第66話 気泡草採取と餌付け
餌付け回です(ぁ
色々と話し込んだせいで採取のタイミングを逃したけど、あれがラストチャンスだったわけでもないし、すぐに再チャレンジした。
撒き餌代わりの肉を囮にブラックアリゲーターを引き付け、ついでにユリアちゃんがそれを狩ることで更にヘイトを引き付ける。そして、その隙に私は水の中へと飛び込んで、《採取》スキルで場所を探りながら《気泡草》や、ついでに他にも水中に沈んでたり生えてたりするアイテムを回収していく。
けど、これが意外と難しい。
水の中だと動きが鈍くなるし、流れもないのに上手く泳げないから、アイテムのある場所は分かってもそこへ行くまでが結構大変。しかも、あまり時間をかけてると、息が続かない(と言っても、ゲームだからかなぜか苦しくはないけど)のかHPが減り始めるし、倒されたブラックアリゲーターが再出現したり、そうでなくても撒き餌を食べ尽くして襲い掛かってきたりする。
だから、思った以上に採取は難航していた。……さっきまでは。
『ライム、あそこお願い』
一緒に潜ったライムの体からみょ~んっと触手が伸び、私が指し示した先にあるアイテムを取って、そのまま体内に吸収……もとい、《収納》する。
私が泳いで取りに行こうとすると苦戦する距離も、ライムの《触手》スキルなら、私の手よりずっと遠くの物を掴めるし、掴んだ傍から《収納》スキルで仕舞ってくれるから、かなり効率よくアイテムを集められる。
『ライムー、次あっち行くよ、お願いー』
しかも、《触手》スキルで水底の岩とか、マングローブの木の根とかを掴んで移動すると、泳ぐよりもずっと早く水中を動ける。
正直、これに気付かなかったら今度は《水泳》スキルでも取ろうと思ってたけど……ライムが居てよかった。
流石にこれ以上取ると、上位スキルに派生する時のスキルポイントが足りなくなっちゃいそうだし。
『ミオ、ブラックアリゲーターが再出現し始めた。そろそろ上がって』
そうしてしばらく採取に勤しんでいると、フレンド通話でユリアちゃんからの注意が飛ぶ。
まだ《感知》スキルには反応がないけど、実のところこのスキルは、視認限界距離よりもずっと狭い範囲しか索敵出来ない。だから、足場である木の根から水面を見下ろす形で見渡せるユリアちゃんが、私が気付くよりも先にブラックアリゲーターを見つけられてもおかしくない。
分かった、って返したいところだけど、水中では残念ながら喋れない。より正確に言うと、本人としては喋ってるつもりでも、他のプレイヤーにはまともな言葉として聞こえないみたい。
だから代わりに、合図代わり兼、私の命綱でもあるロープを引いて、足場の上で待機して貰っていたビートに指示を出す。
そこから一瞬遅れて、私の体がロープに引かれてぐんっ、と真上に引っ張られた。
軽くぐえっとなりながら、一気に水面を超え、宙に投げ出される。
「ふぅ、ありがとビート」
「ビビビ」
ロープの端を持ち、私の体をライムごと持ち上げてくれたビートは、なんてことないと言うかのように羽を鳴らすと、ユリアちゃんが待ってる足場まで運んでくれた。
「おかえり、ミオ」
「ただいま、ユリアちゃん」
水の中に入るため、一度インベントリに仕舞ってたローブを装備し直して、濡れた服にちょっとだけ顔を顰める。
少しすれば完璧に乾いてくれるんだけど、水を吸って体にぴったり張り付いた今の状態はあまり気持ちいいものじゃないし、かといってこの装備は一点ものだから替えも持ってない。
うーん、《水泳》スキルは無くてもなんとかできるようになったとはいえ、やっぱり水着は必要かなぁ。
なんて考えてる間に、私が水の中にずっと潜ってて寂しかったのか、フララがやってきて私の肩に留まったまま体を寄せてきた。
そんな寂しがり屋なフララも可愛くて好きだけど、今擦り寄ってきて大丈夫? 羽濡れちゃうよ?
いやまあ、リアルの蝶だって雨に濡れても平気なんだし、モンスターなら大丈夫だとは思うけど。
「《気泡草》、採れた?」
「うん、ばっちり! ライムのお陰だよ、ねー?」
「――!」
擦り寄ってきたフララを撫でる傍ら、ユリアちゃんの言葉に頷き、功労者であるライムのことも労うように撫でてあげる。
すると、ライムは自分の体をぷるるんっと揺らし、戦果の程を誇るように、その場にドサドサと《気泡草》の束を落として小さな山を作ってくれた。他にも、《ドキドキシ草》っていうよく分からないアイテムを始め、海藻系のアイテムがたくさん。
これだけあれば大丈夫そうだけど。あとは《調合》スキルにレシピが出てるかどうか……
「うん、やっぱりないかー」
《調合》スキルには、これまで私が作ったアイテムのレシピや、レベルアップやクエストクリアの報酬として開放された調合レシピが一覧になって表示されるんだけど、その中に《気泡草》を使ったレシピは存在しなかった。
流石に、イベントのキーアイテム(と思しき物)がレベル解放ってことはないだろうし、まだ何かアイテムが足りてないか、そうじゃなきゃ何かしらのクエストを達成しないとレシピは手に入らないんだと思う。
それがダメなら、自力で手持ちアイテムと片っ端から《調合》して、正解の組み合わせを探し当てるか。まあ、それで狙ったアイテムを作るの、結構大変なんだけどね。
「どうしたの?」
「予想はしてたんだけど、《気泡草》を入手しただけじゃ調合レシピが解放されなかったみたいなの」
そもそもそれだけで分かるなら、お兄だって私に《気泡草》について教えてくれた時、ついでにレシピまで教えてくれそうだし。
そうならなかったってことは、私と同じように《気泡草》を入手した美鈴姉達は、そのレシピが分からなかったって考えた方が自然だ。
「そっか……それじゃあ、これからどうする?」
「うーん」
予定としては、この後一度ホームに戻って、そのアイテムを作ってみるつもりだったけど、レシピが分からないまま試行錯誤しても、見つけられるかどうか分からない。食材アイテムを含めると、私の手持ちだけでも既に結構な種類のアイテムがあるし、そもそも私の手持ちアイテムに、《気泡草》を使った新しいアイテムの組み合わせが存在するのか、もっと言えば、そんなアイテムが本当にあるのかどうかさえ分からない。
だから、ひとまずこのまま先に進んでアイテムを集めるなり、クエストを受けてチップを集めるなりする手もあるんだけど……
「とりあえず、一度私のホームに行こうか。ライム達もお腹空いてきたみたいだし、ちょっとだけ休憩ってことで」
私やフララはまだ平気だけど、ライムの空腹度ゲージが大分無くなってきてるし、休憩するにはちょうどいい。味噌汁作るって約束もしたしね。
ちなみに、テイムモンスターであるライムやフララとは違って、召喚モンスターであるビートに空腹度ゲージはない。普通にご飯は食べれるけど。
「そう……それじゃあ、また後で」
「えっ? ユリアちゃんも来るんだよ?」
「え?」
「えっ?」
なぜか別れようとするユリアちゃんの言葉に首を傾げれば、ユリアちゃんまで揃って首を傾げる。
おかしいな、さっき言ったと思ったんだけど。
「ユリアちゃんにも味噌汁食べさせてあげるって言ったじゃん。だからほら、一緒に戻ってご飯食べよ!」
「えぇ!? ほ、本気だったの……!?」
「当たり前でしょ?」
冗談だと思ってたのかー、って少しだけがっくりと肩を落とすけど、すぐに気を取り直す。
こんなところで挫けてたら、いつまで経ってもユリアちゃんと距離が縮まらないし、ここはもっと、ぐいぐい行かないと!
「ライム達も覚えてるよね?」
「――――」
「ピィ!」
「ビビ」
「ほらね?」
「……わ、分からない」
多数決で押し切ろうとライム達に同意を求めれば、私の要望通りみんな揃って頷き返してくれたんだけど、ユリアちゃんには伝わらなかったみたい。
うーん、モンスターを交えた意思疎通って難しい。けど、多数決は多数決なんだから、もうこれは賛成多数ってことでいいよね。
「そう言うわけだから、ユリアちゃんもほら、行くよ!」
「……う、うん」
ユリアちゃんに手を差し伸べると、おずおずと頷いて握り返してくれた。
そんな彼女ににこっと微笑み返しつつ、私はホームのある《コスタリカ村》に続くポータル目指し、歩き出した。
「なるほど~、それで、その子が先輩の新しいフレンドですか~」
「うん、そうだよ」
ぐつぐつと煮える鍋にアサリを放り込むと、パカッ、パカッと次々口を開いていく。
普通はこんなに早く口を開いたりしないし、灰汁もほとんど出てこないけど、そこはゲーム料理。細かいことは気にせずに、出てきた分だけササっと取った後、NPCショップで買ってきた味噌を入れる。
この時に入れる味噌の量も、普通ならそこそこ細かく測って入れるものだろうけど、基本1個単位、それかせいぜい半分ずつの量でしか、入れる量を変えても味も見た目も変化がないから、調整も結構楽だ。
この鍋のサイズだと10個分かなー、なんて考えて放り込みつつ味見をしていると、相変わらず私のホームに入り浸っていたらしいフウちゃんが、ジトーっと私を半目で睨んでるのに気付いた。
うん? どうかしたのかな?
「先輩~、私という可愛い後輩がいながら、なんで浮気したんですか~、やっぱり先輩は小さい子がいいんですか~?」
「人をロリコンか何かみたいに言わないでくれる? 私は可愛い物が好きなだけだよ、可愛さに貴賤はない!」
「それはそれでどうかと思いますけどね~。あと、先輩の可愛いの基準はよく分かりません~」
「えー? そうかな?」
見た目、仕草、匂い、感触。なんでもいいけど、とにかく可愛いと思えば可愛いんだよ。人でも動物でも、その辺は一緒だと思うんだよね。
そんなことをフウちゃんとやり取りしながら、ホームの中で召喚コストを支払わなくていいことに召喚しっぱなしにしてるビートの、その堅い頭を撫でてあげていると、私の家の陰からこっそりと窺うように覗き込んでるユリアちゃんと目が合った。
「ユリアちゃーん、そろそろ味噌汁出来るから、こっち来てー」
「……私は、いい」
優しく呼びかけたものの、ユリアちゃんはそう言って、また物陰に隠れちゃった。
ホームに連れてくるまではなんとかなったユリアちゃんだったけど、そこに先客……もとい、私の後輩であるフウちゃんが居座っていたのを見て、そのまま物陰に逃げ込んじゃう事態になった。
それから、なんとか出て来て貰おうとしてるんだけど……どういうわけか、フウちゃんが変な対抗意識を燃やしてるせいで、中々打ち解けてくれない。
「先輩の後輩ポジションは私のものです~、誰にも渡しません~」
とのこと。うん、訳が分からないよ。
「ユリアちゃんは年下だけど、別に後輩じゃないと思う」
ワカメを切って味噌汁に放り込む傍ら、そう正論を言ってみるんだけど、ちっちっちっと指を左右に振りながら、フウちゃんはドヤ顔で言い放つ。
「あの子の目は既に、先輩に篭絡された後輩の目でした~、だから間違いありません~」
「篭絡とは失礼な。ただ友達になってきただけなのに。ていうか、後輩って篭絡された子がなる立場じゃないでしょ、何言ってるのフウちゃん」
味噌のいい香りに釣られ、自ら具の1つになろうとするライムを押しとどめる。
つまみ食いは後にしなさい。めです、めっ!
「少なくとも私と同類なのは間違いありません~」
「全然違うと思うけどなぁ」
ぐうたらで何考えてるのか分かりにくいフウちゃんと、恥ずかしがり屋で思い込みが激しくて、戦闘のことになると結構大胆なことをする凄腕のユリアちゃん。うん、全然タイプが違う。
「やれやれ、これだから先輩は~……これは対決するより協力した方が良さそうですね~」
「何を協力するのか知らないけど、仲良くできるならそれでいいよ。それよりほら、味噌汁出来たよ」
「わ~い。ムーちゃんの分もあります~?」
「それはもちろん」
そうじゃなきゃ、私だってこんな大きな鍋で作ったりしない。ライムだけでも食べようと思えば食べれる量ではあるんだろうけど、流石にこんなに食べたら……次の進化先がファットメタルスライムとかになっちゃいそうだし。うん、少しは自重しないと。
「ユリアちゃんも、そろそろ出てきなよ~」
「ん……」
けど、相変わらずユリアちゃんは踏ん切りがつかないのか、物陰からジーっと見るだけで動く様子がない。
こういう時は……
「ビート、フララ、ゴー!」
「ピィピィ!」
「ビビビ!」
「え? わわっ!?」
この短い付き合いだけど、ユリアちゃんはこういう時、多少強引に推し進めたほうが良いのは分かってるから、フララとビートをけしかけて、私達のところまで連れ出して貰う。
もちろん、力ずくで逃げられたら、2体の力じゃユリアちゃんは止められないけど、根は優しい子なだけに、反撃したり強引に振り解いたりっていう真似が出来ず、為す術なく連れてこられてる。
「はいユリアちゃん、あーん」
そこへすかさず、スプーンで味噌汁を掬ってユリアちゃんの口元へ差し出す。
普通は箸で食べる物だろうけど、あーんするならスプーンの方が楽だからね。
「えっ、いや、それは……」
「あーん」
「恥ずかし……」
「あーん」
「……わ、わた」
「あーん」
「……あ、あーん……」
何を言っても態度を変えずに同じセリフを連呼して、強引に押し通す。
その甲斐あって、ついには折れてくれたユリアちゃんの口の中へ、優しく味噌汁を流し込んであげる。
「どうかな? お味は」
「……お、おいしい、れす……」
「ふふふ、良かった」
「あう……」
恥ずかしさからか、完全に赤くなってるユリアちゃんに笑いかけつつ、その頭を撫でる。
すると、それまで静観していたフウちゃんが、突然ぐいぐいと私のローブの裾を引っ張り始めた。
「新入りばっかり構ってないで、私にもあ~んを所望します~」
「――!」
「ピィピィ!」
「あはは、分かった分かった、順番ね」
フウちゃんに加えて、それに便乗するように抗議してくる2体を撫でつつ、順番に味噌汁を食べさせていく。
なんだか餌付けしてるみたいだなぁ、なんて思いながらあーんを続けて行く一方、ビートとムーちゃんは黙々とマイペースに自分の分の味噌汁を啜っていた。
甘えて来る子もいいけれど、ああやってまったり自分のペースで生きてる子を見るのもまた和むなあ、なんて思いつつ。食べ終わった後はみんなでリッジ君のリアルでの大会の様子を撮った動画の鑑賞会を開いた。
ライム達にはその動画の意味は伝わらなかったようで、動画の内容というよりはほとんど私のテンションに合わせて反応を示すだけだったけど、ユリアちゃんは案外食いついて見てくれた。
一方のフウちゃんは、あんまり興味無さそうだったけど。こらこら、一応元クラスメイトの全国大会の様子だよ? 少しは興味持とうよ。まあ、フウちゃんらしいけどさ。
そんなことをして、ユリアちゃんも少しはここの空気に慣れてきたかな? という頃。
私の視界に、フレンドメッセージが届いたことを告げるアイコンが灯った。
「うん? 誰だろう、お兄?」
見てみると、差出人はお兄の名前になっていた。
とりあえず開封してメッセージの内容を確認してみると、そこにはこんなことが書いてあった。
『造船クエストなんてのが見つかった。手が足りないから手伝ってくれないか?』