第77話 レイド集結とお兄の演説
3日後。
ついに、お兄から準備が整ったって連絡を受けて、私はフウちゃん、リッジ君、ユリアちゃんと、更にネスちゃんのことも今度はちゃんと誘って、《スプラッシュアイランド》の拠点からちょうど島の反対側の地点、砂浜エリアの奥にある船着き場へとやってきた。
船着き場自体は拠点の方にもあったはずなんだけど、あっちはイベントNPCの船でいっぱいだったからどうするんだろうって思ってたんだよね。まさか島の反対側にプレイヤー用の船着き場があるとは思ってなかったけど。
「おお……この辺はモンスターもいないし、平和ですね~……後は人がいなければ、十分バカンス出来そうです~」
今回は珍しく、船の上だと動きづらいからってムーちゃんを連れて来ず、自分の足で歩いてるフウちゃんが、辺りを見渡しながらそう呟く。
テイムしたモンスターは、基本的にはずっとプレイヤーに付き従うんだけど、パーティプレイで数を調整する時のためか、プレイヤーホームや、街にいるNPCテイマーに一時的に預けたりすることも出来る。
そういうわけで、何気に貴重なフウちゃんが自分の足で歩いてるシーンを眺めつつ、私はフウちゃんの言葉に反応するため口を開いた。
「それは無理じゃないかなぁ」
船着き場にはたくさんの人だかりがあって、わいわいがやがやと騒がしくあちこちで談笑している様子だった。
NPCでなくプレイヤーが、どうしてこんなに集まっているのかと言えば、多分みんな、クラーケンの討伐のためだと思う。明らかに30人以上いるから、お兄が集めた人達ばっかりってわけじゃないんだろうけど、それにしてもやっぱり多い。
前に幽霊船と戦った時はこんなに多くなかったんだけど……やっぱり時間が経った分、情報も出回ってるってことかな?
「けどミオ姉、こんなにいるとキラ兄がどこにいるか……」
「あー、確かに分かんないかも」
リッジ君の懸念通り、これだけ人が多い中、お兄を探すのはかなり骨が折れそうだった。
フレンドのマップ追跡機能はあるけど、あれはフレンドがいるエリアを表示するだけで、エリアのどこにいるかまでは示してくれないから、こういう時はちょっと不便だ。
「まあ、こういう時こそモンスターの力に頼らないとね。フララ、お兄を探してきてくれる?」
「ピィ!」
けど、地上から探せないなら空から探せばいいじゃない、と気軽にやれるのがテイマーの良いところ。というわけで早速、フララに頼んでお兄を探して貰うことに。
まあ、人探しだけなら、別にテイマーでなくても《調教》スキルさえ取れば出来るんだけどね……《使役》スキルはテイマーしか取れないし、それがないと戦闘出来ないってだけで。
そうは思うものの、かと言って実際に《調教》スキルはほぼテイマーしか取らないんだから同じことだよね、と自分に言い聞かせつつ、私の肩から飛び立つフララを見送る。
「………………」
「ユリアちゃん? どうしたの?」
そうしてると、ふとユリアちゃんが私の後ろに隠れるように立ってるのに気付いた。
どうしたのかと思って聞いてみると、少しおどおどとフードを被り直しながら言った。
「ひ、人が多くて……」
「ああ~……」
なんとなしに誘ったけど、よくよく考えたらユリアちゃんって人見知りっぽいし、こういう大規模戦は苦手なのかもしれない。
うーん、これは失敗したかな?
「大丈夫? 無理そうなら止めてもいいけど……」
そう思って聞いてみたけど、ユリアちゃんは軽く首を横に振って、私のローブの裾をぎゅっと握った。
「だ、大丈夫。これくらい……それに、ミオがやりたいクエストなら、私が手伝うのは当然。私はミオの、その……と、友達、だし」
ちらちらと、私の方を見ながら自信なさげに言うユリアちゃん。
ああもう、いじらしくて可愛いなぁ!
「ありがとうユリアちゃん! 今度何かあったら言ってね? 私に手伝えることがあったらなんでも協力するから!」
「う、うん」
ぎゅっと抱きしめると、その白い肌をリンゴみたいに紅潮させながら、恥ずかしそうに頷いた。
あー、可愛い。私にもこんな妹がいればなー。
「おいミオ、お前のモンスターが呼んでいるぞ。見つかったのではないか?」
「あ、ほんとだ。みんな、こっちだってー」
そんな風に、ユリアちゃんの抱き心地と反応を堪能していたら、ネスちゃんが私にそう言って空を指差した。
確認してみれば、フララが鳴きながら空を旋回して、見つけた場所を示してくれてる。あっちに向かえば、お兄がいるはずだ。
そう思ってみんなを促すと、なぜかリッジ君だけ凄い形相で私達の方を見てたけど……どうしたんだろう?
そんな風に首を傾げつつも、フララの先導に従い歩いていけば、すぐにお兄と合流出来た。
「お兄、お待たせ」
「おっ、ミオ、来たか」
そこで待っていたのは、お兄とリン姉、そして多分、2人のギルドメンバーだろう人達。
それから……
「君は……いつぞやのお嬢さんじゃないか! 会えて嬉しいよ!」
満面の笑みを浮かべ、私に向けて笑顔を飛ばしてくる気障ったらしい男の人が1人。
うん……
「……誰?」
私がそう言った途端、男の人はがくっとずっこけそうになった。
うん、鎧着こんで、大剣まで背負った状態で転ぶと危ないよ? 気を付けてね?
「俺のことを覚えていないのか!? いつか一緒にパーティを組もうと約束したではないか!」
「えっ、えぇ……」
パーティ組もうって約束? したっけ?
フレンドでまだパーティ組んだことない人もいるにはいるけど、その誰でもないし。
知り合いでも……パパベアーさんの中身というには、ちょっと迫力というか、身長が足りないよね。いや、この人も十分私よりは大きいんだけど、パパベアーさんの見上げるような巨体と比べると……それに、言ったらなんだけど、パパベアーさんとはあんまり会話したことないし、うん。
それ以外で……うーーん……
「あの、ミオ姉、その人フレッドだよ」
「フレッド? 誰それ」
見かねた様子でリッジ君が助け船を出してくれたけど、やっぱり名前を聞いても思い出せない。
そんな私に乾いた笑いを浮かべながら、更にリッジ君が補足をしてくれた。
「ほ、ほら……僕とミオ姉がこのゲームで初めて待ち合わせした時に絡んでた……」
「初めて待ち合わせした時に絡んで……あ、あー! あの時のナンパ男! リッジ君にコテンパンにされた!」
思い出した思い出した! そう言えば居た、こんな人! 完っ璧に記憶から抜け落ちてたけど、言われてみれば別れる前に、パーティがどうこうって言ってた気もする!
「え、ええと……お、思い出してくれて嬉しいよ……」
ナンパ男はそう言って、若干顔を引きつらせる。
なんか物凄くショックを受けてる感じだけど、あの出会い方だとこれくらいの扱いが普通だと思う。
「おうフレッド君や、ナンパしたって聞こえたんだが? それはつまりうちの妹に手を出そうとしたってことでいいかな?」
すると、ナンパ男の後ろからお兄がやって来て、ぽんっとナンパ男の肩に手を置いた。
たったそれだけで、びくっ! て面白いくらい震えるナンパ男にもびっくりだけど、お兄がすっごいニコニコ笑顔で迫ってるのには私ですら若干引くくらい迫力がある。
「い、いや、キラ、別に俺はな? お前の妹に手を出そうと思っていたわけでは……」
「つまり、手を出したのは事実なわけだ。ちょっとあっちで話そうか?」
「ま、待ってくれキラぁ! 誤解だぁ!」
そのままズルズルと、物陰に引きずられていくナンパ男。
まあうん、よく分かんないけど、あの様子だと多分常習犯なんだろうし、取り敢えず冥福を祈っておこうかな。南無。
「ふふふ、こんにちは、ミオちゃん。3日ぶりね」
「あ、リン姉、こんにちは! ルーちゃんも!」
リン姉に声をかけられ、私は勢いよく手を振って挨拶する。
そうすると、フードの端からルーちゃんが顔を覗かせているのに気付いて、益々元気よく声をかけるけど、すぐにまた引っ込まれた。
ガーン、また嫌われた……
なんて思ってたら、ライムが私の肩に乗ったままにょろにょろと触手を伸ばし、リン姉の後ろに隠れたルーちゃんをつつく。
やめさせようかと思ったけど、意外にもルーちゃんは嫌がることなくもう一度顔を出し、控えめに触手を出してライムと握手(?)を交わした。
おお、ライムすごい、あの気難しい(?)ルーちゃんとこうも早く打ち解けてたなんて……やっぱり同じスライムだからかな?
「ふふ、モンスター同士、いつの間にか仲良くなっていたみたいね」
リン姉も同じことを思ったのか、触手で繋がる2体を見て、嬉しそうに微笑んでる。
私としても、モンスター同士仲良くなるのは喜ばしいから、それはそれでいいとして……
「あら、フララちゃんだったわよね、あなたも元気だった?」
「ピィ!」
空から降りて来たフララが、リン姉の指先に留まって嬉しそうに鳴き声を上げる。
うん、うちの子は元々人見知りしない性質で、私が仲良くしてる相手なら普通に接してはいるんだけど、ここまで懐いてる相手もそうそういないんだよね。
くっ、これが真のテイマーか……ぐぬぬ、私は未だルーちゃんと打ち解けられてないのに、悔しい。
「ふふ、そんな顔しなくても、ミオちゃんほどモンスターに好かれてるテイマーもいないと思うわよ? ライムちゃんもフララちゃんも、ミオちゃんのことが大好きなの、凄く伝わってくるから」
「え? えへへ、そうかな?」
「ええ。だから、ミオちゃんはもっと胸を張ってもいいと思うわよ。今は《鉱石姫》の呼び名の方が有名だけど、すぐにテイマーとしての名前だって知れ渡ると思うわ」
リン姉の真っ直ぐな賞賛の言葉に、思わず照れて頬を掻く。
元々、ただモンスターと触れ合えればいいと思って始めたゲームだったけど、ライムを誰にもバカにされないようにするって目標を立てて、ここまで頑張ってきた。
それが、リン姉みたいにガチプレイヤーに混じって最前線でやってるような人に認められたって思うと、これまでの努力が実ったような、そんな実感が湧いてきて、素直に嬉しい。
「よし、それじゃあ今日は、リン姉以外にもライム達スライムの凄さを分かって貰うために頑張るね! ヒュージスライムの時はちょっとした援護しか出来なかったけど、今回は誰の目から見ても明らかなくらい活躍してみせるから!」
「ええ、頑張ってね、ミオちゃん」
そう言って、リン姉は私の頭を優しく撫でてくれた。
ちょっぴり恥ずかしくもあるけど、やっぱりリン姉の手は気持ちいいなぁ。リン姉はああ言ってくれたけど、やっぱりライムやフララがすぐ懐くのも分かるよ。うん、いつか私も、これくらい包容力のあるテイマーにならないと! 胸のサイズとか関係なくね!!
「よし、これで全員揃ったな!」
そうしてリン姉と話してる間に、お兄はナンパ男との話は終わったのか、戻ってくるなり大きめの声でそう言った。
お兄の声に反応して、それまで雑談していた人達も私語を止めて、お兄の方に向き直る。
「まずは一言、俺の呼びかけに応えて集まってくれて感謝する。今回の敵はレイドボスのクラーケン。掲示板じゃこのイベント最大の目玉ボスだって言われてるモンスターだ」
普段はだらしないお兄が、意外にもリーダーの風格を出しながら声を張るところは初めてで、少し驚く。
お兄にもこんな一面があったんだなぁ……ゲームの中だけじゃなくて、普段も発揮すればいいのに。
「もう知ってるだろうけど、今回は最大30人ってことで、俺のギルド《魔煌騎士団》と、フレッドのギルド《光輝戦団》、それから、俺の知り合い数人を含めた22人で挑むことになる」
お兄に並んで、さっきのナンパ男がキリッとした表情で並び立って、堂々たる態度でみんなに敬礼してる。
……あの人、ギルドマスターだったんだ……ナンパ男なのに。
あと、20人って思ったより少ない、と思ったら、使役モンスター分が計算されてない数だったみたい。何人か、モンスターを連れてる人がいるみたいだし、その分なんだろう。あ、あそこの狼可愛い。触らせてくれないかなぁ……
「まだこのクエストの達成報告はない。情報不足だし、何より初のレイドクエストだ。緊張もするだろうし、ミスもあるだろう。場合によっちゃ、それでクエスト失敗なんてこともあるかもしれない」
とは言え、お兄が珍しく、本当に珍しく格好良く決めてる中、そんな空気をぶち壊すような真似は流石に出来るわけもなく、大人しく聞き役に徹する。
「けど……敢えて言う、これはゲームだ! 失敗がなんだ、負けたからなんだ! やられたんならもう一度備えてやり直しゃいい! ビビって縮こまるくらいなら、思いっきりぶち当たって砕け散れ! そっちの方が面白いだろ!? だから……」
真面目な口調から一転、砕けた調子でぶっちゃけるお兄。
けど、それを笑う人は誰もいない。
誰もがその目にギラギラとした光を湛え、顔には不敵な表情を浮かべてる。
「行くぞお前ら!! MWO初のレイドボス戦、楽しもうぜ!!」
拳を振り上げるお兄に合わせ、プレイヤー達の雄叫びが轟いた。
ナンパ男フレッド君。名前だけ見て思い出せた人はきっと作者よりもこの作品の内容を覚えています(ぇ




