第80話 クラーケンと水中戦
船全体が軋みを上げ、悲鳴のような音を立てながら亀裂が走る。
そんな緊急事態を前に、レイドメンバーのみんなは各々一番近くの触手に殺到し、全力で攻撃を叩きつけていた。
「ミオ姉、ポーション!」
「いや、流石にこんなにたくさんの触手に一気に使うのは無理!」
単純な数の問題でもそうだし、ライムの《触手》スキルの射程の問題もある。流石に全部はカバーしきれない。
「みんな、離れて! 《召喚》!」
けど、これはレイド戦。私以外にも人がいて、それぞれ及ばないところをカバーし合うのが普通だ。
リン姉はゴブリンを召喚石に戻すと、新たに召喚石をいくつも掲げ、新しいモンスターを呼び出す。
「ウィルオーウィスプ!!」
召喚石を砕いて現れたのは、4つの火の玉。
ケラケラケラと、不気味な、それでいてどこか愛嬌のある笑い声をあげるそのモンスター達は、楽しそうにリン姉の周りをぐるぐると飛び回ってる。
「さあみんな、お仕事よ、《ダンシングフレイム》!!」
リン姉がそう叫ぶと同時に、ウィスプ達の体が一際強く燃え上がり、空中に赤い線を残しながら触手に触れ、そのまま燃え上がらせた。
ダメージ自体はあまり強くないみたいだけど、どっちかというと《火薬ポーション》と同じように、継続ダメージで削っていく攻撃みたいで、私が《火薬ポーション》でカバーしきれない範囲の触手に炎を灯し、他のプレイヤー達の攻撃をサポートしていた。
炎の余波に巻かれて何人か若干ダメージを受けたみたいだけど……むしろ、とにかく燃えてさえいれば通常の攻撃も効きやすくなるってことで、みんな喜々として炎の中に飛び込んで、それぞれの得物を振るっていた。
うん、何て言うか……ゲーマーって凄い。
「くっ、我だってあれくらいは出来るし……!」
そして、そんな状態の私やみんなを見て、悔しそうに呻くネスちゃん。
いやいや、ネスちゃんの炎属性魔法は火力特化なんだから、継続ダメージを与えられさえすれば弱くてもいい今の状況でそれぶっ放したら、フレンドリーファイアで何人死に戻るか分かったもんじゃないから! 落ち着こう!
「よし、これでラストだ!!」
なんて、私がネスちゃんをどうやって宥めようか考えている間にも攻撃は続き、触手が船から剥がされ、海へと潜っていく。
けど、船からやや離れる形で再浮上したクラーケンはHPこそそれなりに減ったけど、時間が経ったことでリッジ君が斬り飛ばした触腕が再生していて、本気になってることも含めむしろ厄介さが増してしまっていた。
それに対して、私達の船はボロボロだ。甲板には大きな亀裂が入って、大砲はいくつもひしゃげ、マストも1本を残して全部折れてる。ところどころ焦げてるのは私のせいだけど……まあうん、そこは必要経費ってことで。
ともあれ、今のままだと、お兄達盾職が頑張ってくれたとしても、本当に船が持たない。
「うーん、どうしようかな……」
やっぱり本体じゃなくて触手だからなのか、最初の大砲や遠距離攻撃による一斉砲火よりずっと強力な攻撃を繰り出していたはずなのに、HPへのダメージが思ったよりも少ない。
出来るなら、本体に直接攻撃し続けたいところだけど、船に絡みついて来てる間、本体は海の中に潜ってるし、どうにも……
「あ、そうだ」
そこでふと、私はそれを可能にするアイテムの存在を思い出した。
船上戦だから使い道はないだろうと思ってたけど、使うなら今しかない。
ひとまず、作戦のためにもビートと、一部召喚したままだったミニスライム達は《送還》で呼び戻して、MPも回復させておく。
「来たぞーー!!」
私が準備してる間に、クラーケンがまた海に潜り、10本の触手を船に絡みつけてきた。
何とか防げないかと、お兄を初めとした盾職の人達が船との間に体をねじ込もうとしたけど、上から叩きつけてくるならともかく、側面から纏わりつくようなこの攻撃は流石に防げないようで、盾がクラーケンの粘液でぬるぬるになっただけに終わっている。
仕方なく、さっきと同じように、私がポーションを投げまくったり、リン姉のウィスプ達が火をつけて回ったりするけど、それだけじゃ足りない。私のポーションはすぐ底を突いて、そうこうしてるうちに船の軋む音は大きくなっていく。
二度目とあって、さっきよりも慣れてきたのか、みんなとりあえずで近くの触手を攻撃するんじゃなく、攻撃力の高い人を優先して、なるべく効率を上げてるみたいだけど、それでも追いつかない。
「ええい、みみっちい!! 我が纏めて吹き飛ばしてくれる、そこの者ども、離れよ!!」
そんなところへ、船の中で使うには火力が強すぎて自重していたネスちゃんが、ついにキレた。
えっ、何するつもりなの?
「顕現せよ、深淵の太陽!! 《エクスプロージョン》!!」
ネスちゃんの魔法が解き放たれ、甲板の上に太陽が出現する。
直接的な効果範囲内には、事前の宣言もあってプレイヤーはいなかったけど、とんでもない爆風で別の触手を攻撃していた人達がちょくちょくバランスを崩して転んだり、体の小さいモンスターが吹き飛んだりと、間接的な影響を受けていた。
ああもう、ネスちゃんの魔法強すぎ!! でも、そのお陰で触手が2本纏めて剥がされたし、そういう意味ではグッジョブ!
「……よし!」
そしてそれを見るなり、私はライムを抱えて全力で走り出した。
向かう先は船の外、今まさに海へと帰って行こうとする、その触手だ。
「ミオ姉、何を!?」
「こうするの! てりゃあ!!」
リッジ君に応えながらも手すりに足をかけ、そのまま触手を追って空中に躍り出る。
そんな私を見て、リッジ君だけでなく、ギルドメンバーの人達全員が目を見開いた。
船はボロボロになった今でもちゃんと動き続けてて、海の中は呼吸が出来ない。そんな状態で海へ落ちるのは、ビートの助けがなきゃ自殺と変わらないし、無理はないけど、私だって無策でこんなことをしたりはしない。
「《バインドウィップ》!!」
定番の《鞭》スキルを使って、逃げる触手を捕らえる。
とは言え、相変わらずATK差のせいで動きを止めることなんて出来るはずもなく、海中へ引きずり込まれていった。
……うん、私こんなんばっかりな気がする。拘束系アーツって実は結構不遇なんじゃ……? いや、今回は目論見通りなんだけどさ……
「んっ……!」
そんな複雑な心境を抱きながらも、私はインベントリから《空気玉》を取り出し、口に放り込む。
これがあれば、少なくとも5分間は溺死することはないから、仮令このままずっと海中に引きずり回されても、しばらくは問題ない。
……それこそ、振り落とされたらダメだけど、幸いクラーケンは私に気付いてないのか、それとも気付いてて放置してるのか、積極的に振り解こうとはしなかったから、私は問題なくクラーケンに近づけた。
『《アンカーズバインド》!』
そのまま、水中でアーツを使い、クラーケンの胴体部分まで移動する。
ギョロリと、その無機質な目が私の方を向いた気がするけど、もうここまで来たら関係ない。
『《カースドバインド》!! 行くよライム、クラーケンに目に物見せてやろう! 《召喚》!!』
辿り着いたところで、《魔封鞭》スキルで最初から覚えてる、拘束した相手に継続ダメージを与えるアーツを使って自分の体を固定しつつ、空いてる手で短杖を掴み、そして唱えた。
ライムの体から触手が伸び、そこから10個の召喚石が取り出され、一斉に砕ける。そうして現れた10体のミニスライム達は、そのままクラーケンに水中で張り付いて、その体を覆っていく。
本当なら、ミニスライムは打たれ弱すぎるし動きが鈍すぎるから、こうやってボスモンスターと正面切って対峙することは難しいけど、こうやってライムが抱えて運べばその弱点もない。以前にお兄が言った通り、“ボスモンスターにこそ効果が大きい固定ダメージ”っていう《酸液》スキルの力を、最大限発揮できる。
『やっちゃえみんな、《アタックフォーメーション》、《酸液》!!』
クラーケンに纏わりついたスライム達をアーツで強化しつつ、その《酸液》スキルによって、信じられないくらい大量の液体が溢れだす。
海の中で、無秩序に広がって大した効果にならなかったらどうしようかと思ったけど、スライムの酸液は結構粘性が強いからか、思ったほど広がらずにクラーケンに纏わりつき、そのHPを奪い取っていく。
その勢いは決して早くはないけど、船への攻撃に夢中で無防備になってるところを一方的に攻められるのもあって、いくらでもやりたい放題だ。《空気玉》のストックもあるし、MP総量が少ないせいでミニスライム達の攻撃はすぐ途切れるけど、その都度ライムが触手を伝ってポーションを使い、出来る限り攻撃し続ける。
「オォォォォ!!」
やがて、これまでみんなが蓄積してきたダメージと合わせてHPバーの2本目が砕け散ると同時、流石に堪りかねたのか、クラーケンが海面を突き破って顔を出し、咆哮を上げる。
イカって喋るんだ、なんてどうでもいい事を思う私とは裏腹に、船に残ったみんなは、クラーケンの胴体に張り付いたスライムの大群が予想外だったのか、みんな仲良く口をぽかーんと開けて呆けていた。
ふふふ、びっくりしてるびっくりしてる。作戦通り! いや、もちろんメインの作戦はクラーケンに直接取り付いて攻撃することだったけどね?
そう、誰にともなく心の中で言い訳する私だったけど、クラーケンもわざわざ海面に出て、大人しくしてるわけはない。その触手を振り被り、私目掛けて振り抜いてきた!
「わわっ!? 《送還》!! ライム、逃げるよ!」
すんでのところでミニスライム達を召喚石に戻し、ライムを抱き抱える。
大勢いたミニスライムが消えたことで狙いを外されたクラーケンは、自らの胴体を思い切りその触手で打ち据える結果となり、最後のHPバーがゴリッと削れていた。あはは、ドジだなぁ。
「って、わひゃあ!? バカにしてごめんー!!」
そんな私の内心を察したのかどうか、クラーケンはダメージを受けるのも構わず私を狙って立て続けに攻撃を仕掛けてきた。現状ただ自然落下していくだけの私だけじゃ、この攻撃は回避しきれない。
だからこそ、私は急いでビートの召喚石をライムに出して貰った。
「《召喚》! ビート!!」
「ビビ!」
落ちていく傍らで呼び出せば、打ち合わせる暇もなかったのにちゃんと私を危険地帯から運び出してくれた。
ふふ、ありがと。お陰で助かったよ。
ビートの前足に掴まりながら、私はそのまま船へと一直線に戻っていく。
クラーケンが怒りの籠った目で私を見据え、触手を伸ばしてきたけど、ビートのスピードには敵わない。なんとか振り切って、私は甲板上に着地した。
「ミオ姉!」
「ミオ、大丈夫?」
「うん、平気。心配かけてごめんね、2人とも」
私が戻るなり、リッジ君とユリアちゃんが、心配そうな顔をして近づいてきたから、大丈夫だと言いながら笑顔を見せる。
「ミオお前、相変わらず変なところで大胆だな……」
「ふふ、元気が良いのはいいことよ」
一方で、呆れた顔でやれやれと肩を竦めるお兄と、楽しそうに笑顔を浮かべるリン姉。
こっちは心配されてたっていうより、ひたすら予想外だったって感じの反応だ。
「ミオ! お前だけ目立ってズルイぞ!」
「先輩、実はバカなんですか~?」
そして、私一人で大立ち回りを演じたことを不満がるネスちゃんと……いや待ってフウちゃん、なんでそこまで言われなきゃならないの!? 私結構頑張ったよ!?
「もうっ、そんなことより、クラーケンのHPゲージもあと1本だよ! あと一押し、頑張ろう!」
「彼女の言う通りだ、勝負は大詰めだ、気合入れて行くぞ!!」
「「「おおーーー!!」」」
私の言葉に便乗して、メンバーのみんなを煽るナンパ男。
……そういえば、最初に自己紹介されたのに、まだ頭の中ですら一度も名前で呼んでなかったな。うん、今は仲間なんだし、後でちゃんと名前で呼んであげよう。
そんな風に思いながら、クラーケンが次にどういう行動を取るのか、みんなで意識を集中する。
そしてそんな時、不意に私の視界が何かに覆われた。
「え? きゃあ!?」
何が起きたのかと理解するより前に、私の体が触手に絡み取られる。
驚き、甲板に押し倒された私の顔を覗き込んでいたのは、いつか見たイカの頭を持った人型のモンスターだった。
「こいつ、スクイドヒューマ!?」
「ミオ!」
ユリアちゃんの鎌が横に薙がれ、スクイドヒューマの体がポリゴン片となって砕け散る。
「あ、ありがとうユリアちゃん」
「お礼は後」
ユリアちゃんはそう短く言う間にも、レイドメンバーの人達はお互いに背中を預け合うように円陣を組む。
慌てて起き上がりながら周りを見渡すと、すぐに状況は把握出来た。
船の手すりを乗り越え、次々と乗り込んでくるのは、たった今ユリアちゃんに倒された人型のスクイドヒューマに、単純にクラーケンを小さくしたような姿を持つミニクラーケン。
それらが私達を取り囲んで、それぞれに襲い掛かって来ていた。
「あの咆哮、仲間を呼んでたってわけか。なるほどなぁ」
「呑気なこと言ってないで、早く処理しないと! クラーケンも来ちゃうよ!」
お兄を急かしながら、私はもう一度鞭を構え直す。
無数の眷属達をけしかけ、そして自らもまた船へと近づいてくるクラーケン。
その瞳は、さっきまでの無機質なものじゃなく、自身を脅かす脅威を排除せんとする、確かな意志を湛えていた。
いやあ、レイド戦って難しいですね……人が多くてちゃんと描写出来てるやら(;^ω^)




