第63話 竜君の大会とお弁当
第四章開始します。
ジリジリと着実にストックが無くなっていく……やはりずっと毎日更新は無理そうです(;^ω^)
静かな熱気が満たす空間の中、カンッ! と竹刀同士がぶつかる乾いた音が響き渡る。
気迫の籠った声が、直接対峙してるわけでもないのに私の背筋を震わせて、無意識のうちに縮こまらせる。
今私は、剣道の全国大会、その中学生の部に出場する竜君の応援に来ていた。
MWOでの決闘と比べると、その戦いは静かで動きも少ないけど、だからと言って退屈かというとそんなことはない。
戦ってる竜君の小さな背中から、溢れんばかりの闘志が漲ってるのが、離れたところに居る私にまで伝わってきて、無意識のうちに拳をぎゅっと握り締めてる。そんな状態だからか、戦ってもいない私まで、その一挙手一投足から目が離せない。
「竜君っ、頑張れ!」
「こら澪、声出して応援しちゃダメだって言われただろ?」
そんな試合に思わず声援を飛ばすと、一緒に来ていたお兄に怒られた。
なんでも、試合中は声援や応援はしたらダメらしくって、大会が始まる時にちゃんとそういう旨のアナウンスが会場に入ったのは覚えてる。
理由はお兄も知らないらしくて分からなかったけど、そういうルールならそれでいいか、ってその時は納得したんだけど、いざ試合が始まってみると、何も言わずに我慢するって結構辛い。
「うぅ……お兄はよく我慢できるね」
「いや、別に応援したからってどうなるもんでもないだろ?」
だからこそ、背もたれに体を預けたまま、何の緊張感もなく静かに見てられるのは何でだろうと思って聞いてみると、何とも身も蓋もない返答が返ってきてがっくりと肩を落とす。
うん、確かにそう言われればそうなんだけどさ、もうちょっとこう、何かないの?
なんて、兄妹でバカなやり取りをして目を逸らしている間に、おおおっ! と少しだけ会場が沸いて、拍手の音が鳴り響いた。
「えっ、何? 何かあった!?」
「竜也が一本取ったな。残り時間もないし、これは勝っただろ」
「うわぁー! 肝心なところ見逃したぁー!」
私が頭を抱えて絶叫してる間に、お兄の言った通り試合が終わり、竜君の勝ちでその試合は終わった。
勝ったこと自体は、諸手を上げて喜ぶくらい嬉しいことなんだけど、重要なシーンを見逃したショックが大きくて、私の気分は盛り上がるどころかむしろがっくりと項垂れた。
「うぅ、どうしよう、竜君に合わせる顔がない……」
「いや、普通にお前が応援に来ただけであいつは喜ぶと思うが」
お兄はそう言って慰めてくれるけど、私としては凄く竜君に申し訳ない気分になる。
うー、次の試合はちゃんと最後まで大人しく見てないと……
「本当にお前は、何でそういう時だけ鈍いんだろうな?」
改めて、竜君の試合でもないのにじーーっと試合会場を注視してる私の後ろで、お兄が何やら呟いた気がしたけど、もう私の耳には入って来なかった。
「竜君お疲れさま! 全国ベスト64おめでとう!」
「ありがとう……って、ベスト64って喜んでいいのかな……?」
残念ながら、2回戦で強豪選手(らしい)相手に力及ばず、ストレート負けして観客席に帰ってきた竜君を笑顔で出迎えたけど、やっぱり相手が誰であれ負けたのは悔しいのか、そう言って曖昧に笑う。
「何言ってるの、全国大会だよ全国大会。日本全国1億人の中のトップ64人だよ? 凄いに決まってるじゃん!」
「そうだぞ竜也。俺なんて、今やってるソシャゲのランキング、どう頑張ったって1000位にも入れねーんだぞ? 100位切るだけでも一体どんだけ大変か……」
「うん、お兄それ今関係ないから」
札束で殴るゲームとスポーツを一緒にしたらダメでしょ。
そう思って半目でお兄の方を見ると、そっと目を逸らされた。
全く、お兄はいつもゲームのことしか頭にないんだから……
「あははは、澪姉も晃兄もありがと。そうだね、まだ中一なんだし、ここまで来れただけでも今年は上出来か。うん、来年こそ、もっと強くなって絶対優勝するから、待っててね、澪姉!」
「うん、期待してる。でも無理しないでね?」
「澪姉……って、ちょっ、まっ!?」
落ち込んだ様子から一転、やる気を漲らせる竜君の頭を軽く撫でて、ぎゅっと抱きしめる。
うーん、前に比べて大きくはなったけど、やっぱりゲームで抱いた時よりちょっと小さい気もするなぁ。まあ、私なんて胸のサイズを露骨に変えてるし、それを思えばこれくらい誤差だけど。
「み、澪姉! ここでこれは流石に恥ずかしいから、やめてって!」
「あ、ごめんごめん、つい」
恥ずかしがられるのは分かってたけど、やっぱりもう抱きしめるのが癖になってるなぁ。中々やめるにやめれないんだよね。
「ははは、どうだった竜也、ゲームと違って相変わらずちっさい澪の胸は」
「すごい良い匂いがした……って何言わせんのさ晃兄!!」
離れた後、お兄が竜君をからかうように言って、竜君は顔を真っ赤にして反論してる。
うん、ごめんね竜君、こんなペチャパイじゃ匂いくらいしか褒めるとこないよね、あはは……ぐすん。
「それより竜君、この後お昼ってどうするの?」
微妙に落ち込みつつ、そう言えばまだ聞いてなかったことがあったのを思い出して竜君に尋ねる。
「え? ああ、えっと、コンビニで買った菓子パンがいくつか」
「そうなんだ……いや、私、どうせだからって竜君にもお弁当作って来たんだけど、もうあるならいいかな? 余ってもお兄が食べるだろうし」
「待て、人を残飯処理係みたいに言うな! いや食うけども!」
自分の試合が終わったからって言っても、竜君はここに部活で来てる以上、大会が終わるまで居なきゃならない。
そういうわけで、一応竜君のためにお弁当用意してきたんだけど、伝えるのすっかり忘れてたよ。けどまあ、お兄の反応からして無駄にはならないだろうし、いいかな。
「い、いるいるいる! 僕、菓子パンだけじゃ元々足りないかと思ってたから、食べたい!」
「あ、そう? じゃあ一緒に食べよっか」
と、思ったら、自分から開けた距離を詰め直すように、勢いよく竜君がねだってくる。
私としても、最初からそのつもりで作ったから特に断る理由もなく、ついでに作ってあったお兄の分も含め、2人に手渡す。
「今日は何作ったんだ?」
高校生の癖に、遠足に来た小学生みたいにワクワクした表情のお兄に苦笑しつつ、私は自分の分のお弁当を手に取ると、観客席に腰掛けて、その包みを開ける。
「おお、いつもの昼飯より数段豪勢だ!!」
お兄が驚きと喜びに満ちた声を上げたそれは、冷凍食品のミニハンバーグや唐揚げをメインに、千切ったレタスやプチトマトを添え、数少ない手作り要素として卵焼きを用意した、それなりに見た目にも華やかなお弁当だ。当然、食べ盛りの2人のためにおにぎりも用意してある。
ここ最近、惣菜パンとかカップ麺ばっかり食べてるお兄からすれば、前に作った焼きそばよりも確実に感動物なのは間違いない。
ハンバーグより上かは……微妙?
「基本的に竜君のお弁当だからね、当然」
そこまでした理由はもちろん、竜君の応援を兼ねて作ってきたものだからだ。
手作り要素少ないのに、実際にやってみると普段より早起きして弁当箱に詰めるだけでも結構大変だし、毎日なんてとても無理。世のお母さんは偉大だよ。
「あ、ありがとう澪姉……」
「いいよいいよ、そこまで手間じゃなかったし」
とは思うものの、それを馬鹿正直に竜君に告げる必要はないわけで、なんてことないかのように軽く手を横に振る。
お兄が「じゃあ明日の昼飯もこのレベルで」とかバカなことを言い出したけど、竜君には見えないように速攻で横っ腹に肘鉄を喰らわせて黙って貰った。
そういうセリフは、せめて自分で冷凍食品の解凍くらい出来るようになってから言ってよね、全く。
なんてことを思いながら、手にしたお弁当の中で本日ほぼ唯一の手作りである卵焼きを一口。
うーん……もうちょっと味付け濃くした方が良かったかな? いやでも、あまり濃くしすぎるのも体に悪そうだし、どうしたもんかなー。
そんな風に一人自分の料理の出来栄えに頭を捻ってる間、即行で立ち直ったお兄と竜君、男2人はお弁当をつつきながらさっきまでの試合を振り返ってあーだこーだと話してる。
と言っても、お兄は剣道なんて全然知らないから、MWOのアーツ抜きでの決闘のセオリーを基準に考えてるせいで、ちょくちょく竜君に「それ反則」って苦笑で返されてるけど。
そして、そんな会話をしていれば、自然と話題は私達3人に共通してるゲームの話題にシフトする。
「そういえば、MWOって今はイベント中なんだよね? 2人共進捗はどう?」
「んー、まあ順調、って言っていいのかなぁ? クエストアイテムは昨日全く集まってないから、ある意味進んでないとも言えるけど」
昨日はお兄と一緒にやったわけだけど、あまりの混雑ぶりにクエストをやってみるのは諦めて、代わりにエリア探索に時間を割いて、マングローブエリアでお兄が溺れかけた話や、エリアボスやらPKやらと戦った話を語って聞かせる。
PKに襲われた下りで、竜君の表情が少し陰ったけど、ユリアちゃんとフレンドになったことを話したら、目を真ん丸にして驚かれた。
「えっ、大丈夫なの? それ」
「何が?」
「いや、だってPKなんでしょ?」
「うん、そうだよ?」
「うんって……」
厳密にはPKじゃなくてPKKらしいけど、狂獣さんがれっきとしたPKな以上訂正しても仕方ないだろうし、そこは細かく指摘しない。
ただ、そんな風に対して気にしてない私が信じられないのか、竜君は言葉に詰まらせてる。
そんな竜君に代わり、口の中の物をごくんっと呑み込んだお兄が、ふと思い出した風に会話に参加してきた。
「そういやお前、狂獣とやり合ってる時も、アイツの言葉をやけにすんなり信じてたよな、なんでだ?」
「なんでって、信用できると思ったから?」
そう言えば、そんな話もしてたっけ。なんて思いながら、私は唐揚げを1つ口に放り込む。
んー、最近の冷凍食品はやっぱ美味しいなぁ。私が手作りするよりこっちの方が絶対いいよ。
まあ、その分値段も張るんだろうけどさ……
「簡単に言うなあお前」
そんな私に苦笑しながら、やれやれと肩を竦めるお兄。
そう言われると、私自身少し軽く言い過ぎたかなーと思わないでもないけど、実際そうなんだから仕方ない。
「人付き合いってそんなもんだよ。第一印象が大事ってやつ?」
「襲われてんだから客観的に見れば第一印象最悪なのにな」
「そこはほら、まあうん……あれだよ、なんとなく?」
改めて突っ込まれると自分でも上手く言えなくて、なんだか適当に誤魔化したみたいな返答になる。
けど、私の判断基準なんてそんなものなんだよね。なんとなく好きになれそうとか、なんとなく信用できそうとか。
それで失敗したことがあればまた違ったのかもしれないけど、今までそう大きく外れたこともないから、まあ今回も大丈夫じゃないかなーっていう、その程度の感覚で言ったことだし、具体的にって言われると何とも言えない。
「それにほら、PKって言っても本当に犯罪者でもなければ、ルール違反してるわけでもないし。だったらそう目くじら立てなくてもいいかなって?」
キルされたらデスペナルティも受けるし、アイテム取られちゃったら悔しいし、腹も立つけど、ゲームだからそれぐらいはね。
もちろん、粘着されてしつこく襲われたら流石に私だってキレる自信はあるけど。
「澪は相変わらず変わってんなぁ」
「あんまりプレイヤー同士の争いに興味がないだけとも言うかな」
あんまり殺伐としてるようなら、ホームに閉じこもってライム達ともふもふ過ごしたっていいと思ってるからこそ、そうやってPKに対して寛容的でいられるっていう面はあると思うから。
まあ、出来ればライム達にもちゃんと運動させて、強く育ててあげたいから、やりたくはないけどね。
「ともかくそういうわけだから、そんなに心配しなくて大丈夫だよ、竜君。信じれないなら、今度ユリアちゃんのこと紹介してあげるからさ」
「まあ澪姉がそう言うなら……」
まだ少し心配そうな顔をしてる竜君をそう言って納得させると、仕切り直すようにぱんっ、と軽く手を叩く。
「というわけで、この話はおーしまい! ほら、竜君、私のハンバーグあげるから。はい、あーん」
「いやちょっと待って、自分で食べれるから!」
箸で私の分のミニハンバーグを取って、竜君の口元に持っていくけど、やっぱり恥ずかしいのか顔を赤くして首をブンブンと横に振って拒否される。
むぅ、小学生の時は気にせず食べてくれたのに……
「……ダメ?」
やっぱり少し寂しいから、じーっと見ながらもう一度だけ聞いてみる。
すると、竜君はきょろきょろと周りを見て、最後に私を挟んで反対側の座席に座ってるお兄になぜか半目を向ける。
うん? お兄がどうかしたのかな?
「じゃ、じゃあ……あ、あー……」
振り返って確認しようとする前に、意を決したように竜君が口を開けてくれたから、そこへ優しくミニハンバーグを入れて、舌の上へ載せてあげると、そのままぱくりと口を閉じ、もぐもぐと食べ始めた。
「美味しい?」
「お、美味しい」
「そう、よかった♪」
まあ、冷凍食品なんだから、ある程度美味しいのは当たり前だけど、やっぱり久しぶりに食べさせてあげられたから、それが嬉しいのもあって自然と笑顔になる。
そんな気分のまま、私が唐揚げを1つ取ってぱくりと食べると……なぜだか竜君は、私の口元をじーっと見つめたまま、顔が更に赤くなった。
うーん……唐揚げも欲しいのかな?
「はい竜君、唐揚げもどうぞ」
考えた末にそう結論付けた私は、口に運びかけていた最後の唐揚げを、そのまま竜君の方へと向けて差し出す。
すると、竜君は首を横に振り、それだけじゃ足りないと思ったのか手まで一緒にブンブン振りながら、さっき以上に激しく拒否の姿勢を見せた。
「い、いや、流石にこれ以上食べたら澪姉の分が無くなっちゃうし!」
「大丈夫だよ、私はそんなに運動してないから。それより竜君頑張ったんだし、いっぱい食べて次に向けて英気を養わなきゃいけないから、ね?」
ただ、拒否の仕方は激しいけど、目の方をよく見ればさっき以上に期待の色が浮かんでる気がしたから、本当はやって欲しいのかと思ってグイグイ行ってみることに。
そうすると、竜君の抵抗はどんどん弱くなって、最終的には形だけの物になった。
「明日と明後日も、俺は出ないけど先輩は団体戦があるから練習ないんだけど……」
「まあまあ、細かいことは気にしない気にしない! ほら、あーん♪」
「うっ……あ、あー……」
そうして開けられた口の中に、さっきと同じように唐揚げを入れてあげると、心なしかさっきよりも大きく咥え込んで、私の箸ごともごもごと咀嚼し始めた。
そんなに唐揚げ好きなら、もっとたくさん入れて来れば良かったかな? 前はハンバーグの方が好きだった気がしたんだけど。
「そんなに美味しかった?」
「え? あ、ああ、ごめん! こ、これはその……」
「あはは、いいよ、気にしないで。今度からはもうちょっと多めに唐揚げ入れてきてあげるから!」
「…………うん」
なぜか最後の最後にがっくりと肩を落とす竜君に首を傾げつつも、概ねその後は特に何事もなく、竜君に食べさせてあげたり、自分もサラダなんかを食べたりしつつ、久しぶりにリアルで会った竜君と、楽しいひと時を過ごした。
「……いいし、俺だってそのうち美鈴とこんな風にイチャイチャしてやるし。だから仲間外れにされたって寂しくないし。ぐすん」
だから、その後ろで放置してたお兄がいじけていたのに気付いたのは、私の分も含めてお弁当が空っぽになった後だった。
兄には手厳しいけど弟分には優しい澪。
お姉ちゃんぶりたいお年頃です。




