第34話 枯れた大樹と悪魔の樹
頭上をくるくると、ひとしきり飛び回って満足したのか、フェアリーバタフライはふわりと私の肩に止まり、羽を畳んで小休止に入った。それと同時に神秘的な光も収まり、辺りに夜の暗闇が戻ってくる。
これが普通の蝶なら、肩に止まっても全然気にならないんだけど、フェアリーバタフライは羽を拡げるとライムより大きいからか、意外と重い。
妖精の名を冠してるだけあって、中々可愛らしい見た目をしてるから役得ではあるんだけど、これずっと続けたら肩凝りそうだなぁ。
あ、ゲームだから凝らないか。よし、それならこの機会に目いっぱい可愛がってあげよう。うりうり。
「ピィ、ピィ♪」
「おー、愛いやつ愛いやつ~♪」
顎(?)の部分を指先で軽くくすぐってやると、フェアリーバタフライは気持ちよさそうに鳴いてくれた。
うん、可愛いなぁ、このままうちの子になってくれないかな?
「ふははは! 妖精を手懐けるとは、流石我が弟子! 褒めて遣わすぞ!」
「あはは、ありがとネスちゃん。けど私、弟子じゃないよ?」
トッププレイヤーのネスちゃんに褒められるのは素直に嬉しいけど、そこは一応突っ込んでおく。
スルーされたけど。
「……って、ミオ姉、手懐けたのはいいけど、可愛がる前に毒! 毒消して!」
「へ? ああ、忘れてた!!」
慌てたリッジ君の声で、よく考えたらさっきこの子の毒鱗粉にやられた上、突進を受け止めてHPがギリギリになってたのを思い出す。
毒状態は続いてるから、このままでいたらせっかくなんとかなったのに死んじゃう!!
ええっと《解毒ポーション》は……ってああ! 残りは全部使っちゃったんだった!
「ライム、ヘルプ、ヘルプー!」
ちょうど足元まで戻ってきたライムに救援を乞うと、ぷぷっと《ハニーポーション》も吐き出し、私のHPを回復してくれた。
それでもすぐに毒状態で減っていくんだけど、2つ3つと使っていくうちに、自然治癒で毒状態は解除された。
「ふぅ、ありがとライム、助かったよ」
「――――」
「あ、あれ、ライム?」
お礼に撫でようかと思ったら、ぷいっとそっぽを向いて私の手を躱された。
えっ、なんで?
「ライム、どうしたの? お腹空いた?」
「――――」
いつもみたいに、ご飯が食べたくなったのかと思って私のインベントリから餌用の《ハニーポーション》を取り出すけど、ちらっと見ただけでまたぷいっと背中(?)を向けられる。
な、なんで!? ライム、もしかして反抗期!?
「ミオ姉、ひょっとして拗ねてるんじゃない?」
「へ?」
拗ねる? 何に?
「ほら、ミオ姉、これ見よがしにフェアリーバタフライを可愛がってたし……」
「ああ、なるほど」
つまりあれかな、ライムは私がこの子に盗られちゃうと思って、やきもち焼いてるのかな。
なにそれ可愛い。
「ふふふっ、大丈夫だよライム、私はライムのことも大好きだから!」
「――!」
そっぽ向いたままのライムをぎゅーっ、と抱きしめると、ぷるんっと嬉しそうに体が跳ねる。
これからも、ゲームを続ければ新しい子は増えると思うし、放置される子が出ないようにちゃんと平等に可愛がってあげなきゃね。
「なるほど、優秀なテイマーというのはこうなるのか。これからミオにテイムされるモンスターは苦労しそうだ」
「ミオ姉、リアルでもすぐに動物に好かれる性質だったしね……まさかゲームでもこうなるとは思わなかったけど」
「ふむ、流石真っ先にミオにテイムされた1人、言葉の重みが違うな」
「どういう意味それ!?」
ライムを抱いて可愛がり、甘えてくるフェアリーバタフライをまた撫でたりする横で、ネスちゃんとリッジ君も何やらわいわい騒いでる。
うん、仲が良いのはいいことだよ。
「それより! 多分フェアリーバタフライが妖精の眷属で間違いなさそうだし、早く聖なる大樹まで案内して貰おうよ」
「あ、そうだったね。お願い出来る?」
「ピィ!」
すっかり忘れかけてたクエストのことを思い出し、フェアリーバタフライに頼んでみると、快く鳴いて空へ飛び立つ。
そして、羽ばたく度に鱗粉を撒き、空に光の道標を描きながら、フェアリーバタフライは森の奥へと飛んで行った。
「よし、2人とも、行こう!」
頷き合い、フェアリーバタフライを追って森の中を進む。
途中でモンスターに襲われたりもしたけど、今はスピード重視ってことで、私の《感知》スキルとネスちゃんの魔法の先制攻撃で素早く倒して、見失わないように先を急ぐ。
やがて辿り着いたのは、マップの端。システム的にそれ以上進めないはずのそこへ、フェアリーバタフライは溶けるようにして消えて行った。
「この先、行けるの?」
見た目は、これまである程度人が動ける程度にまばらだった木々が、そこから先は急に鬱蒼と生い茂って、マップとか関係なく足を踏み入れられる気がしない。
「まあ、行けるからエルフの秘術なんじゃないかな?」
「それもそっか」
「2人とも、これから悪魔との対決なのだ。自らのスキルを存分に発揮できるよう、準備をしておけ」
「あ、うん」
「分かった」
言われて、そういえば探索用のスキル構成になってたことを思い出し、スキル構成を変更する。
色々とスキルが増えたのに、装備出来るスロットは5つしかないから悩む……なや、む……あれ? これから戦闘しかしないって思うと案外選択肢少ない……
名前:ミオ
職業:魔物使い Lv17
HP:156/156
MP:130/130
ATK:60
DEF:80
AGI:84
INT:53
MIND:79
DEX:110
SP:9
スキル:《使役Lv15》《鞭Lv15》《投擲Lv13》《敏捷強化Lv10》《隠蔽Lv13》
控えスキル:《調教Lv16》《調合Lv15》《採取Lv15》《感知Lv16》《料理Lv4》《鍛冶Lv5》《採掘Lv3》
うん、やっぱりボス戦を考えてスキル組むと、選択肢なんてあるようでないね。精々《隠蔽》と《調教》のどっちを組み込むか悩むくらい。《料理》スキルも考えないではないけど、フィールドで出て来る小型モンスターならともかく、ボス相手なら素直に投げナイフは投げて使った方が良いから却下ってことで。
……次はもうちょっと戦闘系スキル取ろう、うん。レベル20になってサブ職業就いたら、装備出来るスロットが増えるらしいし、ちゃんと活かせるようにしておかないと。
「準備はよいか? では行くぞ、悪魔狩りだ!!」
「いやネス、君後衛でしょ、僕の後ろに居てよ!!」
私が少し落ち込んでる間に、年下2人はさっさとそこへ向けて飛び込み、フェアリーバタフライと同じように消えて行った。
「ああもうっ、2人とも置いてかないでよ!」
2人に続いて、慌ててその繁みに飛び込む。
その瞬間、景色がぐにゃりと曲がり、ちょうどグライセとコスタリカ村にある転移ポータルを使った時みたいな……あるいは、ヒュージスライムと戦うフィールドに着いた時のような、一瞬の浮遊感に包まれる。
「っ……! ここは……」
それが晴れた先にあったのは、森の中にぽっかりと口を開けた広場みたいな場所と、その中央に生えた一本の巨大な大樹。
幹の太さが軽く5mくらいありそうな立派なそれは、けれど今は茶色く枯れ果てていて、大きさのせいで余計寂寥感を覚えた。
「あれが聖なる大樹かな?」
「そうだと思う」
だとしたら、あれに悪魔が取り付いて暴れてるって話だったけど、動くのかな? もう死んでるようにしか見えないんだけど。
とはいえ、案内が終わったからか、それとも大樹の傍にいてまた汚染されないためなのか、一番最初にここに来たはずのフェアリーバタフライの姿が見えないし、やっぱりあれで間違いないよね、多分。
「来るぞ、2人とも構えよ!」
そんな風に考えていたら、ビキバキと音を立てて、大樹の幹に突然亀裂が走る。
枯れたせいで限界を迎えたのかと一瞬思ったけど、すぐにそうじゃないと分かった。
あれは、顔だ。
牙を連想させるギザギザの裂け目は、三日月状に広がってニタリと笑みの形を作り、楕円形に開いた一対の裂け目は、私達を睨むように、それでいて自らに逆らう愚か者を嗤うように細められる。
「オォォォォォン!!!」
大樹が、咆える。
嘆きとも悲しみとも、怒りとも嘲笑とも取れるその不思議な叫び声を皮切りに、頭上にHPバーが表示され、クエスト内容が更新された。
クエスト:妖精蝶の救援 3/3
内容:デビルズトレントの討伐 0/1
戦闘が始まると同時に、リッジ君が1人飛び出してデビルズトレントに向かう。
これは最初から決めていたことで、この3人の臨時パーティで唯一の前衛職であるリッジ君が一番に飛び出してヘイトを稼ぎ、回避に専念しつつボスの気を引く。そうしている間に、この中で最高レベルにして、唯一サブ職業にまで就いてるネスちゃんの火力で一気に削る方針だ。
ちなみに私の役目はヒュージスライムの時と同じ、ポーションを使った2人の回復役。
とはいえ、回復する対象があの時より1人減ってるから、大分余裕はあると思う。
「せいっ!!」
駆け抜け様に、リッジ君がデビルズトレントの根元を剣で斬り裂く。
アーツを使わなかったのは、今回はあくまで気を引くのが目的で、ダメージよりも回避を優先したからか。
そしてその判断は正しかったようで、すぐさまデビルズトレントは、その木の枝を鉤爪のように使って、リッジ君に攻撃した。
「オォォン!!」
「おっと」
私の鞭より更に長いリーチと威力、攻撃範囲で放たれるそれを、リッジ君は軽やかに躱す。
一撃では終わらず、二撃、三撃と、2つの枝を交互に使い、癇癪を起した子供のようにドカドカと地面を殴りつけるけど、肝心のリッジ君には当たらない。全て落ち着いた様子で躱し、軽く枝に向けて反撃して更に気を引いていく。
あんな攻撃の中で、更に反撃を加えられるなんて流石はリッジ君、ってところなんだけど、だからって1人に全部負担を押し付けるわけにはいかない。
「《バインドウィップ》!!」
《隠蔽》と《敏捷強化》を活かして、デビルズトレントにバレないように側面に回り込んだ私は、ちょうどリッジ君に振り下ろそうとしてたほうの枝に向けてアーツを使い、縛り上げる。
さすがに、ボス相手に完全に動きを止めることなんて出来ないけど、最初からそのつもりでしっかりと踏ん張っていれば、腕の一本をほんの少しだけ止めておくことくらいは出来る。
「リッジ君、今のうちに!」
「うん、《トライデントスラッシュ》!!」
デビルズトレントの動きが止まった一瞬の隙に、リッジ君の三連撃アーツが繰り出され、そのHPを削り取る。
もちろん、それだけじゃデビルズトレント全体のHPからすればさほど多くはないけど、その注意が完全にリッジ君に向いた、そのことが重要だ。
「よくやったリッジ! 礼代わりに見せてやろう、我が魔導の深淵を!!」
ネスちゃんが眼帯をむしり取り、杖を構える。
遠目から見ても分かるくらい、自分の見せ場に興奮して爛々と輝く金の瞳を晒しながら、ネスちゃんは朗々と詠唱を始めた。
「紅蓮の弾丸よ、我が敵を焼き尽くす業火となれ!! 《フレイムバースト》!!」
本人が口ずさむ詠唱と、システムとして全ての魔法に存在する詠唱時間の終わりが見事に一致して、杖の先端から炎の塊が飛び出してデビルズトレントに叩きつけられる。
どうでもいいけど、ネスちゃん、もしかして発動するまでにかかる時間を計算して詠唱の文章考えてるのかな? もしそうだったらすごい拘りだなぁ……
「オォォォォ!!」
なんてことを考えている間に、炎に包まれたデビルズトレントのHPは一気に1割以上が失われる。
うわぁ、すごい威力。リッジ君のアーツでも、1割どころかその半分削れたかどうかなのに……やっぱり木だから燃えやすいとかかな?
けど、デビルズトレントも、ただやられっぱなしではいてくれない。
すぐに枝を振り回して炎を振り払うと、その場で枝を拡げ、咆哮を上げた。
「オォォォォォン!!」
地面が揺れるほどの音の暴力に、状態異常でもないのに動けなくなる。
さすがというべきか、リッジ君は剣を構えたまま微動だにしないけど、私とネスちゃんは反射的に耳を塞いで蹲っちゃう。
このまま咆えっぱなしってことはないと思うけど、この状態で攻撃されたらまずいかも……
そんな私の想像は、最悪なことに見事的中していた。
「っ!? 2人とも、跳んで!!」
「えっ?」
「ぬぐっ!?」
リッジ君の突然の声に反応する暇もなく、足元から私の腕より太い何かが飛び出してくる。
そして、それが何かも分からないうちに、ギリギリで回避が間に合ったリッジ君を除いて、私とネスちゃんはそれに全身を縛り上げられた。
「うおぉ!?」
「な、なにこれぇ!?」
これ、もしかして……木の根っこ!? デビルズトレントが咆えてる時に地面が揺れてたのって、これのせい!?
そう気付いた時にはもう既に遅く、縛られたまま体を持ち上げられて、完全に自由が効かなくなった。
「2人とも!? 今助け……くっ!?」
唯一避けられたリッジ君が、助けようとこっちに足を向けるけど、それよりも早く地面を突き破って伸びた根っこが振り回され、弾き飛ばされる。
ダメージはあまりないみたいだけど、そのせいでこっちに来るのが一瞬遅れる。
「オォォォォォン!!」
「はい!?」
その隙に、なんとデビルズトレントが走り出した。
根っこを足代わりに、地面を突き破って動き出したそれは、一直線に未だ縛られて動けないネスちゃんの方へと向かう。
「ネスちゃん!!」
縛られてるせいで鞭も使えず、リッジ君の救援も間に合わない。
無防備なネスちゃん目掛け、デビルズトレントがその枝を振り上げた。