第56話 手料理と午後の予定
油を敷いたフライパンの上に、冷蔵庫に余ってた豚バラ肉を投下する。
じゅうじゅうと音を立てながら焼けていく肉を、鼻歌混じりに調理用の長い箸で動かしながら、良い感じの色になるまで炒めると、そこにセールで安く売ってたからと大量にあったもやしやら、切ったキャベツやら玉ねぎやらと、取り敢えず残り物の野菜を適当に追加して更に炒めていく。
塩コショウをぱっぱっと適当に振りかけてざっくりと味を調えたら、それ用の麺を少し多めに、3袋分ぶち込むと、箸で解すように混ぜながら、これまた適当な時間炒めた後、ソースをどばどばと、少し多めにかけて麺と搦めてあげれば……
「よし、出来た!」
完成。我が家特製残り物焼きそば!
調味料とかソースの量とかざっくりとしか決めてないけど、お兄の場合は少し濃い味付けを意識しておけば後は適当でも満足してくれるのは承知してるから、それに合わせて大雑把な出来栄えになってる。
まあ、私とお兄しか食べないし大丈夫かな。
「というわけでお兄、どうぞ」
「よっしゃー! 久々のインスタントじゃない料理だぁ! いっただっきまーす!」
「いただきまーす」
無駄にハイテンションなお兄に苦笑しつつ、私も手を合わせて焼きそばを口に運ぶ。
うん、適当に作っただけあって微妙。ソースの味で誤魔化されてるけど、野菜はもうちょっと炒めた方が良かったかなー、60点。
「うめえ、うめえぞー! 澪、やれば出来るじゃないか!」
「あはは……ありがとお兄」
けど、そんな焼きそばでも、手料理でさえあればお兄には美味しいらしい。
そんなに嫌かな、カップラーメン。美味しいと思うんだけどなぁ。
「いやー、やっぱ気持ちよく勝った後の飯は最高だぜ! まさか都合よくいいタイミングであんなのと出くわすとは思ってなかったけど、運が良かったな!」
「私としては最悪だったんだけどね。アイテム根こそぎなくなったし、フララにも負担かけちゃったし」
一歩間違えば暴走状態になってたかもしれないことやったんだし、ちょっと無茶させ過ぎたかもしれない。
まあ、フララも2回ならちょっと疲れただけみたいで、《ミルキーポーション》あげたら一発で元気になっちゃったんだけど。
「アイテムは使ってなんぼだぜ。それに、手持ちが無くなったからって、本当に全部無くなったわけじゃないだろ? お前ホーム持ってるし」
「まあねー、けど、いくつかのアイテムは本当に在庫無くなったから、これまでみたいな援護は無理だよ」
一応、ホームには持ち切れないからって置いたままにしてあるアイテムも結構あるけど、あるのは前からずっと作ってた《ハニーポーション》と《ミルキーポーション》がほとんどで、《アンバーポーション》なんかはもうない。後は大体がライム合金とか作り置きの料理とか、ライムやフララのご飯ばっかりだから、イベントに持って行ってもお弁当にしかならないんだよね。まあ、回復アイテム以上に必須だけどさ。主にライムのために。
「十分だよ。本当なら2、3回は死に戻るつもりだったのに、アイテム使い切っただけで1度も死に戻らなかったんだ、むしろ上出来だ」
焼きそばが入ったお皿を持ち上げ、口の中にかき込むようにして食べるお兄。
そんなに食べたら喉詰まるよ……って、案の定詰まってるし。
やれやれと溜息を吐きつつ、私はテーブルの上に置いてあるペットボトルからお茶を汲んで、お兄に渡す。
「運が良かっただけだよ。遠距離攻撃してくるような敵はいなかったから、フララやビートはずっと安全に動けてたわけだし」
実際、イベントのPVでも、何体か空を飛んだり空中に向けて攻撃出来るモンスターもいたから、もしそういうのが出て来てたら安全地帯がなくなるわけだし、迂闊にフララやビートに空を飛ばせられなかった。
ビートは攻撃の間だけ召喚して飛んで貰うっていうのも手だけど、フララの場合は鱗粉系のスキルがどうしてもある程度の時間相手モンスターに浴びせ続けなきゃ効果がない都合上、ずっと飛びっぱなしになることもあるし、それを撃ち落とせるような範囲攻撃魔法が使える相手がいる戦闘だとどうしても厳しくなる。
まあ、その時はライムと一緒に私の肩から、《風属性魔法》の固定砲台になって貰うっていうのも手だけど……それじゃあフララの力を発揮しきれないし、行動に制限が付くって意味でもやっぱり厄介だ。
「それにライムがいなかったら、最後のゴーレム戦の時、一撃貰ってその場でアウトだったしね」
ジャイアントロックゴーレムの攻撃は、一発一発動きが鈍いものの、全てが一撃必殺の威力を込めていた。
お兄だって、盾職としてDEFやMINDに補正が掛かりやすい装備や鎧に身を包み、その上でアーツや《付与魔法》まで自分に使ってやっと耐えられるレベルだ。まともにやり合ってたら、やられてたのは私の方だった。
それを耐えられたのは、DEF特化型のステータスを持つライムが、私の指示を待たずに咄嗟に庇ってくれたお陰だ。あの時もちゃんとお礼は言ったけど、焼きそばを食べ終わったら、お昼ご飯のついでにたくさん甘やかしてお礼を言っておかなきゃ。もちろん、ゴーレムにトドメを刺してくれたフララやビートにも。
「んく、ぷはぁ……運も実力の内、っていうか、それは運ってよりシチュエーションの話だからな。自分の強みがはっきり分かるのはいいことだろ。それに、あのライムだっけ? あれも、まさかジャイアントロックゴーレムの攻撃に耐えられるとはなぁ。まさかMWO最弱のミニスライムがあそこまでなれるとは、分からんもんだな」
「ふっふーん、どうよ、ライムは強いんだから」
私が褒められたわけじゃないけど、毎日可愛がりながら育ててきたモンスターが褒められるのは普通に嬉しい。何なら、私自身を褒められるより嬉しいくらいだ。
「まあ、そもそも後衛のお前が前に出ること自体然う然うないから、オートガードが役に立つ能力かって言われるとパーティプレイじゃやっぱ微妙だけど」
「なっ!? ライムの強さは硬さだけじゃないんだからね! アイテムの供給だって、ライムがいないと1個1個取り出すのすっごい面倒なんだから!」
「それは知ってる。美鈴のやつも、お前がヒュージスライムと戦ってた時の立ち回りを見て、MP管理で便利そうだからって、サブ職業就いて《調教》スキル取った途端、スライム種をテイムしたくらいだしな」
「おお、ほんと!?」
ライムが評価されるだけじゃなく、実際にテイムまでしてくれるなんて!
こうやって少しずつ、スライムの可愛さと有用性が広まっていけば、いずれはミニスライムが使えないって悪評も立ち消えるはず! うぅ、まだこれからではあるんだけど、頑張って育ててきた甲斐があったよ……
「見てみたいなぁ、美鈴姉のスライム」
「ああ、それなら美鈴も、教えてくれたお礼に紹介したいって言ってたから、またメールしてみるわ」
「お願いね!」
よっぽど焼きそばが気に入ったのか、席を立っておかわりするためにキッチンへ向かうお兄の背中に、私はウキウキした気分でそう頼んでおく。
ああ、美鈴姉のスライムかあ。どんな子だろ……次会うのが楽しみになってきた。ライムと仲良くなってくれると良いんだけど。
「それはそうとイベントだよ。午後からもさっきまでみたいにガンガン行くからな、アイテム多めに持ってこいよ。俺も持ってくっから」
アイテムの前に焼きそばを多めにお皿によそって帰ってきたお兄の言葉に、私は少しだけげんなりする。
「うへえ、お兄はほんと、ゲームだと元気だよねー」
学校行く以外は引きこもりで、ロクに出かけもしないのに。
そう思いながら言うと、お兄は「何言ってるんだ?」とばかりに首を傾げながら、口いっぱいに頬張った焼きそばをごくんと呑み込む。一応新しいお茶を用意したけど、今度は喉に詰まらなかったみたい。せっかく注いだお茶が勿体ないから、自分で飲む。
「そりゃお前、好きな趣味で元気になれなくって、いつ元気になるんだよ。そういう澪だって、学校でウサギの世話してる間とか、めっちゃキラッキラしてるじゃねーか、似たようなもんだよ」
「あははは」
それを言われると否定できない。
「けどさ、それにしたってお兄、毎日こんな強引に押し進んでて、よくアイテムもつよね」
このペースだと、ホームにある予備アイテムを引っ張り出したとしても、今日中にほぼ全部アイテム使い切っちゃうのは間違いない。
いくら趣味に打ち込んでる間は元気になるからって言っても、アイテムにもそれを買うお金にも限りがあるんだし、お兄は何をどうやったら、こんな体当たりで未知へぶつかってくようなやり方を続けられるんだか。
「いやいや、流石に毎日は俺も無理だって。新エリアに行く時だけだよ」
と思ったら、流石にお兄でもあのペースでの強行軍はそう何度も出来るほど蓄えはないみたい。
「それに、普段は6人のフルパーティでやるしな。2人だけで強行軍は流石に俺も初めてだ」
「えぇ!? だったらなんでそんなことしたの!」
「お前がどれくらいなら付いて来れるかと思ってさ。いやー、まさか未知のエリアに突っ込んで半日死なずに踏破するなんてな。正直予想以上だよ、やるなぁ澪」
はっはっは、と笑ってるお兄は多分褒めてるんだろうけど、あのお兄に上手く踊らされたと思うとあんまり嬉しくない。ていうか悔しい。ぐぬぬ。
「お兄の焼きそばにはタバスコぶち込んどけばよかった……」
「いやマジやめてくださいお願いします」
私がボソッと呟くと、お兄がテーブルに額を擦りつける勢いで頭を下げ始めた。
お兄って味濃いの好きだけど、辛いのはそこまで得意じゃないんだよね。まあ、タバスコ直接ぶち込まれたらよっぽど舌が麻痺した人でもない限り火を噴くだろうけど。
「全くもう。まあ、いいけどさ、次はもうちょっと慎重にね?」
疲れはしたけど、午前中の探索は中々楽しめた。
午後からも、例のゴーレムが守ってた遺跡を探索してみる予定になってるけど、果たして何が待ってるのか、ちょっとだけワクワクしてる自分もいる。
まあ、口には出さないけど。
「そうは言うけど、お前も実は結構楽しんでただろ?」
そう心の中で呟いてみたけど、とっくにお兄に気取られてたみたい。
「否定はしないけど……」
ただ、やっぱりお兄に察されてるのは面白くないから、ぶすーっと頬を膨らませてみせると、お兄に「照れるな照れるなって」と言いながら頬を突かれて空気が抜ける。むう。
「後で美鈴姉に、お兄にセクハラされたって言わなきゃ」
「いや待てそれはおかしいだろ!? てかセクハラじゃねーし、兄妹のスキンシップだし!」
前に一度、妹モノの18禁ゲームをお兄が隠し持ってたのを偶々遊びに来てた美鈴姉に見つかったことがあるらしくて、その時はもう……うん、凄いことになったらしい。
それ以来、美鈴姉から「晃からセクハラされたら私に言ってね?」なんて言われてるから、そこを突くとお兄は弱い。
お兄がリアルで彼女作るところなんて想像できないし、もうそういうのに手を出すのも仕方ないかと私は思ってるんだけど、果たして美鈴姉に何をされたんだか……怖くてまだ聞けてない。知らぬが仏って言葉、あるよね。
「そういえば、美鈴姉って今日は何してるの? どうせなら誘えばよかったのに」
お兄と2人だけっていうのも偶には良いかと思ってたから特に何も言わなかったけど、強引に押し進むならやっぱり人は多い方が良いし。
「ああ、それなら美鈴はうちのギルメンとパーティ組んで攻略してるはずだぞ。進む方向が違うからバッタリ出くわすってことはないと思うが」
「どうせ同じイベントやってるんだから、一緒に誘ってやればいいのに」
「そこはほら、俺達が戦闘メインで押し進んで出現するモンスターやらボスの情報集めて、美鈴達は細かいところでアイテム採取なんかしながら、そっち方面の情報集めることになってるからな。手分けして情報収集ってやつ?」
「元は私の方から誘っといて何だけど、私がそっち行って、別の人がお兄とやればよかったんじゃない? それ」
私、どっちかというと戦闘よりも、採取とか調合とかの方が得意なスキルビルドなんだけど。
「いや、そっちだと知らない奴ばっかりだろうし、それだと気を使ったりして大変だろうと思ってな」
ぼやく私に、お兄は3杯目の焼きそばを食べながら理由を話す。
うん、ちゃんと飲み込んでから喋ろうね。
「あー、まあ確かにそうかも?」
いくらゲームだからって、好き勝手な振る舞いなんて出来るわけないし、仲良い人同士ならある程度気軽に言えることも、知らない人と組むんだったら気を使って言えなかったりするだろうしね。
「あと、別に採取くらいしたかったらしてもいいんだぞ? さすがに戦闘の最中にされたら困るけどよ」
「歩きながら採取しようかとは私も思ってたけどさ、割と余裕なくって」
最初の方は人がいっぱいいてやり辛かったし、ロッククラブの時はワラワラ沸いてきてそれどころじゃなかったし、ブラックアリゲーターの時はいつ襲われるか分からなかったし。
普段なら、そういう時は《隠蔽》スキルで隠れながら採取するところだけど、流石にパーティプレイで1人だけ隠れてるのもなんだかなぁって感じだし、そうなると回りにモンスターが居る状況で、どのタイミングで採取したらいいかよく分からないんだよね。
「ふーん、まあ、まだ初日だし、慣れてからでもいいんじゃねーか?」
「それもそっかー」
まあ、ライム達のご飯は十分あるし、偶には戦闘ばっかりな日があってもいいよね。
そう思って適当な返事を返しながら、私は話し込んじゃってたせいですっかり冷めた焼きそばを、さして気にもせずズルズルと啜りながら食事を再開した。