第84話 ホーム拡張と新たな問題
第五章開始です。前話でも言った通り更新ペースは落ちますが、少しでも早く更新出来るように頑張ります!
「ん~……」
イベントが終わり、元通りの緩やかな毎日に戻った私だったけど、今現在、深刻な問題に直面していた。
「お金がない……」
メニュー画面の端に表示された、今の所持金を示す数字を何度目とも分からないほど眺めた後、私はこれまた何度目とも分からない溜息を吐いて、そのままテーブルに突っ伏した。
私の体をよじ登り、ぽよんぽよんと跳ねて遊んだりしてたミニスライムのみんなが転がり落ち、ライムは私の様子を見て、心配そうに触手を伸ばして慰めようとしてくれる。
イベントが終わり、クラーケン討伐のクエスト報酬や、余ったクエストチップの換金で、随分と纏まったお金が手に入った私は、ひとまずコスタリカ村にある自分のホームの改修に乗り出した。
元々、使役モンスターや召喚モンスターを増やすには手狭だと思ってたのもあって、まずはホームの拡張だと土地を追加で買いつつ、物置小屋だったそれを拡張しリビングに変え、更にキッチン、お風呂場の増設を行い、ついでに荒れ果てたホーム周辺の農地を、半分ほどモンスター達が自由に遊べる庭に変えた上で、残った分もネスちゃんから栽培を頼まれた苗を植えるため、最低限整備した。
加えて、内装もいつまでも物置のままじゃダメだと、ソファやベッド、クッションに、今項垂れてるテーブルや椅子など、様々な家具を新規で購入し、そこそこ立派な一軒家へと変貌を遂げてる。
お陰で、イベントでの稼ぎも含めて、所持金がほとんど吹っ飛んだんだけど、それ自体は最初から分かってたことだから別に良い。問題は、その後。
「食費が……食費が賄いきれない……!」
私が頭を抱えたのは、新しく入ったミニスライム達のご飯事情だった。
一応、システム的に、空腹ゲージが存在するのはプレイヤーと使役モンスターだけで、召喚モンスターにはHP、MPはあっても、空腹ゲージはない。けど、食べること自体は出来る。
そして、召喚しておくだけでMPを消費し続けるフィールドでのおやつはともかく、そういった制約のないホームでは、私は召喚モンスターも出しっぱなしにしてるから、ペットのお世話を至上の喜びとしてる私としては、必要ないからってご飯をあげないなんて選択肢はない。
ただ、そうなってくると、元々《悪食》スキルの影響で、ミニスライムの時から食欲お化けだったライムが、そのまま10体増えたような物。当然、消費される食材アイテムの量は一気に増え、みんなの好物の研究の甲斐もあって更に増えたレパートリーも相まって、毎日毎食少しずつ、赤字が徐々に積み重なっていく事態に。
素直にミニスライム達にはご飯を我慢して貰えれば解決する問題ではあるんだけど、召喚した時のあの、餌を待ち望む雛鳥のような愛くるしい瞳(?)を向けられたら、それはもう身を切ってでもご飯をあげないといけない使命感に駆られてしまう。早い話、そっち方面での解決は私には無理。絶対無理。
とは言え、このまま座視していたら、いずれはお金も食材アイテムも底を尽いて、本当にライム達が餓死しちゃう。それだけは避けないと。
「何とかしないと……!」
イベントが終わり、1人で行動することが多い今、あまり難易度の高い、報酬の良いクエストはこなせない。
かと言って、いつもやってるようなグリーンスライム討伐クエストなんかだと、ぶっちゃけ焼け石に水。一応欠かさずやってるけど、あんまり効果はない。
明日明後日で破産するほど追い詰められてるわけではないんだけど、だからこそ、もっと根本的な解決を図らないといけない。
「ピィピィ」
「ごめんねフララ、フララの進化だってまだなのに」
「ピィ!」
気にしないで! とばかりに首を横に振るフララに、私はちょっとばかり自分が情けなくなってくる。
そう、こっちは食糧難に比べると、特に早急に片付けなきゃいけないっていうほどの問題ではないんだけど、フララはイベントが終わる直前、レベルが上限に達して、そのまま進化が出来ないでいた。
元々フララは、《西の森》のクエストで出会った結構特殊なモンスターだし、進化条件も何か特別なことが必要なのかもしれないんだけど、攻略サイトで調べても、あまりフェアリーバタフライをそこまで育て上げた人はいないのか、情報が全くと言っていいほどなかった。
「流石に、ライムみたいに何かを食べまくれば……ってことはない、よね?」
「ピィピィ!」
心外な! とでも言いたげに体を揺らすフララに対し、ライムがぷるるっ! と体を揺らして抗議する。
うん、私からすれば、どっちも十分食いしん坊だから大丈夫だよ。食いしん坊レベルが、一般人とフードファイターくらい開きがあるから目立たないだけで。
「とりあえず、手掛かりがないフララの件は後回しにするにしても、ご飯どうしよっか」
私がそう呟くと、ライムもフララも、そしてそれ以上にミニスライム達が深刻そうな表情(?)を浮かべ項垂れる。
なまじ食いしん坊なだけに、日々のご飯が無くなる危機となればやっぱり死活問題なようで、いつもは元気にぽよぽよと跳ね回る子達も、今この時ばかりは大人しい。
「ビビ」
「ビート? どうしたの?」
そんな私達の重い沈黙を打ち破って、ビートが私のローブの裾を前足で掴み、くいくいと引っ張る。
一体どうしたのかと思ってそっちを見ると、ビートはちょいちょいと、もう片方の手で窓の外を指差していた。
「もうビート、外がどうしたの?」
ビートが指差した窓から見えるのは、私のホームの敷地の半分を占める畑部分だ。
そこには、私やネスちゃんがイベントの景品として手に入れた、各種食材アイテムの苗が植えられて、後は成長を待つばかりの状態になってる。植えてからあんまり時間が経ってないとはいえ、全然成長してない気はするけど……少なくとも、まだまだ収穫できるのは先になるってことは間違いない。
「あのねビート、あれが採れるのはまだずっと先だよ?」
「ビビビ!」
だから、そう優しく教えてあげると、どうやらビートが言いたいのはそれのことじゃなかったようで、ぶんぶんと体ごと首を左右に振る。
キメラビートルになっても、カブトムシとしての骨格はそのままだから、首だけ振り回すなんて真似は出来ない。そしてギガビートルだった頃ならともかく、今のサイズでそれをやられると中々の範囲がビートのツノに巻き込まれて、ミニスライム達がぽよぽよんっと跳ね飛ばされる。
ここはホームの中だから、そんなことになってもダメージは発生しないけど、飛ばされたミニスライム達はビートに抗議するように、ぺしぺしとその体をぶつけ始めた。
どうしたらいいか分からずおろおろするビート可愛い。
「ほら、ビートもわざとじゃないから、許してあげて? それで、ビート、うちの庭じゃないなら、何を指差してたの?」
けど、そんなビートを眺めてるだけじゃ話が進まないから、ミニスライム達を抱き上げて宥めつつ、ビートに水を向けて話を戻す。
するとビートは、気を取り直してもう一度窓の外……どうやら、私達の畑より、更に先を指差してたみたい。
「んー?」
それに釣られ、私も畑の向こうに視線をやれば、そこに広がるのは一面の畑。
NPCの……というわけじゃない。
あそこに広がる、うちの何倍も大きい畑は、全部1人のプレイヤーの所有物だ。
「クルトさんの畑?」
この過疎気味のコスタリカ村において、クエストや農産品の購入以外で、まともにホームを構え、しかも畑まで持ってる唯一のプレイヤー。
私とは、一応同じ村に拠点を持ってるプレイヤーとしてフレンド登録してあるけど、そういえばあの時以来、会ってなかったなぁ。
「あれは他人の畑だから、食べちゃダメだよ?」
ビートの言いたいことに当たりを付けて聞くと、またも首を横に振る。
今度は、ミニスライム達が飛ばされる前に、ライムが触手で助け出したから、被害はなかった。
「じゃあ、んー……クルトさんに、ご飯分けて貰おうってこと?」
そう言うと、今度は我が意を得たりとばかりに、ビートがぶんぶんと首を縦に振った。ツノがガンガン床に当たってて、壊れないか凄く心配。ていうか危ない。
「なるほど。ビートの言うように、クルトさんに恵んで貰うのは却下だけど」
「ビビ!?」
「でも、クルトさんを頼るってことは良い案かも」
私の周りの人達って、戦闘職ばっかりだし、唯一の生産職だったウルもあくまで鍛冶師だから、畑の使い方について教えてくれる人は誰もいない。
食糧難の解決のために、最近はクエストと並行して《西の森》での食材採取も多めにしてるけど、これに畑での収穫が加われば大いに助かるし、その辺りのノウハウを教えて貰えるなら、その方が良いよね。
「よし、そうと決まれば、クルトさんのところに行ってみよっか。……今日の始業式が終わったら」
話が纏まったのはいいけど、実のところ、夏休みは昨日で終わり。今日から、また学校が始まる。登校前のご飯をあげに来ただけだから、そろそろ学校に行く準備をしなきゃいけない。
そう言って、私はライム達を1体ずつ順番に撫でてあげると、そのまま名残惜しい気持ちを抑え、MWOからログアウトした。