第58話 上位スキルとちょっとしたトラウマ
「おおっ、ついに来たんだ」
このゲームを始めてから初となる上位スキルの発生に、胸が高鳴る。
当たり前だけど、インフォメーションは私にしか届いてないから、いきなり声を上げた私にお兄が「ん?」って訝しげな視線を向けてきたけど、「ちょっと待って」と断ってからメニュー画面を開き、スキル一覧に移る。
「えーっと……あったあった、これか」
目立つように少し光ってる《鞭》スキルをタップすると、上位スキルが表示される。
「《魔封鞭》、それから《破砕鞭》ね」
そんな単語あったっけ? とも思うけど、どういうスキルなのかは字面で大体察せるからまあ問題ないか。
「なんだ、上位スキルでも取れるようになったか?」
「うん、そうみたい」
私の呟きで、何があったか察したらしいお兄がそう言って、見せて貰ってもいいかと寄ってくる。
特に断る理由もないから、スキル一覧を可視化してお兄に見せると、「ほー」と感心してるんだかしてないんだか微妙な反応が返ってきた。
「一応言っておくけど、上位スキルは効果が高い代わり、それまで補正を受けられた装備が受けられなくなったりするから、気を付けて選べよ」
「えっ、そうなの?」
「ああ」
例えば、よくある《剣》スキルは、分かってるだけでも《長剣》《短剣》《大剣》《刀》と、4種類も上位スキルがあるらしい。
ただ、《剣》スキルのままなら刀だろうと大剣だろうと問題なく補正を受けられるけど、《大剣》スキルにしちゃうと、他の長剣カテゴリの武器や、刀カテゴリの武器はそのスキルの補正が受けられなくなる。
「だから、今持ってる武器か、将来持つ武器か、どっちにしても考え無しに取るとスキルポイント無駄になるから、気を付けろよ」
一応、派生元のスキルは上位スキルとは別で残るから、後から派生先のスキルを取り直してどっちの武器にも対応できるようにすることも出来るみたい。
でも、そういうことなら私の選択肢は決まってる。
「なら、《魔封鞭》スキルだね」
私の《ブルーテンタクルス》は拘束用の鞭だし、今のところ攻撃用の鞭を作って貰う予定はないから、これで良いでしょ。
そう思い、スキルポイントを3ポイント消費して、《魔封鞭》スキルを習得する。
名前:ミオ
職業:魔物使い Lv28
サブ職業:召喚術師 Lv18
HP:266/266
MP:320/320
ATK:96
DEF:132
AGI:131
INT:132
MIND:171
DEX:205
SP:14
スキル:《調教Lv32》《使役Lv31》《召喚魔法Lv12》《料理Lv28》《感知Lv26》《敏捷強化Lv21》《魔封鞭Lv1》《鞭Lv30》
控えスキル:《投擲Lv28》《調合Lv33》《鍛冶Lv24》《採掘Lv21》《合成Lv22》《釣りLv10》《採取Lv34》《隠蔽Lv24》
派生元スキルと同時装備すると、補正が重複して威力が上がるらしいから、ひとまず《投擲》スキルを外して両方とも装備してみる。まあ、《バインドウィップ》とか《アンカーズバインド》に威力なんてないから、あんまり意味ないかもしれないけど。
……いや、一応攻撃用アーツもあるし、そっちはどうなるかな?
「とりあえず、早速アーツ試してみたいからスケルトン探そうお兄」
「それなら、ちょうど湧いてきたぞ」
お兄に言われた直後に、私の《感知》スキルにも反応があった。
そっちを見れば、カタカタと骨がぶつかり合うような音を響かせながら、3体のスケルトンが暗闇の中からやって来るところだった。
あれなら、ライム1体だけでもなんとかできるし……よし。
「お兄、また2体よろしく!」
「へいへい」
とりあえず、検証のためにお兄に間引いて貰って、拾ったばかりの《松明》を地面に転がすと、1体だけ残ったスケルトン目掛けてアーツを使ってみる。
「《カースドバインド》!!」
思ったよりも多くの、けどビートの召喚よりは少ないMPを持っていかれながら、伸びて行く《ブルーテンタクルス》の触手がスケルトンに絡みつき、その体を縛り上げて行動を封じる。
それだけなら、《バインドウィップ》と変わらないんだけど……
「おお?」
よく見れば、スケルトンのHPが少しずつ減っていた。
なるほど、これは拘束ついでに、継続ダメージを与えていくアーツなのか……いいかも。
「ダメージはライムの《酸性》スキルよりも少し少ないかな? けど、スキルレベルの差もあるし、そういう意味ではこっちのほうが強いかな?」
さっきライムに攻撃して貰った時のことを思い出しながら考察してると、HPが残り半分くらいになった辺りで拘束が解けた。
うん、拘束時間も、今の《バインドウィップ》に比べるとずっと短いなぁ。最初の頃はこんなものだった気もするし、レベリングすれば大丈夫だと思うけど。
「おいミオー、考えるのもいいけど、倒してからにしないと危ないぞ?」
「あ、そうだった」
考えこんでる間に、結構近くまで接近されてた。まあ、せっかくだから攻撃の方も試してみよう。
「《ストライクウィップ》!」
その空虚な眼窩に怒りの炎を灯して、勢いよく剣を振りかぶったスケルトン目掛け、私は久しぶりに拘束系以外の《鞭》スキルのアーツを行使する。
ぷるぷるとした、見るからにひ弱な見た目の鞭。それがアーツ特有のライトエフェクトを纏いながら空中を駆け、一直線にスケルトンの脳天を打ち据えた。
「カ、カ……!」
「あれ?」
今までなら、モンスターを少し怯ませる程度だったそのアーツを受け、スケルトンの体が勢いよく吹き飛ぶ。その結果に目を疑う私だったけど、実際、《カースドバインド》で既に減っていたスケルトンのHPは、その一撃で0になった。
「わお、これが新しいスキルの効果かぁ、威力が段違い」
そのままポリゴン片になって霧散するスケルトンを見ながら、私は握ったままの《ブルーテンタクルス》に視線を落とす。
これ、拘束用の《魔封鞭》スキルでさえこうなんだから、金属製の鞭で《破砕鞭》スキルとか取ったらどうなってたんだろ……うーん、それはそれで興味が出てきた。まあ、今取ってもそれ用の鞭がないんだけど。
「よーし終わったか。それじゃあ先に進む前に、MP回復しとけよ」
自分のスキル構成や装備について、少しだけ悩んでいると、それに気付いたお兄から声をかけられた。
MP回復か……けどなぁ、《ミルキーポーション》は《ハニーポーション》に比べると、そんなに数ないし。
「うーん……まあ、後でいいかな? 自然回復もあるし」
考えた末に、私はそう結論を出す。
そうすると、お兄は少しだけ怪訝そうな表情を浮かべた。
「それ、《MP自然回復量上昇》のスキル取ってないとほとんど回復しないだろうに。戦闘中に足りなくなっても知らないぞ?」
「大丈夫だって。私は持ってないけど、ライムならこの前そのスキル手に入ったから」
《ミルキーポーション》が作れるようになってからというもの、《酸液》スキルで各種状態異常ポーションをMPの限界まで作った後、MPを回復してまた作るっていうサイクルを繰り返すようになったせいで、気付けばライムもそんなスキルが増えて、自然回復量がかなり増えた。だから、ライムだけならいくら使ってもさほど時間もかけずに回復出来る。
もちろん、新しいスキルによって私自身の戦闘力が上がったのが一番の理由だけどね。
「まあいいか、なんかあったらそれもまた経験だしな」
「うーん、お兄にそんな風に年長者っぽいこと言われると違和感がすごい」
「ナチュラルに俺に対して酷いよなお前」
軽口を叩きながら、再度拾った《松明》を掲げ先に向かって歩いていく私達。
とは言えお兄の言った通り、《MP自然回復量上昇》スキルを持っていない私やフララは、HPにしろMPにしろ、戦闘を重ねる度に徐々に減っていく。けれどその1戦1戦だけを見ればさほど消耗してないから、もうちょっともうちょっとと引き延ばし、結局アイテムを使わないまま奥へと進んでいく。
「おっ、階段だ」
スケルトンとの戦闘を5回くらいやった頃、ようやく見つけたのは、更に下へと続いていく階段だった。
この遺跡に入る時、いきなり下り階段だったからもしやとは思ってたけど、やっぱりここは下へ下へとどんどん潜っていくタイプのダンジョンエリアだったみたい。
「指輪の持ち主の人、やっぱり最下層にいるのかな?」
地下何階まであるか分からないし、この地下1階部分だけでも結構な広さがあったから、もし一番下まで行くとなると大変そうだなぁと思って聞いてみると、即答されるかと思いきや、意外にも「いや、分からん」という答えが返ってきた。
「ボスを倒したらNPCが、って線も無くはないんだけどな、あんな偶然見つかったみたいなクエストだし、案外浅い階層で特に意味もなく立ってるNPCとかだったりするんじゃないか?」
お兄の予想に、私はなるほどと頷いた。
もし最下層まで行って今日2度目のボス戦ってなると流石にキツイし、そこまで行かなくても達成できる可能性が高いなら、それは助かる。
「流石にくまなく探索する時間はないだろうから、ほどほどで先に進んでくけど、せっかくのクエストだからな、出来るだけ探すか?」
「うん、そうする」
やっぱり、あの話の続きは気になるからね。
そういうわけで、お兄と頷き合いながら階段へ足を踏み出す。
この階ではスケルトンばっかりだったけど、次は何が出て来るのか。やっぱり、《ゴスト洞窟》みたいにゴーストタイプのモンスターも出てくるのかな……うぅ、鳥肌立ってきた。
そんな風に考えていたのがいけなかったのか。階段を降りる私達の耳に、突然ウオォォォ……という、地の底から響いてくるような不気味な呻き声が聞こえてきた。
聞こえてきたのは、もちろん今から進もうとしている階段の下からだ。そしてその瞬間、私の背筋にぞわぞわっと、覚えのある悪寒が走り抜ける。
「……ねえ、お兄、今のなんだと思う?」
「スケルトンの次はゾンビ系か、はたまたゴースト系か。どっちにしても強い敵だと嬉しいんだが」
「いやいやいやいや、あれ聞いた感想がなんでそんなのになるの!? ねえ、やっぱり行くのやめない? 上の階でもまだ全部回ったわけじゃないんだしさ、指輪クエスト以外にも何かクエストあるかもしれないし!」
「いや、むしろ何を今更呻き声くらいで何ビビってるんだよ、今の今まで散々スケルトン倒してたじゃねーか」
「あのスケルトンはカタカタ鳴ってるだけで何も喋らないし、見た目もアニメチックでそこまで不気味じゃないし、けど今の声はなんか怖いじゃん!!」
私自身、スケルトンは平気だったのに何でと思わなくもないけど、やっぱり思ってる以上に《ゴスト洞窟》での一件がトラウマになってるみたいで、さっきの呻き声で急に怖くなってきた私は、お兄に向けて必死にそう訴えかける。
けど、お兄は「へ~、意外な弱点発見」とかなんとかニヤニヤしながら言うだけで、全然話を聞いてくれない。
「まあまあ、俺のサブ職業《神官》だから。そっち系のモンスター相手ならすぐ倒してやるって。心配すんな!」
「いーやー! そういう問題じゃないんだってばー!」
絶対に面白がってるだけな様子のお兄に引きずられるようにして、私は階段を降りていく。
その間も、階下からは呻き声が時折聞こえてきて、私の精神をガリガリと削りとる。
うー、だ、大丈夫……お兄も言ってたけど、こっちには《神官》がいるんだもん。ゴーストがこのゲームでどういう存在なのか知らないけど、別に何も怖がることはないはず……!
そんな風に自分に言い聞かせながら、階段を下りきると、そこに広がっていたのは上のただただ広がる広場とは打って変わって、不気味な雰囲気が漂う墓地だった。
辺りを見渡せば、時折ひゅ~っと火の玉みたいなのが視界を通り過ぎていくのが見え、びくっと体を強張らせる。
「う~、お兄、やっぱ戻ろうよ、他のエリアならボスでもなんでも戦うからさ~」
お兄の腕を後ろから引きながらそう言うも、墓地のほうをぼーっと見つめたままで、お兄に反応がない。
「お兄……?」
なんとなく嫌な予感を覚えつつも、再度呼びかける。
すると、お兄はゆっくりと私の方に顔を向け……
「ばぁっ!!」
突然目の前まで迫り、視界一杯に広がったのは見慣れたお兄の顔ではなく――骸骨そのものだった。
「………………」
「……って、あれ? 驚かなかったか。さっきお前が拾った髑髏、装備アイテム扱いだったみたいだから、驚かせるのに使えると思ったのに。……って、ミオ?」
「……きゅう」
「ミオーーー!?」
突然の骸骨に、私は驚きを通り越し、その場で目を回して……ものの見事に、《気絶》の状態異常に陥った。
鞭の上位スキルの名前を決めるだけで1か月くらいかかったのは内緒(ぉ