第88話 畑作りとファーマーへの道
2018/10/3
農業系のスキルないの? とのご指摘を受けて、その辺りの説明を今回と次回に追加しました。
クルトさんのホームは、コスタリカ村の入り口付近にある私と違って、村長さんの家の近くに、村の外観に溶け込むようにして存在してる。なんていうか、知らない人が見たら完全にNPCの家だって思っちゃいそうなくらい。
「ごめんくださ~い!」
そんなクルトさんのホームの玄関をノックして、反応を待つ。
少しすると玄関が開かれ、そこから顔を覗かせたのは……
「あっ……」
「む、お前は、外れに住んでおる娘か」
ホームを建てる時、私が訪ねた村長さんだった。
間違えたのかと一瞬思ったけど、村長さんの家は街で一番大きなお屋敷だから、ここじゃないのは確かだ。
だとすると、クルトさんの受けた何かのクエストなのかもしれないけど、そうなると少し間が悪かったかも。この村長さん、余所者に厳しいから、ちょっと苦手なんだよね。
「そういえば、娘、名はなんと言ったか?」
「え? えっと、ミオです」
「そうか」
ホームの改築をした時は、直接大工のカンタラさんのところに行ったから、村長さんに会うのは結構久しぶりなんだけど……あれ? なんか前より対応が柔らかいような? いや、名前忘れられてるし、そうでもないのかな? うーん、判断に困るなぁ。
「ダンカスの奴がいつも世話になっているそうだな。あいつは自分の畑が荒らされるうちは、他の連中の畑が荒らされることはないなどとバカなことを言って、鍬を武器にモンスターに向かっていくようなバカだが、これからもよろしく頼む」
「あ、はい、えっと……」
「それではな、偶には家にも来い、茶ぐらいは出してやる」
そう一方的に言って、去っていく村長さん。
相変わらず凄い不愛想だけど、本当、私が会わないうちに何があったんだろう? 凄く友好的になってるんだけど。
「えっ、あ、も、もう、来てたんだ!? えーっと、その、い、いらっしゃい! 今のはちょっと、村長さんが急に尋ねてきただけで、決して約束を忘れてたとかそういうのじゃないから!」
村長さんの態度に困惑していると、ホームの中からどたばたと、クルトさんが慌てて出てきた。
相変わらず、どこからどう見ても冒険者というより農家のお兄さんみたいな恰好をしたクルトさんは、酷く緊張した様子で私の前までやって来ると、歓迎の言葉を紡ぎつつも必死に弁明し始めた。
「いえいえ、私も来たばっかりですから、それに、私の方から相談させて欲しいって頼んだんですし」
フレンドとは言え、1度会っただけでほとんど話したこともない相手だから、出来るだけ丁寧な口調でそう微笑むと、クルトさんはほっと息を吐く……よりも前に、顔を真っ赤にして視線を逸らした。
……おかしいな、思ってた反応と違う。前に会った時は、かなり熱烈に農業の素晴らしさを説いてたハイテンションな人って印象だったんだけど。なんだか緊張してる? なぜ?
「全然! 相談なんて、いつでも構わないよ。それで、どんな相談事かな?」
「ああ、それは……」
「っと、いけないいけない! 女の子を玄関先で立たせたままにしちゃダメだよね、ささ、上がって上がって! 俺の畑で採れた良い茶葉があるんだ、ご馳走してあげるよ!」
緊張からか、私の言葉を遮ってそうまくしたてるクルトさんに苦笑しつつ、素直にホームの奥に案内される。
古き良き日本の茶室みたいなところに通されたんだけど、私、正座なんて出来ないし、どうしよう。
そうやって悩む私だったけど、クルトさん自身それほどこだわりがあるわけじゃなかったのか、敷かれた座布団の上に胡坐をかいて座っていたから、私も少しだけ崩して座ることに。所謂女の子座りってやつ?
ただ、それを見た途端、クルトさんは慌てて座り方を正座に変えてしまった。なぜに。
「ど、どうぞ」
私も正座にすべきか悩んでるところへ、クルトさんがそう言ってインベントリから取り出したのは、急須と湯呑み茶碗というなんともそれらしいアイテムだった。どこで売ってたんだろう、これ。
そんな疑問は他所に、急須からお茶を注がれ、白い湯気を立てる湯呑み茶碗を渡されて、私は早速一口飲んでみる。
「おお、美味しい……」
お茶の良し悪しなんてそこまで分からないんだけど、渋みや苦味が少なくて、ほのかな甘みのあるこのお茶は、中々飲みやすくて美味しかった。
そんな私の反応に、ほっとしたように胸を撫で下ろしたクルトさんは、すぐに嬉しそうにお茶の秘密を明かし始めた。
「それはね、玉露ってリアルにあるお茶の味が再現できないかと思って、色んなアイテムやら料理やらを作って検証しながら出来たやつなんだ。最終的に、《薬草》の栽培方法から手を加えて出来た《良質な薬草》からやっと作れたんだけど、気に入って貰えてよかった」
「へ~、そうなんですか」
やっぱり、栽培方法によって出来上がるアイテムの質は変わるらしい。
これだけでも、来た甲斐はあったけど、逆に言うと、それだけクルトさんが苦労して築き上げたノウハウなんだし、教えて貰えるかどうか少し不安にもなってきた。
いや、元から対価なしで教えて貰えるとは思ってないけど、今金欠だからなぁ……出来るだけお安くしてもらえると嬉しいな……
「っと、いけないいけない! ごめんね、元々相談があるってここに来てくれたのに俺の方ばっかり話して」
「いえいえ、美味しいお茶を貰えてありがとうございます。それで、相談事なんですけど……」
やっと本題に入れる、ってことで、私は早速、最近増えた召喚モンスターの食費が嵩んで困っていること、対処するために庭の畑に苗を植えたけど、あまり上手く行っていないこと、それで、何かアドバイスが欲しくてここに来たことを説明した。
話し始めてすぐの時は、若干ガッカリしたような空気が伝わってきて首を傾げたけど、畑が上手く行っていないことや、それのアドバイスが欲しいっていう話をしたら、飛び上がらんばかりに食いついてきた。
「いいよ、畑のことならなんでも聞いてくれ! ファーマー仲間の頼みであれば何でも聞いてあげよう!」
「私、ファーマーじゃなくてテイマーです!! いや、畑仕事はしますけど!!」
そうやって若干訂正を加えながら、しかし思ったよりもあっさりと、私はクルトさんの協力を取り付けることが出来たのだった。
クルトさんに話をした後、すぐに私の畑が見てみたいと言われ、案内することに。
色々と纏めておいたメモは無駄になったけど、実際に見て貰った方が早いのは確かだから了承して連れてきたら、取り敢えず畑を見るなり怒られた。ただ植えただけじゃないかって。
事実その通りだから反論も出来ず、まだ植えてからさほど経ってないのもあって苗を無駄にすることなく取り出せた私は、畑作りを一から教えて貰うことになった。
クルトさんの指導は、時々熱が入り過ぎて早口になったり、平然と専門用語が飛び出してきたりして若干分かりづらい面もあったけど、そういう時は質問すれば、嫌な顔一つせず私の質問した量の10倍くらいの情報を返してくれるから、私の頭が処理オーバーでショートしそうになること以外は特に問題なく進んだ。
「いいかい? 畑を耕す時は、ただ力任せに鍬を叩きつければいいわけじゃない、土の中に空気を混ぜ込むように、柔らかく根が張りやすいように、一振り一振りに愛情を込めて振るうんだ」
「はいっ!」
クルトさんの指導を受けながら、さりとて手伝って貰うようなことはなく、自分の手で鍬を振り、畑を耕していく。
畑を耕す作業は、鍬を1度振るえばそれで終わりっていうわけでもなく、クルトさんのOKが出るまで何度も振るって、少しずつ少しずつ形にしていく必要がある。
途中、石ころやら雑草やらが生えているのを見つければ、1つ1つちゃんと取り除いて行かなきゃならなくて、これがまた結構大変。腰が痛くなりそう……
これも、《農耕》スキルがあるとどの程度耕せばいいか分かるし、耕すまでの時間が短縮されるらしいけど……最初のうちは、ほぼあってもなくても手間は変わらないらしい。畑作りって最初が一番大変なのに、そこを過ぎてからやっと効果を発揮するスキルって意味あるの? いやまあ、私は今後も畑は拡張していくつもりだから、習得したけどさ。
本当に、疲れ知らずのアバターの体じゃないととても体力が持たない作業だけど、これもみんなのご飯のため、頑張ってやらないと!
「うん、取り敢えず耕すのはこんな感じで大丈夫かな、一旦休憩にしよう」
そうして作業を続けていくと、ようやくクルトさんからのOKが出て、私のホームの敷地内にある畑を全て耕し終えることが出来た。
肉体的にはともかく、精神的には中々疲れていたから、やっとひと段落付いたと思うと途端に全身から力が抜けていく。
「ふぅ、これでやっと育てられるように……」
「いや、まだだよ。ここから更に、肥料を《調合》で作って混ぜて行かないといけないから、その準備がいるよ。これが中々量がいるから大変だけど、素晴らしきスローライフのためにも頑張ろう!」
「ひえぇ」
うん、正直、農作業舐めてたかもしれない。まさかここまで大変だったなんて。
しかも聞いてみれば、これでもリアルに比べると随分簡略化されていて、実際にやろうとすると規模にもよるけど、畑を作り始めてから実際に種まきをするまで、1か月から2か月くらいはかかるみたい。それを思うと、やる気とアイテムさえ揃っていれば、1日で種まきまでいけるMWOは大分楽なんだって。
うん、流石にそこまで再現されたら私でもキツイから、リアル遵守されなくて良かった。ほんとに良かった。
「クルトさん、はい、お茶代わりのポーションです」
「あ、ありがとう」
畑仕事をやるってことで、外に持ち出したテーブルと椅子について、クルトさんとちょっとしたお茶会を開く。
それに合わせて、流石に鍬は扱えないからってことで私が作業しているところをじっと見ていたライム達が集まって来たから、クルトさんの分も含めてお茶菓子代わりのフルーツを振る舞うことに。
いつもなら、フウちゃんやムーちゃんもいるからもっとたくさん用意しないといけないんだけど、今日はフウちゃん、宿題をサボってたとかで家に缶詰めらしくて、MWOにはINしていない。まあそれでも、フララやビートのジュースなんかもいっぱい用意したから、テーブルの上はほぼそういうので埋め尽くされちゃってるけどね。
「お、俺が……女の子の手料理を貰える日が来るなんて……! くぅ、生きてて良かった……!」
「あ、あはは……そんな大げさな……」
なんだか無駄に感動されちゃったけど、ともあれ疲れていたことも相まって、ゆったりと寛ぎながらおやつ時の時間を楽しむ。
最初は、クルトさんが変に緊張してるのもあって中々会話が弾まなかったけど、そこは同じ村に拠点を構える物同士、話題には困らないから、私の方からあれこれと質問していくことに。
クルトさんって、根は話したがりなのか、自分の考えや知識を披露する時は何だか活き活きしてるんだよね。話についていくのはちょっと大変だけど、喋ってるうちに段々緊張が解れて自然に会話できるようになってきたみたいだし、狙い通り。
「え、あの村長さん、村のクエストこなしてくと仲良くなれるんですか?」
「うん、そうだよ。最終的には、会えば普通にお茶に誘ってくれるようになるんだ」
そうしてクルトさんと話した中でも特に興味を引かれたのが、コスタリカ村の村長さんとの友好度についての話だった。
どうやら村長さん、村にホームを建てたり、村の人達のクエストを何度も受けたりしてると少しずつ態度が柔らかくなっていく仕様だったみたい。
「それでね、お茶に行くと、クエストを頼まれるんだけど、それをこなすと、村の人達から受けられるクエストの量が一気に増えるんだ。どれも大したクエストじゃないんだけどね、それをすると、村の人達がホームまで定期的に採れた野菜なんかを持って来てくれるんだ。余り物だからどうぞってね」
「えぇ!? 野菜貰えるの!?」
つい素に戻って声を上げちゃったけど、それくらい私にとっては衝撃的だった。
野菜を定期的に……もしそうなら、私の食糧難が一気に解消されるかも!
「うん、けど、最初の村長のクエストっていうのがちょっと曲者でね。自分で、この村の中で育てた作物の納品クエストなんだ」
「そうなんですか? なんか随分と限定的……」
「俺もそう思ったんだけどね、何でも、それをもって初めて正式に村の一員として認めるってことだったから、コスタリカ村にホームを構えたプレイヤーにだけ発生するクエストなんだと思うよ」
野菜が貰えるって言っても、そこまで旨味の大きな話ってわけじゃないからね、とクルトさんは笑う。
まあ確かに、野菜も貰えるなら定期的な収入と言えなくはないけど、野菜そのものは料理ぐらいでしか使い道がないから、それほど必死になって取りに来るプレイヤーもいない気はする。それに、農地を買って作物を育てないと辿り着けないわけだから、タダで野菜を貰うためにしては、先行投資が大きすぎるし。
「なるほど……それじゃあ、畑作り、頑張らないとですね! 次は肥料作りでしたっけ?」
「うん、その通り。ここだとモンスターの糞とか、骨粉を使って作るのがいいよ。モンスターの糞は《東の平原》にいるマンムー達の傍で採れるし、骨の方は《ゴスト洞窟》の奥にいるスケルトンからドロップするよ」
「えっ」
聞き覚えのある名前に、私は思わず声を上げる。
《ゴスト洞窟》? それってあそこだよね、ゴーストとかそういうのがいっぱい出るとこ。前にウルと入り込んで、逃げ帰ったあの。
「どうしたの?」
「い、いやその……う、ううん、何でもないです!」
私の無駄に気合が入った声を、モンスターの糞の採取を嫌がってるものと勘違いしたクルトさんが、「あれは直接触れなくても、手を伸ばせば採取ウインドウが出るから」なんて言ってくれるけど、素直にお化けが怖いですなんて言えるはずもなく。
私はクルトさんの言葉に頷きながら、どうしたものかと頭を悩ませていた。
ついに閃の軌跡Ⅳが発売されましたね。予約してたので家に届いたんですが……前作まだ終わってない……今年中にやれるといいな……_(:3」∠)_