第48話 イベントの始まりと進化報告
クレイゴーレムに叩き潰された翌日。
MWOの初イベントだからと言って特に運営からの挨拶やら開催の宣言やらあるわけでもなく(ゲーム内でやってないだけで、公式サイトではデカデカと宣言されてたけど)、普通にログインした私は、代わり映えのしないコスタリカ村の風景にちょっと残念なような、ほっとしたような複雑な感慨を抱いた。
「いやー、街のほうはなんだかお祭り騒ぎみたいだっていうのに、嬢ちゃんはこんな日も精が出るね」
「いつもしてることだからねー。それにしても、お祭りって?」
ただ、やっぱり全く変化がないってわけでもないみたいで、最近は農家のおじさんのグリーンスライム討伐クエストに並んで毎日受けてる、牛舎小屋(マンムー小屋?)のおじさんによるマンムーの乳絞りクエストを受けたところ、いつもと違ってそんな話を振られた。
何の話かは分かってるけど、なんだかおじさんが自分で説明したそうに見えたから知らないフリをして聞いてみると、案の定というか、嬉しそうに教えてくれた。
「なんでも、今日から2週間、南の島への転移ゲートが開かれるそうだ。そこを開拓して王侯貴族のリゾート地にしたいとかで、参加した冒険者にはその働きに応じた報酬が出るんだとさ。若いのはみーんな一攫千金を狙って、朝から転移ゲートのあるグライセに向かったみたいだ」
「へ~、そうなんだ」
イベント中に手に入るチップで、終了時に景品が貰えることは知ってたけど、世界観としてはそういう設定だったんだ。まあ、知ったからどうなるってものでもないだろうけど。
そんな風に考えながら、私はマンムーの横にしゃがみ込んで、そのお腹の下に手を伸ばす。
乳絞りなんて、リアルでやった経験もないしどうすればいいのかよくわからなかったけど、聞きかじった知識と実際にやってみた反応とで、最近はもう、牛舎のおじさんから「俺より上手いな……自信無くすぜ……」なんてお墨付きまで貰った。流石に謙遜だと思うけど。
「今日もいつも通りでいいの?」
「おう、頼むぜ」
横で、同じように乳絞りをしているおじさんに確認しつつ、私も一緒になって絞っていく。
まずは根元を人差し指と親指で締め付けてから、指を上から下へ、順番に畳んで絞り出す。この時の力加減とペースが最初は分からなかったけど、とりあえずマンムーが気持ちよさそうな反応を返してくれるようにやってみると、良い感じに絞り出せることに気付いてからは早かった。今では、毎日ムーちゃんから絞ってアイテムを得てるフウちゃんより上手な自信はある。
「ありがとよ嬢ちゃん、今日も、採ってくれた量の半分は持ってっていいからよ」
「ありがとう、おじさん!」
5頭いるマンムーのうち3頭を絞ったところで、おじさんから声がかかってクエスト終了。採れたて新鮮な《ムームーミルク》がたくさん手に入った。
《MPポーション》のほうが《ミルキーポーション》よりもMPの回復量が多いから、回復アイテムとしての需要は私の中でも低くなってるけど、今でもフララが大好きだし、そうでなくても料理には結構使い道があるから、そういう理由で今でも欠かさず、この乳絞りクエストは毎日受けている。
それに、フウちゃんとこのムーちゃんとは色々あってあまり大っぴらにじゃれつけないけど、ここの子なら大人しくて、普通に触れ合えるしね。
「それで嬢ちゃん、この後はどうする? やっぱり街の方に向かうのかい?」
「うん、家のお兄と約束があるんだ」
お兄のガチプレイに付いて行けるかは分からないけど、出来る限りの準備はしたし、いっそレベリングの機会だとでも思って、気合入れて行かなきゃ。
「そうか……この村も、しばらくは若いのがいなくなって仕事にならねえから、みんなで集まって宴会でもするかって話になってたから、良かったら嬢ちゃんもと思ったんだけどな。そういうことなら仕方ねえか」
「あのおじさん、私未成年だから、宴会はちょっと」
「それもそうか、がははは」
じとーっと呆れた視線を向ければ、失敗失敗と大して気にした様子もなく笑って流される。
やれやれと溜息を吐きながらも、お兄との約束が無ければ、そっちに参加してみるのもアリだったかなと、ちょっとだけ残念に思った。
ていうか、そもそも若いのがいなくて仕事にならないからって言うけど、この村で若い人って言ったら、あの小さな宿屋の娘さんくらいしか見てない気がするんだけど。まさかあの子がいなくて仕事が捗らないなんて理由じゃないよね?
いや、流石にいくらなんでもそれはないか。宿屋の看板娘さんが冒険者に混じって南の島の開拓事業になんて参加するわけないし。
「まあ、また同じような集まりがあったら、その時は参加するよ。それじゃあおじさん、また明日!」
「おう、またな、嬢ちゃん! その時はこの村の上手い飯、たらふく食わせてやるぜ!」
おじさんに手を振りながら、私は村の中心にあるポータルに向かい、《グライセ》へと転移する。
一瞬の浮遊感の後、周りの景色が切り替わったのを肌で感じながら目を開けると、そこにはいつものグライセ中央広場があった。
ただし、背景が同じなだけで、その風景は昨日までとはまるで違っていたけど。
「うわっ、人多っ!?」
中央広場そのものは昨日までと変わっていなかったけど、そこにいる人の数は文字通り桁違いだった。
普段は方々のエリアに散ってレベリングやクエストに勤しんでるプレイヤー達が、この日のイベントのために集まって来てるんだから当然と言えば当然なんだけど。
「これでもまだマシなほうだろ、ここにいるのは大体が待ち合わせしてる連中で、ソロでイベント参加する奴はもう《スプラッシュアイランド》に行ってるだろうしな」
「あ、お兄」
MWOでは、初日以来初めて見る中央広場の人の多さに圧倒されていると、その人混みの中から見知った顔が出て来て、声をかけてきた。
もう一人くらい呼んでるものかと思っていたけど、特にお兄に連れ添ってる感じの人はいないみたい。
「こんな様子じゃ合流出来ないんじゃないかと思ったけど、出来てよかった」
一応お兄とは、グライセのポータル前で待ち合わせってことになってたけど、来て早々こんな様子じゃ、メッセージでやり取りして別の場所に集まらないとダメかと思ったんだけど、案外すんなり合流出来てほっと一息。
けど一方のお兄は、合流出来て当然だとばかりにふんすっと鼻を鳴らした。
「平気だよ、ずっとポータルで転移してくるやつの顔が見える位置に居たから、お前が来たらすぐ分かる」
「いや、さっきから割と結構な人数出入りしてるし、普通に見落とさない?」
「ミオなら分かるよ、目立つしな」
「え~? そうかな?」
確かに、リアルとは違って銀髪だし、胸が大きかったり全体的に美化されたビジュアルになってはいるけど、ファンタジーな世界観なだけに特段この見た目が珍しいってことはない。現に、今もポータルから、赤髪金髪白髪ピンク髪と、随分カラフルな頭をしたパーティが出現したし。
「これくらい普通だと思うけど?」
だから、そういうのを一通り見渡して、自分の装いを確認して、その上でお兄に反論するんだけど、お兄は分かってないなぁと言わんばかりに肩を竦めた。一々堂に入った仕草が絶妙にイラっと来る。
「大体ミニスライム連れてる時点でな……ってあれ、ミニスライムが何か銀色になってる!?」
「ふふん、驚いた? もう今のライムはただのライムじゃない、スーパーライムちゃんなんだよ!!」
「マジか!?」
我ながら何言ってるんだって感じの言い回しだけど、お兄はノリ良く大げさに驚いてくれる。
そんな茶番は置いておいて、ライムがちゃんとメタルスライムに進化したことと、その条件と思われることについて話した。
説明が終わると、お兄は1つ頷くと、私の頭にぽふっ、と手を置くなり、わしゃわしゃと撫で回し始めた。
「わっ、わっ、何するのさお兄!」
「いやあ、お前もついにそこまで来たんだなぁって、このゲーム始まった日のこと思い出してこう、感慨深くてなぁ」
「ああ、なるほど……」
ゲーム開始初日。ミニスライムをテイムして、お兄にダメ出しを喰らって、それでもって啖呵を切ったんだよね。
あの時の状況を思えば、確かに私自身よくここまでやって来れたなって思わなくもない。
「お前のスーパーなライムちゃんの力、楽しみにしてるぜ?」
「うん、ライムや他のみんなとの戦い、お兄に見せてあげる!」
そう言って笑えば、お兄もまた楽しみだと言わんばかりに笑みを浮かべる。
そして、「そう言えば何の話してたっけ」とお兄はふと首を捻り、そして思い出したとばかりにポンと手を打った。
「そうそう、お前、性格はともかく見た目は可愛いんだから、それで目立ってることくらい自覚しろ。性格はともかくな」
「なんで2回言ったのお兄」
そのせいで、見た目が可愛いって言われてるのに欠片ほども嬉しくないんだけど。
「そりゃそれくらい重大な減点ポイントだからだよ……って、だからちょっと待て、すぐに暴力に訴えようとすんな! だからお前見た目の割にモテないんだよ!」
「お兄にだけは言われたくないよ! このバカ兄貴!」
「ぐほぉ!?」
とりあえずいつものノリで正拳突きを放ったまではいいけど、今回は流石に人目に付き過ぎたみたいで、周りから「おっ、なんだなんだ痴話喧嘩か?」とか「いや、兄妹らしいよ? 仲いいねえ」とか「兄妹で禁断の恋……イイ」とか、なんだか余計な視線を集めちゃってるのが丸わかりだ。ていうか最後、誰が禁断の恋か。いくら彼氏いない歴=年齢だからって、実の兄に手を出すほど落ちぶれてないよ!!
「全くもう、お兄が余計なこと言うから悪目立ちしちゃったじゃん!」
「いや、今のは明らかに俺じゃなくてお前の暴力行為のせい……」
「うっさい! ほら、さっさと行くよお兄! キリキリ歩く!」
「うおお!? ちょい待て、分かった、分かったから! 自分で歩くから引きずるなっての!!」
私に殴られても、ステータス的には大してノックバックも起きてないだろうに、わざとらしく尻餅をついていたお兄の手を掴んで、そのまま引っ張っていく。
イベント中だけ開かれる転移ゲートから、その会場である《スプラッシュアイランド》に行けるっていう話だったけど、そのゲート自体はお兄に教えて貰わなくてもあっさり見つかった。
何せ、今もこの大量の人だかりの中から、そのゲートへ向けて人が流れて行ってるんだし。
「おいミオー、ミオ様ー!? 聞こえてますかー!?」
「分かったよ、けど、次やったらもっと凄いお仕置きするからそのつもりでいてよね。具体的には、お兄の部屋の本棚の裏に隠してある黒い本、学校に持ってってばら撒くから」
「勘弁してくださいお願いします」
私が手を離すと、すぐさまその場で土下座を始めるお兄。
ちなみに、お兄の部屋に隠されてる本っていうのは、大人の人が見るようなそっち系のじゃなくて、中学生がこっそりと書き溜めてる黒歴史なほうの本だ。
見られて恥ずかしいならさっさと捨てればいいのにって私は思うんだけど、「捨てる時に誰かに見られたら」だのなんだのと理由を付けて、全く捨てようとしないんだから良く分からない。まあ、そのお陰でこうして脅し文句に使えてるんだから、私としてはどっちでもいいんだけど。
「おい、こんなところで兄貴に土下座させてるぞあの子」
「可愛い顔しておっかね~」
「実はあの子、例の《死神》だったりして……?」
「いや、よく見ろ、あの子スライムと蝶のモンスター連れてるだろ? 死神の職業は《魔物使い》じゃないから、違うはずだ」
「そ、それもそうか」
……なんだか、余計に更なる注目を集めちゃった気がする。
それにしても……死神かぁ。
お兄から教えて貰った噂からして、私を助けてくれた子がそうなんだってことは、多分間違いないと思う。装備も大きな鎌に黒いローブと、むしろ自分からそう呼ばれようとしてるんじゃないかとすら思えるくらいだけど、でも、実際に対面した私には、あの子には死神なんて呼び名はどうにも似合わない気がしていた。
――どっちかと言うと、天使みたいな――
「ミオー? 急にどうした?」
「あ、ううん、なんでもない」
説教の途中で、急に物思いに耽り出した私を怪訝そうに見つめるお兄に気付いて、慌てて取り繕うように首を横に振る。
うん、これ以上はほんとに、長居は無用だ、早くイベントに行こう。
「ほら、反省したなら行くよ! 転移ゲートってあれでいいんだよね?」
「おう、あれでいいぞ。特に出入りに制限はないけど、推奨レベルは20以上だって話だ。ミオ、今のレベルは?」
「25は超えてる、大丈夫」
「ならいいな」
悪目立ちした今の状況から抜け出したいと思っていたのはお兄も一緒だったみたいで、そういう方向に話を持っていけば、すぐにそれに応じてくれる。
そんなお兄の態度に、よし、とわざと偉そうに腕を組んでから、お兄と一緒に転移ゲートへと足を向ける。
「それじゃあミオ、いっちょ行くか」
「うん!」
お兄と頷き合い、人の流れに乗ってゲートを潜る。
私の、そしてMWOの初めてのゲームイベントは、こうしてお兄と2人、いつも通りにやたらと騒がしく幕を開けた。




