第39話 ライム合金と情報の価値
感想欄でたくさんご指摘いただきまして、態々悪いところを伝えてくれる方が居るほどにちゃんと読んで貰えているんだなぁとしみじみ思う今日この頃。
これからも少しでもより良い作品にしていけたらと思いますので、どうぞよろしくお願いします!
大混乱の末に、なんとか落ち着きを取り戻したウルは、ようやく私が作った合金だと納得してくれたみたいで、《北の山脈》に行く予定をキャンセルして改めてテーブルに向き合って腰かけた。
「それで、どうやって作ったのこれ? 誰かに教わったりした?」
混乱しながらも、片時も手放さなかったそれからようやく手を離し、テーブルの上にゴトっと置かれる。
その無駄に丁重な扱いに苦笑が漏れそうになるけど、なんでもライム合金は、これまでMWO内で鍛冶師たちが検証を重ねて作ってきた、どの合金インゴットよりも武器にした時の性能が高かったらしくて、とても粗雑な扱いが出来る代物じゃないらしい。私としては、ライムの好物で投げナイフを作るための素材でしかないんだけど。
だから、どうやって作ったって言われても……そんなに特別なことをしたわけじゃないんだけど……
「ライムに一通り味見して貰って、ライムが好きな組み合わせを探してみただけだよ?」
「味見、味見か……ちょっと、鉱石は私が持ってる予備のを出すから、その流れをやってみせてくれない? ちゃんとその分お礼はするからさ」
私としては、別にそれくらい無償でも構わないと思ったから、軽い気持ちで「いいよ」と答えると、ウルはインベントリからゴロゴロと、色んな鉱石を取り出しテーブルの上に転がり出る。
鉄鉱石、銅鉱石、クリアライト鉱石、マナタイト鉱石と、私も使った鉱石類が所狭しと並べられたそれは思わず「おお……」と感嘆の息が漏れるくらいだったけど、それでも新しい合金の作成をするには少ないくらいらしい。
私がやった時、こんなに使わなかったんだけどなぁ。
「まあ、特に変わったことはしてないよ? こうやって、ライムに1つずつ食べさせてー」
私が1つずつ、鉱石をライムに食べさせるたび、ぷるぷると小さく揺れるライム。
そして、4種類全部食べさせたところで、ウルのほうに向きなおる。
「ほら、こうやってライムの反応見れば、まずどの鉱石がライムのお気に入りか分かるでしょ?」
そう言うと、ウルはなぜかぽかーんとしたまま固まっていた。
うん? どうしたんだろ?
「いや、今のどこにお気に入りが分かる要素があったの?」
「え? どこってほら、ライムの反応。違ったでしょ?」
「全然わからなかったんだけど……」
「えぇ? じゃあ、これはどう?」
違いが小さくて分からなかったのかな? と思って、試しにインゴットにしてみる。
1つは、ライムが割と気に入ってたマナタイト鉱石と鉄鉱石の組み合わせを4:2の比率で、それから、逆に一番不評だったクリアライト鉱石とマナタイト鉱石、5:1の組み合わせでそれぞれ合金を作り、ライムに食べて貰う。
「はい、あーん」
どっちも1度食べたことがあって、しかも作ってる最中もじーっと見てたんだから、どっちが美味しいインゴットかなんてことはライムも分かってる。
だったら、不味いほうのインゴットは食べたがらないのが普通だろうけど、ライムの場合はあまり喜ばないだけで美味しくなくても大抵の物はモグモグ食べてくれるから、いつでも新鮮な反応を見ることが出来る。
そういうわけで、私にとっては結構分かりやすく、美味しそうな反応と、そうでもない反応を返してくれたんだけど……
「うん、やっぱり全然分からない」
どれだけじっくり見ていても、ウルにはさっぱり分からないみたい。
あれ? おかしいな、もしかして《魔物使い》の職業に就いてないと分からない違いとかがシステム的にあるとか? いや、そんなことないよね?
「ミオの目はどうなってるの? 実は私と別の世界が見えてる?」
「いや、私の目にもウルと同じ世界が映ってるはずなんだけど」
ほんとなんでだろう? 生まれつきそう言う違いは見れば分かってたから、どこを見ればいいのかって聞かれても見れば分かるとしか答えられないんだよね……フウちゃんにも、学校で似たようなこと言われたばっかりだし。
「それで、そんな風に食べさせながら検証して、一番ライムが気に入った組み合わせがこのライム合金ってこと?」
「うん。まだ手持ちの6種類の鉱石の組み合わせ全部試したわけじゃないけど、ひとまず《ハニーポーション》並かそれ以上に気に入ってくれてるみたいだし、ひとまずこれで良しとしようかなって」
本当は、出来る限りの組み合わせを全部試したいんだけど、まだそれが出来るほどたくさん鉱石持ってないしね。
「ちなみにだけど、鉱石2種類を使った合金で、さっきのマナタイトと鉄鉱石以外の組み合わせって何かある? あ、もちろん教えたくなかったら別に……」
「ああうん、マナタイトとクリアライト、それから銅とクリアライトの組み合わせだよ。比率はそれぞれ5:1と4:2」
一息に答えたら、ウルは頭を抱えてテーブルの上に突っ伏した。
あれ? なんで?
「組み合わせを言うだけでいいのに、なんでそんなに簡単に比率まで喋っちゃうかなぁミオは。しかも、掲示板で多分一番良いって言われてる組み合わせとほぼ一致してるし。ミオ、その情報の価値分かってる?」
「私としては合金って言うより、ライムの餌を作ってただけだし。別にそれくらいいいかなって」
「せいっ」
「あだっ!?」
その情報を秘匿したところで、ライム合金を使って投げナイフ以外の武器を自分で作る意志がない以上、特に意味がない。
そう思って言ったんだけど、ウルに思いっきり叩かれた。うぅ、痛い。いや、痛くはないんだけど気分的に。
「ダーメ。そういうところはちゃんとしないと、いくらフレンド相手でもトラブルの種になるんだからね? 仮令その2人の間ではそれで良くても、フレンドにさえなればタダでアイテムくれるって噂が流れて、そんな下心塗れで近づいてくるプレイヤーが増えても嫌でしょ?」
「うっ、それは確かに……」
ウルにそう諭されて、これまでの行動を振り返れば、確かに少し考え無しだった気もする。
学校で風子ちゃんに牧草クッキーの作り方を教えてあげるくらいの感覚だったけど、ゲームの中は学校じゃないもんね。分かりきったことではあるけど、分かってなかったかもしれない。
「分かったら、これからはちゃんと気を付けるようにね。親しき中にも礼儀ありだよ」
「はーい……」
分かればよろしい、とウルに笑いかけられて、私もほっと息を吐く。
うーん、けど、情報の対価って言っても、やっぱりピンと来ないしなぁ……あ、そうだ。
「それじゃあこうしようよ、私がライム合金のレシピ教えるから、その分武器とか防具の作成代金まけて? お願い!」
ぱんっと手を合わせて、拝むようにお願いしてみる。
これがお兄相手なら、軽く上目遣いとかしながらわざとらしいくらいにあざとく可愛らしく頼めば二つ返事でOKしてくれるんだけど、流石にウル相手にそんなことはしない。ていうか恥ずかしいし。
こんな感じでいいのかな? と思いながらちらりとウルの様子を見ると、呆れた様子で溜息を吐かれた。
うぐ、やっぱりこういうのはダメ?
「はあもう……ミオ、それだと全然割に合わないよ」
「いやうん、別に全額免除して欲しいなんて考えてないよ? 少しでも減るなら助かるなーって……ダメ?」
「違う、逆だよ逆。それじゃあ私から支払う分が足りな過ぎる。ミオの合金のレシピの価値を考えたら、少なくとも200万Gは下らないよ」
「えぇぇぇぇ!!? にひゃくまん!?」
私としては驚くばかりの金額だけど、ウル曰く、それだけ払ってもすぐ取り戻せるくらいには、“現状MWO内最高の合金”という肩書は大きいらしい。なにそれ怖い。
まあ、その合金で作った最高性能の武器を売ってくれるのがここだけってなれば、こんな見るからにオンボロな小屋で細々とやってる鍛冶師のところでも、プレイヤーと依頼とが殺到することは簡単に想像できるし、そう考えれば当然のことなのかな? 現状だと、私とパパベアーさんしかここ利用してないっぽいけど。
「まあだから、ライム合金を使うにしても、他の素材ももっと良いヤツに変えて、強化スロットに入れる素材も買って……ナイフもそれで作ったとして、それでもやっぱり差額で100……いや、さっき検証の仕方まで教えて貰ったから、やっぱり200かな、うん、200万Gは払うよ。それでどう?」
「ど、どうって言われても……」
正直、金額が大きすぎて全くついて行けない。
そんな私に苦笑を浮かべながら、ウルは出来の悪い生徒を優しく教える先生のような表情を浮かべて、「ま、これも勉強だよ」と軽く突き放すようなことを言う。
うぐぐ、ゲームって難しい。
「私以外の鍛冶師ならもっと高い値段を付けるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。もしミオが思ってる以上に価値の低い物だったなら、いつまで立っても売れずにやがて誰かが適正価格で売りに出すから儲けはないだろうし、逆に安く売り過ぎればそれから先の取引でカモられる可能性がある。まあ、その辺りのバランスを完璧に取れる人なんていないだろうし、どうしても無理! っていうなら一切合切そういう売り買いをしないっていうのも一つの手だよ」
「う~」
ちなみに、基本的に情報を提供する時は、情報を持っている側から値段を提示するのが普通みたい。まあ、売る側なんだから当たり前と言えば当たり前なんだけど。
そういう意味では、最初の「武具の作成代金をまけて」って言う私の申し出を素直に受ければ、ウルは滅茶苦茶ボロ儲け出来たはずなのに、こうして態々自分が損するって分かってて適正価格を教えてくれてるんだから、本当に感謝しなきゃいけない。
「分かった、もう少しちゃんと自分で調べてからもう一度来るよ。レシピを教えるのが少し遅くなっちゃうけど……それでもいい?」
「うん、いいよ。その代わり、遅くなればなるほど情報って価値が低くなるから、注意してね? あと、ライムちゃんを使った検証のやり方を教わった分、100万Gはどうする?」
「それはうん、受け取っとくよ。今日は色々教えてくれてありがとう、ウル。お礼にこれあげるね」
「うん? 何これ」
ことん、と、私はインベントリから1つのポーションを置き、ウルに渡す。
また変に良い物じゃないかと、疑わしげな視線を向けてくるウルだったけど、流石にさっきの今でそんなことはしない。
「それ、《初心者用MPポーション》に、適当な食材アイテムを混ぜて作った、スポーツドリンクみたいな味がするポーションだよ。普通のより回復量は劣るのに必要な素材が多い完全なネタアイテムだから、ゲーム的な価値は本当にないよ。鍛冶仕事って暑そうだから、休憩する時にでも飲んで、良かったら感想聞かせて欲しいな」
もし味だけで売れるにしても、実際に飲んで美味しいって言ってくれる人が居なかったら、本当にただの劣化品でしかないしね。ライム達もさほど気に入ってくれなかったから、《ハニーポーション》や《ミルキーポーション》みたいな隠し効果も多分無い。
これ1本くらいなら、お礼兼宣伝費ってことでタダであげても問題ないはず……ないよね?
そう、少しだけ不安になりながらウルをチラチラ見ると、一応は納得してくれたのか、そのまま受け取ってくれた。
「ありがとう、飲ませて貰うね。ちなみに、もし気に入ったらまた作ってくれるのかな?」
「その時のお値段は要相談ってことで」
「あはは、了解」
満足そうに頷きながら笑顔を零すウルに、私もまた笑い返して、その日はライムとフララを伴って小屋を後にした。
結局その後、自分1人で調べてもよく分からなくて、結局お兄に頼ったりしながら勉強することになったけど……改めて、私って良いフレンドに恵まれたんだなって、そう思った。