第60話 白熱する死闘とほのぼの空間
盾と大剣とが交錯し、火花を散らす。
その場を動かず待ち構えるお兄に対し、一切臆することなく《狂獣》って呼ばれたPKの人は全力で大剣を次々と叩きつける。
ジャイアントロックゴーレムの巨体が繰り出す拳すら受け止めたお兄の盾だけど、狂獣さんの繰り出す大剣による猛攻はただ正面から打ち付けるばかりでなく、剣それ自体が生きているかのようにお兄の防御を掻い潜ろうと襲い掛かり、お兄はそれを強引に槍で弾き返すも、バランスを崩す。
そこへすかさず、狂獣さんから追撃とばかりに蹴りが飛んでくるけど、お兄はそれを避けられないと見るや回避を放棄し、金属鎧の防御力に任せ真っ向から受け止めつつ、逆に反撃の槍を繰り出す。
これには堪らず、狂獣さんは後ろに跳んで回避しようとするも、槍の穂先がギリギリ届いてHPが削れ、激しい攻防は痛み分けという形で一旦仕切り直しとなった。
「ははっ、腕を上げたじゃねえか《鉄壁騎士》!! 俺は嬉しいぜぇ!!」
「そういうそっちこそ、自分から距離を取るなんて珍しいじゃねーか! ついでにそのまま回れ右して帰ってくれると嬉しいんだけどな!!」
「そいつは出来ない相談だ、なっ!!」
「ちっ!!」
戦闘自体は仕切り直しでも、距離を取ってる間は当たり前のように舌戦が繰り広げられて、それが終わったと思えばまた盾と大剣、槍と蹴りとがぶつかり合い、お互いのHPを削り合う。
まさに、手に汗握る凄まじい攻防、なんだろうけど……
「ライム、フララ、私達これ完全に蚊帳の外だよね」
「――――」
「ピィピィ」
私としては、正直退屈だった。
いや、うん、相手はPKだし、お兄は今頑張ってそれを迎撃しようとしてくれてるのは分かるんだけど、ああもはっきり私のことはどうでもいいって言われると、危機感も興味も薄れるっていうかね。
ただでさえ、モンスターが出てこない戦闘っていうだけで私の興味が大分削がれるのに、ああも激しい戦闘されると、傍から見るだけでもついて行けないし。
「――」
「えっ、何ライム? お腹空いたの?」
「――!」
そんな時、私の肩で同じように観戦していたライムが、空腹を訴え始めた。よくよく考えてみれば、確かに遺跡エリアに入ってから一度も餌をあげてないし、空腹度がかなり減っててもおかしくはない。
お兄の方は何だか邪魔したら悪い雰囲気だし、フララもMPが減って万全の状態とは言い難いし……
「仕方ないか、じゃあみんなでお弁当食べよう。ビートもおいで、《召喚》」
「ビビ!」
辺りは墓地で、ピクニックと洒落込むにはちょっとどころじゃなく雰囲気が悪いけど、うちの子達はみんな雰囲気より食欲重視だから、私自身が我慢すればそう問題ない。それに、またスキルスロットを弄ってセットした《感知》スキルで辺りを索敵してるけど、この近くのミニクラーケンは一度倒すともう出てこないのか、それとも再出現まで時間がかかるのか、全然反応がないから、少しくらいのんびりやったって大丈夫でしょ。
「回復アイテムも補充したし、ご飯もいっぱいあるからね、どんどん食べてー」
せっせとシートを拡げ、食料保存用アイテムであるバスケットを取り出す。
作った料理は、全く同じものじゃない限り、その1つ1つがインベントリの枠を別々に占有しちゃうけど、このアイテムは料理や食材に限り収納できるインベントリ拡張アイテムで、これに仕舞ってからインベントリに入れれば、まとめて1枠で済むから結構便利だ。
「オラオラどうしたぁ!? 動きが鈍くなってるぞ《鉄壁騎士》ィ! もうおねんねの時間かぁ!?」
「そっちこそ、待ちくたびれ過ぎて体が硬くなってんじゃねーか!? そんなんじゃあと百合打ち合ったって俺の守りは抜けねーぞ、《狂獣》!!」
「だったら百一合打ち込むだけだァ!!」
作ってきたのは、レタスやらポテトサラダやら、カツやらハムやらと、色々と挟んだサンドイッチ。
コスタリカ村のNPCショップでは、グライセに比べて消耗品の品揃えは悪いけど、こういう食材アイテムは色んなのが売ってて嬉しい限りだ。
「はい、ライムあーん」
「――――♪」
「ふふっ、そんなに美味しい? よかった♪」
気合の雄叫びと狂気の嗤いが墓地に木霊し、剣戟の音は激しさを増す。
BGMとして聞くにはちょっと物騒過ぎるけど、それも今こうして、私の作ったご飯を食べて嬉しそうに跳ねるライムの愛しさの前じゃ、そんなことどうでもよくなっちゃうよね。
「それじゃあフララにはこれ、フルーツミックスジュース! 何の追加効果もないけど、夏だし、南の島だし、雰囲気出そうだと思って果物とか飾り付けて作ってみたんだ。墓地じゃ雰囲気も何もないけど、どうかな?」
「ピィ~♪」
「お~、気に入ってくれた? ただこれ、《西の森》の奥のほうで偶々見つけたアイテムを使ってあるから、あんまりたくさん作れないんだよね」
「ピィ~……」
「ホームのために買った農地、持て余してたところだし、今度みんなで栽培してみよっか」
「ピィ!」
ジュースを上げたらぱあぁっと花咲くような笑顔を浮かべて、もうないって分かったら逆に萎れて行くように落ち込んで、そろそろ農業にも手を出そうかって言うとまた元気になってと、私の言葉に合わせて、フララの表情がコロコロ変わっていくのは見てて楽しいし、何より凄く可愛い。
「ふぅー、ふぅー……ハハハッ! やっぱお前との戦いは最高だぜ!! どれだけ本気で斬っても斬っても倒れねぇ。ここまで攻略し甲斐のある敵はボスモンスターにだって然う然ういねぇぜ!!」
「はあ、はあ……てめーに褒められたって嬉しくねーよ!! いい加減諦めやがれ!!」
「いやだね!! もっと楽しもうぜ!!」
不動の構えを見せるお兄の隙を突こうと、激しく動き回る狂獣さんの軌跡が砂埃となって空を舞う。アーツやスキルによって生じる光のエフェクトが粉雪のように舞い散り、一筋の閃光となってお互いのHPを削り合う。ぶつかり合う金属同士が甲高い音を上げ、それをかき消すように2人の咆哮が大気を震わす。
「ビートにはこれ、フルーツゼリー作ったんだー。カブトムシの餌ってよく分からなかったから、口に合わなかったらごめんね?」
「ビビビ」
「大丈夫って? もう、そういうのは食べてから言ってよね、ほら、あーん」
「ビビ! ビビビ!」
「あはは、美味しかった? ならいっぱい食べてね~」
そんな風に、徐々に激化していく2人の戦闘。けれど私はのんびりと、みんなと戯れながらご飯を食べつつ眺めるだけ。
精々、あれだけ打ち合ってよく飽きないな~って思うくらい。あ、このハムレタスサンド美味しい。
「……つーか、お前の妹なんなの? 巻き込まれたくなかったら下がってろって言ったのは俺だけどよ、まさかあそこまで呑気な傍観者になるとは思ってなかったんだが。普通、パーティメンバーの、それも兄貴がPKと戦ってたら助太刀しようとするもんじゃねぇの?」
「あれは……もう、そういう性分だ。全てはモンスターとの触れ合いの方が優先なんだ」
「……苦労してんだな、おめぇも」
「お前に慰められたくはない」
途中、不自然に音が止んだりした時もあったけど、少し一息吐いてるだけだろうと思って、特に私は気にしなかった。すぐに再開されたし。
そうして、いつまでも続くかに見えた戦闘だったけど、視界の端に映るHPゲージを見るに、少しずつお兄が押されていってるように見えた。
とは言え、それも無理はない。何せ、お兄はこの戦闘の直前にミニクラーケンと戦ってて、ウィルフィーヌさんとの会話中に多少自然回復したとはいえ、その時に消耗したHPやMPは全快してなかったんだから。
別に、それ自体は良い。口ではあーだこーだ言いつつも、お兄自身結構楽しそうにしてるから、あまり邪魔されたくないだろうし。
けど、このままお兄が死に戻ると、私が困るってことに今気が付いた。
「ねえお兄~」
「なんだ!! 今俺めっちゃくちゃ忙しいんだけど!!」
「うん、別にお兄がフレンドの人と遊ぶのは一向に構わないんだけどさ」
「「誰がフレンドだ!?」」
「もしお兄が死に戻ったらさ、私はどうやって拠点まで戻ればいいの?」
「「……は?」」
フレンドじゃないって言いつつも、見事に息ピッタリな2人は揃って口をポカーンと開け、戦闘中だったのも忘れて立ち尽くした。
私としては、至極真っ当な疑問だったのに、なんでこんなに驚かれるのかな?
「だってお兄が死んじゃったら、私自力でこの墓地エリアから出られる気がしないし」
今は周りにモンスターが出現してないし、取り乱すような要因がないから平気だけど、ここから先、お兄のエンチャントもなしに戻ろうとすると、またあの呻き声やら急に現れる火の玉やらを見て、すぐに《混乱》状態になるのは目に見えてる。ソロで動いてる時にそんなことになれば、死に戻りまで一直線だし、それはライム達のためにも出来れば避けたい。
「いや、それは自力でどうにかしてくれとしか……」
困惑しながら、なんとも頼りない返事を返された。
まあ、死に戻ったらアイテムだけじゃなくて、ステータスの減少まで付いてくるんだし、迎えに来るっていうのも無理なのは分かるけど……
「じゃあ狂獣さん、その時は代わりに安全なところまで連れてってくれます?」
「はぁ!? なんで俺が!?」
「いやだって、狂獣さんのせいで困ったことになるんだし?」
「PKが殺る相手の事情なんて一々気にするわけねぇだろ!!」
「うーん、じゃあ仕方ない」
よっこらせっと起き上がった私は、ぱっぱっとお尻を払い、メニューを開いてスキルをセットし直すと、シートやお弁当が入ったバスケットを纏めてインベントリに放り込んで、代わりにHP回復用の《ハニーポーション》を取り出す。
そして、それを未だ固まってるお兄に向かって投げつけた。
「私も混ぜて貰おうかな?」
《投擲》スキルの補正によって、遠投だって思いのまま。外すことなく当たった瓶が砕け、その中身を浴びたお兄のHPがグンッと回復する。
それを確認して、狂獣さんよりもまずお兄のほうが慌て始めた。
「お、お前っ、何して!?」
「いやだって、流石に何もせずに死に戻りは嫌だし」
お兄がフレンドと遊ぶのは好きにすればいいと思うし、邪魔するつもりもなかったけど、私まで巻き込まれるっていうなら話は別だ。私だって、むざむざライム達が倒されるような事態になるのは嫌だし、それならとことん戦ってやる!
「お前、介入してくるってことは、どういうことか分かってるよな? 俺は弱い奴には大して興味ないが、戦う意志があるやつには容赦しないぜ?」
一方の狂獣さんは、勝負を邪魔されて怒ってるかと思いきや、その顔はむしろ楽しそうに、ニタァっと笑っていた。
うーん、なんというか、この笑顔、怖い。
「分かってるよ。私もお兄と戦う。だから……」
けど、今すぐ取り乱して裸足で逃げ出すような、そんな怖さじゃない。
私は腰から解体包丁を抜くと、そのまま真っ直ぐ突きつけた。
「かかってこい、《狂獣》!!」
「よく言った、それでこそコイツの妹だ、《鉱石姫》ィ!!」
「なっ!? くそ、待て!!」
比喩でもなんでもなく、地面が爆発した。砂埃が舞い、お兄と《狂獣》が居た場所との距離感が曖昧になった次の瞬間には、目の前に大剣が迫っていた。
「だが、まだ弱いな。貰ったぜ」
ぞくっと、背筋が凍るような感覚。《混乱》状態になる時とはまた違った恐怖が私の体を縛り付け、その攻撃に全く反応出来ない。
そのまま、大剣は私の首目掛けて一直線に振り抜かれて――すんでのところでライムの触手が割り込み、ガキィン!! っと金属音を響かせながら、私の体は宙を舞った。
「ん?」
感じた手応えへの違和感からか、一瞬、狂獣さんの動きが止まった。
それを見て、私は吹き飛びながらもにっと笑う。
「フララ、毒!!」
「ピィ!」
時間がないから簡潔な指示だけ飛ばし、私は地面に背中から叩きつけられると同時にゴロゴロと転がる。
着地の瞬間、ライムがまた《触手》スキルを使って私を庇ってくれたお陰で、派手に転がった割にはダメージはない。
「ピィ~!!」
「チッ!」
フララが羽ばたくと同時に、《毒鱗粉》のスキルと《ウインド》の魔法が同時に発動し、毒の風が狂獣さんを蝕む。
モンスター相手だと、HPが可視化されてなかったら効いてるのかどうか疑わしくなるくらい、毒になっても反応が無いんだけど、プレイヤー相手なら軽い気持ち悪さを覚えるし、それで多少なりと集中力が乱せれば、それで十分。
「小癪な真似してくれるじゃねぇか!!」
……な、筈なんだけど、狂獣さんにも全然効いてる気がしない。
何これ、《混乱》状態の陥りやすさだけじゃなくて、《毒》状態の時に受ける気持ち悪さにまで個人差あるの? それともやっぱり何かしらのステータスが?
そう、この世の理不尽に対して考察してる隙をついて……ってわけでもないんだろうけど、またも狂獣さんが笑みを浮かべながら、私に向けて突っ込んできた。
「ミオ、ボサっとすんな!!」
「あ、お兄」
その間に割り込むように、お兄がやって来て盾を構え、大剣の一撃を弾き飛ばした。
「ったくお前は、私は一切関係ありません、みたいな顔して優雅に飯食ってたくせに、何をいきなり勝負に割り込んで来てるんだ!?」
「さっき言ったじゃん、帰れなくなったら困るからだよ。死に戻るのは嫌だし」
「だったら最初から手伝ってくれても良かったんじゃねーの?」
「だってあの人、私の事情はどうでも良くても、私を巻き込むつもりはなかったみたいだし」
「いや、相手はPKだぞ? それは嘘で、俺がやられた後はお前もってなるとは思わなかったのか?」
「え? それはだって……」
「兄妹仲良くお喋りとは余裕じゃねぇか!! 《スラッシュ》!!」
「ぐっ!!?」
狂獣さんが、再び大剣にアーツの光を纏って斬りつけて来たのを、お兄がなんとか盾で防ぐけど、そのまま大きく体勢を崩す。
「貰ったァ!! 《蹴撃》!!」
「させない!! っ、きゃあ!」
詳細な効果は知らないけど、名前のシンプルさからして初級のアーツなのか、大剣の攻撃にしてはほとんど隙もないまま放たれた追撃の蹴りを、今度は私がお兄の前に出て、解体包丁の腹で防ぐ。
大剣の一撃と違って、武器によるATK補正も乗らない足による攻撃なのに、私は完全に防ぎきることも出来ずあっさりとまた吹き飛ばされる。
「ミオ!!」
「っ、今だよビート!!」
「ビビ!」
心配そうにかけられるお兄の声は無視して急いで起き上がると、ずっと空中で待機していたビートに指示を飛ばす。
《突進》スキルと、上空からの十分な加速の乗った一撃が、私に追撃をかけようとしていた狂獣さんへ迫る。
「っとぉ!!」
それをギリギリのところで察知して、大きく後方へ跳ぶことで回避する狂獣さん。
でも、今度の攻撃は空中じゃ躱せないでしょ!!
「フララ、《トルネードブラスト》!!」
「ピィ!!」
フララの正面に風が集まり、竜巻となって襲い掛かる。
決まった!! そう確信した一撃だったけど……
「チッ……! おらァ!! 《エアリアルスライサー》!!」
狂獣さんの大剣が、風を纏う。それをそのまま勢い良く振り下ろし、フララの竜巻と激突する。そして僅かに拮抗したかと思えば、なんとそのまま、竜巻が真っ二つに切断された!
「えぇっ、嘘!?」
「いや、良くやったぜミオ!!」
魔法って斬れるの!? なにそれチート臭い!!
そう反射的に叫びたくなった私だけど、それよりも早く、お兄はようやくこの時が来たとばかりに勢いよく飛び出し、槍を構えて一直線に突っ込んでいった。
「うおぉぉ!! 《ランスチャージ》!!」
躊躇なくアーツを使い、光のエフェクトを伴って走るお兄は、決して速いとは言い難い速度だったけど、猛牛のように決して止まることなきその槍の一撃は、大技のアーツを使った直後で隙だらけの狂獣さんを、確かに捉えた。
狂獣さんの体が大きく吹き飛び、地面を転がる。
「やったぁ!!」
「いや、まだだ! 失敗した!!」
それを見て歓声を上げる私を、お兄が戒めるように一喝する。
言われて、慌てて吹き飛んで行った方を見れば、狂獣さんのHPは大きく削れて危険域に突入しているものの、まだ0になるには1割くらい残されていた。
「ふぅ、今のはヤバかったぜ……ハハッ、思ったよりやるじゃねぇか、《鉱石姫》!!」
時間切れなのか、《毒》状態ではなくなったけど、それでもあと一撃アーツによる攻撃を入れればそれで倒せそうなくらいの状態なのに、狂獣さんの戦意は衰えるどころか、益々高くなっているようにさえ見える。
うーん……これは、このままじゃ終わらない予感。
「お兄、そういえばさっき、何の話してたっけ?」
現実逃避でもしたかったのか、ふと攻撃されたせいで中断された会話を思い出し、お兄に話しかける。
最初は何の事か分からなかったのか、「ん?」と首を傾げたお兄だったけど、すぐに思い出したのか、「ああ……」と呟く。
「そんなのもう後だ後、まずはあいつを片付けるぞ!」
「うん、分かった!」
それでも、今は戦闘中に違いないんだから、話は全部後だ。
お兄のその言葉で頭を切り替えた私は、お兄と肩を並べるようにして立ち、解体包丁と一緒に鞭も取り出し、構える。
「さあ、第二ラウンドと行こうじゃねぇか!!」