第61話 決着と乱入者
残り僅かなHPしか残ってない狂獣さんは、それをアイテムで回復することもなく、躊躇なく突っ込んできた。
さっきまでと同じように、真正面から一直線に仕掛けてくるそのやり方に、私は首を傾げる。
確かに、お兄の防御を破ってダメージを与えられる大剣の猛攻は脅威だけど、逆に言えば今の状態のお兄でも防ぐだけなら難しくないはず。
それに、1対1だったさっきまでと違って、私が攻撃役として加わった以上、お兄もある程度守りに専念できるわけだし、力押しなんて出来るわけが……
「ミオ、離れろ!!」
「えっ」
「くっ……《ガードアップ》、《エンチャント・ディフェンス》!!」
だというのに、焦ったように叫ぶお兄の反応に頭が追いつかず、私はその場から動けなかった。
そんな私の正面に立ったお兄は、消えかけていたDEFアップのアーツと魔法をかけ直し、狂獣さんの大剣を受け止める。
けど、
「《グランドストライク》!!」
「ぐぅ!?」
「お兄!?」
お兄の体は、たったの一撃で大きく後ろに後退させられ、そのHPがガクンっと減少した。
まさかの事態に、お兄のフォローも忘れて呆然と立ち尽くす私を見て、狂獣さんは更にニィッと、その獰猛な笑みを深くする。
「《蹴撃》!!」
「きゃあ!?」
体勢を崩したお兄の体を、そのまま大剣で押しのけるようにして道を開け、出来た空間に強引にねじ込むようにして放たれた蹴りが、私のお腹にめり込む……寸前で、またライムが《触手》スキルで庇ってくれたけど、完全には防ぎきれずに大きく吹き飛ばされる。
「あたた……って、私もライムもHPがすっごい持ってかれてる!?」
そしてすぐに起き上がった私は、視界の端に映る自分とライムのHPを見て、愕然とした。
いくらアーツを使われたとはいえ、武器の補正がない《格闘》スキルのダメージは比較的少ないはずなのに、DEF特化型のライムの守りを抜いて4割ちょっとのHPを奪った上で、更に私HPを6割近く持っていかれた。
いくらレベル差があるって言っても、こんなの限度があるでしょ!! どれだけATK高いの!?
「ミオ、そいつはHPが2割を切るとATKが大幅に上がる《背水》スキルを持ってる! 下手に攻撃喰らうなよ、一発でアウトだぞ!!」
「喰らった後に言わないでくれる!?」
聞いてたらどうにか出来たのかって言われたら、全くそんな自信はないんだけどさ!
なんて心の中で文句を言いつつ、受けたダメージを《ハニーポーション》で回復させてる間に、お兄はすぐさま盾ごとぶつかるようにして、狂獣さんの動きを封じ込めにかかった。
流石にATKに差があるのか、あまりうまく行ってないみたいだけど。
「ハハッ! せっかくこれが発動しねぇように慎重に立ち回ってたのに、デカイ隙を見て油断したな《鉄壁騎士》ィ! いくらATKを投げ捨てた盾職でも、キチっとクリティカル入ってりゃ仕留めきれただろうによぉ!!」
「三日前に戦り合った時は、発動出来ずに俺に抑え込まれた癖によく言えるなくそったれ!! つーか、ATKの上昇率高すぎるんだよ! 常時クリティカルみたいなもんじゃねーか!!」
「うっせえ!! 結構大変なんだぞこのスキル発動させんの!! アーツまともに入ったら、ATK特化ビルド相手ならクリティカルじゃなくても一撃でHP全部持ってかれたりするし、通常攻撃だってまともに入れば2、3割近くは持ってかれる。モンスター相手ならともかく、プレイヤー相手のHP調整ってめっちゃくちゃムズイんだからな!?」
「知るか!! だったら外せ!!」
「お断りだバカヤロォ!!」
大剣が振るわれる度に、お兄は後ろへズザザッと後退を強いられ、HPがジリジリと減っていく。
今までは、攻撃と攻撃の合間に自分も槍で反撃してたのに、今はそんな余裕もないのか、防戦一方だ。
……その割には、なんだか普通に口喧嘩してるけど。お兄、実は意外と余裕あるのかな?
「まあ、それでも援護はしないと」
いくらATKが上がろうと、体が増えたわけじゃないんだから、一度に対処できる攻撃には限りがあるはず。そう思った私は、フララやビートと別れ、激しく斬り結ぶ2人をぐるっとみんなで囲うように回り込むと、狂獣さんの側面目掛けてアーツを放った。
「《バインドウィップ》!!」
鞭から伸びた青い触手が、狂獣さんの大剣に絡みつく。
それと同時に、フララは上空から《エアショット》を、ビートも反対側から《突進》を使い、お兄と合わせて死角のない全方位攻撃を仕掛けた。
いくらプレイヤースキルが高くたって、これはどうしようもないはず……!
「チッ!」
「っ、きゃあ!?」
そう思ったけど、狂獣さんは手にした大剣を強引に振ると、私をその場に引き倒して拘束を逃れ、すぐに後ろへ下がって距離を取ることで、ビートの《突進》とお兄の槍から逃れた。
けど、その後を追うように飛んでいく《エアショット》は、流石に躱せないはず。
――ガリッ
という私の淡い期待は、何かをかみ砕く音と共に一気に回復した、狂獣さんのHPが打ち砕いた。
予想通り、《エアショット》自体は当たったんだけど、回復したHPが盾代わりになってそれを耐えられた上、魔法の勢いを利用して更に距離を取られた。
何あれ、何をどうしたら半包囲された状態から事実上の無傷で切り抜けられるわけ? もう今自分の目で見てたのにわけがわからないんだけど。
「ミオ、あれは《回復の丸薬》だ。ポーションと違って固形物だから、口の中に入れたまま保持できるのが利点と言えば利点だな。回復量は少な目だけど……あいつみたいにHP調整するなら十分有用だ」
「な、なるほど」
見たことないアイテムに、多対一でも全く引かない高いプレイヤースキル。
全く、羨ましすぎて涙が出るよ。
「お兄、そのアイテム、いくつまで仕込めるの?」
「基本1個だな。それ以上は喋れなくなる」
「なら、もうないんだね」
それなら、もう一度同じようにすれば、それで勝てる!
そう、思わず表情を緩める私だったけど、追い詰められているはずの狂獣さんはそんな私を見て、ニヤリ、と笑ったような気がした。
「っ、ミオ、俺の後ろに!」
「えっ、わ、分かった!」
お兄の指示に従って、慌てて後ろへ下がった直後、またも獣のような速度で接近してきた狂獣さんの大剣と、お兄の盾とが激しく火花を散らす。
「ぐっ……!!」
「ハハハ!! さすがお前の妹、《鉱石姫》なんて名が付いてるが、中々良いセンスしてる。だが、テイマージョブなだけあって本人の戦闘力はゴブリン並!! そいつを落とせばもう俺の勝ちは決まったようなもんだ!!」
「くそっ、やらせるか!!」
防御に専念するお兄を、狂獣さんが怒涛の連撃で攻め立てる。
今の話の流れからすると、多分狂獣さんは、私を優先攻撃目標に設定したらしい。そして、それを阻止するために、お兄が反撃すら放棄して必死に守ってくれてる。
それは、私が脅威だからじゃない。きっと、人質代わりに使われてるんだと思う。
私を狙えば、お兄が庇う。ただ自分の身を守るより、誰かを守りながら戦うほうが難しいのは、戦闘に不慣れな私だって分かる。だからそうして、お兄の行動を縛り付けて優位に立とうとしてるんだ。
実際、お兄のHPはさっきまでよりもずっと早く、急速に減り始めてる。ほとんど反撃できず、防御に専念してこれなんだから、このまま続けたらどうなるかは私にだって分かる。
私達のほうが、実質5対1で戦ってることを思えば、そのやり方を卑怯だとは思わないけど……人質にされてる方としては、堪ったもんじゃないよ。これじゃあ役立たずにも及ばない、ただの足手まといじゃん!!
「あんまり甘く見ないでよね! ライム、お願い!!」
私は肩に乗ったライムを腕に抱えると、お兄目掛け大剣を振るった直後の狂獣さん目掛け、《投擲》スキルを用いて投げつけた。
「ハッ、そんなの……」
狂獣さんもそれに気付いたのか、平然と投げられたライムを避ける。
けど、攻撃した直後だっただけにライムへの反撃はないし、そこまで大きく距離は取られてない。これなら!
「ライム、縛り上げちゃえ!!」
「――――!!」
「ちッ!?」
躱されて、狂獣さんを挟んで私と反対側に回ったライムの体から何本もの触手が伸び、狂獣さんを締め上げる。
とは言え、元々DEF特化でATKなんてほとんどないライムだし、多少力を込めて締めたところで、ダメージの一欠けらも入らない。
「んだこりゃ、ダメージも何もねぇ、一体何を……」
けど、この状態になっちゃえば、後はもうこっちのものだ。困惑してる狂獣さんをそのままに、私はすぐさま相棒に向けて声を張り上げた。
「ライム、《麻痺ポーション》と《睡眠ポーション》、あるだけ 全部そいつに叩きつけちゃって!」
全身に絡みついたままのライムがぷるんっと震え、体の中から私が指示したポーションを出し尽くす勢いで放出し、次々と狂獣さんへ叩きつけていく。
「ぐぅ!? この、なんでスライムなんかテイムしてんのかと思ったら、そういうことか!」
「そういうことだよ。私はともかく、ライムはとっても強いんだからね!」
メタルスライムになって、DEFが大幅に上昇したライムだけど、私にとってライムの本来の役目は《収納》スキルを利用したアイテムの貯蔵と、それを私や味方のみんなにハイペースで使い続けて貰うことだ。
だから、もし何かのスキルで耐性を得ていたとしても、《麻痺》と《睡眠》の2種類の状態異常薬を、こうも矢継ぎ早にかけられたら、もうどうにもできない……はず。
「本当に、思った以上に出来るじゃねぇか、《鉱石姫》」
狂獣さんはライムを振り払おうとするけど、ほとんど隙間なく張り付いたライムを剥がすのは簡単じゃないし、そうでなくてもお兄からの攻撃にも対処しなきゃいけないから、結局そんな余裕はない。
そして、そうこうしているうちに、状態異常に陥ってその動きが止まる。
「ハハッ、今回は俺の負けだ、素直に認めてやる」
さすがに、いくら狂獣さんでも……と思いつつも、さっきまでの暴れっぷりのせいで微妙に確信が持てなかったけど、本人からそう言われたことで、ようやくほっと一息吐く。
「だが、次にやり合う時は負けねぇぞ!!」
ただ、それでもやっぱりタダで転ぶ気はないみたい。ギラギラしたその瞳は、良い遊び相手を見つけたとばかりに真っ直ぐに私の方に向けられていて、どう楽観的に見ても今回の件で目を付けられちゃったっぽい。うーん、これは困った。
「いや、私はもうやりたくないんだけど、こんな戦闘」
私はただ、モンスター達とほのぼのとした日々を送りながら、ほどほどに冒険して、ライム達のことを仲良い人達に自慢出来ればそれでいいし。PKとの殺伐とした戦闘の日々なんて嫌だよ。
そんな風に思いながら言い返したけど、狂獣さんの方は気にした素振りもない。
「ハッ、嫌なら、精々、腕を磨いておくん、だな……」
そして、ようやく効果が現れたのか、《睡眠》の状態異常で意識を失って、その場に倒れた。
よく見れば小さく寝息を立てているけど、きっと、さっき《気絶》した私みたいに、プレイヤー視点だと幽体離脱みたいな感じに私達を見てるんだろうなぁ。
ただ、《気絶》にしろ《睡眠》にしろ、一定時間経てばまた目を覚ましちゃうから、今の内にトドメを刺さないと。
「それじゃあ、トドメと行くか。……あ、一応聞こえてるだろうから言っておくぞ。俺が居ない時に、勝手にミオを襲うような真似するんじゃねえぞ。もしやったらぶっ殺してやるからな」
倒れたままの狂獣さんに向けて槍を構えながら、そう忠告するお兄だけど、それだとこの人の性格からして、報復されるために喜々として私が襲われる気がするんですけど? いや、庇ってくれるのは嬉しいんだけどさ。
そう、なんとなく空気を読んで口には出さずにいた私の心の内なんて、当然お兄に分かるはずもなく。普通に槍を突き刺そうとして――
「ダメ」
突如響いた小さな声と共に、お兄の槍が巨大な黒い鎌に弾き飛ばされた。
「なっ……!?」
突然の、音も気配も直前まで全くしなかった状態からの奇襲で、お兄は盾を構えることも忘れて動揺する。
けど、それを見た私にあったのは、お兄とはまた別の驚きだった。
頭まで覆う黒いフード付きのローブ。
そこから僅かに零れる、幻想的な白銀の髪。
白く華奢な体は、とても大鎌を自由自在に振れるようには見えないけど、その鎌に狙われた者はその姿を認識する間もなく狩られると言われている有名プレイヤー。
それでいて……以前、私がPKに襲われていた時、助けてくれた子。
「ユリアちゃん?」
ネットでは《死神》だの、《PK狩り》だのと恐れられてる女の子が、大鎌を肩に担ぎながら、お兄に面と向かって宣言した。
「こいつは、私の獲物」
次話で第三章は終わりです。




