第8話 手料理(?)と情報収集
今回は日常回です。ゲームライフも日常な気はしますが細かいことは気にしない。
オフラインな日々も合間合間に入れていきます。
ぐつぐつと煮える鍋の火を止めて、中身を取り出す。
それを、用意してあった熱々のご飯にかけていけば、茶色のルーがゆっくり広がり、その後を追うように一口大の野菜や肉がごろごろと転がっていく。
立ち上る湯気に合わせて広がるスパイスの香りは鼻の奥まで突き抜けて食欲をそそり、思わず涎が溢れてくる。
正直、面倒だからこの場でつまみ食いしたくなっちゃうけど、これはあくまでお兄のために作った分、ここは我慢しなきゃならない。
「ほらお兄~、お待ちかねの手料理だよー、ありがたく食べてよねー」
お皿を運び、待ちくたびれた様子のお兄の前にそれを置く。
そしてすぐに、自分の分も用意して席に着くと、手を合わせる。
「それじゃあ食材と作り手の私に感謝を込めて、はい、いただきま~す」
「だあぁーー!! これのどこが手料理だコラぁーー!!」
早速スプーンを手に、今日の夕飯を食べようとしたところで、お兄がぎゃあぎゃあと文句を言い始めた。
全くもう……
「カレーだって立派な料理でしょ、何言ってるのお兄は」
「カレーが料理なのはそりゃそうだな! けど、レトルトカレーのどこが手料理だバカヤロー! 謝れ、世の中の料理してる人達に謝れ!」
私が料理していた鍋の横に目をやれば、そこにあるのは『鍋で5分茹でるだけ! 簡単本格カレー!』なる謳い文句が書かれた、レトルトカレーの空き箱が転がってる。
うん、まあ確かに、レトルトカレーを手料理と称するのは、さすがに世の手作りカレー全てに悪いからやめたほうがいいかもしれない。ただ……
「レトルトカレーもまともに作れないお兄には言われたくない」
「ぐっ!? い、いや、違うぞ、俺はレトルトカレーが作れないんじゃない、キッチンの使い方が分からないだけだ!!」
「現代っ子としてはそっちのほうが問題だと思うんだけど」
確かにひと昔前ならいざ知らず、最近のキッチンはタイマーだの火加減だのに始まり、食材と焼き加減を入力したら、簡単な調理なら自動でやってくれる機能なんかも追加されてたりして、慣れない人は機能の半分も知らないっていう状態になってはいる。
とは言え本当なら、操作が煩雑にならないよう、自動でよく使う機能を選り分けてくれるから、お湯を沸かしたり野菜炒め作ったり程度は、タッチパネルのボタン一つで出来るようになってるのに、度を越した機械音痴のお兄はなぜかそれすらまともに出来ない。
ゲーム機は完璧に触れるのになんで? と問えば、「ゲームと機械を一緒にするな!」とのこと。ゲームだって機械じゃん、という理屈はお兄に限っては通用しない。
しかも、そういう機械音痴のためにあるはずの音声入力機能は、どういうわけかお兄の声だけはきちんと認識してくれないという徹底ぶり。我が家の七不思議の一つである。
「あんまり文句言うようなら、次から作らないよ?」
「調子に乗ってすみませんでした」
「よろしい」
私がそう言えば、お兄は即座に平伏して許しを乞う。
時間がある時はよくやる、我が家のご飯前の恒例のやり取りが終われば、お兄も席について手を合わせ、カレーにがっつき始める。
なんやかんや、レトルトカレーでも美味しそうに食べるお兄の姿に苦笑しながら、私も改めて自分の分のカレーに手を付けた。
「それで、どうだ澪、《MWO》の調子は」
「まあ、ぼちぼち? とりあえず何も出来なくなって詰む事態は回避したとこ」
両親が揃って出張だなんだで家を空けているのもあって、食卓に着いているのは私とお兄の2人だけ。となれば自然、会話は今日始めたばかりの《MWO》の話題になる。
会話の取っ掛かりとしては無難なお兄の問いかけに、同じく無難な答えを返すと、なぜか「へぇ」と感心したような表情を浮かべてきた。
いや、まだ詰んでないって言っただけなのになんでこんな反応? おかしくない?
「だってお前、MMO自体初めてで、ただでさえ扱いが難しいテイマーってだけで不安だったのに、最初に選ぶ使役モンスターがミニスライムだったからな。正直、今日は一日何も出来ずに終わるんじゃないかと思ってた」
「そこまで!?」
ミニスライムに限らず、テイムしたモンスターは自動的にレベルが1に調整されるせいで、テイムしたてだと同じ場所で出会う同じ種類のモンスターよりも弱くなるらしい。
だから、始まりの街周辺で最弱のミニスライムは、テイムしたら文字通りの最弱モンスター。そもそも勝てる相手がいないという有様みたい。
「で、詰んでないって言ってたけど、どうやったんだ? やっぱり鞭メインで戦ってるのか?」
「うん、今日はそんなとこ。同じミニスライムと戦うのも嫌だから、あのままゴブリンと戦ってレベル上げしてた」
「あれ、進み過ぎたわけじゃなくて狙って戦ってたのか……普通のプレイヤーならいざ知らず、ミニスライムしか連れてないテイマーで行くとは、澪お前、結構チャレンジャーだな……」
「ライムは一撃でやられちゃうから、安全第一で時間かけてちょっとずつ削って、今やっと3レベル。もー大変だったよ。それで、お兄は何レベルまで行ったの?」
「とりあえず、12レベルだな」
「早っ!? もうそんなに!?」
「まあ、俺はβテスターだし、序盤の効率の良いレベリングも色々知ってるからな、こんなもんだろ。むしろ少し遅いくらいか?」
レベルだけが全てじゃないしいいけどな、とお兄は言うけど、途中で私の様子を見に来た分の遅れも多少は効いてるだろうし、少しだけ悪いことをしたかなって気にもなる。
今度、何かでお返ししてあげようかな。ゲームでお兄が私の手を借りるようなことがあるか分からないけどね。
「何なら、澪にも場所教えようか? 自分で行くならパワーレベリングってこともないだろ」
「うーん、でも、さすがにミニスライムのレベル上げに効率良いってわけじゃないでしょ? ライムの育成に使えないならいいや」
「それはそうだな。まあ、ゴブリンが楽に狩れるようになったら大丈夫だろうから、そしたら教えてやるよ」
「うん、ありがとお兄。……っと、そうだ、お兄に聞きたいことがあったんだった」
「ん? なんだ?」
「MPポーションの素材ってどこで採取できるの?」
《東の平原》にある採取ポイントでは《薬草》しか取れなかったし、現状そこから作れる調合レシピは《初心者用HPポーション》しかない。
せっかく《調合》スキルを習得して戦闘にかかるお金の心配がなくなったことだし、アイテムを遠慮なく使えるようになれば狩りの効率も段違いに上がるはずだから、出来れば《初心者用MPポーション》のほうも自力で作れるようになっておきたかった。
「素材? 確か《西の森》で取れる《霊草》ってアイテムで作れるって聞いたことあるけど、採取アイテムなんて慣れるまで全然見つけられないぞ? 《採取》スキルがあれば別だけど……ってまさか」
「うん、《採取》スキル取ったよ。ついでに《調合》も」
「マジか……まあ、テイマーは器用度高いから生産には向いてるし、《採取》スキルも便利ではあるから、いいのか? 戦闘からは離れてってるけど」
「いいの。戦闘は最終的にはライムをメインにするんだから」
「いや、さすがにメインは無理じゃね?」
「ふふん、私が何も考えてないと思った? ちゃんとアイデアはあるんですよーだ」
まあ、上手く行くかわからないし、アイテムを使う以上ごり押しみたいなものだけど、そのために取った《調合》スキルだしね。活用しなきゃ勿体ない。
「けど澪、《西の森》に出て来るモンスターは、ゴブリンよりもずっと手強いぞ。今のお前が行ったらすぐに死んじまうんじゃないか?」
「えぇ!?」
《西の森》は、出て来るモンスターの数が多い上に、HPこそ少な目なもののAGIが高く慣れるまで攻撃を当てにくい場合がほとんどで、森の木々が障害物になってるせいで不意打ちも喰らいやすいと、《東の平原》より圧倒的に難易度が高い狩場らしい。
言い換えれば、倒しやすい敵がどんどん現れてくれる場所でもあるから、さっきお兄が言ってた高効率レベリングスポットの1つになってるみたいだけど。
「まあ、《霊草》を採取するだけなら森の浅いとこでも取れたはずだし、運が良ければ見つからずに済むかもしれないけど……」
「運任せはちょっとねー。お兄、デスペナルティってどんなのだっけ?」
「1時間の各種ステータスの低下だな。これがPKなら、所持金半分のロストに、インベントリ内のアイテムのランダムドロップが付くけど」
「うーん……それって使役モンスターも?」
「ああ、そうだぞ」
つまり、一度でも死んじゃうと、デスペナルティが無くなるまでは戦闘がほぼ不可能になると思ったほうがいいかな。
けどまあ、アイテムを集めるだけなら、ステータスが下がってても特に不都合はないし、いいかも……?
ともかくせっかくの機会だからと、他にもいくつかお兄に質問して、そのうちのいくつかは疑問を解消することが出来た。
「よし、取り敢えず、おかげでこの後の方針は決まったよ、ありがとお兄」
「いいってことよ。けど気を付けろよ、《西の森》は《東の平原》ほど平和じゃないからな」
「分かってるってば。あ、お皿、食べ終わったらちゃんと流しに持ってってよ」
「はいはい、分かってるって。ごちそうさん」
兄妹で似たような返事をお互いにしつつ、私は手元に残ったカレーをパクパクと口に放り込んでいく。
一方のお兄は、お皿を置いたらさっさと《MWO》をやりに部屋に行っちゃったようで、お皿洗いくらいしてほしいなぁと思わなくもない。
けど、前に1度やって貰ったら、雑過ぎて結局全部洗い直すハメになったから、それ以来面倒だし私がやることにしてる。
ただでさえモテないのに、家事スキル0で身の周りのお世話を全部してくれる献身的な人以外NGとか、お兄のお嫁さんになる人の条件厳しすぎない?
「まあ、お兄だしねー」
ライムを育てるより更に難しそうなお兄の将来のことは横に置いておいて、私も食べ終わったお皿を運んで、皿洗いを始める。
その頃にはもう、お兄のことなんて記憶の片隅に消え去って、私の頭の中は早くライムに会いたいと、そのことでいっぱいになっていた。
ゲームは好きだけど機械は触れない、あると思います。