第65話 ワニ狩りと死神の力
ユリアちゃんと話し込んだり、その前にやってた砂浜エリアでの探索を合わせて、2時間以上の寄り道になったのはちょっと反省しなくもないけど、ユリアちゃんと仲良くなれたんだから結果としてはむしろ良い方に転がったと思おう。
「それにしても……これはどうしたものかな?」
そんなこんなでやって来たマングローブエリアで、目的の《気泡草》は案外あっさり見つかった。美鈴姉から聞いていた通り、マングローブエリアを満たす海水を覗き込むと、《採取》スキルの反応が無数にあるし、そうでなくても、プクプクとやけに泡を噴き出しながら、水の中でゆらゆらと揺れてる海藻っぽいのが見えたからだ。
あれを集めて、水中戦に使えそうなアイテムが作れないか検証してみるのが目的なんだけど……
「ブラックアリゲーター、昨日より増えてない?」
昨日、お兄と来た時も苦戦に苦戦を重ね、アイテムを浪費しながらなんとか迎撃し続けられたブラックアリゲーターが、より一層水中をうようよと蠢いてるのが《感知》スキルで嫌というほど伝わってくる。
まあ、昨日と比べてプレイヤーの数も多いから、そういう意味では大丈夫だと思いたいんだけど……流石に、このワニ達を相手取るのは初見じゃ難しいのか、見える範囲にいるプレイヤーはほとんどが四苦八苦してるみたい。
「……全部倒す?」
さてどうしようと悩む私に、ユリアちゃんは凄くシンプルでストレートな解決策を提示してくれた。
うん、本気で言ってるのは分かったから、ひとまずその鎌は降ろそうね?
「大丈夫。私に考えがあるから」
そう言って私がインベントリから取り出したのは、今朝イベントエリアに来る前に用意しておいた肉の塊。それを、無造作に水の中へと放り投げた。
その瞬間、肩に乗っていたライムが悲しそうに体を揺らすけど、これも採取のために必要なことだから、我慢して貰おう。代わりに、後でいっぱい何か食べさせてあげないとだけど。
そしてユリアちゃんも、私が何をしたいのか分からないようで、怪訝そうな表情で落ちていく肉塊を目で追ってる。
けどその疑問も、肉塊が水面に達するまでだった。
「ギシャアアア!!」
「ギャオオオ!!」
肉塊が水中に入るなり、水飛沫を上げながら突然現れ、咆哮を上げるブラックアリゲーター達。
それが、我先にと肉塊へ殺到し、お互いの体ごと喰い合うような勢いで貪り始めた。
……うん、流石にここまで食いつかれるとは思ってなかったよ。一応、ブラックアリゲーターが少しでも食いつきが良くなるようにって、大分レベルが上がってきた《料理》スキルをフル活用しつつ、NPCショップで買ってきた香辛料をふんだんに使って調理したけどさ。
「これは……?」
「昨日ね、ここを通った時、《釣り》スキルを使ってブラックアリゲーターを釣り上げてから戦ったりしてたんだけど、スキルレベルが低い割にはなぜか入れ食い状態だったから、もしかしたら撒き餌でも効果あるんじゃないかなーって」
目の前の状況に首を傾げるユリアちゃんに、私は簡単に説明する。
昨日の釣りでは、どんな餌をぶら下げても釣り糸1つに対して1体しか食いついて来なかったけど、その割にはあまりにも食いつきが良すぎた。
だから、もしかしたら1体ずつしか来ないのは《釣り》スキルの影響で、ブラックアリゲーターの気を引くのが目的なら、撒き餌の方が効果的なんじゃないかと思ったんだ。
「それでも本当、ここまでとは思ってなかったけど」
ブラックアリゲーター達は段々肉が小さくなってくると、それを本当に奪い合い、互いを攻撃し始めた。
そのダメージは微々たるものだけど、今のブラックアリゲーター達は周りのプレイヤーすら視界に入ってないようで、殺到してるそこへ近くにいた魔術師っぽい人が魔法を撃ちこんでも、直撃を受けた1体以外はまるで意に介さずに食事を続ける徹底ぶりだ。食欲ってすごい。
「さて、それじゃあそろそろ採取に……」
このまま餌をやり続けたらどうなるのかっていうのも気になるけど、それよりもまず本来の目的である《気泡草》の採取が先だ。
そう思って、行ってくるね、とユリアちゃんに伝えようと振り返ると……
「……させない」
なぜか怒りに燃える瞳で、先ほど殺到するブラックアリゲータ-に魔法を撃ちこんだプレイヤーを睨むユリアちゃんの姿が。
「え、えと、ユリアちゃん?」
「これはミオが集めた獲物。横取りなんてさせない」
「いやいやいや、あの辺のブラックアリゲーター、私の肉塊に釣られてヘイトも無視して引き寄せられちゃったやつだから! だからどっちかというと私達が横取りした側で……」
「ふっ!!」
「ユリアちゃん!?」
なぜか悪鬼羅刹のような顔をして、鎌を手に構えるユリアちゃんを慌てて止めようとするけど、それよりも早く足場から飛び出して、魔法に釣られ移動し始めたブラックアリゲーターへと肉薄する。
「《デススライサー》」
空中にいる時AGIが上昇する《飛翔》スキルを持ち、《突進》スキルを使ってる最中のビート並か、それ以上の速度で空中を突き進むユリアちゃんを阻むことは誰にも出来ず、アーツのライトエフェクトを纏った鎌がブラックアリゲーターの首を切り裂き、クリティカルダメージであっさりとそのHPを0にする。
けど、今の攻撃のためにユリアちゃんは足場から飛び降りちゃったし、水中に落ちたらあの素早い動きが出来なくなる。そうなれば、いくらユリアちゃんでも危ない。
そう思って、援護のためにライムからアイテムを貰おうとして……すぐに、その必要はないって分かった。
「次」
HPが0になり、ポリゴン片に変わる寸前のブラックアリゲーター。なんとユリアちゃんは、それを足場にすることで水中に落ちることなく、次のブラックアリゲーター目掛け一気に跳躍した!
「ふっ」
水中から顔を出すブラックアリゲーターを足場に、次々と飛び跳ねながら首を斬り裂き、倒していくユリアちゃん。
まるでお伽噺に出て来る牛若丸みたいなその動きに、私だけじゃなく、結果的に獲物を横取りされる格好になった魔術師のプレイヤーがいるパーティまで夢中になって、声の1つも出せないままに見入っちゃう。うん、何あれ凄い。
「と……終わり」
最後の1体を倒し、危なげもなく私のいる足場へと戻ってきたユリアちゃんをじーっと見つめたまま、辺りを静寂が包み込む。
そんな空気に、ユリアちゃんがこてんっと首を傾げる仕草もまた可愛いけど、それよりもまず。
硬直したままの空気を打ち破るように、私はユリアちゃんに向けて拍手を送った。
「え……え?」
それに釣られるようにして、周りに居たプレイヤー達も次々と拍手を始めて、「すげえ動きだった!」とか「流石二つ名持ちは違うな!」とか口々に称賛する言葉まで投げかけられてる。
「ユリアちゃんが凄いから、みんな褒めてくれてるんだよ」
状況が上手く呑み込めてないのか、困惑した様子のユリアちゃんにそう伝えると、益々萎縮しながら指先をちょんちょんと弄り始めた。
「あ、あれは……ミオが一か所に集めて、ブラックアリゲーター同士の距離が近かったから出来たこと……それにどの個体も餌に夢中で、着地地点の見極めもやり易かったし、隙だらけだった……だからその、あれはミオの手柄」
「何言ってるの、私は集めるだけ集めただけで、あれだけの数を倒す手段なんて何にも考えてなかったんだよ? だからユリアちゃんが凄いのに変わりないよ」
「あう……」
むしろ倒すつもりもなかったし、という言葉は飲み込みながら頭を撫でると、ユリアちゃんは照れて顔を赤くしながら俯いちゃう。
実際、あの状況で私が取る一番良い攻撃手段はライムの落石攻撃だろうけど、流石にあれだけの数を仕留めきるのはまず無理だし、そうなるとあの数に一気に足場を崩されて、そのまま死に戻ってた可能性まである。
そういう意味でも、ユリアちゃんの大手柄って言える。
「だからこういう時は、素直に胸張ってドヤ顔すればいいんだよ、うちのお兄みたいに。こう、どやぁ! って」
「ど、どやぁ?」
「違う違う、こう、どやぁぁ!!」
「ど、どやっ」
リアルよりずっと大きな胸を張り、ライムみたいにぷるんっと揺らしながら渾身のドヤ顔を披露して、ユリアちゃんにドヤ顔をレクチャーすると、ユリアちゃんもふんすっ、と小さな胸を張って見せる。
うん、可愛い。……じゃなくて、こうやって自信を付けていけば、きっとユリアちゃんのボッチ癖も直るはず!
というわけで撫でてあげよう。褒めてあげるのは大事だからね、うん。
「あうぅ……」
撫でた途端、胸を張ったことで上を向いていた頭がまた俯いて、恥ずかしげに赤く染まる。
今すぐこの場で抱きしめてあげたい気分だけど、慣れてるはずの竜君だって恥ずかしがるのに、ユリアちゃんにしたら恥ずかしくて死んじゃいそうだから、ひとまずやめておこう。
「ねえ君、ちょっと聞いていい?」
「はい?」
するとタイミングを伺っていたのか、さっきの魔術師の人がやって来て、私に話しかけてきた。
ユリアちゃんは、それを見るなりササっと私の後ろに隠れちゃったけど、さっきは「獲物の横取りなんてさせない」ってこの人のことすっごい睨んでなかった? 狂獣さんとの戦闘でお兄との間に割り込んで来た時といい、ユリアちゃんって恥ずかしがり屋な割にその場の勢いで結構大胆なことするよね。
「さっきの、あのブラックアリゲーター達を一か所に集めたアイテム、あれ、どこで手に入れたの? 僕ら最近始めたばっかりで、このエリアがどうにも攻略できなくて困ってるんだ。良かったら教えて欲しいんだけど……」
「どこで、って言うか……私が《料理》スキルで作った撒き餌用の肉塊ですけど」
私が使ったのを、何か特殊なアイテムだとでも思ってたのか。正直に答えると、魔術師の人だけじゃなくて、その後ろに居たパーティメンバーらしき人まで一様に目を丸くして驚いていた。
「そ、そうなのかい? あの、良かったらレシピとか……」
「レシピ? ああはい、教えてもいいですよ」
「本当かい!? ぜ、是非に!」
私の提案に、一にも二にもなく頷いて、勢いよく詰め寄ってきた。
近い近い! とは思うけど、まあそれくらい苦労してたんだと思ってスルーしておこう。
そういうわけで、私が作った撒き餌ならぬ撒き肉のレシピを教えることになったけど、お礼はどうしようかって話で、じゃあ20万Gって言ってみたら、2つ返事でOKされた。
最近始めたばっかりだって言うから、あんまりお金ないかと思ったのに……これが情報格差か。いや、それに関しては完璧に私の自業自得なんだけど。
「良かったの? あげても」
そのまま別れたパーティの人達に手を振っていると、ユリアちゃんが私に疑問の声を上げた。
私が頷き返すと、ユリアちゃんは納得がいかないのか、首を傾げた。
「あの撒き餌があれば、無理に水中戦したりしなくても、一方的に攻撃出来るようになる。秘匿しておけば経験値ざくざく」
「いや、あんなアクロバティックな戦闘はユリアちゃんにしか出来ないから……」
もしかしたら、リッジ君あたりなら出来るのかもしれないけど、それにしたって凄く限られてるし。
「それに、あのブラックアリゲーターの食欲なら、多分何を上げても食いつくと思うんだよね。だから、撒き餌してるって知られた時点で、調べる気のある人ならすぐに似たようなの作っちゃうよ」
一応調理済みではあるけど、昨日《釣り》で使った肉なんてほとんどただ焼いてステーキにしただけだったし。一応味付けはしたけど。
だから、本当に試してみたいと思ってる人がいるなら、どうせすぐ模倣されることだし、変に出し渋るよりここでお金に変えた方が美味しいと思う。
そういう話をすると、ユリアちゃんは目をぱちぱちと瞬かせ、驚いた表情を浮かべた。
「ミオ、そこまで考えてたんだ……」
「あはは、前に私も似たようなことで怒られたことがあるからねー。お陰で今はもうそういうことにはバッチリだよ!」
ライム合金のレシピとか、あれを巡って結構苦労したからなぁ……あれ以来色々勉強したし、そういうことに関してはちょっとしたものだよ。えっへん。お兄にはまだまだ素人に産毛が生えた程度って言われたけどね!
そう胸を張ると、ユリアちゃんがそんな私を見てくすっと笑う。
なんだかすごく恥ずかしいけど、そんな様子を見せないように必死に表情を繕っていると、ふとライムとフララが私のほっぺをつつきだす。
「ん? ライムもフララもどうしたの?」
「――」
「ピィ」
2体揃って、触手と手で水中を指差す。
一体どうしたんだろうと思いながら覗いてみるけど、特にさっきと変わりはなかった。
流れのない穏やかな水面。壊れても少しすれば元に戻る生命力豊富なマングローブの根。そして、悠々と泳ぐブラックアリゲーター達。……って、あっ!
「ブラックアリゲーターがいない間に、《気泡草》採取するの忘れてたぁ!!」
「あっ……」
ユリアちゃんも忘れてたのか、2人仲良くがっくりと項垂れる。
そんな私達を見て、やれやれと呆れたように体を揺らし、あるいは肩を竦めるように小さな手を動かすライムとフララの姿は、まるで私達の保護者みたいで、今回ばかりはどうにも頭が上がらなかった。