第81話 クラーケンと決着の炎
敵意の籠った眼で私達を見ながら、ゆっくりと近づいてくるクラーケン。
けれど、私達は目の前にいるクラーケンの眷属に対処するので精一杯で、クラーケンの方に対処する余裕はなかった。
「くそ、数が多いな、このままじゃクラーケンに押しつぶされるぞ」
「じゃあどうする?」
盾職の人達が群がってくるモンスターの気を引いて、そのまま押し留める。
数は多いけど、それはこっちも同じ。スクイドヒューマやミニクラーケンがいくら出て来ても、それだけで負けるほどみんな弱くはない。
でも、こうしてる今もクラーケンが迫ってきてるから、どうしてもそっちに意識を取られて、上手く連携が取れてないみたい。
「一気にやるしかないわね。クラーケンの注意を他所に引き付けて貰っている間に、上がってきたミニクラーケンやスクイドヒューマ達を片付けて、その後準備が出来次第、一斉砲火でクラーケンを仕留めましょう」
「他所に引き付けるって、どうやって?」
あのクラーケンの気を引くって、大前提としてこの船から降りても行動できる人じゃないとダメなんだけど……あっ、もしかしてお兄が言ってた小型船って、そのためにあるのかな? いやでも、そうだとしても今はこの場にないし、だとすれば、それ以外で船から離れられる人……って、それもしかして。
「気付いた? ミオちゃんがビートに捕まって船から離れて、そっちにクラーケンを引き付けて欲しいの。ああ、多分さっきのミオちゃんの攻撃で、クラーケンのヘイトはミオちゃんに向いたと思うから、そういう意味では大丈夫だと思うわよ」
「えぇぇ!?」
いや、確かにビートがいれば、私空飛べるし、小型船がない状態ではそれが唯一の方法だっていうのは何となく分かる。他のテイマーの人も、鳥型のモンスターとか使役している人はいても、人を運べるほどのサイズを連れてる人はいないみたいだし。
ただ、それをやれって言われても、あの触手に全力で襲われながら逃げ続けるって、かなり難しいんだけど。
それに……
「こうもプレイヤーが密集してると、ビートが飛び立てないんだけど……」
後衛職の人達を守ろうとして、外側を盾職の人が咄嗟に固めてくれたんだけど、そのせいで今は大分密集状態になってて、ビートが飛ぶためのスペースがない。流石に、垂直離陸なんて真似は出来ないし、まさかプレイヤーを蹴散らしながら飛び立つわけにもいかない。
「なら、何とか包囲を崩して、乱戦に持ち込むしかないわね」
「何とかって……」
出来たら苦労はないんじゃ。そう思っていたら、不意に私の裾をくいくいと引く、小さな姿が目に入った。
「ミオ、それは私がやる。だから、クラーケンの方はお願い」
「ユリアちゃん? ……うん、分かった!」
話を横で聞いていたのか、簡潔にそう伝えてくるユリアちゃん。その小さな、けれど力強い声に押され、私もまた大きく頷きを返した。
「よっ……!」
掛け声と共にその場で跳び上がり、傍にいたプレイヤーの肩を足場にして、モンスター達の包囲の更に外側まで、一気に躍り出る。
いつか見た、マングローブエリアでの八艘飛びみたいな大跳躍に、傍にいたプレイヤーの人達が目を丸くする中、ユリアちゃんは早速とばかり、近くにいたスクイドヒューマに向け猛然と斬りかかった。
「ふっ……!」
闇色のエフェクトを纏いながら、鎌を振り回す小さな影が疾駆する。
私達を取り囲み、優位を確信して笑っていたスクイドヒューマの首筋から次々と紅いライトエフェクトが迸り、その体をポリゴン片に変え霧散していく。
「うおっ、なんだ今の!?」
「あんな奴いたのか?」
ずっと隅っこで目立たないようにしてたからか、今存在に気付いたって人もやっぱり結構いたみたいで、そんな声がちらほらと聞こえてくる。
けどそれも、ユリアちゃんが目深に被ってたフードが取れ、その顔が露わになるまでだった。
「次」
銀の髪をたなびかせながら、次々とモンスターを屠っていくユリアちゃん。
触れれば折れちゃいそうなくらい儚げなその容姿とは裏腹に、殺戮の限りを尽くすかのような恐ろしい強さを持つその姿は、見る物を惹きつけ畏れさせる、不思議な魅力を放っていた。
「おお……」
「可憐だ……」
そんな姿を見て、戦闘中なのも忘れて見入る人が続出して、目の前のスクイドヒューマに殴られてたりしてるけど、そっちは気にしないことにしよう、うん。
ともあれ、ユリアちゃんが包囲の外から攻撃を加え、ヘイトが移り変わったことで、包囲に穴が開いた。
「ああもう、何1人で突っ込んでるのさ! 少しは周りに合わせてよね!」
「リッジじゃ真似できないかと思って」
「……言ったな? よし、この間の勝負の続きだ、今度は負けないぞ」
「望むところ」
その穴に駆け込み、包囲を崩した代わりに囲まれつつあったユリアちゃんの下に、リッジ君が駆け込む。
相変わらず口喧嘩しちゃってるけど、あの2人はもうあれで良い気もする。息もぴったりだし。
そして、そんな2人を援護しようと、後衛を守る盾職以外のプレイヤー達が包囲の外に抜け出して、船の上は激しい乱戦へとその様相を変えていった。
「よし、それじゃあ行って来るね、リン姉!」
「ええ、お願いね」
「行くよビート!!」
「ビビ!」
それを見届けるなり、私はビートの足に捕まり、船から飛び出す。
向かう先は、怒り狂ったクラーケン。全部の準備が終わるまで、ちょっとの間、私に付き合って貰うから!
スクイドヒューマの槍とプレイヤーの剣が交錯して、火花を散らす。ミニクラーケンの触手が絡みつき、反撃で斬り飛ばされポリゴン片となって砕け散る。
そんな激しい戦闘が行われている船の上だったけど、今私はそこにはいない。
怒りの眼で船を見据え、叩き潰そうと迫って来たクラーケン。その触手が船に届く前に、私はビートの足に捕まって、もう一度接近を果たしていた。
「ひゃーーー!?」
私を見るなり、クラーケンはその10本の触手を操り、私目掛けて繰り出してきた。
リン姉の予想だと、今のクラーケンのヘイトは私に向いているから、そんな私がクラーケンに纏わりつけば、船へ近づくのをやめて足止めになるだろうってことだったけど、まさに今、その通りのことが起きている。
「ビート、回避、回避ー!」
「ビビ!」
ただ、予想通りなのは嬉しいけど、こんな攻撃の最中で時間稼ぎをしなきゃならないのは普通にキツイ。
リン姉、あれで結構スパルタなところあるから怖い。前も勉強教えてって言ったら、本気で一日中缶詰にされたことあるし。
……いやうん、今はそんなことはいいや。
「こ、これ、いつまで持つかなぁ」
襲い来る触手は、そこまで速いわけじゃない。
でも、1本1本が凄く太くて大きいから、物理的に逃げ道がかなり狭い。
それでいて、攻撃範囲外まで逃げちゃうとすぐに諦めて船へ向かうから、逃げ出すわけにもいかない。
右へ左へ、上へ下へ、迫りくる触手を避け、僅かな隙間を潜り抜けてビートは飛び続けてくれるし、避けきれない物はライムが《触手》スキルで作った盾で防いでくれるけど、直撃を受ければとても耐えきれない。
クラーケンもそれは分かってるのか、段々攻撃が嫌らしく、逃げ道を塞ぐような攻め方へと変わってきて、徐々に追い込まれていく。
「っ、《アンカーズバインド》!!」
逃げ道を塞がれたところで、正面から叩きつけるように触手が迫って来る。
それを見て、私は咄嗟にアーツを使って近くの触手を掴み、ビートの動きに急制動をかけた。
掴んだところを支点に、ビートが真っ直ぐ進もうとする力と、私が引き留めようとする力がせめぎ合い、結果、普段じゃあり得ないくらいの急速カーブを空中に描く。
「ひあぁぁぁ!!?」
怖い怖い怖い! もう少しゆったりとした戦闘に出来ないのこれ!?
そんな文句を内心叫びながらも、私はクラーケンの攻撃を躱しきった段階でちゃんとアーツの効果を解除して、すぐにクラーケンの触手が群がる反対側へとビートを向かわせて時間を稼ぐ。その間に、触手の操作にかかりきりでいつもみたいに私のMP管理まで手が回らないライムに代わり、自分自身で《MPポーション》を使えるだけ使ってビートの維持コストで減った分を回復させておく。
今のは奇策の類で、初めてやったことだからクラーケンも対応できなかったけど、この子結構賢いのか、私達の動きに合わせて攻め方を変えてきてるし、次同じことをやってももう通じないかもしれない。
「うー、リン姉の準備はまだかな……!」
傍から見てる分には大した時間は経ってないのかもしれないけど、こうして神経をすり減らすような戦闘をしていると、思ってる以上に時間が経つのは遅くなる。リン姉から言われた時間稼ぎは、ほんの数分止めておいてくれればいいって言うだけだったのに、その数分が物凄く遠い。どうしても回避が辛くなって距離を開ける度、クラーケンは少しずつ船へと近づき、その触手を伸ばそうとする。
信じてはいるけど、うぅ、リン姉、早く……!
そう、願えば願うほど時間はゆっくりと流れていき、いい加減限界だと音を上げそうになった頃、ようやく待ちに待った知らせが届いた。
『準備出来たわ、離脱して、ミオちゃん』
「よし! ビート、全速離脱ーー!!」
本文にはそう書いてあったんだけど、実のところメッセージが届いた段階で、私は即座に離脱していた。
もし間違ってたら色々とマズイことになってたかもしれないけど、ちゃんと合ってたんだから今回は英断だったということで一つ。
「行くぞお前達、我ら魔術師の力、あのデカイだけが取り柄のイカに見せつけてやれ!!」
船に向かって飛んでいくと、ネスちゃんのそんな音頭を皮切りに、長杖を構えたプレイヤー達が色とりどりの魔法陣を浮かび上がらせ、発射態勢に入る。
そして、それらが放たれる一瞬前、リン姉の凛とした声が響き渡った。
「みんな、発射ーー!!」
魔法の先駆けとして、生き残っていた数門の砲台が火を噴き、砲弾を吐き出す。
それは一直線にクラーケンへと突き刺さり、紅蓮の炎を巻き上げる。
さっきまでの砲弾は、爆発してダメージを与えたら終わりだったけど、今度の砲弾は少し違った。
咲いた炎の華が、そのままクラーケンの体に纏わりつき、燃え続ける。
これは《焼夷弾》っていう特殊な弾で、通常の砲弾と違って船に搭載できる数に限りがある他、この船を造ってくれた船大工の人に有料で用意して貰える、かなりお高いヤツらしい。
だから数が少なかったんだけど、今使わずにいつ使うとばかりにありったけ叩き込んでる様子で、巨大なクラーケンの体が全て炎に飲み込まれた。
もちろん、燃やすことが目的の弾だから、それ自体のダメージはさほどでもないんだけど、クラーケンは、燃えてる間は肉質が変わり、炎以外の属性の攻撃もよく通るようになる。
それは、魔法であっても同じことだ。
「喰らうがいい、《インフェルノバースト》!!」
ネスちゃんの真っ赤な魔法陣から、漆黒の太陽が放たれると同時、氷の槍や緑の竜巻、土くれの雨や光の砲撃、闇の剣。多種多様な魔法が色彩豊かにクラーケンへと殺到し、まるで夏の花火のように、その白い体を彩っていく。
「私達も続け!!」
「「「おおーーー!!」」」
「お~」
更に、弓を持ってるプレイヤー達が、魔法の光に包まれたクラーケン目掛け、矢を撃ち尽くす勢いで次々と放つ。
魔法のエフェクトのせいで視界が塞がってようと関係ないとばかり、取り敢えず当たればどこでも構わないとばかりに放たれる矢は、文字通り雨のようにクラーケンへと殺到した。
「ふははは! 如何に貴様と言えど、これには耐えられまい!!」
ネスちゃんが得意気に鼻を鳴らし、杖を突きつける。
それに合わせて、魔法の余波や炎で塞がっていた視界が晴れていく。
そこには、HPゲージの3本目もレッドゾーンに突入し、満身創痍になりながらも、未だに海上に在り続けるクラーケンの姿があった。
「何ぃ!?」
心底悔しそうに、ネスちゃんが呻く。
私やリン姉にしても、まさか魔法を受けながらここまで近づいて来てるとは思わなくて、驚きから次の作戦に移るのが少し遅れた。
そこへ、クラーケンの触腕が迫る。
「うひゃあ!? こ、この、離せ!」
「ネスちゃん!?」
そしてクラーケンは、目立ちたがりが災いして一番先頭に居たネスちゃんを触腕で捕らえ、そのまま連れ去ろうと持ち上げていく。
周りにいた魔術師の人達も、直前の攻撃でMPを粗方使い切ったのか、慌ててインベントリを開いたり、右往左往したりと反撃は出来なさそうだ。
最後に一矢報いようっていう、クラーケンのその覚悟は大変素晴らしいかもしれないけど、敵にやられると凄く困る!
「ネス!!」
そんな中、いち早く飛び出したのは、偶々近くにいたらしいリッジ君だった。
刀を構え、アーツのライトエフェクトを纏いながら、一直線に空を駆ける。
「《二ノ型・疾風》!!」
一閃。クラーケンの触腕が斬り裂かれ、そのまま真っ二つになって空を飛ぶ。
偶々、ネスちゃんを攻撃したのが、最初にリッジ君が断ち切ったのと別の触腕だったからっていうのもあるだろうけど……それにしても、運が良いなぁ。
「よいしょっと、大丈夫? ネス」
「お、おう……」
「そう、良かった。《ソニックエッジ》!!」
空中でネスちゃんを抱き抱え、お姫様抱っこの体勢になりながら再度アーツを使って空中を駆け、カッコよく甲板に着地するリッジ君。
リッジ君、お姫様抱っこするの癖なのかな? 私の時もやってたけど、将来女たらしにならないかお姉ちゃん心配だよ。ネスちゃんも、なんか顔赤くなっちゃってるし。
「ラストだ、美味しいところは俺達が頂く、行くぞ野郎共ーーー!!」
「「「うおっしゃーーー!!」」」
そして最後の一押しだとばかりに名乗りを上げたのは、何と近接職の人達。
船に大分近づいていたとは言え、まだ距離があるのも構わず、みんながみんな手すりを飛び越え、アーツで飛距離を稼ぎながらクラーケンへと突っかかる。
アーツの効果範囲を移動し終えた後、リッジ君ほど器用に空中で体勢を整えられず、みんな海へと真っ逆さまに落ちていくんだけど、誰もそんなことは気にしない。あと一押しを誰がするか競うように、次々と攻撃が繰り出されていく。
そして、
「オオォォォ……」
パキィン! と音を立て、最後のHPバーが砕け散り、クラーケンの体もまた、ポリゴン片となって砕け散る。
結局、誰がラストアタックを決めたかなんて、全く分からない有様だったけど――それを見た皆が、腹の底から歓声を上げ、勝鬨の声を張る。
こうして、私達の初めてのレイドクエストは、幕を閉じた。
クエスト:故国への想い 1/2
内容:クラーケン1体の討伐 1/1
少しあっさりし過ぎかしら? と思わなくもないですが、VSクラーケン戦これにて決着です!
普通のMMORPGのレイドボスは、もっと長々とタコ殴りにして倒す印象がありますが、これ以上長引かせてもアレなので(;^ω^)
これが力量不足というやつか……




