第73話 喧嘩とサメ釣り
「ん~、中々釣れない……やっぱり、餌作った方が良いのかなぁ」
甲板の隅から釣り糸を垂らし、ぷらぷらと足を振りながら待ち続けるも、中々当たりが来ない。
うーん、この海、魚はいないのかな……いや、そんなことはないと思うんだけど。
「ねえねえ先輩~」
「うん? どうしたのフウちゃん」
「あっち、手伝わなくていいんですか~?」
フウちゃんが言う“あっち”を、私もちらりと見る。
けど、すぐにまた釣りに戻った。
「逆に聞くけどフウちゃん、あそこに割って入る勇気ある?」
「ないですね~」
私の質問に、珍しく即答で返すフウちゃんに、思わず苦笑を漏らす。
けど、あの2人を見た後じゃ、それも仕方ないかと思えてくるから困ったものだよ。
「ふっ……!!」
「くっ、やるねユリア」
「リッジこそ、AGI特化でもないのによく付いてくる。もう限界なんじゃない……?」
「バカ言わないでよ、まだまだこれからだ、よっ!!」
「……いいよ、望むところ」
空から襲ってきたシーペリップが、ユリアちゃんの鎌で首を狩られてあっさりと爆散する。
それに少し遅れて襲ってきたもう1体も、リッジ君の刀で一刀両断されて同じ運命を辿る。
シーペリップは、空から一気に急降下して、その速度を利用してヒットアンドアウェイを繰り返すモンスターで、私は十分な加速が付く前の初動を潰しでもしない限り、とてもついて行けないんだけど……なぜか、2人とも当たり前のように最高速度にまで加速したシーペリップの急所をピンポイントで斬り裂いてる。
普通に見れば、凄く頼もしい2人なんだけど……2人の間にさっきからずっと火花が散ってるし、背後には龍と虎の幻影が見える気がするし、奪い合うように倒されていくシーペリップ達が何だか哀れに見えてくる。
2人のうちどっちがより多く仕留められるか勝負しようっていう話になったみたいなんだけど……どうしてこんなことに? さっぱり分かんない。
「まあ、先輩のせいですね~」
「さっきもそんなこと言われたけど、これ私のせいなの!?」
「当然ですよ~」
私、2人の対立を煽るようなこと何もしてないんだけど!? とは思うけど、実際に他の理由が思いつかないし、一応は私、なぜかリン姉を差し置いて、このパーティのリーダーってことになってるし、諫めないとダメだよね。
そのためにも……
「まずはお魚釣らないとね」
「何をどうなったらその結論に達するんですか~?」
「それはもちろん、ここにお腹を空かせた食いしん坊が待ち構えてるからだよ」
そう言って視線を向けた先には、魚よ来いとばかりにじーーーっと海を見つめるライムの姿が。
それはもう、実はさっきから魚が全くかからないのも、この食欲全開なオーラに恐れをなして、逃げちゃったんじゃないかと思うくらいだ。
出来れば、そこで気持ちよさそうに潮風を浴びながら飛び回ってるフララを見習って、元気良く遊んでて欲しいんだけどなぁ。そこのムーちゃんみたいな食っちゃ寝は体に毒だよ? 後、よく見たらさりげなくリン姉のフードの中からこっそりと顔を覗かせたルーちゃんが、ライムと一緒に私の釣り糸の先をじーーーっと見てる。可愛い。後で餌付けしようっと。
「だったら、他の料理でお茶を濁せばいいんじゃないですか~?」
「いやだって、火を使うとまた他のモンスター呼び寄せちゃいそうだし……そういう意味でも、お魚を釣り上げて刺身にするのが一番なんだよ」
「確かに、それなら匂いは無さそうですもんね~」
「そういうこと。……っと、来た!」
「おお~?」
そんな話をしていると、私の釣り竿が大きくしなり、それを見たフウちゃんが歓声を上げる。
私、まだ《釣り》スキルのレベルは高くないんだけど……ここで失敗したら、愛しのライムに嫌われちゃいそうだし、絶対成功させないと。
「んんんっ……! フウちゃん、ライム、手伝って!」
「え~、力仕事は専門外ですよ~」
私が竿を引っ張るのに合わせ、ライムが背中にしがみつき、一生懸命引っ張ってくれる。可愛い。完全に乗っかった状態で私の体を引っ張られても、何の効果もないけど。
そしてフウちゃんは……まあ、うん、ぶっちゃけ期待してない。
よいこらしょ、どっこいしょと、掛け声を合わせ引っ張る私とライムだけど、流石に大物なのか、中々引き上げられない。
後ろで繰り広げられる高度な空中戦闘と比べると、なんとも地味で平和な綱引きだけど、やってる方は真剣だ。何せ、これを釣り上げられるかどうかに、ライムに預けてあるアイテムがいつの間にか減ってる事態になるかどうかが決まるんだから。
「私には無理そうですから……代わりにムーちゃんに引いて貰いますね~」
「えっ」
「ムーちゃん、お願いします~」
「ムオォ」
ムーちゃんの鼻がのっそりと伸びてきて、私の体をがっしりと掴む。
いや待って、これなんだか嫌な予感がするんだけど!?
「ムーちゃん、すろーいん~」
「ムオォォ!!」
「ひやぁぁぁ!!?」
ムーちゃんのATKは、何気にゴーレムに次ぐくらい強くて、当たり前のように私の体なんて木っ端のように軽々と放り投げられる。
合わせて、海面を突き破って獲物のお魚も釣り上げられたんだけど……って!
「お魚はお魚でもこれ、サメだーー!!?」
空中を泳ぐように(実際にはただ放り投げられてるだけだろうけど)突っ込んできたのは、紛うことなきサメだった。
もちろん、リアルのサメと違ってモンスターだから、牙はセイウチか何かみたいに大きいし、サメ肌はぱっと見で分かるくらいトゲトゲしくてハリセンボンみたい。
とにもかくにも、全体的に物騒なモンスター。その名も、ニードルシャーク。うん、なんだかカッコイイ。
「ここは……フララ、《麻痺鱗粉》! 《ウインド》!」
「ピィ!」
投げ飛ばされた先にこれ幸いと獲物を見つけて、そのまま食いつこうとしてるニードルシャーク目掛けフララが風を起こし、その体を押し返す。
これが、本当に空を飛ぶモンスターなら風に逆らって飛んできただろうけど、相手はあくまで海を泳ぐモンスター。空中じゃ踏ん張りが利くわけもなく、あっさりと船の甲板に叩きつけられる。
それに加えて、風の魔法と一緒に振りかけられた《麻痺鱗粉》がもう効いてきたのか、そのままびくんっ、びくんっと体を痙攣させ始めた。
それを、一連の流れを見守っていたリン姉がゴブリンを召喚し、素早く仕留める。うん、流石リン姉、動きが早い。
「海のモンスターって、やっぱり麻痺に弱いのかな……」
そんな風に呑気に観察していると、ちょんちょん、とライムに肩をつつかれた。
何だろうと思って見ると、ライムが指差す先にあるのは海。うん、海の上なんだから当たり前……って、真下が海じゃ私、海に落ちちゃうじゃん!? 当たり前だけど!
「ライム、私に捕まって。《アンカーズバインド》!!」
けど、私の《鞭》スキルなら、普通の戦闘よりもこういう地形戦闘のほうが活躍できるし、問題ない。
甲板の隅にある手すりに、アーツを使ってしがみ付きながら、ライムを片手で抱きしめる。
「よしっ、これで……!」
少なくとも海に落ちることはない、そう思って油断した私だったけど、重要なことを見落としていた。
鉤縄にしろ何にしろ、こういうのは引っかけたところを支点に、振り子みたいに下へ落ちながら移動していく物だってことを。
つまり、
「……あれ、このままだとぶつかる?」
気付いた時には時すでに遅く。
私とライムは、揃って船の側面にキスするハメになった。
「さて、気を取り直して、レッツクッキング……と行きたいんだけど」
私達が海に落ちかけたことで、流石に争ってる場合じゃないと思ってくれたのか、リッジ君とユリアちゃんの争いは一旦お預けになった。
そして、リン姉のゴーレムに救助されたことで、何とか死に戻ることなく甲板に上がってこれた私は、早速とばかりにニードルシャークの素材を取り出し、さて調理の時間だというところ。
けど、1つ問題があった。
「サメって、刺身でも食べれるんだっけ?」
いやうん、刺身って色々あるけど、サメの刺身とかって聞いたことないんだよね。
そもそもサメってあんまり食べられるイメージないし、果たしてこのまま刺身にしても良い物か……いや、アイテムの説明欄にはちゃんと、《サメの肉》は食材アイテムって書いてあるけども。
「どうなんでしょ~? 私は知りませんけど~」
「僕も、サメの刺身は食べたことないかな……」
「……知らない」
フウちゃん、リッジ君、ユリアちゃんが、揃って首を横に振る。
「フカヒレもあるし、サメもちゃんと食べられるわよ。お刺身も、意外と美味しいって話は聞いたことはあるけれど……」
そしてリン姉からは、少なくとも存在はするらしいとのお墨付きを貰えた。
微妙に不安そうなのは、あくまで噂話だからかな?
「まあ、よく分かんないけど、実際に食べてみれば分かるよね」
元々このゲームの料理って、あんまりリアルの事情は関係ないし、細かいことは気にしなくても大丈夫かな。
そもそもハウンドウルフの肉だって食べたけど、狼ってリアルだとあんまり美味しそうじゃないしね。いや、食べたことないから実は美味しいのかもしれないけどさ。
そういうわけで、早速私は解体包丁を取り出し、《料理》スキルの補正を合わせて、サメを捌いていく。
中々大きいサメだけど、この包丁も中々のサイズだから、さほど問題なく解体できる。
……そういえば、この包丁を料理で使ったの、初めてな気がする。まあ、今までこんな大きな包丁を使う必要のある食材が無かったから、仕方ないんだけどさ。
「よいしょっと、こんな感じかな?」
「お~」
とりあえず出来上がった刺身を、まずは料理した人の責任として一口食べてみる。
ふむ……
「あ、結構美味しい」
何だろう、普通にマグロみたいな味がする。見た目は白身なのに。
うん、相変わらずこのゲームの料理の味は見た目と一致しないなぁ。
「ライムも食べる?」
ならライムはどうかと、作った刺身を1つあげてみると、ぷるるんっ! と中々好評な様子。もっと頂戴と擦り寄ってきた。ふふっ、可愛いなぁライムは。
「む~、先輩だけズルイです、私にもください~」
「はいはい、じゃあほら、あーん」
躊躇してたのに、いざ作ったら自分達だけで食べてるのが不満だったのか、フウちゃんが詰め寄って来た。
だから、素直にその口元に持って行ってあげると、そのままパクリと食べてくれた。
「ん~、美味しいですね~」
「ねー、リアルのサメはどんな味なんだろ」
「リアルも結構美味しいですよ~。これとはちょっと違いますけど~」
「あれ? さっきフウちゃん知らないって……」
「実は知ってました~、先輩がおっかなびっくり毒味するところが見られるかな~って思いまして。てへっ」
「こらっ」
ぽかっと軽く小突くと、大した力も入れてないのに「あう~、暴力反対です~」と涙目になるフウちゃん。
凄くいじらしい態度に絆されそうになっちゃうけど、これがウソ泣きなのを知ってる私からすれば心は動かない。
動かないったら動かない。可愛いけど。
「ほら、みんなも食べていいよ」
「じゃあ遠慮なく」
「ん」
私の合図を聞いて、リッジ君とユリアちゃんもそれぞれに刺身を1つ頬張る。
すると、やっぱり美味しいみたいで、2人仲良くその表情を綻ばせた。
「美味しい……これ、リアルでも食べたい」
「いや、リアルとこっちじゃ味が違うって今フウが言ってたじゃん」
「別にいい。ミオが食べさせてくれるなら一緒」
「なっ!? こ、こっちでならともかく、リアルでミオ姉の料理なんてそう簡単に食べられるものじゃないんだからね!? ユリアの分なんて無い!」
「従兄弟なのに料理も食べさせて貰えない……ふっ」
「別に食べさせて貰えないわけじゃないから!? 第一鼻で笑うな!!」
「もーっ、2人とも喧嘩しないのー!」
ようやく収まったかと思いきやまた激突する2人の間に、慌てて割って入る。
全く、ユリアちゃんもリッジ君も、どうしてそんなにお互いを嫌っちゃうのかなぁ。しかもフウちゃんだけじゃなくて、こういう時に頼りになりそうなリン姉までなぜか口を出さずに見守る姿勢だし。
「そんなにリアルで食べたいなら、2人とも今度手料理ご馳走してあげるから」
「っ!」
「ほ、ほんと?」
「その代わり、ちゃんと2人仲良くね!」
「「は、はい」」
手料理を餌に仲直りを促すと、思っていた以上にあっさりと頷きが返ってきた。
うーん、2人ともそんなに食いしん坊だったっけ? まあ、仲良くなるならそれくらいいいけどね。もっとも、そのためにはユリアちゃんとリアルで待ち合わせしなきゃいけないんだけど……どこに住んでるんだろ? 近いといいなぁ。
「ミオちゃん、ルーデンの分も貰えるかしら?」
「うん、もちろん!」
リン姉に頷きを返しつつ、出来れば直接あげられないかと、私自ら刺身をルーちゃんの傍まで持って行く。
ほらー、おいでー。美味しい美味しいお刺身だよー。
なんて思いながら近づけるけど、一向に出て来てくれる様子がない。しょぼん。
仕方ない、また今度……そう思って諦めようかと思ったら、そろりそろりと、ルーちゃんの金色の体が伸びて来て、私の手から刺身をひったくるように吸収すると、そのまますぐにリン姉のフードの中へ引っ込んでいった。
おお……! ルーちゃんが私の手から食べてくれた! これは大きな前進だよ!
「ふふ、この調子なら、すぐにミオちゃんにも慣れそうね」
「うん! っ、あれ?」
せっかくだから、もう一口食べさせてあげようかと思った瞬間。
一瞬、エリアが切り替わる時のあの違和感が襲ってきた。
勘違いかとも思ったけど、ユリアちゃんとリッジ君も同じのを感じたのか、素早く船の周りに視線を巡らせた。
「ミオ、あれ」
さっきまでのリッジ君との確執が嘘のように、2人仲良く背中合わせで辺りを探っていたユリアちゃんが指差す先。そこには、一隻の船が漂っていた。
「あれ、何だろう? 海賊船……じゃないよね?」
「うん。旗は髑髏じゃないみたいだし、海賊船とは違うと思う。やけにボロボロに見えるけど……」
リッジ君の言う通り、遠目に見えた船はボロボロで、帆は無残に破れ、船体も穴だらけだった。
もはや浮いてるのも奇跡だって言えそうな状態だけど、よくよく見ればちゃんとこっちに近づいてきてる。
「あれ、帆船で帆が破れててなんで動けるの? おかしくない?」
もしかして幽霊船……でもないのかな? 一応、ちゃんと船員は乗ってるみたい。
だからって、まともな船員でもなかったけど。
「何あれ?」
体付きそのものは、普通の人に見える。
手に三又の槍を持って鬨の声を上げているのは物騒だけど、それだけならまだいい。
問題は、その人達の頭が普通の人のそれじゃなくて、イカみたいな白いぬめっとした皮膚と触手を持っていることだ。まるで髭みたいにだらりと垂れ下がったそれが常にうねうねと動いていて、何だか凄く気持ち悪い。正直、友達にはなれなそう。
「イカ人間? もしかして、レイドボスと関係が?」
「……今は考えてる暇はないと思う」
リッジ君が、レイドボスと疑わしきクラーケンとの関連性を疑う中、ユリアちゃんは鎌を構えて戦闘準備に入る。
よく見れば、船は大きく舵を切り、私達の方に船の側面を向け始めた。
そして、船の舷側には、大量の砲門。
「これはちょっとまずそうね、ミオちゃん、指示を」
「あ、うん。みんな、戦闘準備!」
「おおぅ……やっぱりイベント中は、のんびりクルージングってわけにも行かないんですね~……」
リン姉から促され、私は急いでみんなに号令をかける。
それに対して、気だるそうにフウちゃんが嘆くと同時に、轟音が鳴り響いた。
クエスト:魔海を漂う幽霊船
内容:スクイドヒューマを倒せ! 0/30
サメ料理って見たことないんですよね。
食べる地域は食べるらしいですけど……美味しいのかなぁ。




