第5話 現状把握と新たな目標
投稿4日目にしてようやくあらすじ分が回収されます。
ここまでは一気に投稿してもよかったかもしれませんね(;^ω^)
「澪だよな? 大丈夫か?」
「お、お兄……」
動画で散々見せられた、見るからに重そうな金属鎧に身を包んで、大きな盾と槍を持った重騎士、キラ。
βテストと同じアバターで来るのは知ってたけど、データ自体は引き継げないから、最初はレベル上げも兼ねて《西の森》で狩りをするって言ってたはずなんだけど。
それに何より、今のこの絶好の登場タイミング……
「もしかして、出るタイミング窺ってた?」
「ち、違うぞ!? 人の戦闘に介入するのはマナー違反だし、俺と違ってお前は結構見た目が違ってたから確証が持てなかっただけで……!」
「あー……」
確かに、髪の色をちょっと黒から茶色に変えただけのお兄と違って、私は髪型から髪と瞳の色、更に胸の大きさまで変えてて、ぱっと見じゃとても私だなんて気づけない感じになってる。この場合、むしろ後ろ姿だけで私だって気づいたお兄がすごい。
「まあいいや、助けてくれてありがと、お兄。それで、なんでこっちに? お兄は《西の森》に向かうって言ってなかった?」
「え? ああ、それはだな……澪がちゃんとゲーム進められてるか様子を見に来たんだよ」
この《東の森》が初心者向けのエリアなのはお兄から教えて貰った情報だし、そういうことならここに居てもおかしくないかな。
「けど澪、そのアバター……」
「な、何よ」
お兄の視線が、改めて私の体を上から下まで一瞥する。
そして、
「やっぱりお前、胸小さいの気にしあぶっ!?」
「うっさいバカお兄! ちょっと気分変えてみたかっただけだよ!」
手に持った蔓の鞭を操り、思いっきりお兄の顔面目掛けて叩きつける。
クラスメイトとかならまだしも、お兄にそう思われるのはなんだかものっすごい嫌だ。別に何か悪いことがあるわけじゃないのは分かってるけど、でもやっぱり嫌だ。
「ちょっ、おまっ、街の外だと武器での攻撃はプレイヤーにもダメージ判定あるんだぞ! これで死んだらPKだからな!?」
「お兄がバカなこと言うからでしょ!」
金属鎧に身を包んだお兄だけど、そこはこだわりなのか趣味なのか、頭だけはむき出しだから、そこをひっぱたけばこんな貧弱な武器でも普通にダメージが通る。
とはいえ、所詮はレベル1のスキルで、慣れてもいない武器を振り回してそう上手く打ち込めるわけもなく。2、3回叩いてもお兄のHPは1割程度しか削れてない。
「わ、悪かった、悪かったって! とりあえず落ちつけ!」
「全く……」
とはいえ、本気で怒ってるわけでもないのにこれ以上するのもなんだし、ひとまず鞭を引っ込める。
やれやれ、お兄は相変わらずデリカシーがないんだから。
「と、それはそうと、澪、フレンド登録しておこうぜ。アバターネームは?」
「ミオだよ」
「まんまかよ」
「お兄だって似たようなもんでしょ、晃だからキラって」
そんな風にお互いの名前のことであーだこーだと言いつつ、フレンド登録を済ませる。
フレンド情報には、プレイヤーネームと現在地、今就いてる職業と、そのレベルが記載されていて、お兄は思った通り、β時代と変わらず《戦士》。しかも、レベルは早くも5に達していた。
私、今のゴブリンでやっと経験値入ったところなんだけど……しかも、HP全く削ってなかったからか、レベル上がってないし。
まあ、廃ゲーマーなお兄と比べてもしょうがないか。
「それにしてもミオ、お前やっぱり《魔物使い》になったんだな。使役するモンスターはまだ決まってないのか? なんなら手伝ってもいいけど……」
「え? ああ、もうテイムは終わってるよ。今はちょっとゴブリンに倒されちゃったから……そろそろ呼べるかな?」
一度倒された使役モンスターは、復帰可能になるまではインベントリの中にいる。
それを確認すると、もう3分経ってライムは蘇生可能になっていたから、タップして呼び戻す。
「ゴブリンに……? まあ、レベル1で挑めばそんなことも……?」
首を傾げるお兄の前に、光が集まる。それが弾けると同時に、ぷるんっと中からライムが現れて、私の腕の中に納まった。
「ミニスライムのライムだよ、ほら、挨拶してー」
そう言うと、ライムはぷるるんっ! と、お兄に向けて存在をアピールするかのように体を揺らす。
「ん~! やっぱりライム可愛い~!」
その愛らしい仕草に、ぎゅっと抱きしめながらすりすりと頬擦りを重ねる。
そんな私達とは対照的に、なぜかお兄は呆然とこちらを見つめたまま口をあんぐりと開けて固まっていた。
「どうしたのお兄、ライムの可愛さを前にして羨ましくなっちゃった?」
「いや……そうか、ミニスライムか……お前、よりによってミニスライムを選んだか……」
「ミニスライムがどうかした?」
いつも、どっちかというと一言多いお兄が、物凄く言いづらそうにもごもごしてる姿に首を傾げる。
ライム……というより、ミニスライムそのものに対して口ごもるってことは、やっぱりそういうことなのかな……?
「一応俺も、始める前に少し調べてみたんだけどな。ミニスライムはな、ぶっちゃけテイマーが使役するモンスターとしては最弱だ。いや、ただ最弱なだけならまだいいけど、特に生産や採取で使えるスキルもないし、ぶっちゃけ使い道がない」
そんな私の予感は外れることなく、意を決したように開かれたお兄の口からは辛辣な評価が下される。
それくらいなら、まあ最初から予想出来たことだったけど、でも、お兄の話はまだ終わってなかった。
「しかも、ただ使えないだけじゃなくて、《悪食》スキルの効果でどんなアイテムでも食える代わりに、満腹度の減少が早くて、それなりの頻度でアイテムを与えてかなきゃならない。満腹度が0になるとHPが減っていっちまうから、与えないわけにもいかないしな。使役モンスターはアイテムを食べると経験値を得られるって言っても微々たるもんだし、餌代ばっかり嵩張ってく」
言われて、改めてライムのステータス画面を見てみれば、確かに緑色のHPゲージ、その下にある青色のMPゲージの更に下に、黄色のゲージがある。
これが何なのかよくわからなかったけど、満腹度だったんだ。それが、今は全体の9割くらいになってる。
ゲーム開始からまだ何も食べてない私を見れば、これも9割くらい。ライム、さっきあんなに食べたばっかりなのに……うん、確かに減るの早いなあ。
「その上だ。普通の使役モンスターはレベルが一定値に達すると進化出来るようになるんだけど、βテストの時にはミニスライムに進化先が見つからなかったらしい。レベル上限が20しかないのもあって、ただの大飯喰らいのペットって感じだったみたいだな」
ライムの体が、少しだけふにゃっと力なく垂れ下がる。
お兄に悪気がないのは分かってる。VRMMOが初めての私のために、わざわざ調べて来てくれたのも分かってる。
けど、こうして腕の中で落ち込んでいくライムを見てると、なんだか段々腹が立ってきた。
「お前が気に入ってるのは分かってるけどな、《調教》スキルでテイム出来る上限はまだ1体だけだろ? レベル10になればもう一枠増えるんだし、ひとまず今は《リリース》でそいつを逃がして、レベル上がるまでは他のモンスターを使役したらどうだ? 2体目からなら趣味に走っても戦えないわけじゃないし」
「やだ」
お兄からの提案を、私は速攻で否定した。
《リリース》は、《調教》スキルで使える2つのアーツの一つで、《テイム》がモンスターをペットにするのに対して、ペットを野に放つためのアーツ。
そんなのをライムに使うなんて、そんなことは絶対に嫌だ。
「そうは言うけど、《調教》スキルは《テイム》と《リリース》を繰り返すか、テイムしたモンスターのレベルを上げていくかしないと育たないぞ? ミニスライムは戦闘じゃ役に立たないし、同じパーティだったとしても戦闘での貢献度が低いとほとんど経験値が入らない。それでも、やるのか?」
「やるよ」
いつになく真面目に聞いてくるお兄に、私は一片の迷いなく答える。
ここでライムを見捨てるくらいなら、《MWO》をやめた方がマシだ。
「弱いとか役に立たないとか、そんなの勝手に決めつけないで。この子はこれから、私が強くする。他の誰にもバカにされないくらい、強い子にする! だって私、テイマーだもん!」
育てることが、テイマーの本懐。なら、弱いって言われたくらいで諦めてたら、そんなのテイマーである必要なんてない。
だから、私は強くなる。ライムと一緒に!
「……そうか。なら何も言わない」
ふっと笑い、お兄は槍と盾を持ち直す。
初心者の癖に生意気なこと言って、怒られるかと思ったけど、お兄の表情はむしろどこか嬉しそうだ。
「さて、この後はどうする? 何なら俺がお前にパワーレベリングしてやってもいいけど?」
「むっ、要らないよ。この子は私の手で育てるの!」
わざとらしく挑発的に提案してくるお兄に、むっと睨みながら否定の言葉を返す。
すると、お兄はついに我慢できなくなったかのように、声を上げて笑い出した。
「はははは! 分かった、そういうことなら頑張れ。けど、なんか困ったことがあったらいつでも言えよ、その時は力を貸してやる」
「わわっ!? もう、子供扱いして!」
いきなり私の頭をぐしゃぐしゃと撫で始めたお兄の手から慌てて離れ、私はもう一度、びしっと指を突きつける。
「見てなさいよ、絶対お兄よりすっごいプレイヤーになってやるんだから!」
「おう、楽しみにしてるよ」
くるっと踵を返して、お兄は街へ向かって歩いていく。
その後ろ姿をしばらくじっと見ていると、不意に腕の中で、ライムが暴れ始めた。
「わっ、わっ、どうしたのライム?」
少し腕を緩めると、ライムはぷるんっと跳ねて、私の胸元に飛び込んできた。
よくわからないけど、甘えたいのと……喜んでるのかな?
「えへへ……一緒に頑張ろうね、ライム。絶対、お兄や、他のライムのこと馬鹿にしてる人達を見返してやろう!」
ぷるんっ! と、一際強く揺れるライムを撫でながら、私は気合を入れ直す。
最初は、ただモンスターをモフモフ出来れば良いと思ってた私だったけど、今ではこうして目標も出来た。
私の初めてのVRMMOライフは、こうして始まった。