第64話 潮干狩りとストーカー?
その日の試合が全部終わって解散になると、私達は竜君と別れて、家に帰った。
そこで、さて今日はMWOのイベントでどう動こうかという話し合いをした結果、今日のところは別行動をすることに。
主な理由は、昨日の強行軍で、私の持ってるアイテムがかなり無くなって、あまり余裕がないこと。
それと、昨日の内に美鈴姉達が見つけたイベントエリア限定アイテムに、《気泡草》っていうのがあったらしいから、それの入手と検証のためだ。
「気泡ってついてるくらいだし、もしかしたら水中で活動するためのアイテムになるかもしれないからね」
そう言いつつ、私は1人……もとい、ライム達だけを連れて、昨日も訪れたマングローブエリアへ向かうため、《スプラッシュアイランド》のポータルがある拠点から、砂浜エリアへと出発した。
お兄に1人で大丈夫か? って聞かれたけど、戦闘じゃなくて採取を目的に動くなら、《隠蔽》スキルと《感知》スキルのコンボがあれば、他のプレイヤーと戦闘してるロッククラブの脇を抜けて、その先へと進むのはそう難しくない。
初日に比べて人がばらけて、どのエリアにも一定数の人がいるのも、《西の森》に比べて障害物が少ない砂浜エリアでありながら、特に問題ない要因の1つだと思う。
「んー、これはアサリ……こっちは石ころ。これはワカメ? こっちは《小さな真珠》。宝石アイテムか」
お陰で、わざわざ遺跡エリア手前にあるポータルへ転移しなくても、こうして砂浜エリアでアイテムを拾い集めながら進むことが出来てる。
今のところ大したアイテムは手に入ってないけど、《採取》スキルで反応があった地面を掘り返してアサリを集めるのは、潮干狩りみたいでちょっと楽しい。
まあ、スキルの効果で見つけてる以上、本当の潮干狩りに比べると随分とイージーモードだけど。
「後でアサリの味噌汁とか作ってみよっかな?」
そう呟くと、《隠蔽》スキルの効果を受けるため、肩に張り付いてるライムとフララが一緒になって嬉しそうにはしゃぎ始める。
ライムは分かるけど、フララはその口じゃ固形物食べれないんじゃ? と思わなくもないけど、きっとアサリの出汁が効いた味噌汁が飲めれば満足なんだろうと思って深くは考えないことにする。
「それにしても……」
私が振り返ると、黒いローブを被った子が、慌てた様子でたまたま傍に居たロッククラブの後ろへササッと隠れた。
プレイヤーなんだし、ロッククラブに襲われそうな物だけど、よっぽど《隠蔽》スキルのレベルが高いのか、直接視界に入りさえしなければロッククラブに気付かれないみたい。
もちろん、他のプレイヤーは一部を除いて大体気付いてるみたいで、怪訝な顔で避けられるか、首を傾げて放置されるか、壁代わりに使われてるロッククラブを果たして倒して良い物かどうか迷ってるか、そのどれかだけど。
「もう……」
私は腰から鞭を抜くと、勢いよく振りかぶる。
アーツを使うと《隠蔽》の効果が緩んじゃうんだけど、まあこの場合は仕方ないか。
「《バインドウィップ》!!」
「!?」
青い触手が宙を駆け、まだ私に気付いてなかったロッククラブごと、後ろに隠れていた子を縛り上げる。
突然の事態に驚いて、デタラメに足を暴れさせてなんとか抜け出そうとするロッククラブを大人しくさせるため、更にライムから出して貰った《睡眠ポーション》を投げつけると、ひとまずロッククラブの方は大人しくなった。
「それで、何してるの? ユリアちゃん」
ジタバタと未だに暴れてるせいでフードが取れ、中から零れ落ちたのは、太陽の光を浴びてキラキラと輝く白銀の髪。
昨日フレンドになったばかりのユリアちゃんが、私を見るなり気まずそうに視線を逸らした。
「それで、なんで私をつけてたの?」
とりあえず、いくら他のプレイヤーが居てそこそこ安全だからって、モンスターが出るエリアで立ち話も何だからってことで、一旦《スプラッシュアイランド》の拠点まで戻ってきた私は、なるべく目立たないテントの裏で、早速ユリアちゃんから話を聞いてみることに。
私としては単純に疑問に思っただけで、特に何か咎めるつもりはなかったんだけど、ユリアちゃんにはそう感じられたのか、私の言葉を聞いてビクッと小動物みたいに怯えていた。
うーん、おかしいな。私、いつもニコニコしてて誰とでもすぐ仲良くなれるわねって近所のおばさん達からも評判なのに。やっぱりゲームのアバターだとちょっと違うのかな?
「ご、ごめんなさい」
「いや、謝らなくていいって。ちょっと気になっただけで、言いたくないなら言わなくてもいいからさ、ね?」
自分の容姿設定について少し考えを巡らせていると、ついには事情説明の前に謝罪までされちゃった。
今にも泣きだしそうな様子に、私も慌てて宥め始め、少しでも落ち着かせようと、中腰の姿勢になって視線を合わせながら優しく笑いかける。
そうすると、少しは落ち着いたのか、ようやく少しだけ顔を上げてくれた。
「私とフレンドになったのは、PK対策のためだって、言ってたから……陰ながら守ろうと、思って」
「あー……」
そうして話してくれた事情は、私としてもなんともリアクションに困る代物だった。
いや、うん、確かに言ったよ? けどあれ、ただフレンドになるための口実みたいなものだったから、まさか本気で護衛するためにストーキングしてくるなんて、予想の斜め上の行動を取られるとは思ってもみなかった。
確かに、ユリアちゃんって伝え聞いた話からして、その戦闘方法は死角から急所への不意打ちを狙う暗殺者スタイルっぽいし、それなら護衛って言ってもすぐ傍で庇えるように立つよりも、後ろから護衛対象にすら気付かれないようにひっそりと見守る方が向いてると言えば向いてるかもしれない。
けど実際には、護衛対象含め、周りに居たプレイヤーのほとんどに気付かれてたわけだけど。ネットで、PKの誰にも気付かれずに首を狩る《死神》とまで言われたユリアちゃんの隠密術はいずこへ?
「あのねユリアちゃん、私別に、そんな形で護衛をして貰おうと思ったわけじゃなくてね?」
「うっ……そう、だよね……仮令護衛が必要でも、私みたいなのとフレンドになるわけないよね……」
「いやいや、そうでもなくてね!?」
ユリアちゃん、どんだけ思考がネガティブなの!? 確かにラルバさん、ユリアちゃんに今まで1人もフレンドが出来なかったって言ってたけど、まさかここまで筋金入りだとは思わなかったよ。
「私はただ、ユリアちゃんと普通に友達になって、一緒にMWOで遊びたいなって思っただけだよ。後ろからつけるんじゃなくてさ、もっと楽しくお喋りしながら一緒にやらない?」
「と、友達……?」
「うん」
これは、少しでも迂遠なことを言うと、マイナス方向の解釈ばかりされて話が進まない。そう思った私は、ストレートに想いをぶつけてみることにした。
その効果はてきめんで、ユリアちゃんはその顔を赤く染めながら、「友達……」とまんざらでもなさそうな表情を浮かべたまま、口の中で何度も呟く。
「け、けど私……口下手だし、お喋りとか出来ないから……一緒に居ても、楽しくないと思う……」
「そんなことないよ、だってユリアちゃん可愛いし」
「か、可愛い?」
「うん、そうだよ」
楽しさと可愛さがユリアちゃんの中で結びつかないのか、困惑と驚きの入り混じった表情で目を白黒させる。
そんなユリアちゃんを落ち着かせるように、その柔らかな髪を優しく撫でる。
「……ぁぅ」
「ほら、こうやって可愛い子と一緒にいると、それだけで心が癒されて楽しい気分になるでしょ? それと同じだよ」
ライム達だってそうだし、学校で飼ってるウサギも、従兄弟の竜君だって、可愛いからどれだけ一緒に居ても飽きないし、ただ触れ合ってるだけでも楽しい。何ならお兄だって、あれですぐ調子に乗って、失敗していじけて、かと思えばすぐ笑ったりって忙しなくって、そういうところが案外可愛いから好きだ。
絶対本人の前では言わないけど。
「だから私、ユリアちゃんと一緒に遊びたいし、一緒に居たい。だから、友達になりたいんだ。それじゃダメかな?」
じっとユリアちゃんの瞳を見つめながら、そう言って返答を待つ。
ユリアちゃんはさっきまでよりも更に顔を真っ赤に染めて、あうあうと意味のない言葉を発しながら口をぱくぱくと開閉するばかりで、中々落ち着いてくれないけど、急かすような真似はせず、その絹糸みたいに滑らかな髪を撫で続ける。
うーん、この感触、リアルでもユリアちゃんの髪ってこんな感じなのかな? 私の場合はリアルより明らかに髪質も上がってるし、そうとは限らないけど。
そんな風に少しだけ思考が脇道に逸れたりしながら、待つことしばし。
ようやく落ち着いてきたのか、ユリアちゃんがゆっくりと口を開いた。
「あの、その……」
「なに? ユリアちゃん」
「……わ、私で良ければその……ふ、ふつつかものですが……よろしく、お願いします……」
ごにょごにょと小さな声で、けれどユリアちゃんなりにめいっぱいの勇気を振り絞って紡がれた言葉に、私は満面の笑みを浮かべる。
「うふふっ、こちらこそ、改めてよろしくっ、ユリアちゃん!」
「う、うん」
こくこくと何度も頷くユリアちゃんを見つつ、そういえばとここに来た当初の目的を思い出す。
「ねえユリアちゃん、この後暇?」
「え? いや、その、暇だけど……」
「じゃあさ、改めて一緒にイベントやろ! 本当はマングローブエリアで採取するつもりだったけど、ユリアちゃんが他にしたいことあったら合わせるよ」
「わ、私は……ミオさんが、したいことなら……」
「ミオ」
「え……?」
「さん付けなんてしなくていいから、ミオって呼んで! そっちの方が仲良しな感じするし!」
「あ、うぅ……分かった……」
「それでなんだっけ、ああそうそう、特にしたいことないなら、一緒にアイテム集めしよっか! ひと段落付いたら私のホームでお味噌汁でも作ってみようと思ってるから、手伝ってくれたらお礼に1杯食べさせてあげるね」
「み、味噌汁!? そ、それは好きな人に作ってあげるものでそのあの」
「え、そうなの? まあ私、ユリアちゃん好きだし問題ないんじゃない?」
「えっ!?」
ユリアちゃんの手を取って、そのまま拠点の外へと歩き出す。
手を繋いでるのが恥ずかしいのか、また顔が赤くなってるけど、嫌がる様子はないからそのまま歩いていく。
「まあ、今はまずイベントだよ! 一緒に楽しもう、ユリアちゃん」
「は、はいぃ!」
ずっとユリアちゃんとばかり話してる私に、ライムとフララが微妙に嫉妬の眼差しを送ってきてる気がするけど、後でちゃんと埋め合わせしてあげないとなぁ。
そんなことを考えながら、手を繋いだままのユリアちゃんを連れ、私は改めて砂浜エリアへと向かった。
お互い微妙に食い違うミオとユリアでした。