第47話 召喚魔法と新しい仲間
午前中、手持ちのアイテムで作れるだけのアイテムを作った私は、午後一番に《北の山脈》にやって来た。
ライムの好物である《ライム合金》の素材集め……っていうのも1つの理由ではあるんだけど、それ以上に、1週間近く悩んだ末に決めた《召喚魔法》で呼び出すモンスターのお披露目と、その力試しにちょうどいい舞台としてここを選んだ。
「それじゃあ行くよ、ライムもフララも、仲良くしてあげてね?」
ちゃんとどういう子か見極めて、懐いて貰ってからテイムする《調教》と違って、《召喚魔法》は核石アイテムを使って呼べばそれがすぐさま使役モンスターになる。
だから、それがどんな種類のモンスターなのかは分かってても、どういう性格の子なのか、どういう雰囲気の子なのか、何が好きで何が嫌いか、そういう“個性”が呼んでみるまで何も分からない。
どんな子かなぁ、可愛い子がいいなぁ、カッコイイ子もいいなぁ、素直な良い子だといいけど、手のかかる子もそれはそれで捨てがたいし……
そんなことを頭の中で考えながら、私は《召喚魔法》のスキルを選んでスキルスロットに装備してから、インベントリから1つの核石アイテムを取り出して右の掌に載せ、左手には海杖オリンポスを持って掲げる。
「行くよ――《召喚》!!」
私のMPがガクっと減少し、手にした核石が光を放つ。
やがてそれが砕けると、光が私の手から飛び立って目の前に集まり、徐々に徐々に、その姿を現していく。
まず目に付いたのは、上下から飛び出た立派なツノ。
上は短めで、下は長く歪曲したそれは、樹の一本くらいは容易にへし折りそうなくらい力強く、六本の節足に支えられた体は黒光りする甲殻に覆われていて、生半可な攻撃は跳ね返しそうだ。
ギガビートル。《西の森》で何度も対峙して、何度も倒してきたその大きなカブトムシみたいなモンスターが、いつものように敵意を向けてくるでもなく、そこに佇んでいた。
「おおっ、やっぱりカッコイイ!」
いつもは姿を見るなり襲い掛かってくるし、うっかり攻撃を受けると1、2発で危険域までHPを削られるくらいATKが高いから、今は私のモンスターだって頭では分かっていても、ちょっぴり怖い。
そんな気持ちが表に出て、恐る恐る手を伸ばす私に、ギガビートルはじれったそうに自分から体を寄せてきた。
「わわっ! ……えへへ」
近づいたそのツノや体を優しく撫でてみると、ツルツルとした堅い感触がなかなか気持ちいい。
ライムや、特にフララは甘えん坊だけど、この子はどっちかというとしっかり者なようで、撫でてる間もそれ以上擦り寄って来たり、逆に嫌がって離れることもなく、私のしたいように撫でさせてくれてる。
実は甲殻越しだと触られてるかどうか分からなかったりするのかな? と一瞬思ったけど、頭の部分を撫でてあげるとリラックスしたように少しだけ脱力したから、全く感じないわけじゃないみたい。
「――――」
「ピィピィ~!」
ライムとフララも、それぞれのやり方で新しい仲間を歓迎してるようで、ライムはギガビートルの体に登って私と一緒にその体を触手で撫でて、フララはキラキラと光る綺麗な鱗粉を飛ばしながら、嬉しそうに空を舞っていた。
ふふふ、みんな仲良くなれそうでよかった。これなら明日からのイベントも安心だね。
「とりあえず、仲間になるんだし名前決めなきゃね。ギガビートルだから、んー……」
どうしようかな。カッコイイ系の子だし、名前もそうした方がいいのかもしれないけど、でもあまりカッコつけた名前だと可愛がる時にちょっと微妙だし、強さと愛嬌が同居したような名前を……
「……よし、決めた! あなたの名前は《ビート》! よろしくね、ビート」
名前:ビート
種族:ギガビートル
召喚コスト:15
HP:50/50
MP:25/25
ATK:110
DEF:70
AGI:100
INT:30
MIND:20
DEX:22
スキル:《突進Lv1》《飛翔Lv1》
「ビビビ」
短く、「分かった」とでも言うように鳴くと、嬉しそうに羽を震わせるビート。
さて、出来ればこのまま親睦を深めるためにピクニックとかしたいところだけど、明日まで時間もないし、早速ビートの力を見せて貰わなきゃ。
ステータスを見るに、召喚されたモンスターだからかレベルの表記はないし、DEFは高いけどHPが低くてあまり打たれ強さは求めない方が良さそうだけど、ATKは初期値としては私達の中でもダントツで高い。これは期待できそう。
「おっ、噂をすれば影だね」
言ってる傍から、山脈エリアの麓に1体のクレイゴーレムが出現する。
上のほうまで行くと、一撃加えれば勝手にバランスを崩して落ちていくから倒しやすいけど、まだ登ってすらいないこの場所だとその手は使えないから、本来のゴーレムらしい、硬くて丈夫でしぶとい存在としてプレイヤーに立ちはだかってくる。
とは言え、やっぱり動きは遅くて油断しなければ反撃を喰らいにくいし、丈夫な分ビートの攻撃力を測るにはちょうどいいサンドバッグだ。
「それじゃあビート、援護してあげるから、まずは一発攻撃してみて」
「ビビビ」
こくりと頷くと、ビートが羽を拡げて震わせながら、地面に足を付けたまま力を溜めるようにぐぐぐっと頭を低くする。
私達を見つけたクレイゴーレムが、一歩、また一歩と近づいてくる中、ビートはただ黙して動かず、限界までしなった弓のように力を溜め続けて――まるで一本の矢になったかのように、一直線にクレイゴーレムへと突っ込んでいった。
「――――」
無言のまま、近づいてくるビートに気付いて腕を振り上げようとするクレイゴーレム。
けど、それじゃああまりにも遅い。10メートルくらいあった距離を一瞬でゼロにしたビートのツノが、クレイゴーレムの無防備な胴体へと突き刺さる。
「――――!?」
いくら大きいと言っても、人よりも小さなビートの体。その一撃を受けた粘土の巨人は、ただの一撃で体が揺らぎ、一歩後ろへと後退した。
減ったHP量は1割弱。全体からすると少ないし、これより強力な攻撃手段を私も持ち合わせてはいるけど、ビートの場合はまだ、召喚したばかりで《合成》による強化も何もしていない、いわばレベル1の状態でこれだ。そう思うと、やっぱりこうしてプレイヤーの使役モンスターになっても、その高い攻撃力は健在みたい。
「うん、ありがとビート! 一旦戻ってきて!」
次の一撃のために空へ飛び上がっていくビートだったけど、流石にクレイゴーレムもビートを敵と認識したようで、もう迎撃態勢に入ってる。今突撃したら、流石に1回目みたいには上手くいかないかもしれない。
とりあえず、ビートの基礎スペックは分かったんだし、まずはそれでいい。
「ライム、フララ! ビートに気を取られてるうちに、トドメお願い!」
私が声を投げかけたのは、ビートが退避した空の、更に上。
ふらふらと、重い荷物を持っているかのように頼りなく飛ぶフララと、そうなってる原因。フララに触手でしがみついているライムが、ちょうどクレイゴーレムの真上に当たる場所で滞空していた。
そう、ビートが突撃する前、力を溜める体勢に入った時点で、私はフララに頼んで、ライムをクレイゴーレムの頭上へと運んで貰ったんだ。
そして、ライムの《収納》スキルの中には、以前ビートと同じギガビートル相手に試した攻撃手段、それがたっぷりと入っている。
「《大岩》、投下ー!!」
私がそう叫ぶと同時に、ライムの小さな体から、明らかにそれ以上の質量を持った巨大な岩が3つ、立て続けに投下される。
空中から投げ落とされた岩は、当然重力に引かれて真っ逆さまに落下し、ビートの挙動を警戒していたクレイゴーレムへと連続で叩きつけられる。
がくんっ、がくんっと、大岩が1つ激突する度にクレイゴーレムのHPは大きくその残量を減らしていき、最後の1つがその頭に直撃するや否や、その体はバラバラに砕け、HPが0になった。
「よしっ、ナイス連携~! ライム、フララ、ビートも、よく出来ました!」
戻ってきた3体のモンスター達に、いえーいっとハイタッチ……は出来ないから、代わりに順番に撫でてあげると、ライムとフララは嬉しそうに飛び跳ね、ビートは当然だとばかりに飛んだまま胸を張るような仕草をする。けど、ビートもやっぱり初陣が上手く行って嬉しいのか、さっきよりも若干私との距離が近づいていた。
「とりあえず、ビートの強さは分かったし……更に強くするためにも、《合成》行ってみようか。ビート、いい?」
召喚モンスターは、《召喚石》となった状態で他の《核石》アイテムを合成すると、召喚コストの上昇と引き換えに強くなる。
それをしてもいいか、確認するように問いかけると、ドンと来い、と言わんばかりに体を差し出してくれたから、それを軽くひと撫ですると、もう一度短杖を掲げる。
「じゃあ行くよ、《送還》!」
そう言うと、ビートの体が光に包まれ、私のインベントリに《ビートの召喚石》となって戻ってくる。
それをもう一度取り出して、私はこの時のために溜め込んだ核石の1つ……蜂型モンスターから採れた《キラービーの核石》を、ウキウキとした心持ちで取り出し、召喚石を持っているのとは別の手に握りしめる。
「行くよ、《合成》!!」
2つの掌を合わせて、スキル発動。
《キラービーの核石》が溶けるようにして《ビートの召喚石》に吸い込まれていく。
やがて、光が収まった後には、何事もなかったかのように元の状態と何も変わってない召喚石だけが残った。
けど、その詳細を見てみれば、確かに変わっていることが分かる。
名前:ビート
種族:ギガビートル
召喚コスト:16
HP:51/51
MP:25/25
ATK:112
DEF:70
AGI:102
INT:30
MIND:20
DEX:22
スキル:《突進Lv1》《飛翔Lv1》
「おおっ、ステータスちゃんと伸びてる」
さっきはテイマーとしての癖で、召喚してから確認してたけど、召喚石に入ったままでも確認出来たみたい。
それを見るに、ステータスはいくつかちょびちょびっと上がってるみたいだし、このまま繰り返せばかなりの強化になりそう。
「よし、じゃあどんどん行こう! 《合成》! 《合成》!」
したらしただけ強くなるのは知ってるから、持ってる核石を根こそぎ注ぎ込むつもりで、次から次へと《合成》していく。
ピカッ! ピカッ! と連続で光るのが面白いのか、フララは私の肩の上に留まってその光景をじっと見つめ、逆にライムは飽きたのか、近くに転がってる《石ころ》を収納して……食べて? 遊んでるみたい。
そんなこんなで、やがて、《合成》した数が10に達したところで、ビートのステータスに大きな変化が起こった。
「あ、《敏捷強化》スキルが増えた?」
《突進》と《飛翔》の2つしかなかったビートのスキル欄に、新しく《敏捷強化》スキルが追加されたのに加えて、それまでは2個合成して1つ増えるかどうかくらいだった召喚コストが一気に上がって、30になった。
確か、一定数同じ核石を合成するとスキルが増えて、増えたスキルに応じてコストが一気に増加するんだっけ。
一応、この辺りの情報も事前に調べてはあったけど、私は確認のためにもう一つ、《ゴブリンの核石》も次々合成してみる。すると、やっぱり途中で《手先強化》スキルを覚えて、召喚コストが一段と上がった。
「なら、同じモンスターだとどうなるんだろう」
出来ればビートには、うちのパーティに不足しがちな攻撃役になって欲しいから、出来るだけATKを上げたいんだよね。
そういう意味でも、同じ種族である《ギガビートルの核石》を合成したら、元々長所だったATKを更に伸ばせるスキルを得られるかもしれない。
そう思って、どんどん《合成》してみるけど……今度は、いくつ合成しても特に新しいスキルを覚えることはなかった。
「この辺りはなんだっけ、もう覚えてるスキルには影響ないんだったかな」
自分で調べた知識と、実際に起きたことを照らし合わせながら、そのままいくつもの核石アイテムを《合成》していく。
プレイヤーでもモンスターでも、スキルは多いに越したことはないし、ステータスもよっぽど見当外れな……それこそ、物理攻撃が得意なビートのINTを上げるとか、そんなことをしない限りは、高ければ高いほど良いはず。
そう思って、魔法攻撃と関係ない、《西の森》や《北の山脈》で獲れる、虫やゴーレムなんかの核石アイテムをどんどん《合成》で混ぜてみる。
《合成》する度、目に見える形でどんどん上がっていくステータスに、思わず顔がにやける。このまま《合成》を続ければ、ビートが昆虫界最強のモンスターになるのも夢じゃないかもしれない。
そんな風に、強化したらしただけ召喚コストが上がっていくのも忘れて《合成》し続けていると、不意に《感知》スキルに反応があった。
夢中で《合成》を続けていた私はそれに気付くのが遅れて、ライム達に注意を促すよりも早く、さっきと同じように地面を砕きながら、クレイゴーレムが1体現れた。
「――――!」
「あ、ライム!」
ちょうどその地点で、見つけた石ころをもぐもぐしていたライムが出現に巻き込まれ、ゴロゴロと転がって地面に落ちる。
本当にただ落ちただけで、ダメージも何もないみたいだけど……ライムの遊びの邪魔をするなんて、今のはちょっと、私もカチンと来たよ!
「よし、それじゃあ早速、強化した力を見せて、ビート、《召喚》!!」
ちょうど掌にあった《ビートの召喚石》を頭上に掲げて、手に持った杖を向けることで《召喚魔法》がその中にいるビートをこの場に呼び出す。
「……あれ、ビート、なんだか見た目変わった?」
「ビビ?」
元々、ツノが上下から伸びてたけど、それがやたら鋭い槍みたいになってるし、下が長く上は短かったのが、今はどっちも長い、ヘラクレスオオカブトみたいな感じになってる。
それと、前足の形が二つの鉤爪が伸びたみたいな形から、鳥みたいな少し変わった五本爪に変わってる。
うーん、これも《合成》した影響? けどまあ、考えてもしょうがないか。
「やっちゃえ、ビート!」
「ビビビ!」
気を取り直して指示を出すと、ビートがぐぐっと力を溜め、さっきと同じようにクレイゴーレム目掛け突撃する。
スキルの補正、それから、この時のために溜め続けてきた核石によるステータス強化で、今なら多分、ライムとフララの《大岩》を使った落石攻撃よりも強烈なダメージを与えてくれるはず。
そう信じる私に応えるべく、ビートは一直線にクレイゴーレムへと突っ込んでいき――
「……はい?」
当たる直前、その体が光に包まれ消えていった。
「えっ、なんで!?」
まさか倒された!? でも、クレイゴーレムの間合いまでまだ距離があったし、あそこから攻撃なんて……まさか、未知のスキルが!? なんて、あるわけないし、でも、この場に他のモンスターもいない。
じゃあどうして……っていうと、よくよく考えてみたら、倒されたにしては消える演出が違うような? ポリゴン片が撒き散らされるあれじゃなくて、光に包まれて消えていくあの感じ、まるで、《召喚魔法》で出したり消したりした時のような……って、あっ。
「そういえば、MP! さっきから回復もせずにずっとそのままだった」
《召喚魔法》で呼ばれたモンスターは、《調教》スキルでテイムしたモンスターと違って、出しているだけでもMPを消費し続ける。だから、消費するMPが無くなれば、召喚したモンスターがいなくなるのは当然のことだった。
しかも、直前に1戦してた上、その後連続して《合成》したことによるMP消費と、それで強化された結果膨れ上がったビートの召喚コスト及び、維持コストによるMP消費。
それらが重なれば、いくら《海杖オリンポス》でMPがかなり多くなった今であっても、底を突くのは当たり前のことだった。
「なんだそういうことか、びっくりしたあ」
理由が分かればなんてことない、私のMP管理ミス。今まで、MPを使う攻撃はアーツくらいで、それにしても消費量より自然回復量の方が多いくらいだったから、全然気にしてなかった。
次からは、ビートを出す時は気を付けよう……そう結論付けた私だったけど、そもそも私は、MP管理もそうだけど、もう一つミスをしていた。
「……ん?」
私の視界に、影が差す。
なんだろう? と思って顔を上げれば、そこにはたった今、ビートを突撃させようとして失敗したクレイゴーレムが、私に向けてその大きな拳を振りかぶっているところだった。
「……今日はいい天気だねー、あはははー……」
……クレイゴーレムとの戦闘中だったこと、すっかり忘れてたぁーー!!
そう心の中で叫ぶも、もう時すでに遅し。振り下ろされた拳によって、私のHPはあっさりと0になり、久しぶりの死に戻りをするハメになった。
教訓。反省会は、ちゃんと安全な場所を確保してからやりましょう。