第76話 アイテム製作と最後の準備
「なぜだミオ、なぜなんだーー!!」
海賊船でのクルージングが終わった翌日、よく晴れた日の昼下がり……と言っても、ゲームの中で雨なんて降ったことないんだけど、ともかくいつも通りにぽかぽかと暖かい陽気のコスタリカ村。そこにある私のホームの庭で、ネスちゃんの叫び声が響き渡る。
「ネスちゃん、どうしたの急に?」
急に叫び出したものだから、驚いたライムが調合セットのビーカーから落ちて、中の液体にどぼんしちゃった。
作ってたのが《麻痺ポーション》だったから、《麻痺耐性》のお陰で特に何ともないみたいだけど……ってこらライム、何どさくさに紛れてつまみ食いしてるの! ダメでしょ! めっ!
「どうしたもこうしたもない! 海賊船対決だと!? そんな面白そうな戦闘、なぜ我も誘わなかった!」
「いやだって、ネスちゃんずっと居なかったわけだし。あと、こっちは海賊船だけど、向こうは幽霊船ね」
ネスちゃんは、黒いローブととんがり帽子に身を包んだ、炎属性魔法使いの女の子だ。
最近見てなかったからちょっと心配してたんだけど、どうやらせっかくのイベントだからと、腕試しも兼ねてソロで各エリアを回ってたみたい。
もちろん、私はフレンドリストからネスちゃんがどこにいるかは把握できてたけど、1人ですることがあるなら邪魔するのもなー、と思ってそのままにしていた。
「それでも誘ってくれるのが友というものだろう! 我も幽霊船を木っ端微塵にしてみたかったぞ!」
「いや、それは無理だから。……無理だよね、フウちゃん」
「無理なんじゃないですかね~、一応船自体が1つのエリアみたいなもんでしたし~」
フウちゃんに同意を求めると、軽く頷きは返ってくるけど、そんなことはどうでもいいとばかりにのんびりとその場で転がって、ご満悦そうな表情を浮かべる。
あまりにも放置し過ぎたせいか、農地は今や完全に見る影もなく、ちょっとした草むらみたいな状態になっているんだけど、ちょっと整えれば普通に庭として、モンスター達の遊び場に出来そうだ。うん、イベント終わったら手を付けようかな。
ただ、フウちゃんにとってはこの草むらは寝心地が良いのか、草に埋もれるようにしてずっと寝転がってる。
全く、行儀が悪いんだから。食べたばっかりでゴロゴロして、豚になっちゃっても知らないよ?
……フウちゃんが子豚に……うん、それはそれで可愛いかも。
「だとしてもだ! 船の大砲と我の魔法、どちらが強大か証明するチャンスだったというのに!」
「ごめんごめんって、今度のクラーケン討伐戦は連れてってあげるから。ほら、新作のトロピカルジュースあるよ、お1ついかが?」
「……まあ、クラーケンと戦えるというなら、許すが。あと、ジュースはくれ」
私が渡したのは、トロピカルエイプが出て来る森の中で採った《ヤシの実》を使って、《料理》スキルで作ったジュースだ。
これまでの傾向からして、《調合》スキルで新しい回復系ポーションになったりしないかと思って色々試したんだけど、そっちは全く上手くいかなかったから、普通にジュースにしてみた試作品。
これが中々美味しくて、ビートに特に好評だ。今も、長くなった前足を使って、どこの酔っ払いかと思うくらいの勢いでゴクゴク飲んでる。
ビートはライムと違うんだから、ほどほどにしないとお腹壊しちゃうよ?
「ふむ……んくっ、んくっ……ふむふむ……!」
「えへへ、美味しかった?」
「うむ! ……って、だからこら、頭を撫でるなーっ!」
「ごめんごめん」
「謝るならまずはその手をどけろーーっ!!」
ネスちゃんの頭をなでなでしつつ、いつものやり取りを交わす私達。
そんな私達を、物陰からひっそりと窺う視線があった。
「ところでミオ、そこで寝てるのは先ほど紹介されたから良いとしても、さっきからずっとこちらを見ているあの小娘はなんだ?」
「小娘って、ネスちゃんほぼ同い年じゃない? けどまあ、うん。あれはあれでいつも通りっていうか」
ネスちゃんが不遜な態度で指差した先には、フードの端から綺麗な白銀の髪をちらつかせながら、紅い瞳でじっと見つめる女の子の姿がある。
いつもの大きな鎌は持ってないから、ぱっと見だと分からないかもしれないけど、それでもあんな可愛い子を見間違うはずもない。
「ユリアちゃん、またそんなところでどうしたの? こっちおいでよ」
「……え、えっと、それはその……」
ユリアちゃんは隠れたまま、視線を彷徨わせるばかりで中々こっちに来ようとしない。
うーん、初対面のネスちゃんがいるから戸惑ってるのかな? けど、リッジ君とは割とすぐに打ち解けた感じがあったんだけど、何が違うんだろ。やっぱり職業が同じ軽戦士だったから、何か通じる物でもあったのかな?
「えっと、あの子はユリアちゃん。一応、掲示板では《死神》だとか《PK狩り》とか呼ばれてるみたいだよ?」
とりあえず、分からないことは置いておいて、ひとまず中々こっちに来ないユリアちゃん自身に代わって、私が軽くネスちゃんに紹介する。
すると、ネスちゃんはユリアちゃんの二つ名を聞いた瞬間、目を見開いて驚きを露わにした。
「何!? 《死神》だと!? 本物か!?」
「え? いや、うん」
特に隠すことでもないと思って何気なく伝えると、ネスちゃんは凄い形相で私に詰め寄ってきた。
何かあったのかと聞こうと思ったら、それよりも早くネスちゃんはずんずんとユリアちゃんの下へと歩み寄って行く。
ね、ネスちゃん、急にどうしたの?
「おいお前、ユリアと言ったな」
「えっ、う、うん……」
ユリアちゃんが言ったわけじゃないんだけど、名前が間違ってるわけじゃないから私も突っ込んだりはしない。
ただ、この会話の行く末は気になるから、私も《調合》を進めながら聞き耳は立てておくけど。
「《死神》の武器は鎌だと聞いたんだが……」
「う、うん……そうだよ」
言われるがままに、インベントリから自分の武器である巨大鎌を取り出すユリアちゃん。
それを見るなり、ネスちゃんはぷるぷると震え出し……
「……心の友よ!!」
「ふぇ!?」
ガシッ!! と手を掴むなり、ぶんぶんと上下に振り回すネスちゃんに、ユリアちゃんはひたすら困惑した表情で、私の方をちらちらと、助けを求めるような目で見てくるけど……うん、ここは試練だと思って頑張って貰おう。人見知りの克服には多少の荒療治も必要なんだよ、多分!
「誰にも姿を見せることなく、人知れず悪を裁く恐怖の死神! 大鎌というロマン武器をチョイスするその慧眼! 素晴らしい、流石は我が心の友!!」
「えっ、えっ」
おお、流石ネスちゃん、いつの間にやら心の友になってるし。
やっぱりユリアちゃんと付き合うなら、あの強引さが良いのかなぁ。フウちゃんはなんか、気付いたら傍に居ても問題無くなってたけど……うん、それもまた才能だね。
「おっと済まない、我としたことが、まだ名乗ってもいなかったな」
ふっ、と聞いてもいないのにそう言うと、より一層混乱が深まっている様子のユリアちゃんから一歩離れ、ばさぁ! とローブをはためかせた。
その仕草、いるのかなぁ?
「我が名はダークネスロード、深淵の炎を操りし究極の魔術師なり!! 我が友ユリアよ、共に闇の覇道を歩もうではないか! はっはっはっは!!」
「えっと……あ、ありがとう……?」
せっかく友達が増えたけど、流石にこんな流れで増えるのは予想外だったのか、若干顔を引きつらせながらお礼を言ってるユリアちゃん。うん、気持ちは分かるよ、でもネスちゃんも良い子だから、ここは素直におめでとうって言っておくよ。
「さあ、ミオはまだ何やら作業中で出かける気も無さそうだし、もっと語り合おうではないか!」
「えっ、えぇぇ……!?」
そう言って、ネスちゃんはユリアちゃんの手を引いて、物陰から強引に連れ出しながら、あれこれと話しかけ始めた。
ユリアちゃんはひたすら困惑して、私のほうをチラチラ見てくるけど、困ってはいても嫌がってる感じはしないから、これも人に慣れる練習だと思って諦めて貰おう。
それに、今私が調合してるやつ、結構危ない代物だから、中断とかしたくないしね。
「ところで、ミオ姉は何を作ってるの?」
そんな風に思っていたら、それまで自分の時とまるで違うユリアちゃんの態度に戸惑ってる様子だったリッジ君が、ひとまずその疑問は忘れることにしたのか、私に話しかけてきた。
私としても、特に隠すようなこともないから正直に答える。
「爆弾みたいな?」
「へえ、爆弾か」
正直に言うと、驚いて離れるかとも思ったんだけど、意外と興味津々な様子のリッジ君は、むしろ私の傍に近づいてきた。
やっぱり男の子って、こういう派手そうな武器は好きなのかな。まあ、これは爆弾そのものっていうより、爆弾の素みたいな物になると思うから、リッジ君が思ってるほど派手な効果はないとは思うけど。
「そう。昨日の戦闘が終わった後、《調合》スキルに新しいレシピが出てたから、それを作ってるんだ」
特に《調合》スキルのレベルが上がったわけじゃないから、多分戦闘中の何かしらの行動で条件が満たされたんだろうけど、まさかそんな形で解放されるレシピがあるなんて思ってもみなかった。それとも、特に説明がなかっただけで、セルジオラさんが教えてくれた扱い? まあ、細かいことはいっか。
ともあれ、今回使うのは、《火薬草》と《クリアライト鉱石》、それから《酸性ポーション》。
《火薬草》と《酸性ポーション》の組み合わせならやったこともあったけど、まさか《クリアライト鉱石》が必要になるなんて……
ていうか、《酸性ポーション》の使い道、多くない? ただでさえ状態異常ポーション3種類で結構使ってるのに、この上更に使い道があって、そろそろライムが増えてくれないと増産が追いつかないんだけど。
「よし、出来た!」
名称:火薬ポーション
効果:炎属性ダメージを与える。
うん、効果説明がシンプル過ぎて逆に分かりづらいね、主にダメージ範囲とかが!
けどまあ、そこは実際に使ってみればいいんだし、これでいいか。
「これが爆弾……液体ってことは、ニトログリセリンみたいなやつかな?」
「かも? もしそうだったら、落としただけでいきなり爆発とかあるかもしれないし、気を付けないとね。アフロになっちゃうし」
いきなりドカン! ってなって、私もリッジ君も黒焦げアフロになったりとか。あはは、まあ、そんなことあるわけないか。
……いや、これゲームの中だし、意外と運営が茶目っ気を発揮してそうなるように設定してる可能性が……? い、いやいや、流石にないよね?
……でも、うん、みんなのアフロ、ちょっと見てみたい気もする。
「先輩~、考えてることが顔にモロに出てますよ~」
「あ、あはは……ナンノコトカナ」
フウちゃんにジト目で見られ、そっと目を逸らす私。
だって仕方ないじゃん、アフロだもん、可愛い子のアフロもそれはそれで見てみたかったんだもん!
「――!」
「ライム、これはご飯じゃありません」
「――」
食べたいのか、触手を伸ばして私のポーション瓶を取ろうとするライムを、軽くぺしんっとはたく。
流石にこれは、体に悪いとかそういう問題じゃなくて、物理的にダメージが入るから。食べちゃダメです。
だから、いくらライムがそんなうるうるした目(?)を向けて来ても、これだけはあげないったらあげないんだからね!
「先輩……」
「なんでもないから!」
とうとう可哀想な物を見る目を向けてきたフウちゃんに必死に取り繕うと、私は誤魔化すように調合セットを弄り、次の準備に入った。
「先輩って世話好きですけど、子供が出来たら溺愛し過ぎてダメな子にしちゃうパターンの人ですよね~」
「ぐっふ!」
心当たりがあるだけに否定できない!!
そう思って、がっくりとその場に崩れ落ちる私を見て、フウちゃんはこれ見よがしにやれやれと肩を竦めた。むぐぐ。
そんな私を、フララが寄り添って優しく慰めてくれた。うぅ、フララは優しいなぁ……
「それでミオ、今日は何を倒しに行くのだ!? 先ほど言っていたクラーケンか!?」
「いや、そっちはお兄が参加メンバー集めて、全員クエスト受注して、日程合わせてからだから、まだ先だよ。むしろ、今日はこのまま調合して終わろうかと思ってるくらいなんだけど」
「なにーーーー!?」
がっくりと膝を突くネスちゃんに苦笑を浮かべながら、私は次の調合に取り掛かる。
使うのは、《気泡草》と《蒼水結晶》、それとさっきトロピカルジュースにも使ってた、《ヤシの実》だ。
ただ、使うのは中身のジュースじゃなくて、まさかの殻の方。磨り潰した《気泡草》と、砕いた《蒼水結晶》を混ぜて水に入れると、どういうわけか大量の空気が噴き出てきて、《ヤシの実》の殻を《鍛冶》スキルで叩いて形を整えた球体に注ぐと……
名称:空気玉
効果:口に入れると、水中で呼吸が可能になる(5分)
これもまた、セルジオラさんからクエストを受注した後に作れるようになってたアイテムだ。
ぶっちゃけ、戦う相手はクラーケンで、船に乗って戦うんだから、《火薬ポーション》と違ってこっちは必要ないだろうけど、まああるに越したことはないでしょ、多分。
「くう、まあいい、ならばミオがクラーケン戦の準備をしている間に、我らもまた己を鍛え強くなっておこうぞ! さあ、行くぞ友よ!」
「えっ……えっ」
思いついたかのように引っ張られていくユリアちゃんを手を振って見送りながら、私はさてもう一つ作ろうと素材をインベントリから取り出す。
そして、ふと未だに残っている2人が気になった。
「フウちゃん……は聞くまでもないかもしれないけど、リッジ君は付いて行かなくていいの? 調合なんて見ててもつまんないと思うけど」
「先輩~? さらっと私のことディスってませんか~?」
フウちゃんの抗議の声はさらっとスルーしつつ、リッジ君に聞いてみる。
すると、リッジ君は「えっと……」と視線を彷徨わせながら、言葉を選ぶように少し間を開けつつ口を開いた。
「いや、その、ミオ姉が作ったアイテムに、僕にも使えそうなのがあるかもしれないし。それに……」
「それに?」
「……ユリアには負けてられないし」
「??」
なんで私の調合を見てることが、ユリアちゃんに勝つことに繋がるのかさっぱり分からないけど、まあ、
昨日の船上戦でユリアちゃんと勝負して、僅差で負けたのを悔しがってるのは分かったから、ひとまずはそっとしておいたほうがいいのかな? 別に、調合の邪魔になるっていうわけでもないしね。
「さて、それじゃあライム、フララ、今日も《酸性ポーション》とか状態異常ポーション、いっぱい作って貰うから、頑張ろうね! 具体的には100本くらい!」
「――!?」
「ピィ!?」
相手はあんな大型船で挑むモンスターなわけだし、状態異常が根本的に効かない可能性も無くはないけど、それでも用意しておくのに越したことはないだろうし。それに100本とは言ったけど、流石にそんなにたくさん作ってられる時間もないだろうし……だからライムもフララも、逃げようとしないでちゃんと作って!
「ほら、頑張ったらご褒美に、好きな食べ物を好きなだけ食べさせてあげるから、ね?」
「――!」
「ピィピィ!」
そう言うなり、目の色を変えて調合のお手伝いを始めるライムとフララに苦笑しながら、私自身も調合を進めていく。
ネスちゃんにはああ言ったけど、残る準備はお兄が進める日程調整くらいのものだから、実のところそれほど時間もないと思う。だから、後はその間、どれだけの準備を整えられるかに、プレイヤーとしての腕がかかってる。
「んー……やっぱり、そろそろ解禁するべきかな。リン姉とも相談しよう」
だからこそ、これまで出来るだけ避けてたけど、次の戦闘を考えると、もう少しモンスターを増やすべきだと思う。《魔物使い》にしろ《召喚術師》にしろ、その真骨頂はモンスターを複数使役できること。つまりは数押しだ。
流石に、今からモンスターをテイムしても、クラーケン戦までに育成を間に合わせることは出来ないから、この場合は召喚モンスターがいいかな。そっちにしても、ビートの消費MPの大きさと、核石アイテム不足から、あまり強化はしてあげられないんだけど……それはそれとして、1つ考えもあるし。
「ミオ姉、どうかした?」
「ううん、ちょっとクラーケン戦までに何を準備するか、考えてただけ」
やりたいことを思い浮かべ、それが上手く行った時のことを考えて思わず1人で笑みを零しながら、私はその日、ひたすらにアイテムの調合を続けた。