第35話 悪魔討伐と新しい仲間
「ネスちゃん!!」
振り上げられた枝が、ネスちゃんに迫る。
けどそんな中でも、ネスちゃんはニヤリと不敵な笑みを浮かべているのが見えた。
「ふははは! その程度で我を倒せると思うなよ! 《ファイアストーム》!!」
「オォォォォ!?」
ネスちゃんの周囲が纏めて紅蓮の竜巻に飲み込まれて、デビルズトレントが苦しげな声を上げる。
やっぱり炎は相性が良いのか、その炎に巻かれると同時に怯んで、その間もどんどんHPが削れていく。
よし、あの調子なら、大丈夫そう……って!
「ネスちゃんのHPも減ってる!?」
よくよく見たら、ファイアストームに一緒に巻き込まれてるネスちゃんのHPも、デビルズトレントと一緒にゴリゴリと減っていた。
ちょっ、あのままじゃ死んじゃう!?
「案ずるなミオ、我のMINDとコイツのHP、どちらが上か尋常に勝負と行こうではないか! ふははは!」
「いや、相手ボスだからね!? 勝てるわけないでしょ!!」
これがMIND偏重でINTが低めの神官魔法使いなら良かったんだろうけど、ネスちゃんは魔術師/召喚術師の火力型魔法使い。ボスと耐久勝負して勝とうなんて、犬が猪に正面衝突して勝とうとするくらい無謀だ。
「案ずるなと言ったろう! 恐らくはそろそろ……!」
ネスちゃんがそう呟いた直後、彼女を縛っていた根っこが突然燃えて灰になり、そのまま解放された。
「この通り! 仮令本体には勝てずとも、その枝葉程度なら我のほうが上だ!」
そう得意げに叫び、魔法を解除するなり急いでデビルズトレントから離れていくネスちゃん。うん、悪役の捨て台詞みたい……っていうのは、言わないほうがいいよね。
でも、なるほど。根っこは根っこで別にダメージ判定があって、ある程度攻撃すれば外せるのか。だったら……
「ライム、お願い!」
《バインドウィップ》を使った時は、私も両手が塞がってたからライムには肩の上で待機して貰ってたけど、意趣返しとばかりに絡みついてくるこれを解くのに攻撃がいるなら、今はライムだけが頼りだ。
それを受けて、ずるずると私の体を伝って降りたライムが、根っこに絡みついて《酸液》と《酸性ポーション》で溶かしていく。……って、やっぱり私もちょっとかかっちゃうよね、HPが減る……だけじゃなくて装備まで溶けてる!?
「ら、ライム、なるべく、なるべく私に当たらないようにして~!」
「――! ――!!」
無理! 無理! って感じに抗議の視線(?)を私に向けながら、それでも一応考慮してか、なるべく当たらない位置取りを探して私の体を這い回りつつ、根っこを溶かしていってくれるライム。
「やっ、ちょっ、ライム、そこくすぐった……ひゃうっ」
けどその代わり、溶けた装備の裏から覗く私の体に、ライムの《酸液》でぬめっとした体が触れる度、熱さとくすぐったさがない交ぜになった変な感覚に襲われる。
ああもうっ、早く拘束外れて~!
「ミオ姉、今助けるから! 《ソニックエッジ》!!」
空中でじたばたもがく私を見かねてか、リッジ君の援護が入って、私を縛る根っこが断ち切られる。
「と、と! ふぅ……ありがとリッジ君!」
「い、いやうん……ど、どういたしまして」
急に支えを失ってバランスを崩しかけながらも、なんとか着地に成功してほっと一息。そのまま、にこっと笑ってリッジ君にお礼を言ったら、サッと目を逸らされちゃった。……いやまあ、理由は分かるけど。
「……その、ミオ姉、破損状態だと、防具は使いものにならないから……代わりがあるなら代えといたほうがいいよ、うん」
「うん、流石にそうする」
元々、村娘みたいな服の上に革鎧がついてるだけだったけど、今は鎧が半ば以上溶けた上に服まで破れて、半裸に近い状態にまでなっちゃってるから、結構恥ずかしい。
とりあえず、他の装備って言っても初期装備しかないから、それに変更。
あんまり変わらないと思ってたけど、冒険者用防具に慣れてから改めてみると、やっぱりこっちのほうがずっと貧乏くさい。
……けどこれ、中の服が破れてたはずなのに直ってるのって、実は別の服だからなの? だとしたら、今メニュー操作した一瞬をスロー再生したら、変身物のヒロインみたいに変な光に包まれて裸になってたりするのかな?
「こらお前達!! そんなところでのんびりしていないで手伝わんか! 《ファイアーウォール》!!」
なんて余計なことを考えてると、ネスちゃんから叱責が飛ぶのと同時に炎の壁がせり上がり、デビルズトレントの攻撃を凌いでいた。
おっといけない、他所事を考え始めると、本来のことから意識が遠ざかっちゃうのは悪い癖だよね、気を付けなきゃ。
「リッジ君、ネスちゃんと簡単に打ち合わせてくるから、少しの間気を引いてて!」
「分かった、任せといて」
リッジ君が剣を構え、《ファイアーウォール》の魔法で食い止められたデビルズトレントの足(根っこ?)をアーツで斬りつける。
炎の壁で視界が塞がってるからか、それだけで簡単に攻撃目標をネスちゃんからリッジ君へと変えたデビルズトレントは、すぐさま2本の枝を振り回してリッジ君を叩き潰そうとするけど、そこは流石軽戦士と言うべきか、リッジ君には掠りもしない。
「今のうちに……」
デビルズトレントがリッジ君に夢中になっている隙に、私は《隠蔽》スキルを使ってバレないようにこっそりと、もう消えかかってる炎の壁を迂回してネスちゃんのところへ向かう。
今の魔法で、流石にMPを使い果たしたのか、アル中もかくやという勢いでポーションをがぶ飲みしてるネスちゃんを見つけると、そのまま駆け寄った。
「ネスちゃん!」
「ぶふぅ!? な、なんだミオか、脅かすな。お陰で《MPポーション》を噴き出してしまったではないか」
「あっ、ご、ごめん」
咄嗟に謝っちゃったけど、よく考えたら飲むより体にかけたほうがポーションは早いのに、なんでわざわざ飲んでたんだろう? まあ、今はそんなことはどうでもいいか。
「それよりネスちゃん、これからのことなんだけど」
「ああ、それならこれまで通りだ。リッジが引きつけ、ミオはその援護。我が高火力を叩きつけて削る。あの悪魔のHPが減ってきたら、また行動パターンが変わるかもしれないが、その時はその時だろう」
「そう、それだよ」
「それ?」
ヒュージスライムもそうだったけど、ボスはHPが一定量を割ると、行動パターンが変化して余計厄介になる。
だから、変化するよりも前に、一気に残りのHPを削り切りたい。
「私が《麻痺ポーション》でデビルズトレントの動きを止めるから、ネスちゃん、炎の魔法を連打して、効果が切れる前に倒しきって!」
「いや、待て。いくら我の強力無比な魔法であっても、麻痺の間に一息に削り切るのは無理がある。MPがもたない」
「MPなら大丈夫、うちのライムが回復させてくれるから」
ぽんっと、ライムがアイテムを吐き出すところを見せると、「ほう、そういえば初めて会った時もこんなことをしていたな……」とこの間の森での出来事を思い出すように呟く。
ライムのアイテム投擲間隔は、プレイヤーがインベントリを操作して投げるよりよっぽど高回転で、アイテムが尽きない限りはかなり無茶なごり押しが効く。デビルズトレントのHPはまだ5割ちょっと残ってるけど、ネスちゃんの火力ならいけなくはない、と思う。
本当はこういうの、《麻痺ポーション》をいくつ使ったら麻痺するのか、その持続時間はどの程度なのか、そしてどれくらいHPが減れば行動パターンが変わるのか調べた上でやることなんだろうけど、まだ情報が少なくて、クエストに誘ってくれたリッジ君もボスについては何も知らなかった。
だから、これからやるのはぶっつけ本番。成功すれば早く楽に倒せるけど、失敗したら今よりも苛烈になるだろう攻撃が、全てネスちゃんに集中することになる。
「ふふふ、面白いではないか。よし乗ったっ!」
「いいの?」
だから、多少は渋られると思ってたんだけど、あっさりと承諾されて面食らう。
そんな私に、ネスちゃんはふふんと得意げに鼻を鳴らす。
「我が名はダークネスロード、深淵の支配者!! 今は力が封じられ、この人の身に許された魔力しか持たない我だが……その枷を解き放ってくれるというのであれば、我に滅ぼせぬ敵はいない!! 大船に……いや、戦艦大和に乗った気でいるがいい! ふはははは!!」
「ふふっ、そうだね」
ネスちゃんはいつでも自信満々だけど、これで意外とゲーマーらしく絶対に無理なことは無理って言うから、ネスちゃんが大丈夫って言うなら、成功率はともかく出来なくはないんだと思う。
元々私から頼んだことだし、さっきはちょっぴり不安だったその大和に、今は全力で乗っかってみることにする。
「それじゃあ、行ってくるね!」
ライムをネスちゃんに預け、私は未だ斬り結んで時間を稼いでくれてるリッジ君の下へ走る。
「ああ、お前の相棒と共に待つ!!」
手を振るネスちゃんと、その肩の上でぷるんっと揺れるライムの2人に送り出され、私はまたも《隠蔽》スキルでバレないようにデビルズトレントの後ろに回り込む。
「よいしょっ」
インベントリから取り出した《麻痺ポーション》を、デビルズトレントの背中に投げつける。
パリン、と当たると同時に割れて、中身が浴びせかけられるけど、さすがに1つだけで麻痺するほど甘い敵じゃなかった。
「なら、もう一個……ってうわぁ!?」
ダメならもう一度、とインベントリに視線を向けたところで、横殴りの衝撃を受けて私は吹っ飛ぶ。
幸い、HPは6割削れたところで止まって、即死には至らなかったんだけど、何が起きたか分からずに慌てて起き上がり、距離を取る。
「ミオ姉、大丈夫!?」
「う、うん、なんとか!!」
改めて開けた視界を頼りに見てみると、デビルズトレントがその場でぐるっと一回転して周囲を薙ぎ払ったみたいで、私はそれに巻き込まれたみたい。
いつもは投擲するアイテム、ライムに出して貰ってたから知らなかったけど、インベントリ見ながらアイテム出すのって敵を前にすると結構危ないんだね……ライムの有難みが身に染みるよ。
「でも、今はそのライムが輝く時のためっ、私が頑張らないと!」
幸い、私に気付いて全方位攻撃を選択したってわけじゃないみたいで、追撃もなかったから、念のためもう少し距離を長めに取った後、まずは《ハニーポーション》でHPを回復させて、改めて《麻痺ポーション》を取りだし、近づいて投げつける。
「効き辛いっていうヒュージスライムでえーっと……10本以上使ったはずだし、せめて5本以内で麻痺してくれると……」
ありがたいなぁ、なんて思った私の目の前で、デビルズトレントはびくんっとその体全体を震わせて動きを止めた。
「オ……オオォ……!」
「あれ、もう!?」
いくらヒュージスライムに使った時と違って効果のほども上がってるとはいえ、まさかたった2本で麻痺するなんて完全に予想外だよ。
あまりにも早くて、ライムとネスちゃんの方の準備が終わってないんじゃないかって心配になっちゃうくらいだけど、流石にそれは杞憂だったみたい。
「ふっ、でかしたぞミオ!! リッジ、離れるがいい!!」
杖を構え、一射目の魔法の準備を万端に整えたネスちゃんが、肩にライムを乗せた状態で叫ぶ。
それを受けて、特に疑問を挟むことなく素早くリッジ君が後退したところで、溜まり溜まった力を解き放つように、ネスちゃんの杖の先から紅蓮の炎が巻き上がる。
「喰らえ、《フレイムバースト》!!」
炎の塊がぶち当たり、爆発を起こしてデビルズトレントのHPが残り4割を切る。
けど、当然それだけで終わらない。
「炎の礫よ、敵を焼け! 《ファイアボール》! 世界の全てを焼き尽くせ、原典に記されし黙示録の炎よ! 《ファイアストーム》!」
減ったMPを、ライムが次々ポーションを吐き出しぶつけて回復させ、その都度CTが終わった魔法から次々繰り出していくネスちゃん。
どうでもいいけど、こんな時でも詠唱を言うのは絶対外さないんだね……まあ、詠唱時間の間はシステム的に身動きが取れなくて、手持無沙汰なのも分からないではないけど……
なんて考えてる間にも、炎は次々とデビルズトレントに着弾し、そのHPを削り取っていく。
麻痺がいつまで続くのか、ドキドキしながら見守りながら、それが残り3割を切り、2割を切り、1割を切って……
「オォォォン!!!」
ついに、麻痺が切れた。
「っ、今度は何が……!?」
デビルズトレントの体に罅が入り、それが徐々に大きくなっていく。
このまま砕けて私達の勝ち……と言うにはまだHPは残ってるし、そうなると明らかにこれ、第二形態とかそういう感じのやつだよね? 早くトドメ刺さないと絶対やばい!
「ネスちゃん、次の魔法まだ!?」
「いやまだだ! 変身シーンは最後まで何もしないのがお約束だろう!?」
「えぇ!? そこそんなに重要!?」
「当たり前だ! 第一そんな幕切れは我が納得できん!!」
「そ、そっか」
まあ、ゲームだし、拘りは大事だよね、うん。
いやけど、だったら私の作戦意味なかったね……いや、いいんだけど。
なんてことを言っている間に、デビルズトレントに入った罅は限界に達し、幹より上の部分が一気にはじけ飛ぶ。
中から現れたのは、黒い霧の塊のような化け物。
醜悪な笑みをその不定形の身体に張り付けたそれは、私達を睥睨しながら口を開いた。
『クカカカカ……ワレヲココマデオイツメタコト、ホメテヤロウ』
「あれ、なんか語り出した?」
ひょっとして今、ダメージ無効状態だったりするのかな? もしそうじゃないなら、いくらなんでも無防備すぎると思うんだけど……
『ココカラハ、ワガホンタイでアイテヲシテクレルワ! オロカナルボウケンシャドモヨ!』
本体と言うからには、多分聖なる大樹に取り憑いていた悪魔そのものなんだろう。
追い詰められて出てきたってことは、これまで戦ってた木に宿った状態よりも数段強そうだし、気を引き締めてかからないと……!
悪魔……木から抜け出しても相変わらず名前はデビルズトレントのままのそいつは手を拡げて狂笑を上げ、私達に襲い掛かる!
『クッ、マサカコレホドトハ!』
……と、思ったら、突然数秒前とは打って変わって、弱気な発言を零し始めた。
さすがにこの変化には付いていけず、私も含めてリッジ君やネスちゃんもぽかーんと口を開けたまま固まっちゃう。
『オボエテイロ、イツカワレガチカラヲトリモドシタアカツキニハ、コノチジョウモロトモキサマラをホロビサッテクレヨウゾ! フハハハハ!』
「あ、逃げた」
すっごい小物臭い捨て台詞を吐いたと思ったら、そのまま空へ飛び立ち、逃げ出す悪魔。
あれー? 明らかに今戦闘に入る流れだったよね? なんかその過程をすっ飛ばした感じになってるけど、もしかして木に宿った状態で追い詰め過ぎてバグっちゃった?
半ば呆然としながら、頭の中でそんな考察を続ける私だったけど、ふと視線の先で、ネスちゃんがぷるぷると何かを堪えるように体を震わせてるのが目に入った。
「~~~っ!! おのれ矮小なる悪魔め!! あれだけ勿体ぶったことを言っておいて、やることと言えば逃げるだけか!? どうせなら、HP全快にして再度決戦になるくらいの気概を見せろ!!」
さらっととんでもないこと言ってるけど、そんな展開になる可能性もあったなら変身を待たずに倒して欲しかったな!?
なんて心の中で絶叫する私を他所に、ネスちゃんは逃げる悪魔に向けて杖をビシッ! と構えた。
「貴様には次などない! 今この場で滅びるがいい!!」
魔法が起動し、ネスちゃんの周囲を炎が駆け巡る。
間違いなく、これまでで最大の魔法なんだろうけど……そんなのあったならもっと早く使ってくれてもよかったんだよ?
「現界せよ、終焉の太陽!! 《エクスプロージョン》!!」
『ギャアアアアアア!!』
上空で、悪魔を中心に炎の華が咲く。
夜空を光で埋め尽くす太陽のように輝いたその魔法は、僅か1割を残すばかりだった悪魔のHPを綺麗に消し飛ばし――
クエスト:妖精蝶の救援 3/3
内容:デビルズトレントの討伐 1/1
デビルズトレントの討伐クエストは、間違いなくここに達成された。
けど……なんだか締まらない!!
「えーっと……終わり、でいいのかな?」
「た、多分?」
同じことはリッジ君も思ったみたいで、自信なく頷きを返す。
ネスちゃんのほうも不満そうで、ぷんすかと憤慨してる。
それに何より、
「結局、聖なる大樹はボロボロだけど……これ、このままでいいのかな?」
悪魔が宿り、デビルズトレントになってた時点で枯れてたから容赦なく攻撃したけど、走り回ってたせいで地面からは根っこごと抜けて、幹より上は粉々になっちゃったこれは、とても元に戻るとは思えない。
「えーっと、それは……」
リッジ君が何か言おうとした時、ふと視界に動くものが見えて、そちらに目を向ける。
「あ、さっきのフェアリーバタフライ!」
私が助けて、そのままここへ案内してくれた子が、脅威が去ったのを知ってかまた私のところへ飛んできてくれた。
「ピィ、ピィ♪」
「お礼言ってくれてるの? それは嬉しいけど……」
多分、この子にとっても重要な意味があっただろう大樹がこんなボロボロの状態で、そのお礼を素直に受け取る気には流石になれなくて口ごもる。
すると、そんな私を見て不思議そうに首を傾げた後、フェアリーバタフライは大樹のほうへと飛んで行った。
「何を……?!」
するとそれに合わせて、周りの森の中からたくさんのフェアリーバタフライが出て来て、聖なる大樹の残骸のほうへと集まっていく。
集まったフェアリーバタフライ達は、月光に照らされ輝く羽を操り、まるで舞踏のように空を舞う。
フェアリーバタフライ達が羽ばたくと同時に舞い散る鱗粉が、まるで雪のように大樹の残骸に降り積もり、やがて枯れ果てたはずのそれと共に輝きを放つ。
「あっ……」
大樹から、小さな植物の芽がいくつも生える。
それはフェアリーバタフライ達の祝福を受けて瞬く間に大きく、互いに絡み合いながら育っていく。
「わあぁ……!!」
そこに生まれたのは、新たな一本の大樹。
デビルズトレントに成り果てた時よりも更に大きく立派なそれは、淡く光を放ちながらフェアリーバタフライ達と共に夜の森を優しく、幻想的に照らし上げ、まさに『聖なる大樹』と呼ばれるにふさわしい荘厳な気配を醸し出していた。
「……掲示板で、この光景のスクリーンショットがアップされてるの見てさ……」
大樹と妖精蝶の織りなす光景に見惚れる私に向けて、躊躇いがちにリッジ君が呟く。
それに気付いて視線を向けると、余計に恥ずかしそうに目を逸らされた。
「綺麗だったから、ミオ姉と一緒に見たいなーって、思ったんだけど……ど、どう?」
「えへへっ、すっごい綺麗だよ! クエスト誘ってくれてありがと、リッジ君!」
「ぶふぅ!?」
自信無さげにそう呟くように言うリッジ君を、私は思いっきり抱きしめた。
リアルでは見れない、ゲームならではの絶景。多分、私じゃクエストの存在自体ずっと気付くこともなかっただろうから、リッジ君が誘ってくれなかったらずっと見ることもなかったと思う。
だからこそ、めいっぱいの感謝を込めてハグしながら撫でてあげると、リッジ君は腕の中で恥ずかしそうにもがき始めたけど、でもよく見ればどことなく嬉しそうでもあるから、取り敢えずしばらくこうしてよっと。
「我はひょっとして、付いて来ないほうが良かっただろうか?」
「何言ってるのネスちゃん。ネスちゃんがいなかったら、今晩中にクエスト終わらなかったよ?」
「そういう意味で言ったわけではないのだが……」
嘆かわしいとばかりに溜息を吐くネスちゃんに、私は首を傾げる。
むしろ、今回は全体的にネスちゃんが主役だったと思うんだけどなぁ、やっぱり最後の悪魔の醜態が納得いかなかったのかな?
そうして、私達が親睦を深め合っていると、唐突に大樹の放つ光が一際強くなる。
あまりの光に一瞬目を瞑った私が次に目を開けると、目の前には一人の女性が佇んでいた。
『冒険者の皆様、私と、私の眷属達を悪魔の呪縛から救ってくださり、感謝します』
身に纏っているのは、どこかの民族衣装のような薄い布。背中からはフェアリーバタフライと同じような白い羽が生えていて、明らかに人間じゃないと分かる。
確か、フェアリーバタフライが『妖精の眷属』だったはずだから、この口ぶりと見た目からするに、この人が『妖精』ってことかな?
「いえいえ、私もこんな綺麗な景色が見られてよかったです」
だから、素直にそう返すと、妖精さんはくすくすと可笑しそうに笑みを零した。
……あれ、私そんなに変なこと言った?
『私と眷属達の遊戯が見たいのならば、これからはいつでも歓迎しましょう。ですが、それだけではお礼と言うにも少なすぎるでしょう。ささやかですが、あなた達にはこれを差し上げます』
妖精さんが手をかざすと、光の塊が3つ現れ、私達それぞれの目の前までふわふわと浮いて近づいてくる。
見れば、受け取って欲しそうにニコリと微笑んでくれたから、その光の下に手を添えると、光が弾けて1つのアイテムに変わった。
名称:妖精の祝福
耐久値:100
性能:INT+5 AGI+5
効果:妖精の加護 幸運
効果としてはささやかかな? アクセサリーの基本性能は知らないけど、リッジ君もあまり人気のないクエストだって言ってたし、もしこれが大それた装備ならそんなことにはならないはず。
ただそれ以上に、小さな妖精の羽を模ったそのネックレスタイプのアクセサリーは、クリスタルみたいに半透明で、光にかざすとキラキラと輝いてとっても綺麗だ。
「ほう、INTが上がるのか。そのタイプのアクセサリーはまだ持ってなかったからちょうどいいな」
「僕も、INTは魔法使わないから関係ないけど、AGIが上がるのは良いね」
2人も、それぞれアイテムの性能をチェックして、そこそこ気に入ったみたい。
今後もずっと装備し続けるかは分からないけど、この3人で初めて達成したクエストの報酬だ。ずっと大事にしよう、と心の中で一人呟く。
『ふふふ、気に入っていただけたようで何よりです。それと、魔物使いの少女よ。貴女にはもう一つ』
「へ?」
私だけまだ何かあるの? と思ったら、いつの間にか妖精さんの傍にいた一匹のフェアリーバタフライ……最初に私が出会った子が、ふわふわと私の前まで飛んできた。
『その子が貴女の下へ行きたがっています。よろしければ、貴女の冒険にその子も連れて行って貰えませんか?』
妖精さんのその言葉通りに、『フェアリーバタフライがテイム可能です。テイムしますか?』というシステムメッセージが表示された。
そんなの、悩むまでもない。
「うん、もちろん! これからよろしくね、『フララ』!」
「ピィ♪」
仲間になった証として名前を付けてあげると、フェアリーバタフライ改めフララは、嬉しそうにパタパタと私の周りを飛び回る。
ああ、可愛いなぁ。フララはフェアリーバタフライだけど、好物はなんだろう? やっぱり蝶だしハチミツとか? 戻ったら《ハニーポーション》あげてみようかな。
『ふふふ。それでは、あなた達に良き導きがありますように……』
最後にそう言って、妖精さんは光に包まれ消えていく。
その光は聖なる大樹の中に入っていき、また少し輝きを強めると、フェアリーバタフライ達は楽しげにその周りを飛び始めた。
「……さて、それじゃあそろそろ時間も時間だし、グライセに戻って今日は落ちよっか?」
「そうだな。我もそろそろ休みたい」
「僕も賛成。明日部活あるし」
「いやリッジ君、明日部活なら早く寝なくてよかったの? 朝早いでしょ?」
「ま、まあまだ日付はギリギリ変わってないし、大丈夫だよ」
「もー、寝不足で体壊したりしたらダメだからね?」
リッジ君に小言を言いつつ、私達は聖なる大樹がある隠しエリアを後にする。
ボスの最期はあっけなかったけど、クエスト自体は問題なく達成できたし、何より新しいモンスターが仲間になって、良さげなアクセサリーまで手に入った。
いいこと尽くしで、楽しくて……だからこそ、私は完全に油断していた。
「……えっ?」
元の《西の森》エリアに入ったところで、頭が横から殴られたような衝撃を受けて、私は抵抗も何も出来ずに倒れていく。
視界の端でHPバーが急激に減少し、地面に体が付くよりも早く0になって砕け散る。
「あ……」
私がPKの不意打ちを喰らって倒されたんだと気付いたのは、自分の体がポリゴン片になって消え去る直前、頭に突き刺さった矢と、突然の事態に呆然としているリッジ君やネスちゃんの顔、そしてその奥で、私を見てニヤリと笑みを浮かべる、1人のプレイヤーの姿を見つけた後だった。
エリア移動直後に攻撃されると、割とどうしようもないですよね。