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テイマーさんのVRMMO育成日誌  作者: ジャジャ丸
第二章 オリジナル合金とプレイヤーキラー
33/191

第33話 悪魔の毒と妖精蝶

 リッジ君の先導の下、暗い森の中を襲い来るモンスターを狩りながら進んでいくと、やがて、木に背を預けて疲労した様子のNPCの姿が目に入った。


「大丈夫ですか!?」


 NPCなのは、頭上に浮かぶ黄色のアイコンを見れば分かるし、この状態もクエストの演出なんだろうとは思ったけど、それはそれとしてもこんな危ない森の中、リアルな息遣いを感じる“人”を前にして、平然としてることなんて出来なかった。

 幸い、本当に疲れていただけみたいで、特に怪我もなくすぐにその人は顔を上げた。


「君達は……冒険者か……?」


 顔を上げたその人は、背に弓矢を背負い、長い耳を持ったエルフっぽい男の人だった。

 スラっとした高い身長と、中性的で整った顔立ちは、まさに物語に出て来るエルフのイメージそのもので、やっぱりこのゲームにもそういう人達っているんだなぁ、なんて感慨深く思ったりもするけど、その前に。


「え? えーっと……私達って冒険者なの?」


 そうリッジ君とネスちゃんに確認してみたところ、なぜかNPCなはずのエルフの人も含めてずっこけられた。

 えっ、私そんなに変なこと言った?


「えーっと、ミオ姉、一応僕達プレイヤーの立場は、グライセ出身の冒険者ってことになってるから……」


「へ~、そうなんだ?」


「うむ……というか、このゲームのキャッチフレーズ自体、『冒険者となって幻想と魔法の織りなす世界を謳歌しよう』だぞ」


「へ~……」


 うん、ゲームの中でテイムするモンスターのことで頭がいっぱいで、その辺りは適当に流し読みしてた気がする。

 次からはちゃんと確認するようにしよっと……


「ごほんっ。冒険者の皆様、実は折り入ってお願いがあります」


 なんとも微妙な空気の中、エルフの人は一つ咳払いをすると、改めて本題に入った。


 話を要約すると、邪神を奉ずるアブナイ団体さんがいて、なんとその人達が邪神の眷属である悪魔の召喚に成功してしまい、それがこの森のモンスターに宿って狂暴化。周囲のモンスターを次々汚染して操り、暴れ回っているらしい。


「我らエルフの友である、妖精の眷属までもが、悪魔に惑わされてしまっている。彼らを救うためにここまでやって来たが、どうやら悪魔の汚染を防ぐには、特殊な薬を用意する必要があるらしい……」


「特殊な薬?」


「ああ。その薬を用意して、持ってきてくれないか?」


 ポーン、と音が鳴り、クエストの確認メッセージが表示される。



クエスト:妖精蝶の救援 1/3

内容:《解毒ポーション》を5つ用意してエルフの男に渡せ。



 ふむふむ。

 この、1/3っていうのなんだろう? まあそれは後で聞いてみるとして、クエスト内容は《解毒ポーション》の納品と。……特殊な薬っていうほど特殊かなこれ? 普通にこの森で手に入るアイテムを混ぜて作っただけなんだけど……まあ、《調合》スキルがなきゃ作れないんだし、そういう意味では特殊かな?

 確か、前に作ってそのまま放置してたのがあるはずだけど……


「ミオ姉、どう? 《解毒ポーション》、ある?」


 リッジ君も、もしかしたら最初からこれを当てにしてたのか、特に驚いた様子もなくそう尋ねて来る。えーっと……


「ちょっと待ってね……うん、大丈夫。あったあった」


 合計10本。そんなにいらないかとも思ったけど、キリが良い数字までと思って作ったのがここで役に立つとは。うん、ナイス、この前の私!

 というわけで、エルフさんの前で《解毒ポーション》を5つ、取り出してみせる。


「おおっ、それは間違いなく里に伝わる秘薬! ありがとう、これがあれば妖精の眷属達を救える!」


 えっ、これエルフの秘薬なの!? 簡単に作れたけど!? ってツッコミたくなったけど、まだ話に続きがありそうだったから、そこはぐっと我慢する。


「これで眷属達は救えるが、根本的な解決のためには、元凶の悪魔を打ち倒さなければならない。本来なら私がそうするところだが……この通り、愛用の弓が折れてしまい、戦うことが出来ない」


 エルフの人が背中から取り出した弓は、弦が切れ、途中で折れ曲がっていた。これじゃあ確かに、武器としては使えない。


「いつも思うけど、こういう時僕らが弓を用意したらどうなるんだろ……」


「リッジ君、そういうことは言いっこなしだよ!」


「弓があるのか? それならば共に戦うことも出来よう」


「出来るの!?」


 当然だろう? みたいな顔をするエルフの人に、私達全員顎が外れそうなくらい驚く。

 いやまあ、みんな弓は持ってないから、意味のないフラグなんだけどね。そう素直に伝えると、エルフの人は「そうか、残念だ」とちょっとだけ落胆した様子で、けれどすぐに気を取り直して説明を再開する。


「森の奥にある聖なる大樹、それに悪魔は憑依して、操っている。どうかヤツを打ち倒し、この森に平穏をもたらしてくれ」



クエスト:妖精蝶の救援 2/3

内容:聖なる大樹の下へ向かう。



 クエスト内容が更新され、1/3だったのが2/3に変化した。

 どうやらこの数字、クエストの進行度合いを表してたみたい。


「ふっふっふ、了解した! 相手が悪魔だろうと神だろうと、我が深淵の炎で焼き尽くしてくれよう!! 期待して待っているといい!!」


 けど、そんなことは気にも留めず、ネスちゃんはエルフの人相手に高らかに口上を述べ始めた。

 その堂々たる振る舞いに、エルフの人は目に感嘆の色を浮かべ、「おおっ、期待しています、冒険者殿」とノリ良く頭を下げている。なんというか、うん、良い人だね、この人。


「聖なる大樹の所在は、我らエルフの秘術で普段は隠されております。途中、秘薬を用いて妖精の眷属を救い、道案内を頼むと良いでしょう」


「あ、はい。分かりました」


 そう言って、最後にエルフの人は《解毒ポーション》を1つ、私に返してくれた。

 これを使えば良いのは分かるんだけど、そもそも妖精の眷属について何も知らないから、使いようがない。


「ちなみに、妖精の眷属ってどういうモンスターなんですか?」


「妖精の羽を持ち、光を纏い空を舞う美しいモンスターです。もっとも、今は悪魔に汚染され、変質してしまっているでしょうが……」

 

 まさか、そのまんま妖精の眷属って名前じゃないだろうと思って試しに聞いてみると、思った以上にふわっとした回答が返ってきた。

 どうやら、このエルフの人にも、今妖精さんがどういう状態になってるか分からないみたい。うーん、困った。


「ほら、行くぞミオ、さっさと悪魔を打ち倒す!」


「えっ、ネスちゃん、妖精の眷属が何か分かるの?」


「いや、知らぬ」


「そ、そうなんだ……」


 まさかの即答に、がくっと肩を落とす。


「だが、予想は出来る」


 けれど、ネスちゃんはむしろ自信ありげにニヤリと笑みを浮かべた。


「クエスト名が妖精蝶の救援なのだ。妖精の眷属とやらも、蝶か蝶に類するモンスターであることは想像に難くないだろう」


「お、おお……!」


 言われてみれば確かに。クエストの内容は見ても、クエスト名なんて全然気にしてなかったからすっかり見落としてたよ。


「さっすがネスちゃん、頼りになる!」


「ふっふっふ、そうだろうそうだろう……って! だからなぜそこで頭を撫でるのだ!?」


「えっ、可愛いからだけど?」


 ドヤ顔で胸を張るネスちゃんは、誰だって思わず撫でまわしたくなる可愛さがあると思う。リッジ君も横でなんだか羨ましそうな顔してるし、間違いない。


「――!」


「あはは、ごめんごめん、ライムも可愛いよ?」


 さっきからネスちゃんばっかり構ってたからか、ぷるぷると抗議するように震えるライムを撫でてあげると、そのまま甘えるように体を擦りつけてくる。

 おーよしよし、ふふっ、うちのライムも可愛いなぁ。


「いいな……」


 そんな中ポツリと呟かれたリッジ君の言葉は、静かな森の中に不思議と響いた。

 それを本人も自覚しているのか、みるみる顔を赤くして、パタパタと慌てて手を振って否定し始める。


「い、いや、今のはそういうことじゃなくて!!」


「ふふふふ。いいよリッジ君、誰だって今の見てたらそうなるよね」


「だ、だから……!」


「いいから、はい!」


「えっ?」


 慌てて取り繕おうとするリッジ君に、私はライムを手渡してあげる。


「リッジ君も撫でてみたかったんでしょ? 可愛いし、ぷるぷるで見るからに触ると気持ちよさそうだもんね、その気持ち分かるよ!」


 私も初めてライムと会った時、テイムに成功するまで抱き上げるのを我慢するのは大変だった。

 けど、今ここにいるのはちゃんとテイム済みで、良い子に育ってるライムだから、触りたかったらいつでもウェルカムだよ。ライムを可愛いって思って貰えたら、私も嬉しいからね!


「あ、ああ、うん……ありがとう、ミオ姉……」


「どういたしまして……?」


 心なしかどんよりした空気を纏ったリッジ君が、癒しを求めるようにライムを撫で始める。

 うーん、どうしたんだろう、学校で嫌なことでもあったのかな? お盆にはリアルで会えるけど、その前にも会いに行ってみようっと。


 そんなことを考えてたら、隣からネスちゃんの押し殺したような笑い声が聞こえてきた。

 こっちは本当にどうしたんだろ。あ、もしかしてリッジ君がイメージと違って可愛い物好きなのがウケたのかな?


「い、いや、済まぬ、決してバカにしているわけではない。ただリッジも苦労しているようだな、と……くくくっ」


「んなっ……!?」


 そんな私達の視線に気付いてか、笑いながら弁解するネスちゃんの言葉に、なぜだかリッジ君は一気に顔を真っ赤にする。

 えっ、今のどこら辺に恥ずかしがる要素が?


「それってどういう……?」


「わーわー! ほらミオ姉、ネスも、早くクエスト進めるよ! いくら夏休みだからってあんまり夜遅くまでゲームしてるわけにもいかないし、さっさと終わらせよう!!」


「えっ、あ、うん」


 思いっきり取り乱しながらそう叫ぶと、リッジ君はその場から逃げるように歩き去っていく。

 その後ろをついていきながら首を傾げる私を他所に、ネスちゃんは隣を歩きながらも、ずっと笑いを押し殺していた。





 しばらく歩いたところで落ち着いたのか、リッジ君もようやく私達と並んで歩き始め、私の《感知》スキルで周囲を索敵しながら進んでいく。

 それだけ聞くと私が先導してるみたいだけど、実際のところ、ネスちゃんは魔法で、リッジ君はランプを持って光源を確保して動いてるから、大まかな位置だけ指示したら2人とも自分でモンスターを見つけ出して素早く倒しちゃうし、私の出る幕なんてほとんどない。寄生プレイって楽だなー。あははは……はぁ……


「ミオ姉、どうかした?」


「いや、うん、自分の弱さを再確認してるところ」


 私とライムも、レベルを上げるために時々倒してはいるんだけど、やっぱり2人に比べると全然遅い。

 投げナイフじゃなくて、ちゃんとしたナイフにすればまた違うのかもしれないけど、投げナイフと違ってそっちは短剣カテゴリに入るから、しっかりした設置型の炉を買わないと作れないんだよね。

 いっそ、それもウルに頼もうかなぁ……


「む? 何を言う、ミオは生産職だろう? 純粋な戦闘職の我らより弱いのは当然だ。むしろ、そこらの生産職に比べたらよほど戦力になっているぞ?」


「ぐふっ!」


 何気ないネスちゃんの一言が、ぐさっ!! と音を立てて私の心に突き刺さり、膝を突いてその場に崩れ落ちる。


「ど、どうした?」


「違う、違うんだよネスちゃん……私生産職じゃないから……テイマーだから……戦闘職なのぉ」


 確かにライムはまだまだ弱くて、それをサポートするために色んなアイテム作ってるけど、基本的に全部戦闘のためだから、生産職では断じてないの!


 そう心の中で絶叫する私の声が聞こえたのかそうでないのか、ネスちゃんは不思議そうに首を傾げた。


「いや、ミオ、ただでさえテイマー……このゲームの《魔物使い》というジョブは生産職寄りのステータスだというのに、更にはポーションを作成し、ミニスライムをテイムし、農地まで買っておいてそれはいくらなんでも無理があると思うぞ……」


「ごめんミオ姉、僕も流石に擁護できない」


「リッジ君まで!?」


 2人の容赦ない指摘に、およよ、と涙を流す。

 いやうん、本当は私だって分かってるよ? ライムの好物を作って手に入れるためとはいえ、もはや戦闘系のスキルより生産系スキルのほうが多い現状を見て、戦闘職って言い張るのは無理があるって。

 けど、お兄にライムを育て上げて認めさせるって言った手前、生産職だからって現状に甘んじるのもなんだか悔しい。


 なんて考えてたからかどうか分からないけど、ちょうどそこで、新しく《感知》スキルに引っかかる反応があった。

 いっそ今度は戦闘職らしく、2人に黙って私が倒そうか、なんてしょうもない考えが頭に浮かんだせいで、その存在を伝えるよりも先に1人でそっちに目を向けたんだけど、今回ばかりはそれが良い方に働いた。


「あ、2人とも、あれ見て!」


 私が指差した先に居たのは、一匹の巨大な蝶のようなモンスター。

 木々の間から洩れた月光を受け、蝶の周りをキラキラと舞う鱗粉はとても綺麗だけど、その禍々しい紫の光は見惚れるよりもまず警戒心を抱かせる。羽の色もまた、毒々しいまでに不気味な紫で、触れただけでも体に悪そうだ。

 ポイズンバタフライ……そう頭上に表示されたモンスターは、ふわふわと飛びながらこちらに気付き、その羽を拡げて襲い掛かってきた。


「ピィィィ!!」


「うおっと!?」


「のわぁ!?」


 いち早く気付いていた私はともかく、他の2人は一瞬回避が遅れて、直撃こそしなかったもののポイズンバタフライが巻き起こした風に煽られてバランスを崩す。


「2人とも! ……あれ?」


 追撃されると危ない、そう思ってフォローしようとしたけど、ポイズンバタフライは通り過ぎた後、その場でふらふらと危なっかしく漂っていて、攻撃してくる様子はない。

 どういうことかと思っていたら、ギリギリで躱したはずの2人に異変が起きた。


「うぶっ、なんだか気持ち悪い……」


「くっ、毒状態か。姑息な虫ケラめ、我にこのような小細工など……!」


 2人のHPバーに、毒状態を示すアイコンが灯っていた。


「もしかして、さっきの風で撒き散らされた鱗粉で?」


 ポイズンバタフライが羽ばたく度に散る紫の鱗粉。どうやらあれに触れるか吸い込むかすると、毒の状態異常を喰らうみたい。


「厄介な、今すぐ我の魔法で焼き尽くして……!」


「ストップ、ストーップ! あれ多分エルフの人が言ってた妖精の眷属だから、倒しちゃダメだって!」


 杖を構えて魔法の照準を付けようとしたネスちゃんを、慌てて止める。

 けどネスちゃんも流石にそれは分かってたのか、「案ずるな」と不敵に微笑んだ。


「ここのレベル帯なら、最下級魔法一発で死にはしないはずだ。HPを一発で半分削れば気絶状態になる可能性が高い、その隙にミオは《解毒ポーション》を……」


「ダメ! 攻撃禁止!」


 大丈夫だと太鼓判を押した直後に否定されて、ネスちゃんが目を丸くする。

 確かに、そうした方が早くて楽なのかもしれないけど、私はあのモンスターを傷つけたくなかった。


「あの子、毒で苦しんでる。私達を攻撃するのだって、本当は嫌がってる!」


「そ、そうなのか?」


「そうなの!」


 私も本当ははっきり断言できるわけじゃないけど、毒で苦しんでるのと、アクティブモンスターの割にあまり積極的に攻撃して来ないのは確かだし、間違いないと思う。

 エルフの人の話を信じるなら、本当は味方になってくれる子のはずだし、無闇に攻撃するのは嫌だ。


「まあ、ミオ姉なら拘束系アーツもあるしね、任せるよ」


「ありがと、リッジ君! はい、2人はポーション飲んでて」


 《解毒ポーション》を3つ取り出して、2人に1つずつ渡した後、その場を離れて突進されても毒の鱗粉が2人にまた当たらない位置まで移動する。


「えいっ!」


 とりあえず、まずは一投。《解毒ポーション》をポイズンバタフライ目掛けて投げつける。

 けど、それは空中でひらりと躱されてしまった。


「むぅ、ダメか」


 ハウンドウルフに比べたら全然速くないんだけど、あのひらひらとした独特の動きのせいか、上手く狙いが定まらない。

 今の感じだと、何回投げても当たらない気がする。


「なら、捕まえて直接ぶっかけてあげる!」


 そう判断した時には、私はもう1つの《解毒ポーション》を取り出して、即座に駆け出していた。


 一直線に向かっていく私を見て、ポイズンバタフライはまた大きく羽を拡げる。


「向かってくるなら、タイミングを合わせて……」


 《バインドウィップ》で拘束して、それで終わり。そう思ったけど、ポイズンバタフライはさっきみたいに突進して来たりせず、その場で大きく羽を羽ばたかせた。

 巻き起こる風に乗って、私に大量の毒鱗粉が降りかかる。


「わぷっ!? ぶふっ、げほっ、げほっ!」


 まともにそれを浴びた私は、すぐに胸の奥から込み上げるような気分の悪さを覚えて、足を止めた。

 うぅ、毒状態になるの初めてだけど、こんな感じなんだ……気持ち悪い……


「待っててね、すぐ治してあげるから」


 こんな気持ち悪い中、あの子はどれだけの時間1人で苦しんできたんだろう。それを想像したら、自分の苦しさなんて屁でもない。

 よく見れば、ポイズンバタフライのHPは見つけてからずっと減り続けてる。このまま戦闘が長引けば、やがて0になって死んじゃうのは間違いない。

 そんな結末、私は嫌だ。


「ライム、お願い!」


「――!!」


 インベントリ内の残った《解毒ポーション》は2つ。それを全て、ライムに託す。

 それの意味するところを感じ取ってくれたのか、ぷるん! と強く震えて決意を露わにするライムを心強く思いながら、私はその体を抱えて振りかぶった。


「いっけーーー!!」


 渡したポーションの1つを使って、ライムが毒状態から復帰すると同時に、《投擲》スキルを使ってポイズンバタフライのところ目掛け放物線を描くように放り投げる。

 それに合わせ、地上の私も毒状態を押したままポイズンバタフライの下へ走った。


「ピィ……!」


 ポイズンバタフライの回避行動は読みづらいとは言っても、ヒュージスライムみたいに素早く一気に距離を取られるわけじゃないから、今迫ってるライム自身を躱したとしても、そこから追撃として飛び出る《解毒ポーション》は躱せないはず。

 そして、ポイズンバタフライにそれを避けるほど、一気に距離を稼ぐ手段があるとしたら。


「ピィィィ!!」


 最初にやった体当たりで、真正面から突っ切るくらいだ。


「そこっ、《バインドウィップ》!!」


 けどそうなれば、最初の時みたいに不規則な動きで回避行動を取られることもない。

 毒状態で気分が悪いのを押し殺し、私はアーツを使ってポイズンバタフライの動きを封じ込めた。


「ピ!?」


 鞭で縛られ、羽ばたくことすら出来なくなったポイズンバタフライが地面に落下していく。


「間に合えーーー!!」


 そうなる前に、ポイズンバタフライと地面との間に私の体を滑り込ませ、突進の勢いと落下の衝撃を全部受け止める。


「うぐっ……!」


 HPが減少するほどの衝撃と、毒状態の気持ち悪さとが合わさってクラクラするけど、吐き気まではシステム的に覚えないお陰でなんとか耐える。

 そして、未だ暴れようとするポイズンバタフライを優しく抱いて、手に持った《解毒ポーション》の蓋を開けた。


「もう、大丈夫だよ」


「ピィ……」


 《解毒ポーション》を、ポイズンバタフライの体にかけていく。

 すると、その羽を染め上げていた毒々しいまでの紫がみるみるうちに薄れていき、中から別の色が浮かび上がってくる。


「わぁ……」


 光そのものを凝縮したような、白く輝く羽。

 《バインドウィップ》の拘束が解かれるのに合わせ、まるで羽化するかのように広がるそれは、夜空に輝く月のように辺りを照らす。

 随分と減っていたHPゲージが一気に全快し、その名前も別の物へと変更される。


 フェアリーバタフライ。

 妖精の名を冠したその蝶が、元気よく夜空に飛び上がった。

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