第82話 報告と打ち上げ
『そうか……クラーケンは打ち倒されたのか』
クラーケンを打ち倒した後、ボロボロの船でどうしようかと思っていたら、例の幽霊船がどこからともなくやって来て、セルジオラさんとの会話イベントに突入した。
積年の恨みであったクラーケンが倒されたと聞いて、どこか遠い目をしながらその言葉を噛み締めるように呟くセルジオラさんを前に、誰もが口を噤む。
『ありがとう。これで僕も、思い残すことはもう何もない。君達には感謝してもしきれないよ』
「ふははは! 我にかかればあの程度、物の数ではないわ!」
「ネスちゃん空気読もうねー、はい、これでも飲んで」
「むぐっ!? んぐんぐ……」
いつものように無い胸を張って威張り始めたネスちゃんの口にジュースを押し付けて、壊れそうになった空気をすんでのところで維持させる。
周りからの温かい視線を見ていると手遅れな気もしないではないけど、そこは気にしないことにしよう。実際、セルジオラさんは気にしてないみたいだし。
『お礼、と言っても、僕が勝手に渡していいのかは悩みどころだけど、ウィルフィーヌはもう旅立ってしまったそうだからね……アトランティス最後の一人として、僕が代わりに務めを果たそう』
今すぐにでも追いかけたそうな声色で、けれどそれを表情にはおくびにも出さず、セルジオラさんは言う。
『怪物を討ち果たせし英雄達よ、アトランティス王より褒美を与える! 仮令国が滅ぼうと、今ここに培われた友誼は永遠なり!』
クエスト:故国への想い 2/2
内容:クラーケン1体の討伐 1/1
・1000000Gを入手しました
・海王の槍を入手しました
・クエストチップを10枚入手しました
「……んん?」
なんか貰えた金額の桁がおかしい気がするんだけど。あれ、驚いてるの私だけ?
いや、みんな驚いてるか。え? お金じゃなくて海王装備が貰えたことがびっくり? いやうん、別に槍なんていらないからそっちはどうでも……
「謹んで、頂戴致します」
そんな私の疑問はさておいて、私達の代表としてお兄がセルジオラさんの前に跪き、頭を下げる。
それを見て、満足そうにセルジオラさんは笑うと、その体がどんどんと薄く透けていく。
『これでようやく、ウィルフィーヌの下へ行ける……さらばだ、盟友達よ……』
穏やかに微笑みながら、消えていったセルジオラさん。
それを見送って、ちょっぴりしんみりした空気が辺りを包む中、「さて」とお兄は立ち上がって、みんなの方へ振り返った。
「それじゃあ、まだイベントは終わってないけど、クラーケン討伐を祝してパーっとやるか! 金も入ったし、盛大にやろうぜ!」
お兄の言葉に、おおーー!! っと歓声を上げるギルドメンバーの人達。
しんみりした空気を吹き飛ばすその掛け声に、少しだけ苦笑する私だったけど、でも……こうやってすぐ切り替えられるのもまた、ゲームならではかと思って、私も一緒になって声を張り上げた。
「で、なんで私が料理することになってるの?」
「そりゃあお前、《料理》スキル持ちはそういないからな。持ってるやつは全員作り手だ」
《スプラッシュアイランド》の西側、拠点からぐるっと反時計回りに島を1周したくらいの位置にある砂浜は、広大なセーフティエリアになっていた。
特に採取アイテムが採れるわけでもなく、モンスターが出て来るわけでもないから、泳いで遊んだり、あるいはこうやってバーベキューモドキをやって楽しんだりっていう用途以外では訪れる理由もなく、イベント中の今はかなり空いてるエリアだっていうことで、クラーケン討伐の打ち上げは、ここで行われることになった。
「先輩~、ご飯、ご飯はよ、です~」
「フウちゃんも《料理》スキル取って手伝ってくれてもいいんだよ?」
「え~、嫌ですよ、私は食べる専門ですから~」
そう言うなり、フウちゃんはムーちゃんに寄り添い、ぐでーっとだらけ始めた。
ボスが終わるなり、打ち上げが始まる前に急いで迎えに行ってたんだけど、それ以降ちっとも離れようとしないあたり、やっぱり一緒に戦えなくて、フウちゃんも少し寂しかったのかもしれない。
まあ、ここ最近ずっとクラーケン討伐のために一緒に頑張ってくれてたし、今日のところはダラダラするのも見逃してあげよう。
「み、ミオ、これどうすれば……」
「あ、ユリアちゃん、それはね……」
そうしてると、傍にいたユリアちゃんからヘルプが入ったから、後ろから手を取って、包丁の扱いから教えてあげる。
トン、トン、トン、と手を添えたまま食材を切っていくんだけど、ガチガチに緊張してるせいで中々上手く行かない。
「ごめんミオ……」
「いいの、最初は誰だってそんなものだから、気にしない気にしない」
そうやって頭を撫でてあげると、ユリアちゃんは少し照れながらふいと料理の方に向き直る。今ので多少は硬さが取れたのか、さっきよりはちゃんと出来そうだ。
フウちゃんがダラダラしてる中、ユリアちゃんが躊躇なく《料理》スキルを習得して、手伝ってくれると言い出した時はびっくりしたけど、こうしてると妹に色々教えてあげるお姉ちゃんになった気分になれて楽しい。
リン姉も、私にあれこれ教えてくれる時はこんな気分だったのかな?
「ミオちゃん、ユリアちゃん、手伝ってくれてありがとう」
「あ、リン姉。それと、フレアさん」
「はい、フレアです。覚えてくれていたんですね」
そんな私達のところにやって来たのは、既に出来上がった料理を運んでいるリン姉とエルフ耳の弓使いの女の人、フレアさんだ。エルフなのに胸が大きい。凄く大きい。うん、おかしくない? いや、エルフ耳はアクセサリーだから、厳密にはエルフじゃないのは分かってるけど。分かってるんだけど!!
「それはもう、フウちゃんがお世話になったみたいですし」
そんな内心はおくびにも出さず、笑顔で応対する私に、フレアさんは首を傾げ、リン姉は苦笑を漏らす。
あれ、おかしいな、何でそんな反応なの? こんなにも笑顔なのに。
「私のほうこそ、フウさんと一緒にやれて良い経験になりました。あれだけ連射していて、狙いが全然ブレてないんだから、エイミングがよっぽど上手なんでしょうね」
「へー、そうなんだ……」
弓は使ったことないから、どんな仕様になってるのか分からないけど、改めて人からそう言われると、フウちゃんのことも多少は見直し……いやうん、あんなぐでーっとしてる子が凄いなんて全然思えないや、フウちゃんはやっぱりフウちゃんだよ、うん。
「もう少ししたら、買い出しに行ってる子が戻ってくるはずだから、そうしたら一緒に休憩しましょう」
「はーい」
意外なことに、リン姉とフレアさんは2人とも《料理》スキル持ちだったんだけど、それでも4人でこの大所帯を満足させるのは難しい。
いや、ゲームなんだから満腹になるまで、って意味なら十分出来るはずなんだけど、ゲームだからこそこういう時はみんな文字通り際限なく食べ続けちゃうから、とても追いつかない。
そういうわけで、私達4人を除く全員でじゃんけん大会をした結果、負けた何人かで食料アイテムの買い出しに行ってるっていうわけだ。ちなみに、今作ってる分も含め、代金自体は《料理》スキルを持ってない人達全員で割り勘だって。
「あ、噂をすれば影ね」
そうやってリン姉と話してると、隣のエリアから歩いてくる3人のプレイヤーが目に入った。
買い出しに行ってきた、っていうと大量の荷物を抱えて帰ってくるのが定番なイメージがあるけど、ゲームの中にはインベントリっていう万能にして最強の収納袋があるわけだから、みんな手には何も持ってない、身軽な状態で歩いてくる。
武器と鎧を身に付けた完全武装の姿を、身軽と言っていいのかは激しく悩むけど。
「みんな、買ってきた、ぞ……」
そして、そんな買い出し集団の先頭に居た気障なイケメンことナンパ男、もといフレッドさんは、料理を教えてる最中の私とユリアちゃんを目に止めるなり、光の速さで私達のところまで駆け寄ってきた。
「うわわっ」
「ねえ、ミオさん、やっぱり俺のギルドに入らないかい? もちろんユリアさんも一緒に! 2人のような可憐で嫋やかな乙女は、俺が必ずこの手で守ってみせ……そげぶっ!?」
私の手を取って、熱烈な勧誘を行ってきたフレッドさんは、その言葉を言い終えるよりも先に、横合いから飛んできた拳に吹っ飛ばされて、砂浜を転がっていった。
うん、流石ゲーム、吹っ飛び方もまるでギャグ漫画みたい。
「おうフレッド君や、何を君は勝手に人の妹を勧誘してくれてるのかな? そこはまず兄である俺に断りを入れてからが筋ってもんじゃないかな? うん?」
「そんな筋聞いたことないわっ! 別に彼女たちはキラのギルドに入っているわけじゃないんだろう? だったらフリーだ、俺が勧誘したっていいじゃないか!」
「るっせー! お前みたいなナンパ野郎にミオを任せてられるか! どうしてもってんなら俺を倒してからにしやがれ!」
「上等だキラ、今回のレイド戦は君達の方が人数が多いから大人しく指揮下に入ったが、個々の実力ならば俺達のほうが優れていると証明してやる! そして、銀髪巨乳っ子と銀髪ロリっ子を我が手にぃぃぃ!!!」
「テメェやっぱそれが目的か!! その腐った性根叩き直してやらぁぁぁ!!!」
起き上がったかと思えば、口論もそこそこに速攻で決闘が勃発するお兄とフレッドさん。
レイドボス戦したばっかりなのに、元気だなぁ。
「ごめんねミオちゃん、ユリアちゃんも、あの2人いつもああだから」
「いつもって、あのナンパ男、お兄のリアルの知り合いなの?」
「ええ、クラスメイトなの」
「えぇ!?」
リン姉からのまさかのカミングアウトに、私はもう一度、大剣と盾をぶつけ合う2人の方を見やる。
いやまぁ、確かにあーだこーだ言いながら仲は良さそうだけど、まさかクラスメイトだなんて……
「お兄、実は学校であの人と一緒にあっちこっちナンパしたりとかしてないよね?」
「ナンパはしてないかしら? ……前に女子更衣室を覗こうとしてたから、お灸をすえた事はあるけれど」
よし、後でお兄はしばいとこう。
「ミオ、出来た」
リン姉からの報告にそう決意を固めていると、思ったより時間が過ぎていたのか、ユリアちゃんの料理が完成していた。
作って貰ったのは、適度な大きさに切った肉や野菜を串に刺して焼くだけの、シンプルなバーベキュー風串焼きだ。香ばしい匂いを漂わせる肉と、焼き上がった野菜とが交互に並んだそれを見れば、それだけで自然とお腹が空いてくる。
ちなみに、海鮮串焼きってことで、クラーケンやスクイドヒューマ、ミニクラーケンからドロップした食材も一応焼いてあったりする。誰が食べるかは知らないけど。
「うん、上手に出来てる、ありがとうユリアちゃん」
「ん」
褒めながら頭を撫でると、ユリアちゃんは嬉しそうに目を細める。
実のところ、MWOの料理はスキルとレベルさえ足りてれば、あとはレシピで何の食材アイテムを使うかで味や見た目がほぼ決まるから、本人のリアルでの腕前はそう関係ないんだけど、それを言うのは野暮ってものだよね。
「さて、それじゃあ私達もみんなのところに運ぼうか」
「うん」
出来上がった料理を、リン姉やフレアさんと一緒に各人へと配膳していく。
レイドメンバーの人達は、大体が自分の所属してるギルド同士で固まって談笑しつつ、時折数人が他所の固まりに出向いて交流に花を咲かせる形になっているようで、必然的にお兄のギルドにも、フレッドさんのギルドにも所属してないフウちゃん、リッジ君、ネスちゃんは、体の大きいムーちゃんを目印に、一か所に纏まって座っていた。
「みんな、ご飯出来たよ」
「お~、待ちくたびれましたよ先輩~」
私達が焼いてる最中でも、遠慮なく後ろから急かしていたフウちゃんが、待ってましたとばかりに串焼きを手に取り、齧り付く。
リアルだったら、そんなにがっついたら火傷するよ? って言いたくなる光景だけど、ここはゲームの中だから、多少熱くても火傷はしないし、そもそも一定以上の強烈な熱さを感じることはない。
それに慣れると、リアルの串焼きを食べる時に大変な目に遭うんだけど……まあ、そこはフウちゃん次第だから気にしなくてもいいか。
「ん~、これ、ユリアが作ったんですか~?」
「うん。……どう?」
フウちゃんの問いかけに、頷きつつ、あまり表情を変えずに尋ねるユリアちゃんだけど、その内心はかなりドキドキしてるだろうことは言われなくても分かる。
そしてそれはきっと、フウちゃんも分かってるんだと思う。無駄に長~い溜めを作って、ユリアちゃんを焦らせて遊んでるし。
にやにやと悪戯っ子のように笑うフウちゃんをジトーっと睨むと、観念したかのように肩を竦めて、ようやくその言葉を口にした。
「とっても美味しいですよ~、もっと欲しいです~」
「そう……良かった。うん、もっと食べて」
意地悪な笑みから、ぽわぽわとしたいつもの笑顔に戻ったフウちゃんを見て、ユリアちゃんもほっと胸を撫で下ろす。
それを見て私も笑顔を零しながら、残りの串焼きをリッジ君とネスちゃんのところへ持っていく。
「はいリッジ君、こっちは私が作ったやつ」
「ありがとミオ姉」
「あ、こら! リッジだけ全部持っていくな、ズルイぞ!」
私がお皿ごと全部リッジ君に渡したのを勘違いしたのか、ネスちゃんがそう詰め寄ってくる。
それを見て、2人で苦笑を浮かべながら、リッジ君は串焼きを一本手に取り、ネスちゃんの口元へ差し出した。
「ふぇ?」
「別に独り占めしようだなんて思ってないよ。ほら、どうぞ」
直接口にはしてないけど、明らかな「あーん」の構えに、ネスちゃんの顔がみるみる赤くなっていく。
「どうしたの?」
「な、なんでもない! はぐっ!」
リッジ君が問いかけると、ネスちゃんは半ば意地になったかのように串焼きに食らいつき、益々顔を赤くしながらぷいっとそっぽを向いた。
それを見て、リッジ君は首を傾げてるけど……リッジ君、自分がされると恥ずかしがるのに、人には自然にしちゃうのかぁ……うん、これは筋金入りだね。
顔を見るに、リッジ君自身はネスちゃんのこと、食いしん坊で手のかかる妹が出来たみたいにしか思ってない感じだけど、ネスちゃんの方は、これはうん……頑張れ、お姉ちゃん応援してるよ!
「ええい、笑うなミオ!」
「笑ってないよー」
無意識のうちにニマニマしてたのがネスちゃんにバレちゃったけど、私は素知らぬ顔でそう言って、ぱくりと串焼きを頬張る。
うん、美味しいなぁ~、ネスちゃんの赤くなった可愛い顔を見ながらだと、猶更美味しいなぁ~。
「うぐぐぐ……!!」
「ほらネス、串焼きならまだあるから、そんな顔しないで」
「べ、別にそういうわけではないっ!」
「はいはい、ほらどうぞ」
「うっ、ぐっ……はむっ」
リッジ君に差し出された串焼きを、さりとて拒むことも出来ず、もう一度口にするネスちゃんの顔は、もはや茹蛸のように耳まで真っ赤になっていた。
いやあ、可愛いなぁ。これを見ながらご飯3杯は食べられそうだよ。
「先輩、顔が凄い事になってますよ~?」
「ミオ、意地悪はよくない」
「あはは、ごめんごめん」
フウちゃんやユリアちゃんに窘められて、私は素直にリッジ君達から離れると、もう一度だけ2人の方を見やる。
あんなに赤くなったネスちゃんの顔にも気付かず、串焼きを食べるリッジ君に、少しだけやれやれと思いながら、私もフウちゃん達と並んで座り、串焼きを1つ解体すると、ずっと羨ましそうに涎を垂らしていたライムやフララに食べさせてあげた。
やっと食べられた串焼きの味に、それぞれ嬉しそうな反応を返してくれる2体に微笑みつつ、その体を優しく撫でる。
イベントも終盤。まだ数日残ってるとは言え、やるべきことは概ねやり切った。後は精々、フウちゃんの当初からの要望通り、この常夏の島で、ゆっくりバカンス気分でも味わうくらいだ。
水平線に沈んでいく夕日を眺めながら、私はそう、予定とも言えない予定を立てながら、ライムとフララの体を撫で続けていた。
次話で第四章も完結です。