第36話 キレ気味お兄とフララの力
「はあぁぁ~~……」
「どうした澪、そんなこの世の終わりみたいな顔して」
モソモソと朝ご飯……もとい、昨夜の残りのチンジャオロースを食べながら溜息を吐くと、それを見たお兄が珍しい物を見たような顔で問いかけてくる。
いや、そんな珍獣見つけたみたいな顔されるほど、私の溜息って珍しい? そこまで毎日ポジティブに生きてるように見られてるのかな私。
……そういえば後輩の風子ちゃんにも「先輩は毎日楽しそうですね~」とか言われたことあったっけ。しかもその時、学校のウサギちゃん達のお世話中だったから、「うん、幸せ!」って即答してたっけ。うん、これじゃ否定できないや。
「それが、昨夜PKにやられちゃってさ~。それ自体はいいんだけど、せっかくリッジ君と達成したクエストの報酬が盗られちゃって……」
《妖精の祝福》、見た目も綺麗で気に入ってたから、帰ったら装備してみようと思ってたんだけど、その前にキルされたせいでライムの餌用に残しておいたライム合金やら各種ポーション類、ネスちゃんが食べたがってたハウンドウルフのドロップアイテム、他にも手元に残しておいた1万弱の所持金と一緒に、あのPKに奪われちゃった。
報復されるのは覚悟してたし、それを踏まえて持ってたアイテムやお金ではあったんだけど、それでも《妖精の祝福》だけは痛い。
しかもそのことで、リッジ君は「守れなくてごめん」ってすっごい落ち込ませちゃったし、ネスちゃんも「不意打ちなどという卑怯な手を使った挙句、勝負もせずに逃げ出すとはあの腰抜けどもめ! 根絶やしにしてくれるっ!」って激怒して1人でPK狩りを始めそうな勢いだったし、なんだかすごく申し訳ない。
「……澪、そのPKの名前分かるか?」
「へ? お、お兄?」
だから、そんなやり場のない無力感と悔しさを愚痴ろうと思って口にした途端、お兄から滅多にないくらい不機嫌なオーラが滲み出て、思わずたじろぐ。
えっ、わ、私がPKにやられたこと、そんなに気に入らなかったの? いやまあ、今回のは全面的に私の不注意と情報不足が原因だし、怒るのも分かるけど……
「PKの顔を見たなら、名前は分かるはずだ。教えてくれれば俺がギルド総出で潰して来てやる」
「いやいやいや、お兄落ち着いて!? そんな大事にしなくていいから!!」
と思ったら、お兄は私じゃなくて、そのPKに対して怒ってるみたいだった。
いやうん、私がやられたことに怒ってくれるのは嬉しいけど、だからってその規模の掃討戦はやり過ぎだよ!?
「なんでだよ、やられたらやり返さないとダメだろ? 場合によっちゃ、美味しい獲物だって粘着されるかもしれないし」
あ、あれー? いつもの能天気でどっか抜けてるお兄はどこに? こんな殺伐とした気配お兄らしくないよ!!
「い、いやでも、今回は私のほうから手を出しちゃったようなものだし……」
「ん? お前からってどういうことだ?」
「ああ、そういえば言ってなかったっけ……」
私は、《北の山脈》で見つけた洞窟と、そこで得たアイテム。そして、実際にPKされるまでの流れを、お兄にかいつまんで説明した。
最初は真剣な顔で聞いてたお兄が、話が進むごとに頭を抱えていく。
「……澪、お前どんだけ困難な道を進むのが好きなんだよ」
「人をドMの変態みたいに言わないでくれる!?」
私はあくまでライム達モンスターを可愛がりつつ育てて行きたいだけなんだから! 断じて面倒な道のりを好んで選んでるわけじゃないから!
「はぁ、完全に死角から不意打ちされたなら、誰にやられたかは分からんか。一応聞くけど、なんか良いアイテムとか持ってたわけじゃないよな? PKがこぞって狙いに来るようなヤツ」
「そんなアイテム持ってたら苦労しないよ。精々《ハニーポーション》とか、あと作ったばっかりの投げナイフとか合金インゴットとかくらい」
「ハニポはまぁ、普通の《HPポーション》が出回り始めたから、そこまで積極的に狙われないだろうけど……ってちょっと待て、インゴットに投げナイフ? お前まさか《鍛冶》スキルにまで手出したの?」
「うん、フレンドの鍛冶師の子のところに行った時、ライムがインゴット食べたがってたから、作ってあげようと思って」
「他に食わせられるアイテムもあるのに、餌1つのためにスキル取るヤツなんて初めて聞いたよ……」
「少しでも美味しい物食べさせてあげたいからね、当然だよ」
リアルでもゲームでも、愛情かけて育てればその分ちゃんと応えてくれるし、懐いてもくれる。
ましてや、MWOは直接触れ合いながら育てるんだから猶更、モンスターは大事に育てないとね。
「まあ、プレイスタイルは自由だからいいけどな。けどどっちにしても、PKに名前覚えられたからには、装備はある程度充実させておいたほうがいいぞ」
「うっ、やっぱりそうだよね。まあ、そっちは当てがあるから大丈夫だよ」
「そうか、ならいいけど」
武器のほうは、鞭は《特大スライムゼリー》を使った拘束用の鞭にするって決めてるし、あとは攻撃用のナイフと、防具かな。
まあ、今は多少なりお金も増えたし、ウルにまけて貰いながらお手伝いしていけば、そう遠くないうちに揃えられるはず。
それに加えてフララだって新しく仲間になったんだから、それを元にした新しい戦い方を見いだせれば、もう変態テイマーなんて誰にも言わせない!
「けど、もしまた似たようなことがあったらちゃんと言えよ? 二度とPK出来ないように叩きのめしてやるから」
「あははは……うん、分かった。ありがとお兄」
いつにも増して過激なお兄の発言に苦笑を零しつつ、私はほとんど進んでいなかった箸をもう一度動かし始めた。
「それじゃあ、いつも通り荒らされたおじさんの畑を守るため、クエストいっくよー!」
「おい嬢ちゃん、いつも通りとはなんだ、今日は偶々調子が悪かっただけだ!」
本当にいつも通りの言い訳を返してくれる、コスタリカ村のおじさんNPCからクエストを受けた私は、ライムとフララの2体を連れ立ってグリーンスライム狩りに向かうことに。
昨夜のうちにも一度確認はしたけど、改めて2体のステータスを確認する。
名前:ライム
種族:ミニスライム Lv19
HP:84/84
MP:87/87
ATK:38
DEF:64
AGI:26
INT:46
MIND:34
DEX:47
スキル:《酸液Lv22》《収納Lv15》《悪食Lv18》《麻痺耐性Lv6》
名前:フララ
種族:フェアリーバタフライ Lv1
HP:40/40
MP:70/70
ATK:30
DEF:20
AGI:70
INT:90
MIND:60
DEX:40
スキル:《毒鱗粉Lv1》《麻痺鱗粉Lv1》《睡眠鱗粉Lv1》《風属性魔法Lv1》《回避行動Lv1》
確か、ミニスライムはレベル上限が20ってお兄は言ってたし、そろそろ限界値になる。
βテストでは進化先は見つからなかったらしいけど、今はあるといいなぁ……まあ、無くてもその時はその時、ライムを強くする他の方法を考えるだけだけどね。
そして、フララの方はレベル1なのにステータス高くない? DEFが紙同然だしHPも少ないけど、ライムがレベル1だった時なんてHP30しかなかったし、MINDや他のステータスだってこんなに高くなかったよ? いやまあ、ライムのステータスが低すぎただけっていう線もあるけど。
それに、スキルが最初から5つもある。ポイズンバタフライだった時に使ってきたのはこの《毒鱗粉》だけだったけど、麻痺や睡眠を使われてたら負けてたかも。
ついでに、《風属性魔法》まであるとは思わなかった。最後の鱗粉を乗せた風の攻撃、あれ羽ばたいた勢いで風を起こしたんじゃなくて、そういう魔法だったんだ。これはかなり頼りになりそう。
「ただこれ、どう考えてもメイン火力って言うより、サポート系だよね……」
状態異常スキルと、攻撃性は低くても自分のスキルを最大限活かす魔法を合わせた後方支援。多分、フララ……というよりフェアリーバタフライのモンスターとしての立ち位置はそんな感じなんだと思う。
私もライムも、どっちかというとサポート系なんだけど、サポート3人集まってどう戦うのがベストなんだろ? 正直よくわからないや。
「ピィ……」
「あっ、ご、ごめんフララ! フララに不満があって言ったわけじゃないんだよ!? ただ、フララの力を活かすのにどうするのが一番良いか悩んでただけでー!」
そう言ってなんとか落ち込むフララを宥めながら、グリーンスライムの出る《東の平原》へと向かう。
相も変わらず、ぴょこぴょこと草むらから緑色のスライムが跳び出たり引っ込んだりする光景は、見ててとっても和むけど、人の畑を荒らす悪い子はお仕置きしないといけない。
「それじゃあ、ライムはいつも通りに、フララは無理しない程度に攻撃してくれる?」
元々このグリーンスライム狩りは、私とライムの2人だけでこなしてたし、フララとの連携はまだしっかり決まってないから、ほどほどに、無理のない範囲で戦って感触をつかんでくれればいい、そんなつもりで言ったんだけど、直前にあったやり取りのせいか、フララはそうは受け取らなかったみたいで。
「ピィィィ!!」
「えっ、フララ!? きゃっ!」
やる気を漲らせたフララが、突然風魔法とスキルを同時に使い、《麻痺鱗粉》混じりの突風を纏いながら草原を駆け抜ける。
吹き荒れる風は直接の攻撃力こそ持たないけど、草むらに潜むグリーンスライム達の軽い身体を巻き上げる力はあったみたいで、周辺一体に潜んでいたグリーンスライム達は、突然自分達を襲った風の主を見つけると、怒りも露わに一斉に襲いかかっていく。
「フララ!」
グリーンスライムには、ヒュージスライムほどじゃないにしろ状態異常耐性がある。今後はともかく、まだレベル1でしかない《麻痺鱗粉》じゃ、一発で麻痺状態にすることは出来ない。
「ピィ、ピィ!」
けど、フララは特に焦った様子もなく、続けて大きく羽をはためかせ、またも《麻痺鱗粉》を纏わせた突風を起こし、襲ってくるグリーンスライムを吹き飛ばしていく。
フララがまだポイズンバタフライだった時、私と戦った時にも使ってた、フララの常套手段。あの時は私が毒状態になって、動きが一時的に封じられた程度だったけど、これがグリーンスライム達相手だと、思わぬ効果を発揮した。
「あ、あれ?」
グリーンスライム達は動きを封じられるどころか、体が小さすぎるせいかあっさり風の勢いに負けて吹き飛ばされ、フララに全く近づけない。
近づく間にフララのCTが終わり、吹き飛ばされて、また近づく。
そして、その風には全て《麻痺鱗粉》が込められていて、1回や2回じゃ耐性もあって麻痺しないけど、それも繰り返せばやがて蓄積して、麻痺状態になる。
「おお~……」
その結果、フララのMPが底を突く頃には、最初の一撃で釣り上げられたグリーンスライム達は、一匹残らず麻痺状態になってあちこちに転がる死屍累々の様相を呈していた。
うん、なんというハメ技。鱗粉を出すにも風魔法を使うにもMPを使うから、実際のところかなりギリギリだったけど、これは普段の狩りもぐっと楽になる。
「すごいよフララ! こんなにたくさんの敵を麻痺状態にするなんて!」
「ピィ~♪」
魔法とアーツを連発して疲れた様子のフララを抱きしめて、めいっぱい褒めてあげる。
けど、グリーンスライムはまだ麻痺しただけで倒したわけじゃないから、ほどほどで切り上げて掃討しなきゃならない。
私はフララを抱きしめる手を緩めて……ふと気付いた。
「……そういえばこれ、どうやって掃討しようか?」
「ピィ?」
「――――?」
麻痺して転がっているグリーンスライムは10体以上、対する私達は、グリーンスライム1体倒すにも、大抵は毒か《酸液》で時間をかけて倒す以外大した攻撃手段がない。
そして、麻痺状態はそこまで長く続く状態異常じゃないから、今は寝てるグリーンスライムもそう時間を置かずにまた襲い掛かってくる。
「……よし、ライム、フララの回復役お願い」
「――!」
その後、麻痺してる間には案の定ロクに倒しきれなかった私達は、ライムが《初心者用MPポーション》を使ってフララの回復役になり、フララは回復したMPで風属性魔法と《毒鱗粉》を使ったハメ技と毒のコンボを行い、私はその合間で《酸性ポーション》を投げつけることで、なんとか無傷のまま倒しきることは出来たけど、やっぱり思ったほど効率よくは倒せなかった。
うん、やっぱり、早いところ威力の出る攻撃手段が欲しい!
そう、しみじみと実感する一幕だった。