第38話 意外な出会いとムームーミルク
2018/8/8
いくつかご指摘いただいたことがあったため、前半部分のやり取りを修正しました。
フララを交えた新しい戦い方を見いだせたけど、その分今までの問題がより浮き彫りになったところで、私達はコスタリカ村に戻ってクエストの達成報告をして、一度自分達のホーム兼物置に戻ってきた……んだけど。
「あれ? 誰かいる?」
私のホームの外、まだ何も植えていない畑のエリアに、大きな影が横たわっているのが見えた。
近づいてみると、その影はモンスターで、その傍には更に2つの人影が並んでいた。
「あ、ネスちゃん! それから……」
1つは、昨日も見た特徴的なとんがり帽子と、眼帯を付けた知り合いの魔法使い。
そしてもう1人の方は分からなかったけど、モンスターには見覚えがあった。
「あの時のマンムーだ! わー、元気だったんだ、よかったー!」
MWOにログインした日、私が最初に見つけたモンスター。
ヒュージスライムと戦った辺りから姿を見なくなってたけど、まさかこんなところで会えるなんて思ってなかった。
だから、感極まって抱き着くと……次の瞬間には、マンムーに思いっきり蹴っ飛ばされていた。
「ぶふげぇ!?」
我ながら女の子らしからぬ声を上げて吹っ飛んで転がり、畑の土に頭からダイブする。
くふぅ、この蹴り、間違いなくあの時のマンムーだ……
「み、ミオー!? 何をしてるんだお前はー!? 大丈夫かー!?」
私の突然の行動に驚き固まっていたらしいネスちゃんが、ようやく再起動したらしく、叫びながら私のほうに駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫。ちょっとテンションが上がり過ぎただけだから……」
いけないいけない、また同じ過ちを繰り返してしまった。
ここまで重厚なモフモフを前にすると、どうしても理性を失ってしまう……自重しなきゃ。
「ほあ~、随分パワフルな人ですね~」
「ふにゃ?」
打ち付けた鼻を擦りながら顔を上げると、最初に見えた人影のもう一方の人が、ネスちゃんと一緒に私を覗き込んでいた。
「あれ、風子ちゃん? なんでこんなとこに……MWOやってたの?」
おっとりと間延びした口調に、ぶかぶかのローブを羽織った少しだらしない服装。ある意味ファンタジーらしい、リアルにはない鮮やかな緑の髪をポニーテールにした小柄なその女の子は、髪の色が違う以外は間違いなく私の学校の後輩、柊 風子ちゃんだった。
ただ、それを言われた風子ちゃんのほうはピンと来ないようで、「ん~?」っと首を傾げる。
「なんで私のリアルネーム知ってるんですか~? どこかでお会いしましたっけ~?」
「昨日会ったばっかりじゃない。澪だよ澪。貴女の学校の先輩の澪!」
「……ああ~」
名前まで言ってようやく分かったのか、ポンッと手を叩き、一言。
「ちょっとサイズが違い過ぎて、気付きませんでした~」
「おう風子ちゃん、私の身長はリアルと変わらないはずなんだけど? どこのサイズを見て言ったのかな? かな?」
「……冗談ですよ~」
ぐわしっ! と肩を掴んで詰め寄ると、汗をだらだら流しながら目を逸らされた。
まあ実際、自分でもそうなるのは分かってて胸のサイズを弄ったんだから、言いたいことは分からないでもない。
まあ、風子ちゃんの場合は完全にからかい半分で言っただろうけど。
「それと、私のこっちのキャラネームはフウです~、分かったからってリアルの名前はあまり出さないのがマナーですよ~?」
「あ、そうだった、ごめんごめん。まあ、私のほうはそのままミオだけど」
「そっちの……えーっと、名前忘れましたけど、先輩のフレンドの子に、ミオはいないかって言われた時にも、もしやとは思いましたけど~、本当にそのキャラネームでこっちもやってたんですね~」
「オイちょっと待て、忘れたとはなんだ! さっきちゃんと名乗ったろう! 我が名は偉大なる深淵の支配者、ダークネス――」
「だって、私名前考えるの苦手なんだもん。ネスちゃんなら喜々として考えるんだろうけどさー」
「お前達!! 我を話題にするならせめて我自身も会話に参加させんか!! せめて名乗りくらいちゃんと聞けーー!!」
「あはは、ごめんごめん」
ネスちゃん可愛いから、ついついからかいたくなっちゃうんだよね。
今も、私が《ハニーポーション》取り出したらそっちに目が釘付けになって、目の前で振ったらそれに合わせて視線が動いてる。可愛い。
「ところで、ネスちゃんは多分《ハニーポーション》目当てだろうけど、フウちゃんはどうしてここに?」
「待てミオ、我のことをハチミツさえあればなんでも言うことを聞くどこぞのクマと同類だと思っていないか?」
「ソンナコトナイヨ?」
「待て、なぜ目を逸らす! こらミオ、逃げるな!」
「ネスがまったりしてるところが見えたので、ちょっと近くに寄ってそのまままったり話し込んでただけですよ~」
「へ~、そうなんだ」
必死に追いすがってくるネスちゃんをあしらっていると、フウちゃんはそんなことはどこ吹く風とばかりにまったりマイペースに私の質問に答えてくれる。
なるほど、じゃあ本当に偶々会っただけなんだ。凄い偶然だなぁ。
「とりあえずネスちゃん、《ハニーポーション》あげるから、許して?」
「ミオとは本当に雌雄を決しなければならないようだな、我はその程度の物で釣られるほど安い魔術師ではないわ!」
「だったらその差し出された手はなんなんでしょうかね~?」
「うるさいぞフウ! これは、その、あれだ、正当な取引の結果であってだな……!」
「はいはい、取引じゃなくても、これくらいあげるから、ね?」
「ぐぬぬ……! 取引でないと言うのであれば、これは礼だ、受け取れ!」
「別にお礼なんて良いのに」
やっぱり食欲には勝てないのか、《ハニーポーション》をちゃっかり受け取り、代わりにそう言ってトレードであれやこれやと色んなモンスターから採れるドロップアイテムを送りつけて来た。
大半が食材アイテムな辺り、ちょっとした下心が見え隠れするけど、食いしん坊なところも可愛いから良しとする。むしろもっと来い。
「じゃあ、せっかく食材アイテムが増えたし、何か料理しようかな。2人も食べてくよね?」
「もちろんだ、食べるぞ!」
私がそう言うと、ネスちゃんは開き直ったように感情も露わに首を縦に大きく振る。
すると、そのやり取りを見ていた風子ちゃん改め、フウちゃんのほうからも、トレード申請が届いた。
「そういうことなら~、私からも先輩にこれあげますね~、お料理に使ってください~」
「うん? これは?」
送られたアイテムは、《ムームーミルク》っていう見慣れないアイテムだった。
まあ、名前の通りミルクなんだろうけど、どこで手に入ったんだろう?
「それはこの子……ムーちゃんから採れる食材アイテムです~。飲んでみると結構美味しいので、多分料理にも使えるんじゃないかと~」
「へ~、マンムーから採れるんだ」
「はい、後一応、この村の牧場主さんから乳絞りを手伝うクエストを受けると、報酬で分けて貰えますよ~」
「へ~、知らなかったなぁ」
フウちゃんがマンムー……ムーちゃんを撫でると、私が抱き着いた時と違って気持ちよさそうにリラックスしていた。
フウちゃんはテイマーで、このムーちゃんはその使役モンスターなんだから、懐いてるのもある意味当然なんだけど……むむむ、いなくなってた時は、誰かがテイムして行ってくれてるのを祈ってたけど、こうしていざ他人に懐いてるのを見ると、なんだかテイマーとして負けたみたいな感じがして悔しい! 私は蹴られてばっかりだったのに!
「って、わわわっ、フララもライムもどうしたの? くすぐったいって。あはは……!」
あの気難しいマンムーを手懐けたフウちゃんに軽く嫉妬していると、私の使役モンスター2匹がすりすりと私に体を擦りつけて、甘えてきた。
急にどうしたんだろ? もうお腹空いて我慢できないとか?
「いや~、流石先輩、ゲームの中でも動物に懐かれてますね~」
「そ、そうかな? えへへ」
ライムとはずっと一緒にやって来たし、フララとも中々印象的な出会い方だったからね。人から見て懐いてるって言って貰えるのは素直に嬉しい。
「さて、それじゃあ新しいアイテムもあることだし、レッツクッキング!」
おー! と拳を振り上げるのに合わせて、ライムは跳ねあがり、フララもふわりと浮き上がる。
昨日作った時よりも、随分大所帯だけど、ネスちゃんから食材アイテムも貰えたし何とかなるはず。ライムにちょっと自重して貰えば。
そう思いながら、私はチラリとメニューの時計を確認する。
「まあ、ウルとの約束はお昼過ぎだし、午前中は料理と調合かな」
ちょうど、フララのスキルとフウちゃんから貰った《ムームーミルク》で、試してみたいレシピもあるし。
そう考えながら、私はPKに盗られないように置きっぱなしにしていた調理器具と調合セットを取りに、ホームの中へと入っていった。
「なるほど、それで、これらが出来たアイテムってわけなんだ?」
「うん。結構良い出来だと思うんだけど、どうかな?」
ネスちゃんフウちゃん、それからムーちゃんやフララ、ライムと大所帯での宴会(?)を終え、リアルでの昼食も終えた私は、当初の約束通りウルの小屋にやってきて、今朝調合した新しい各種ポーションの品評会を行っていた。
なんでウルのところでそんなことやってるのかというと、フウちゃんはそもそもMWOの知識はほとんどなくて、ネスちゃんの方も、ポーションはHPやMPの回復量と味しか知らなかったみたいで、そこまで詳しい情報が得られなかったからだ。
そういうわけで、フララの紹介も済ませた後並べられた、今回のラインナップはこちら。
名称:麻痺ポーション
効果:《麻痺Lv3》を付加する。
名称:毒ポーション
効果:《毒Lv3》を付加する。
名称:睡眠ポーション
効果:《睡眠Lv2》を付加する。
名称:ミルキーポーション
効果:MPが100回復する。
まず、今回の状態異常ポーションの強化に使ったのは、フララの持つ各種鱗粉スキルだ。
これは、ライムの《酸液》スキルみたいに直接アイテム化は出来なかったけど、ポーションを作ってる最中にビーカーの中に鱗粉を振りかけて貰うことで、その性能が一段階上昇することが出来た。
ついでに、同じ要領で砕いた《ドクの実》を《酸性ポーション》に溶かし込む過程で、《睡眠鱗粉》を振りかけてみたら、新しく《睡眠ポーション》も出来上がった。
そして目玉は、フウちゃんから譲って貰った《ムームーミルク》と《霊草》を、《ハニーポーション》と同じ要領で温めながらビーカーで混ぜ混ぜした結果できた《ミルキーポーション》だ。爽やかヨーグルト味でなかなか美味しい。
MP回復に関しては、店に1つでMPが150回復する《MPポーション》が売ってるから、プレイヤーの需要って意味では大してないんだろうけど、ネスちゃん曰く《MPポーション》は「あんまり美味しくない」そうだし、何よりこの《ミルキーポーション》、意外なことにフララが凄く気に入ってくれたから、元々回復アイテム兼モンスター達の餌として《調合》スキルを取ってる私としては、十分に満足いく成果だった。
ただ、フララが《ハチミツ》入りの《ハニーポーション》よりもそっちを気に入るなんて、流石に予想外だったけど。
「《ミルキーポーション》の方は私もちらっと聞いたことあるよ。テイマーがよく使うとかなんとか」
「あー、なるほど。《ハニーポーション》と同じ感じなんだね」
確かリン姉が、《ハニーポーション》はモンスターがよく好むから、テイムする時に使われることが多いって言ってた気がするし、《ミルキーポーション》もそういうことなんだろう。
そう考えれば、フララが凄く気に入ったのも納得できる。
「ただ、状態異常ポーションの方は私も全然知らないなぁ。大して使えないって言われてたし、鍛冶とも関係ないから調べてない」
「うーん、やっぱりそっかぁ」
そう考えると、むしろβテスターでもないのに簡単な使い方まで調べてた、リッジ君のほうが凄いのかも。
あの子、日中は剣道の部活だってあるし、ゲームも私より強くて、調べものまでちゃんとして……どこで時間確保してるんだろ? 私の周りは凄い人ばっかだなぁ、ほんとに。
「まあいっか。それより、今日は纏まったお金が手に入ったから、昨日言ってた鞭を作って貰おうかと思って、代金払いに来たんだ。あとついでに、《料理》スキルで使える戦闘用の包丁とか、あと防具なんかもいくらくらいかかるかだけでも教えて欲しいな。出来れば動きやすい布系の装備で」
「おお? そっか、貯まったんだ。昨日の反応からして貯めるのに苦労しそうなタイプだと思ったんだけど、急にどうしたの?」
「あははは、PKのアジトからがめてきた」
「思った以上に大胆な稼ぎ方したね!? ……まあ、無事ならいいけど、報復気を付けなよ?」
「大丈夫、もう報復されて1回アイテム全部盗られたから」
「全然大丈夫じゃないじゃん」
「まぁまぁ、お金はこの通り無事だったからさ。お願い」
ウルから呆れ顔でジト目を向けられ、あはははと笑って誤魔化しながら、テーブルの上に10万Gをポンと置く。
足りるかどうかギリギリ……というかちょっと足りないかもしれないけど、そこはまあ、また応相談ってことで。
「おー、10万か。ミオから最初に頼まれた鞭が友情価格の割引込みで10万割って9万ってとこかな。ただまあ、あとの包丁は、鉱石を昨日一緒に集めてくれた分を考えても5万、防具は上下セットで……布系ならほとんど素材を一から集めないとだから、20万の計34万ってところかなぁ」
「うひゃあ、全然足りない」
まあ、分かってたことだし、仕方ないか。
「それじゃあ、包丁と防具はいいから、鞭だけお願いできる?」
「りょーかい。でも、悪いんだけどさ、製作はちょっと待って貰っていい? 私、ちょっと色々試したいことがあってさ、立て込んでるんだ」
「あ、そうなの? なら仕方ないね」
ウルだって仕事じゃなくて、ゲームとしてやってるんだしね。予定があるなら仕方ない。
「ごめんね。ただ、上手く行ったら今以上に良い装備が作れるようになるから、そこは保証するよ」
「ほんと? それは楽しみ」
「期待しといて。まあ、そのためにもまた鉱石採りに行かなきゃだけどね。今日も付き合ってくれる?」
「うん、いいよ。その代わり、またオマケしてねー?」
「あはは、もちろん」
話が纏まって、さて《北の山脈》に向けて出かけようとしたところ、話し込んでる間にライムがいなくなっていたことに気付いた。
「あれ? ライム?」
見渡すと、ライムは小屋の隅に置いてあった、合金インゴットっぽい山に近づいて、じーっとそれを見つめていた。
全くもう、ライムったら。
「こらライム、ウルのインゴット勝手に食べちゃダメだよ? ほら、これ代わりに食べさせてあげるから」
そう言って、ライムを抱き上げて、インベントリからライム合金を1つ取り出す。
「あはは、その辺は失敗作の山だから、別に少しなら構わない……」
そしてそれを食べさせようとすると……
「ちょおおおお!?」
「わきゃあ!?」
突然、ウルが飛び掛かってきて、私の手からライム合金をひったくって行った。
な、何!? いきなりどうしたの!?
「な、なんでこれがここに!? あれ、さっきあっちにあったよね、いつの間に!?」
「え、えーっと、ウル、落ち着いて? それ私が作った合金だから、ウルのじゃないよ?」
「は、はいぃ!? 作った!? ミオが!? これを!!?」
「う、うん。たぶん?」
落ち着かせようと思ったら、なぜか余計混乱した様子のウルに戸惑いながら、念のためもう1つ、インベントリからライム合金を取り出して見せると、「ほ、ほんとだ……」と、ウルは暴走から一転、呆然とした様子で2つ目のそれを見つめる。
「あの、ウル、その合金がどうかしたの?」
恐る恐る聞いてみると、ウルはそれには答えず、私の肩をぐわしっ! と突然掴む。
びくっ! と、その幽鬼のような動きに怯える私には構わず、そのままウルは口を開く。
「ミオ」
「な、何?」
そのまま、するするとウルの頭が下がっていく。そして、ピッタリと床に頭を擦りつけるようにして。
「合金のレシピを……いや、そこまでは言わないから、せめて、その合金をいくつか譲ってくださいお願いします!!」
そう、見事な土下座の姿勢で言い放った。
「いやウル、そんなことしなくても普通にあげるから! ほら、昨日たくさんインゴット貰ったし、そのお返しに!」
慌てて顔を上げさせようとそう言ったら、またもくわっ! と擬音が付きそうなほどの勢いでウルが顔を上げ、またも暴走気味に食って掛かってきた。
「何言ってんのミオ、こいつをあんなクズインゴットと同じにしたら罰が当たるよ!!」
「い、いやだってこれ、ライムの餌だよ!?」
「仮令ライムの餌だろうと……! ってちょっと待って、今なんて?」
一転二転してまた三転、突然真顔になったウルを、どうしたらちゃんと落ち着かせられるのか悩むも、当然のようにロクな案は浮かんで来ず、とりあえずありのままを説明しようと口を開く。
「だからこれ、ライムの餌として作ったインゴットなんだってば。何に使うのか知らないけど、レシピ欲しいならあげるよ?」
「……はあぁーーーー!?!?」
作業小屋自体が震えるほどのウルの絶叫を聞きながら、私は取り敢えず、その声に驚いて目を回すフララを抱き留める。
ああ、気が小さいフララも可愛いなぁ……と、フララを撫でながら遠い目をする私も、その時は大概混乱していたんだと自覚するのは、それからしばらく経ってからのことだった。




