第78話 クラーケンとスライム軍団
頬を撫でる潮風。肌を照り付ける太陽。押し寄せる波がぶつかる度、甲板にまで海水が吹き上げて、船が大きく揺れ動く。
私達が乗り回して、一部壊れたりもした大型船だったけど、そこはそれ、ゲームらしく、一定時間経てば綺麗さっぱりそんなことはなかったかのように、元の立派な海賊船としての外観を取り戻していた。船酔いになりそうなくらい揺れるってことを除けば、例によってまったりとバカンス気分でも味わえそうな陽気だ。
そんな、さっきまでのお兄の演説は何だったのかって言いたくなるくらいのんびりとした航海の中、それは突然現れた。
「……来た!」
エリアが切り替わる時特有の、視界が一瞬ブレるような違和感。
それを感じると同時に、海の一角に船に乗った全員の視線が集中する。
「……でけぇ」
誰が呟いたか、その言葉通り、視界に映る“ソレ”は桁外れに大きかった。
海を突き破り、まず現れたのは1本1本が巨大な樹の幹にも匹敵するほど太く長い、10本の触手。
それに続いて顔を出したのが、今まで見たどんなモンスターよりも巨大な、真っ白な体。
ギョロギョロとした黒の瞳は一切の感情を感じさせず、いっそ無機質なまでに光のないその双眸に宿るのは、ただただ目の前の“異物”を退けようという、機械的な意志だった。
クラーケン。
伝説の海の魔物の名を冠したそのモンスターは、渦潮と共に現れた後、ゆっくりとした動作で私達の船に近づき始めた。
「よし、この距離ならまずは大砲だな、みんな装填漏れはないかー?」
「終わってるよ大将」
戦闘が始まったことで、大砲がアンロックされて使用可能になったのが確認されると、まずはみんなで一斉に発射態勢に入る。
単純に弓や魔法より射程が長いっていうのと、再装填に時間がかかるから早いうちに撃って次の準備をしようっていう腹積もりだ。
「撃てーーーー!!」
お兄の指示の下、片舷に設置された無数の大砲が一斉に火を噴き、砲弾がクラーケン目掛け殺到する。
流石に、初めて撃つ人が多いのもあって何発か外れてるけど、的が大きいのもあってほとんどはクラーケンの体に当たって炎の華を咲かせた。クラーケンのHPが削れ、その体を焼く。
弱点だって言うからもっとガッツリ減るのかと思ったけど、案外そうでもないみたい。流石レイドボスってところかな?
一応、クラーケンのヘイトが向きやすいだろうってことで、発射したのは前衛の、特に盾職の人がメインになってるわけだし、そうじゃないと困るんだけど。
「次、遠距離攻撃だ! 弓使いと魔術師は順次ぶっ放せ!!」
そんな風に観察している間にも、クラーケンは燃えたのなんて関係ないとばかりに船までゆっくりと近づいて来て、矢や魔法の射程圏に入る。それと同時に、無数の矢や魔法が、煌びやかなエフェクトと共に多数放たれ、クラーケンの体へと叩きつけられた。
「おお、すごい……」
これだけの数のプレイヤーが一斉攻撃するところを見るのは初めてで、思わず感嘆の息が漏れる。
けど、見た目の派手さの割にはやっぱりダメージは少ないみたいで、倒すどころか3本あるHPゲージの1本が2割程度無くなっただけだ。攻撃回数の割には、大砲とあまり総ダメージは変わってないし、そういう意味ではやっぱり炎属性が弱点だっていうのは確かなんだと思う。
「《弓技・遠縫い》~」
そして、遠距離攻撃持ちをしている中には当然フウちゃんもいる。
「これだけ居ればサボっててもバレませんよね~」なんて冗談交じりに言うフウちゃんは、情け容赦なく弓隊の中央に配置しておいたけど、その甲斐あってか真面目にサボらず、他の人達と一緒に弓を射る。
ただ、フウちゃんの使う《短弓》スキルは、《長弓》スキルに比べて連射性に優れる代わり、射程と威力が低い。だから、今回は《弓》スキルの遠距離攻撃用アーツを使ったみたいだけど、それでもやっぱり上手く行かないようで、ギリギリ届いてはいるけどダメージは通ってないみたいだった。
「ん~、やっぱり、普通の矢は効かないみたいですね~。ここは予定通り、こっちを使いますか~」
そう言うなり、フウちゃんはメニューを操作し、矢筒に入った矢を別の物に交換する。
「《弓技・遠縫い》~」
そしてすぐに、先ほどと全く同じアーツを繰り出した。
元々、まだ距離があるとはいえクラーケンは巨体で、外すわけもない。真っ直ぐに飛翔した矢はその白い体に突き刺さり、そして、燃え上がった。
炎に弱いっていうクラーケンの弱点を聞いて、この間作った《火薬ポーション》を、フウちゃんの《矢》に合成して作った、《炎の矢》だ。
あまり数が用意出来なかったから、用意出来たのはフウちゃんの分だけだったけど、これがあれば結構楽に……
「う~ん……これ、ダメージ変わってますかね~?」
……なるはずもなく。ぶっちゃけ、炎が弱点と言ってもあれだけ膨大なクラーケンのHPを前にすると、ちょっとしたアイテムの差なんて意味あるのかってくらい、微々たる量しかダメージは変わらなかった。
フウちゃんもそう思ったのか、首を傾げてるけど、隣にいた弓使いのエルフっぽい耳を付けた女の人が、「気にしなくていいわ」とばかりにフウちゃんの肩を叩いていた。
「ほんのちょっとした差でも、こういうレイドボス相手なら終盤で大きな差になって現れるから、どんどん打って行けば大丈夫よ」
「あいあいさ~」
その人の声援に押され、フウちゃんは更に《炎の矢》を弓に番える。
そして、最初に比べ近づいてきたクラーケンになら、射程重視の単発アーツじゃなく、フウちゃん本来の連射アーツを発揮出来る。
「《弓技・白雨轟雷》~」
フウちゃんが放った矢が次々とクラーケンに突き刺さり、炎がその表皮を撫でていく。
こうしてみると、数が用意出来なかったのに滅茶苦茶に撃ちまくってるように見えるけど、あのアーツはMPを消費する代わり、最初の1射で使った矢を複製して既定の数だけ発射するアーツらしいから、実は消費された矢は1本だけだったりする。流石ファンタジー世界、魔法と関係ない(?)武器の技まで摩訶不思議だよ。
「ふははは! これほどでかい獲物は初めてだ、これは吹き飛ばし甲斐がある!」
そして、炎が一番効くとなれば一層元気になるのは、溢れるロマンを形にしたような火力特化型炎属性魔術師のネスちゃんだ。
とっくに魔法の射程に入り、水や風、岩や光、炎など、カラフルであまり目に優しくないほどのエフェクトが飛び交い、クラーケンのHPを削っていく中、1人格好良く眼帯を外し、禍々しい見た目の長杖を掲げる姿に、「おおっ」と周りのプレイヤー達……特に魔法使い職の人達から歓声が上がる。
……ネスちゃんが使おうとしてる、長々とした詠唱時間を持つ魔法への期待からか、それともその決めポーズに対してなのか、その辺りは触れない方がいいのかな?
「さあ行くぞ、我が深淵の業火に焼かれ身を亡ぼすがいい!! 《インフェルノバースト》!!!」
決めポーズの果てに、ネスちゃんの掲げた長杖の先から、マグマを圧縮したかのような漆黒の太陽が出現し、一直線にクラーケン目掛け飛んで行く。
それを避けるでも、防ごうとするでもなく、クラーケンはただただ正面からその魔法とぶつかり合った。
その瞬間、漆黒の太陽が爆ぜ、その巨体を呑み込むほどの大爆発を起こす。
その余りの爆発に、船のみんなの視界が遮られて、後続の魔法や矢による攻撃が途絶えちゃったけど、誰も文句を言う人がいない。それくらい、ネスちゃんの魔法はとんでもなく派手で、みんなの度肝を抜いた。
「あの魔法ってあんな派手なエフェクト出るんだ……」なんて言ってる魔法使いっぽい人の呟きが全てを物語ってると思う。
「ふはははは! 我が覇道に敵はない、思い知ったか!」
手すりに足を乗せ、どやぁ! と胸を張るネスちゃん。
レイド戦中は、メンバー全員のステータスが視界の端に表示されてるから、今の一発でネスちゃんがMPを消費し尽くしたのはみんなが分かってる。ちょっと一撃に賭け過ぎじゃない?
でも、流石にレイドボスは、そんなたった一人の極限で撃ち破れるほど、甘い相手じゃなかった。
「来るぞ、全員構えろ!」
ネスちゃんの魔法が起こした爆炎が晴れたそこには、先ほどまでと特に変わった様子もなく、悠々と船のすぐ傍まで近づいてきた、クラーケンの姿があった。
分かっていたこととは言え、頭で予想するのと実際に目の当たりにするのはやっぱり大違いだ。
そして、そんな私達に何を思ったか……あるいは何も思っていないのか。クラーケンは、そのまま10本ある触手のうちの2本……他よりも長めの、多分触腕にあたる部位を頭上に掲げ、勢い良く振り下ろして来た!
「ちょっ、ネス危ないって!」
「うおぉ!?」
過剰火力のせいか、大砲のダメージを超えてヘイトを稼いだらしいネスちゃん目掛け振り下ろされた触手の一撃だったけど、すんでのところでリッジ君が助け出したことで、代わりに船へと叩きつけられる。
バキバキッ、ベキィ!! と不穏な音を響かせながら、手すりが砕け、甲板の一部が弾けて、大砲もいくつかが吹っ飛んでいく。
ちょっと待って、これ大丈夫なの!? これこのままだと船沈まない!?
「今だ、かかれぇぇぇぇ!!」
「「「「「うおぉぉぉぉ!!!」」」」」
そう心配になる私だったけど、それでも動きを止めなかった大多数の人達にとってはそんなことはどうでも良かったのか、一切怯むことなく、お兄の号令の下、船にへばりついたクラーケンの触腕目掛けて近接攻撃職の人達が一斉に殺到し、各々の武器を叩きつけ始めた。盾職の人は、ネスちゃんに向いてるらしいヘイトを引っ張りこもうとアーツを使ったりしてるけど、それが終わればやっぱり同じように攻撃に参加する。
うわぁ、何あれ、入り込む余地がないんだけど……物理的に。
リッジ君は上手いことお兄と一緒に混ざって攻撃出来てるけど、ユリアちゃんは少し勢いに押されて戸惑ってるみたい。目立ちたくないのか、外套みたいなのを羽織って遠巻きにおろおろしてるから、誰も存在に気付いてないし。
その辺りどうにかしてあげたいけど……ここは本人に頑張って貰おう。私は私で役割があるし。
「ミオちゃん、私達は大砲の次弾装填を急ぐわよ」
「うん、分かった!」
みんなが攻撃してる中、私は何もしてなかったわけだけど、もちろんただ遊んでるためにここに来たわけじゃない。ちゃんと役割が割り振られてる。具体的には、最も人手が必要になる大砲の装填作業だ。
最初の1回は、近接職の人達が手持無沙汰な間に装填して貰えたけど、これからは確実に忙しくなるし、装填のために一々船室に入れてたら、貴重な攻撃の機会を失う可能性もあった。
だからこそ、ここは個人で多くの人手を賄いやすい、《召喚術師》や《魔物使い》が、モンスターを使って装填作業や大砲の発射を行うことになっていた。
「行くわよ、《召喚》!!」
リン姉が召喚したのは、前にも見た6体のゴブリン。そしてそれに続くように、他にも何人かのサモナーが、人型のモンスターを出して砲手役や装填役を用意してくれてる中、私もまた自らのモンスターを呼び出すため、インベントリを開いた。
「それじゃあ行くよ、初お披露目! みんな、出ておいで、《召喚》!!」
この日のため、ここ数日間貯めに貯めて作った10個の召喚石を、一斉に放り投げる。
普通、これだけの数の召喚石を投げても、まともに維持なんて出来ない。それは、リン姉がゴブリンを6体しか召喚しなかったことから見ても明らかだ。幽霊船の時だって、MPタンクのルーちゃんと《MPリンゲージ》を使って、それでやっと効果が終わるまでの短い間だけ10体維持出来ただけだし。
でも、この子達ならそれも問題ない。このゲームで、私が他の誰よりも熟知してるって胸を張れる、唯一のモンスター。
その名も、
「ミニスライム軍団!!」
MWO最弱にして、私が最も頼りにする相棒のかつての種族。その、召喚モンスター達。
それらが一斉に召喚石から解き放たれ、プレイヤー達の怒号が響く甲板の上を、ぽよんぽよんと可愛らしく跳ねまわった。
サモナーの召喚数に上限を付けなかったのは、ほぼこれがしたかったがためです(ぉぃ
戦闘バランス面でのご指摘が多いポイントなので、そのうちアップデートなんかで出来なくなるかもしれませんが、今はこのまま駆け抜けます!(