第45話 朝ご飯といつもの光景
一瞬の浮遊感の後、私の意識はMWOの中にログインする。
最初は中々慣れなかった感覚だけど、最近ではもうすっかり慣れて、私がインすると同時に召喚される2体の使役モンスター達をすぐさま抱きしめられるくらいになってる。
「ライム、フララ、おはよ~!」
ライムをぎゅ~っと、フララをふわっと抱きしめながら撫でまわし、めいっぱい可愛がる。
うんうん、今日も2体とも元気そうでよかった。
そう思いながら、私のログインポイントである物置小屋、もといホームの中から外に出ると、未だに何を植えようか迷っているせいで雑草くらいしか生えてない私の庭に、デンっと鎮座するゾウ型モンスター、マンムーと、その体に寝そべってゴロゴロしている、緑色の髪が特徴的な私の後輩テイマー、フウちゃんが出迎えてくれた。
「あ~、先輩、おはようございます~」
「おはよー……っていうか、最近もう突っ込むのも面倒になってきたけど、なんでいつも私より早くここに居るの? フウちゃん」
「まあまあ~、細かいことは気にしない気にしない~」
ジトーっとした目で軽く睨んではみるけれど、私が本気で嫌がってるわけじゃないってことを知ってるからか、どこ吹く風とばかりに聞き流すフウちゃん。
まあ、リアルの学校でも、割といつもこんなやり取りしてるし、慣れられただけかもしれないけど……やれやれ。
「それより先輩~、明日からイベントなのは知ってますよね~?」
「うん、知ってるけど?」
実はさっきお兄から聞くまで知らなかったけど、そんなことはおくびにも出さずそう言うと、フウちゃんはうんうんと頷く。
「私とパーティ組んで貰えませんか~?」
「パーティを?」
フウちゃんからされた予想外の提案に、私は思わず目を見開く。
こう言ったらなんだけど、フウちゃんっていつインしてもいつ狩り場から帰って来てもここにいるから、てっきり私と違って本当にムーちゃんともふもふダラダラ出来ればそれでいいのかと思ってた。
「はい、普段ならともかく、流石にイベントをソロでは厳しいでしょうからね~、かと言って、野良パーティじゃ相手に気を使ったり、ペース合わせたりしなきゃならないんで面倒ですし~、その点先輩なら、わがまま言っても聞いてくれますし、大抵のことは笑って済ませてくれますし、楽出来そうだな~と」
「いや、私だって私のペースとかあるからね? あんまりぐうたらしてると置いてくよ?」
「そんなこと言いながらも、ちゃんと面倒見てくれる先輩好きですよ~、私と結婚して、一生養ってください~」
「こんな手のかかる婚約者いりません」
「ぶ~ぶ~、先輩のいけず~」
全くこの子は……見た目は凄く可愛いし、無防備に寝てる姿は、見てるこっちまでほっこりさせてくれるような癒しのオーラを放ってるんだけど、如何せんものぐさ過ぎるその性格のせいか、周囲に男っ気が全くないんだよね。
まあ、今はまだ中一だし、近いうちに告白の1つでもされるかもしれないけど。
「それに、私初日はお兄とイベントやることになってるんだよね。フウちゃん一緒に来る?」
「うげげ~、先輩のお兄さんって、確かガチゲーマーだっていつも言ってた人ですよね~? ちょっとついて行けなさそうなので、2日目以降でお願いします~」
「そう言うと思った。まあ、私もイベント中ずっとお兄のペースに合わせるなんて無理だし、それなりに一緒にやれると思うよ」
「わ~い、先輩大好きです~」
「やれやれ」
ゴロゴロしたままぽわぽわとした笑顔を浮かべるフウちゃんの頭を撫でてあげると、その表情がふにゃあ、と更に緩む。
今にも溶け落ちそうなくらいゆるゆるの顔がおかしくて、そのほっぺをツンツンとつついてみる。もちもちのほっぺが柔らかくて気持ちいい。
「あ、けどフウちゃん、場合によっては他の人も呼ぶかもしれないけど、大丈夫? そんなにガチプレイヤーってわけじゃないと思うから、そういう意味では平気だと思うけど」
「あ~、イベント中でも時々休憩がてら、まったりお茶できるくらい心に余裕がある人なら誰でも~。具体的には、今回のイベント南の島らしいですから、一度は浜辺でビーチパラソル差して、ゆっくり寝てみたいですね~」
「フウちゃんらしいね……分かった、聞いてみる。けど、いくら南の島って言っても、モンスターが出て来るような場所だし、そんなまったりできる浜辺あるのかな?」
少なくとも、今朝お兄と一緒に見たイベントのPVでは、浜辺って軒並みモンスターパラダイス状態だったけど……
「……なかったら、運営にクレーム入れます~」
「そこまで!?」
幽鬼のようにフラリと体を起こして、フフフフフと不気味な笑顔を浮かべるフウちゃんの様子に、若干引きつつもどうどうと宥めにかかる。
うーん、フウちゃんのダラダラに対する執着がここまで強いとは……明日、お兄とやる時にそれとなく探しておかないと。
「まあそれはそれとして~……先輩、お腹空きました~、ご飯ください~」
不気味な笑顔から一転、無邪気なおねだりをするフウちゃんに、がっくりと肩を落とす。
もし本当にお腹が空いてるなら、それはリアルの体が空腹を訴えてるってことだからここで食べても意味がないし、ゲーム的な空腹なら別に私が作らなくてもどうにでもなると思うんだけど……
「偶には自分で作ろうとか、そういうのはないの?」
「先輩がいない時はそうしてますよ~? けど、せっかくゲームの中ではカロリーもお腹の容量も気にせず食べ放題なんですから、いっぱい食べなきゃ損ですよ~」
「えぇぇ……」
いくら食べてもお腹いっぱいになれないって、ちょっと虚しい気がするんだけど、フウちゃん的には際限なく美味しい物を食べ続けられるボーナスステージ状態らしい。
「あまりにも食べまくってたら、習得済みのスキル一覧に《暴食》スキルが追加されてました~。まあ、効果は食事後一定時間、AGIが微減する代わりに他の全ステータスが微増っていう、オマケみたいなやつでしたけど~」
「えぇぇ!? そんな方法で新しいスキル習得できるの!? ……って、そういえばライムも、《麻痺ポーション》食べまくってたら《麻痺耐性》スキル習得したんだった……」
あれ、モンスターだけの話かと思ってたけど、プレイヤーもなんだね。
なんて1人納得していたら、フウちゃんが私をじとーっとした目で非難がましく見つめていた。
「先輩……いくらスキルのためでも、毒物をモンスターに食べさせるのは、動物虐待だと思いますよ~……」
「いや、違うから!! ライムが《麻痺ポーション》大好きなだけだから!! ね? ライム」
「――――」
慌てて釈明しつつ、ライムに話を振ってみれば、ぷるんっと体を揺らして肯定の返事をくれる。
ふぅ、やれやれ、私が動物虐待なんてするわけないのに、失礼しちゃうよ。
「先輩~、安心しているところ悪いんですけど、私にはライムちゃんが頷いたのか首を振ったのか、それすらさっぱり分からないので、やっぱりギルティです~」
「えー!? 横暴だ! モンスターにも人権を!」
「ピィピィ!」
「分からない以上仕方ないと思うんですよ~」
意味が分かってるのか分かってないのか、私に釣られてフララも一緒に小さな手を振り上げ抗議してくれる。
ライムに比べると、大分分かりやすい感情表現をしてるフララなら何を言っているのか分かるはず、と思ったら、「怒ってるのか楽しんでるのかくらいは分かるけど、やっぱり何を言ってるかは分からないから証拠不十分」とのこと。解せぬ。
「そういうわけで、先輩はお詫びとして、私やムーちゃん、ライムちゃん達にご飯を用意するべきだと思います~」
「ちょっと待ってその流れはおかしくない!?」
「ピィピィ!」
「――!」
「ちょっ、ライムとフララまで!?」
基本的に私の味方だった2体も、ご飯を用意するべきだというフウちゃんの要望には賛成なのか、一転して私におねだりし始めた。
ムーちゃんも、ご飯と聞いては黙っていられないのか、のっそりと起き上がって飯くれアピールをし始める。
ああもう、仕方ないなぁ。
「分かった、今から作るから、フウちゃんはライムとフララの遊び相手になってあげて」
「了解です~」
元気良く……とは行かないけど、やっぱり動物のお世話は好きなのか、のほほんとした表情の中にも嬉しそうな笑みを浮かべながら、フウちゃんは私にいつものようにお食事代を出すと、ライムとフララを腕の中に招き入れ、そのままムーちゃんを寝そべらせた上で、自分もその上に寝そべって2人をもふもふと愛でていた。何その幸せ空間、私もやりたい。
若干の嫉妬を抱きつつも、みんなが私のご飯を待ってくれてるのも事実だし、ここはぐっと堪えて、インベントリから調理セットを取り出して、早速料理に取り掛かる。
「うーん、近いうち、私のホームに設置型のキッチン作ろうかなぁ」
フウちゃん、ムーちゃん、ライム、フララのメンバーは割といつも通りと言えばそうなんだけど、体の大きさ以前にそもそも種族からして違うこの1人と3体の口とお腹を満足させる物を作るのは中々骨が折れる。
まず、フララは甘い物が好きで、あの体だからスープとか飲み物系じゃないとダメだろうし、ムーちゃんはガッツリ食べられる肉料理とかが好き。ライムは基本的に何でも美味しく食べてくれるんだけど、これが結構グルメだから、ちょっとでも手を抜くとすぐにバレる。
かと言って、気に入って貰えた物を毎日作ればいいかっていうと……食材アイテムの消費が偏って無駄が多いし、何より一緒に食べる私やフウちゃんも流石に飽きる。
そうなってくると、私のレパートリー勝負になるんだけど、どこにでも持ち運べる《携帯料理セット》では、基本的に鍋で煮るか、直火で焼くか、切ったのを生で食べるかくらいしかないから、どうしても作れる料理が限られるんだよね。
電子レンジみたいなのは世界観ぶち壊しだからないにしても、フライパンとオーブンとキッチンくらいは欲しい。
ただ、そのためにはまず、物置小屋でしかないホームを、ちゃんと人が住める程度の規模まで拡張しなきゃいけないんだよね……
そんなことを考えている間も手は動き続け、調理していく。
今日のメニューは、クリームシチュー。《西の森》で採れる野草や木の実と、最近通い始めた《南の湿地》エリアで狩れるジャイアントトードっていうカエル型モンスターの肉を団子状にした物を投入した5つの鍋を、《コスタリカ村》のクエストで得た《ムームーミルク》でそれぞれグツグツ煮ると完成する。
カエル肉って最初は抵抗があったんだけど、ゲームなんだから最悪でも死にはしないってことで食べてみたら、これが意外と美味しいんだよね。それまでハウンドウルフの肉ばっかり食べてたから、新しい肉アイテムが手に入ったのは本当に助かった。
実はそれ以上に、マンムーから採れるお肉が一番美味しいって噂なんだけど……流石に、共食いさせるのはアレだから私は使わない。ライムが味をしめて、ムーちゃん見る度涎垂らすようになったら色々アウトだし。
「はい、みんな出来たよ~!」
そんなこんなで、クリームシチューを鍋で5つ分作ったところで、のんびりとライム達と戯れるフウちゃんに声をかけた。
え? 量が多いって? この食いしん坊達の前ではこれでもちょっとセーブしてるくらいだよ。
「ピィ!」
「――!」
「お~! さすがゲーム内料理、出来るの早いですね~」
私の呼びかけに応えてフウちゃんが体を起こすと、フララが飛び立って一目散に私のところへやってきて、その後をライムがぴょんぴょんと跳ねながら追いかけてくる。
フウちゃんとムーちゃんは、似た物同士ということなのか、のそのそとゆっくり這うようにして近づいてくるけど、その顔は私の前にある料理に釘付けで、すっ飛んできた2体に負けず劣らず、楽しみにしていてくれたのが窺えた。
「手順思いっきり簡略化されてるからね。フウちゃんもスキル取ってやってみたら?」
「せっかく先輩がスキル上げてくれてるので、私はご随伴に預かるだけにしておきます~、自分と、ムーちゃんのレベリングだけでも手一杯ですし~」
「あ、一応レベリングしてるんだ……」
意外そうなのを隠しもせずにそう言うと、フウちゃんは心外だとばかりにぷく~っと頬を膨らませる。うん、可愛い。
「これでもゲーマーの端くれですからね~、上位ランカーとか、攻略組とか、そういう人達のペースについて行けないだけで、私だってそれなりにやり込みますよ~?」
「いやだって、私がホームに来る時、絶対いるからさ。レベリングする暇があるのかなって」
「フレンドの現在地を見てれば、先輩がいつ頃帰って来るかは大体想像つきますからね~、それに合わせて早めに動いてるだけですよ~」
「何それストーカー。というか、そういう時だけ迅速だよね、フウちゃん」
いっつもダラダラしてるけど、より楽をするためなら誰よりも早くから行動するのはフウちゃんらしい。
ちなみに、早くから動き出すっていうだけで、動きそのものはゆっくりだから結果的にそこまで違和感が生まれないのもフウちゃんクオリティ。
「えへへ、それほどでもないですよ~」
「褒めたわけじゃないんだけど。まあ、それより、早く食べないと冷めちゃうよ?」
実際には、ちゃんと食べ終わるまで冷めることはないんだけど、そこは気分だ。
それに、ムーちゃんやライムは早く食べたいのか、自分の分の鍋を既に確保してるし。
「おっと、それもそうですね~、先輩、私の分ください~」
「はいはい」
鍋5つのうち4つは、ライムとムーちゃんの分。残る1つから、私とフウちゃんの分をよそった後、フララの分として入った具を避けてシチューだけをよそう。
後は、私達プレイヤーのお茶代わりに《初心者用劣化HPポーション》と、モンスター達のデザート代わりにお気に入りの《ハニーポーション》を用意してあげたら、早速みんなで手を合わせる。と言っても、ライムは触手でそれっぽくしてるだけだし、フララは手が小さすぎて掌(?)を合わせるには届かず、ムーちゃんに至っては四足歩行だからそんな器用な真似は出来ないけど、そこは気分だけでも一緒にやってくれたらいい。
「それじゃ、いただきまーす!」
「いただきま~す、です~」
「ピィピー!」
「――!」
「ムオ~!」
お兄と食べたのと合わせて、本日二度目の朝食の挨拶を済ませ、各々思い思いに食べ始める。
ムーちゃんはその長い鼻をちゃぷんと鍋の中に入れ、多少の固形物なんて関係ないとばかりにバキュームしてから口に放り込み、一方のフララも、その小さなストローみたいな口をお皿に挿して、ちゅうちゅうと少しずつ吸い上げてる。似た食べ方だけど、豪快なムーちゃんとは打って変わってこちらは可愛らしい。
ちなみに、ライムは体ごと鍋の中にダイブして、まるで具材の一部になったかのようにぷかぷかと浮かびながら、みるみるうちに吸収していってる。うん、食べ方が独特過ぎて、怒ればいいのか感心すればいいのかよく分からない。
「ん~、やっぱり先輩の作るご飯は美味しいですね~」
そんなモンスター達を尻目に、私達は普通にスプーンでパクパクとお食事中。
ほわほわと幸せそうなフウちゃんの顔を見てると、あれだけ文句を言ってたのがバカらしくなるくらい、作って良かったなと思えるから不思議だ。
ある意味、それこそがフウちゃんの目論見通りなのかもしれないけど、この笑顔を見てるとそれもどうでもよくなってくるから仕方ないよね。
「ありがとフウちゃん。何なら今度、リアルでも作ってあげようか?」
「え? いいんですか~? ぜひお願いします~!」
いつにも増してキラキラした瞳でお礼を言われ、釣られて笑顔になりながら、私は自分の分のシチューをスプーンで掬って、フウちゃんの方に持っていく。
「はいフウちゃん、あーん」
「ん~、あ~ん……」
私が差し出したそれを、ぱくりと咥えるフウちゃん。
むぐむぐと少し咀嚼してスプーンから口を離し、ごくんと呑み込むと、また笑顔を零しながら一言。
「ん~、美味しいですね~、先輩に食べさせて貰えるとなお美味しいです~」
「うん、なんだか百合っぽいセリフだけど、単に楽出来ていいなーって思ってるだけだよね?」
「あはは、バレましたか~」
大して残念がることもなくそう言うと、今度はフウちゃんのほうからスプーンを差し出してくる。
「じゃあお返しに、今度は先輩の番ですよ~、あ~ん」
「あーん」
逆らうこともなくパクリと食べれば、クリームシチューの優しいまろやかな味わいが口の中に広がり、一緒に口の中に入った野草の苦味を中和して食べやすくしてくれる。
さらに、肉団子の方は鶏肉っぽいというリアルのカエル肉の評価を彼方に投げ飛ばす、市販の肉団子のような食感と味わいで、中々に美味しい。
「うん、75点」
「むう、先輩、私に食べさせて貰ったんですから、その補正はないんですか~?」
「そういう補正は恋人同士でかかるものだからね、ないよ」
「ぶ~、先輩のケチ~」
さっきと違って、わざとらしく頬を膨らませるフウちゃんをつついて遊ぶ一方で、そんな私達を気にすることなく、思い思いのペースで食事を進めるモンスター達。
最近では日常になりつつあるそんなやり取りをしながら、夏の朝のひと時は過ぎ去っていった。