね」
「あ、妖精さんなら、私、1人知り合いがいますよ」
いつでも歓迎しますって言われたしね。まあ、なぜだかあれ以来、同じ場所に行ってもあのエリアに入れないんだけど……実は嫌われてるとかないよね? 入り口が変わったとかそんな話だよね?
「ええ、本当かい!? じゃ、じゃあ、もしエルフの里に行くことが出来たら、《聖なる樹液》をお土産に貰ってきてくれないかい? もし出来たら、お礼は弾ませて貰うよ」
「あ、はい、分かりました」
フララのことがあるから、どっちにしても行くつもりだったし。
そう思って引き受けると、予想通り、新しいクエストが発生した。
クエスト:若作りの秘薬を求めて
内容:《聖なる樹液》1つの納品
「…………」
せめて、そこは若返りの秘薬って言ってあげようよ。
そう、クエスト名にツッコミたくなった。
ちなみに、称号自体には特に追加効果はありません。それだけだと本当にただの称号です。
コスタリカ村のNPCショップでちょっとした限定品が買えたり、本編でミオが受けたような称号持ち限定クエストが受けられるようになったりするのが効果と言えば効果です。




