第53話 アイテム枯渇と遺跡の守護者
サクサク行きますよー、イベントは2週間ありますからね!(まだ初日)
ブラックアリゲーターとの戦闘は、《釣り》スキルを活用することで安定感が増して、少しは楽に倒せるようになってきた。
その鍵になったのは、お兄の《付与魔法》による、私へのATKブーストだ。
それによって、レベルが低い私の《釣り》スキルであっても、力づくでギリギリブラックアリゲーターを釣り上げることが出来るようになって、ある程度楽に倒せるようにはなったんだけど……問題は、それじゃあ絶対的に手数が足りないっていうこと。安定はしても、それはあくまで2対1の話で、実際には2対多なんだから、むしろ《大岩》の枯渇もあって全体的にはむしろ厳しい戦闘が続くことになった。
結局、お兄が水中で引き付けてる間に、私が1体ずつ釣り上げて倒すっていう手段を取ってたせいで回復アイテムはゴリゴリ減ってくし、私も毎回毎回抵抗して水中に引きずり込もうとしてくるブラックアリゲーターと格闘したり、餌に食いついてる間にビリビリと電撃を放って私のHPを削りに来るサンダーイールと壮絶な綱引き合戦になったりと息つく暇もなく、やっと終点が見えた頃には結局お兄から貰った回復アイテムもほぼ底を突いていた。
「や、やっと終わった……」
マングローブエリアを抜けた時、私は疲れからその場にへたり込んだ。
ここはゲームの中で、肉体的な疲れとは無縁なはずではあるんだけど、精神的な疲れが肉体に現れる仕様でもあるのか、やっぱり疲労感は拭えない。
「マングローブエリアの次はまた分岐か。全体マップからすると、多分また海岸沿いに出る道と、島の中心に向かう道だな。ここはやっぱり、島で一番重要な場所って言ったら真ん中にありそうだし、そっちに向かうか」
けど、お兄はまだまだ元気な上にやる気満々らしい。
さすがに慌てた私は、急いで止めにかかった。
「お、お兄、まだ進むの? 一回休まない?」
「ん? なんだもう疲れたのか?」
「そりゃあね?」
MWOを初めた最初のうちは、強いモンスターに立ち向かっていかなきゃならないことも多々あったけど、それでも1回戦ってキツイと思ったらなるべく近づかないようにするか、《隠蔽》スキルを使って戦いを避けるようにしてきた。
こんな風に、アイテムを限界まで使い込んで突き進むような連戦は、私にとって初めてだし、疲れて当然だと思う。
「仕方ないな、まあそろそろ良い時間ではあったし、次のエリアを覗いてみて、それが終わったら昼飯にするか」
「ああ、そういえばまだお昼も回ってなかったんだっけ……」
なんだか、既に普段丸一日プレイした時以上に疲れた気がする。
「ほら、竜也のやつに良い情報持って帰ってやるんだろ? もう少し頑張れ」
「それもそうだね、もうひと踏ん張り、いっちょやりますか」
お兄に発破をかけられて、私はふんっ、と気合を入れ直す。
竜君へのお土産話もそうだし、そうでなくても次のエリアを覗くだけなら大して手間でもないから、もうひと踏ん張りしてもいいと思うし。
そう考えて軽く了承したはいいけど、私はそのすぐ後に、この時の自分の判断を後悔するハメになった。
「なるほど、島の真ん中には遺跡があるのか、これはなんだか重要そうな匂いがプンプンするな、ミオ」
「そうだね。けどさお兄、そういう重要な施設って、守護者がいるのが定番だよね」
「おっ、ミオも大概ゲームのお約束ってのが分かってきたじゃないか」
「そりゃあだって……目の前でこうして出て来られちゃ、ねえ?」
分岐を曲がり、島の中央へ向かうこと少し。そこにあったのは、歴史の香り漂う遺跡だった。石で出来た朽ちかけの建造物が立ち並び、一種のストーンサークルみたいな感じになってるそこは、歴史のロマンを感じさせると同時にある種の寂寥感をかき立てる。
それ自体は別にいいんだけど、ストーンサークルの中心には、一際目立つ小さなピラミッドみたいな建造物があって、明らかに怪しいそこへ近づいてみると、まるでそれを守護する門番とでも言うかのように、突然目の前で無数の岩が組み上がり、1体のモンスターが出現した。
そのモンスターの名前は、ジャイアントロックゴーレム。胴体がドラム缶みたいに太く丸く、胸にあたる部分にはコアっぽい赤い宝石が埋まっていて、足が短い割に腕が不自然に長いけど、基本的に見た目は人型の範疇にある。
しかも、ヒュージスライムと同じように、遭遇すると同時に一瞬だけノイズが走るような感覚があったから、他のプレイヤーと隔離された専用エリアに切り替わったんだと思う。つまり、これはれっきとしたボス戦闘だから、死に戻るか倒す以外に、ここから出る手段はない。どうやら私達はお昼休憩前に、またとんでもない大物と戦うことになっちゃったみたい。
『シンリャクシャ、ハッケン。コレヨリハイジョシマス』
アイテムは残り僅か。見るからに堅そうなボスに対して、私もお兄も威力の高い攻撃手段はほとんど持ち合わせてない。
どう考えても相性の悪い敵を前に、私はただただ溜息を吐くしかなかった。
「よし、ミオやるぞ! ボス戦だ!」
その一方で、むしろ楽しそうに笑みを零すお兄は、喜々として鎧を装備し直し、槍と盾の完全装備で戦闘体勢に入った。
元気だなぁ、お兄。
「なんでボスが出てきたのにそんなに嬉しそうなの?」
「そりゃお前、ボス戦だぞ? 燃えるだろ、普通」
「いや、私には分かんない」
一方的に蹂躙しなきゃ嫌だなんてことは言わないけど、不利な状況を喜べるほど私はバトルジャンキーじゃないし。
まあ、私もこんな状況で無ければ、カッコイイゴーレムの姿を見れて眼福だと思ったかもしれないけど、流石に今から殺し合い(本当に死ぬわけじゃないけど)をする相手に見惚れるほど今は余裕がない。
「そうか? まあどっちでもいいや、構えろミオ、来るぞ!」
「分かってる。ライム、私のMP管理、任せたよ。フララは《風属性魔法》で援護お願い、ただ、撃ち過ぎないようにね。それから……《召喚》! 来て、ビート!」
とりあえず、いつもの感じで戦闘準備を整えるけど、さっきまでの戦闘で、お兄の《付与魔法》を使うために《MPポーション》だって結構な量を消費したから、フララの《風属性魔法》も状態異常系の鱗粉も乱発出来ないし、ビートだってあまり長時間召喚しっぱなしっていうわけにも行かない。かと言って、短期決戦を狙おうにも《大岩》がもう残ってないから、ライムを上空に運んで貰って行う落石攻撃だって使えない。
……あれ、私どうやって戦闘すればいいんだろう……
「《ヘイトアクション》! っと、ミオ、アイテムの残量いくつだ! 回復系だけでいいから教えてくれ!」
私が悩んでる間に、お兄はクレイゴーレムよりもなお巨大な、体長5m以上はありそうなジャイアントロックゴーレムの前にも臆することなく躍り出てアーツを使い、その拳を盾で受け止めて気を引きながら尋ねてくる。
その声に、少し呆然としたいた私ははっとなって、慌ててインベントリと、そこに連なった表示されるライムの《収納》スキルの中身を確認した。
「えーっと……《アンバーポーション》が3本、《HPポーション》が2本、《MPポーション》が3本、《ハニーポーション》が5本に《ミルキーポーション》が6本!」
「なんだ、割とまだ余裕あるな!」
「どこが!?」
こんな量、ライムなら1分と経たずに完食しちゃう程度の量でしかないよ!? 正直、普段はこれよりずっと大量に持ち歩いてるから、1桁しかないなんて不安しかないんだけど!
「とりあえず、まだしばらくは戦えるだろ? ならいいさ。というわけで、援護頼むわ。《ガードアップ》、《エンチャント・ディフェンス》!」
「もう、分かったよ。ほら、行くよお兄!」
とりあえず、《MPポーション》と《HPポーション》を1本ずつ取り出して投げつけ、お兄が攻撃を引き付けて耐えるために連発したアーツと魔法のMP消費分と、1発受け止めて減ったHPを回復させる。
あのジャイアントロックゴーレム、見た目に違わずやっぱりATKが高いのか、さっきまでブラックアリゲーターとサンダーイールの攻撃を鎧なしで受けてもさほど減ってなかったHPが、あっさりと4割近く削られてる。
私があの攻撃を受けたらどうなるかなんて、火を見るよりも明らかだ。
そんな想像をしてゾっとしながらも、お兄が気を引いてくれてるから大丈夫だと自分に言い聞かせて、私は自分の従魔達に指示を飛ばす。
「ビートは《突進》! フララは《トルネードブラスト》!」
「ビビ!」
「ピィ!」
ビートが素早く後ろに回り込むと、1発の弾丸のようなスピードでツノをジャイアントロックゴーレムへと突き立てる。そして、フララはお兄に当たらないように配慮してか、少しずれたところから、今使える最大魔法を叩きつけた。
ライムの落石攻撃が使えない今、文句なしに私達の最高の攻撃手段。けど、ジャイアントロックゴーレムはボスの名に恥じない耐久性を持ってるようで、本来ゴーレム種が苦手なはずの魔法攻撃も、そしてATK特化のビートの突撃も、目に見えるほどのダメージはなってないみたいだった。
「うーん、やっぱり厳しい……」
ビートの突進は、DEFが高い相手に使うと反射ダメージを受けちゃうし、フララの魔法もMP消費が結構激しいからあまり乱発出来ない。
いつもなら、ライムから供給される回復アイテムでそのデメリットを打ち消してるんだけど、今はそれも在庫が尽きかけてるし、その上しかもお兄の援護に回さなきゃならないことを思えば、緊急時以外は使ってられない。
「ミオ、大技は控えて、まずは弱点探れ! ゴリ押しじゃもたないぞ!」
「わ、分かった!」
減った2体のHPとMPを回復しつつ、お兄の指示を聞いて頷く。
弱点部位は、基本的にどんなモンスターにも、プレイヤーにさえ設定されていて、そこに攻撃を受ければクリティカルが発生し、ダメージが倍になる。
普段は狙っても当たらないからって気にもしてなかったけど、確かにこんな図体が大きくて、DEFは高いけど動きが鈍い相手なら、積極的に狙ったほうが良さそうだ。
「フララ、使う魔法は《エアショット》だけにして、全身万遍なく狙うように。ビートは《送還》!」
弱点を探るなら、少しでも消費を抑えて攻撃回数を稼がなきゃならないから、フララには大技を控えて、攻撃魔法の中では一番弱いのだけを使うように指示する。
そして、ビートは基本的に《突進》しか攻撃手段がないから、今は一旦召喚石に戻した上で、私は自分のスキルスロットを弄り直す。
名前:ミオ
職業:魔物使い Lv28
サブ職業:召喚術師 Lv17
HP:264/264
MP:203/315
ATK:96
DEF:132
AGI:131
INT:126
MIND:160
DEX:195
SP:17
スキル:《調教Lv32》《使役Lv31》《鞭Lv29》《召喚魔法Lv12》《料理Lv28》《敏捷強化Lv20》《投擲Lv28》《隠蔽Lv23》
控えスキル:《調合Lv33》《鍛冶Lv24》《採掘Lv21》《合成Lv22》《釣りLv10》《採取Lv34》《感知Lv26》
「よし、行くよ!」
スキルスロットを決定すると、私は腰から《バハムートの解体包丁》を抜いて、お兄が斬り結んでるジャイアントロックゴーレムの背後に周り、猛然と斬りかかる。
「やぁっ!!」
まずは小手調べとばかりに、特に狙いも付けずに斬りつけてみる。
ガキィン!! と硬質な音を響かせてあっさりと弾かれ、何のダメージにもならなかった。というかむしろ、私の手のほうが痺れたよ。痛……くはないけど、なんだか違和感がすごくて変な感じ。
「ミオ、何してんだ? お前ついに、《剣》スキルまで習得したのか?」
「違うよ、これ包丁だから、《料理》スキルで使えるの」
刃物全般、特に包丁系列にダメージ補正が乗る《料理》スキルだけど、その代わり攻撃用のアーツは一切習得できないから、戦闘で使うには全く向いてない。
一応、クリティカルヒット時にダメージを上昇させる効果があるらしいけど、それも本職の《剣》スキルのアーツによるダメージ補正には及ばないしね。
ただ、私の場合はそれに加えて、この解体包丁にも《クリティカルダメージ上昇》の効果があるから、普通に斬った時とクリティカルヒット時のダメージの差が歴然としてる分、こうやって実際に斬ってみて弱点を探るには、多分本職スキルよりもずっと向いてるはずだ。
それに、幸か不幸か私のATKが貧弱過ぎるお陰で、クリティカルでも出ない限り一切ダメージが通らないから、どれだけ斬ってもヘイトが私に移ることはないしね。《隠蔽》スキルがあれば猶更。
「ふーん、まあいいや、俺の方でも弱点は探るから、無理すんなよ! お前じゃ攻撃が掠っただけで死にかねないからな!」
「分かってるよ!」
お兄が正面から、盾でジャイアントロックゴーレムの拳を受け止めてる間に、私はフララと協力して弱点を探る。
岩と岩の関節部分、特に、大きな胴体を支える足の付け根なんかを狙ってみるけど、特にクリティカルが通った感覚はない。
「なら後は……」
正面にある、明らかに弱点っぽいコアの部分。お兄が槍で狙おうとはしてるけど、5mを超す巨体の上のほうにあるからか、上手く狙えていないみたい。
「よし、お兄、その場で踏ん張って!」
「ん? よくわかんねーけど分かった!」
ジャイアントロックゴーレムが、またその太く長い腕を振りかぶり、お兄に向けて叩きつける。
軽く地面が揺れるほどの衝撃がお兄を襲うけど、吹き飛ばされることもなく、お兄はその場に踏ん張って耐え、一瞬だけ両者共に動きが止まった。
「ありがとお兄!」
お礼代わりの《アンバーポーション》をお兄の後頭部にぶつけながら、私はその背に向けて跳び上がる。
「ぶっ!? おま、ぶつけるなら背中とかに……!?」
予想外の場所に浴びて驚いたのか、お兄が頭だけ振り返りながら文句を言うけど、その頃には私の足がお兄の背を踏みしめていたからか、お兄の目が驚きに見開かれたのが視界の端に映った。少しは自分の服装考えて行動しろとか聞こえた気がするけど、今はそんなことはどうでもいい。
「《アンカーズバインド》!!」
解体包丁を左手に、右手で鞭を持って、アーツでゴーレムの首を締め付ける。
ただの無機物の塊でしかないゴーレムにそんなことしても、窒息することもなければましてや動きを止めることもないけど、私はそれを確認するや否やお兄の背を蹴って宙に跳び上がった。
「てやぁーー!!」
《敏捷強化》によるAGIの補正に加えて、《アンカーズバインド》で固定された鞭を引っ張って距離を縮め、更にお兄を足場代わりに使ったことで、私はリアルではありえない、4m近い大跳躍を成し遂げた。
それによって、あからさまに目立つコアが、ちょうど目の前に来る。
「貰ったー!!」
そこへ向けて、左手に持った解体包丁を突き入れる。
利き腕じゃないし、器用に勢いを付けて振るような真似は出来ないけど、跳躍の勢いとスキルの補正を乗せた突きは見事にジャイアントロックゴーレムのコアっぽい部分に突き刺さり、確かな手応えと共にそのHPを削り取った。
「グオォ……!?」
「やった!!」
見た目からして分かってたことではあるけど、やっぱりこのコアが弱点だったらしい。通ったダメージ自体は私の貧弱なATKのせいで大したことはなかったけど、それが確信できたことで私は喜びの声を上げる。
けど、それは致命的な油断だった。
「ミオ、危ねえ!!」
「えっ……」
つい今しがたまで、お兄しか眼中に入れてなかったはずのジャイアントロックゴーレムの目が、確かに私を捉えた。
与えたダメージ量は、今の一撃じゃ全然大したことない。お兄が槍でチクチク刺してたのより少し多いくらいだし、それにお兄は《ヘイトアクション》のアーツまで使ってた。前にヒュージスライムと戦った時だって、お兄が与えたダメージよりよっぽど大量のダメージを受けない限り、お兄だけを付け狙うくらいには相手モンスターの気を引いてくれるアーツだったし、まさかこれだけで狙いが私に移るなんて、全く想像してなかった。
とは言え、想像してなかったからと言って、モンスターが攻撃を止めてくれるはずもなく。
未だ空中で身動きが取れない私目掛けて、ジャイアントロックゴーレムがその剛腕を振るった。
セー〇ームーンでも言われてましたけど、女の子キャラが飛んだり跳ねたりすると……ねえ?