第3話 モンスターと初テイム
早速モンスターをテイムするためやって来たのは、始まりの街《グライセ》の東側にある原っぱみたいなフィールド、通称《東の平原》。うん、そのまんまだね。
始まりの街の周りには4つのフィールドがあるんだけど、ここは非好戦的なモンスターが多くいて、かなり奥まで進まないと経験値効率が悪いのもあってか、他のプレイヤーの姿もない。
穏やかな風が吹き抜け、くるぶしほどの高さの草むらがなびく。
そんな長閑な光景の中を、のっしのっしと歩くモンスターの姿が見えた。
全身を長いふさふさの毛で覆われた、小型のゾウのようなモンスター。その名前は、マンムー。
小型と言っても私の胸の高さくらいはあるし、ゾウ型のモンスターなだけあって力も強そうだけど、その頭上に浮かび上がる逆三角錐のマーカーは黄色。お兄から聞いていた通り、ノンアクティブモンスターだった。
「うわぁ、可愛いーー!!」
そんなマンムーを見た私は、迷わず駆け寄ってマンムーに思い切り抱き着いた。
同時に、ぼふっと顔を毛の中に埋め、これまで画面越しで想像するしかなかった感触を味わい尽くすように、全力ですりすりする。
「うへへへぇ、いい匂い~」
もふもふした毛触りに、マンムー自身の体温。更には匂いまで、とてもゲームの中とは思えないくらいリアルにその存在を感じられる。
はあぁ、幸せぇ……もう今日はずっとこうしててもいいかも……
「ブモォ!!」
「ふぎゃ!?」
そんなことを考えてたら、マンムーが急に雄叫びを上げて足を振り上げ、私の体が軽々と蹴飛ばされた。
視界の端に表示されてた私のHPゲージがガクンッと減って、一気に半分近くまで削られる。
あれ、ノンアクティブモンスターは私が攻撃するまで攻撃してこないんじゃなかったの!? なんで!?
そんなことを考えながら、蹴飛ばされた勢いでゴロゴロ転がり、やっと落ち着いたところで慌てて顔を上げると……マンムーは、私のほうを一瞥した後、ぷいっと顔を背け、むしゃむしゃと足元の草を食べ始めた。
「あたた……ご飯中だったんだ、ごめんね、気付かなくて」
どうやら、ご飯中に私が急に抱き着いたもんだから、邪魔されたと思って怒っただけみたい。
うん、それは怒るよね、ちょっと初めてのリアルなVRで気持ちが昂りすぎてたかも。反省反省。
「けど、本当に、何かするとちゃんと反応してくれるんだ……」
高性能なAIを搭載したゲームとは聞いていたけれど、さっきの苛立ったような鳴き声といい、今の私から距離を置いて警戒している空気といい、すごくリアルだ。マンムーに嫌われちゃったのは悲しいけど、それはそれとしてすごく感動した。これは、期待以上かも。
「でも、まずはテイムに成功しなきゃ意味ないよね」
とはいえ、このままモンスターに嫌われるばっかりじゃ当初の目的が果たせない。なんとかモンスターをテイムして、合法的に可愛がらないと。
「マンムーは……今日は無理そうだね」
敵……とまでは言わないけど、かなり嫌われてしまったみたいで、抱き着いた子だけでなく他のマンムーも私のほうに近づいて来ようとはしない。
食べ物の恨みは恐ろしい……別に横取りしたわけでもないけど。
と、そんなことを考えながら、がっくりと肩を落として溜息を吐いていると、足元で何かが蠢く気配がした。
「んん?」
目を向けてみると、そこにはこれまた一匹のノンアクティブモンスターがいた。
大きさはサッカーボールより気持ち小さい程度。ぷるぷるとしたゼリー状の体は動く度に波打って、触ると気持ちよさそう。それでいて、私の足にすりすりと擦り寄ってくる様はなんとも小動物みたいで可愛らしい。
「この子、ひょっとして……スライム?」
恐らく、ゲームをやったことがない人でさえ知っているほどの有名モンスターであると同時に、最弱の代名詞でもあるモンスター。
このゲームでスライムが強いかどうかは分からないけど、少なくとも始まりの街のすぐ傍で、ノンアクティブモンスターとして出てくるってことは、この子は強くないと思う。元々、《東の平原》はそういう弱いモンスターが多くいる場所だし。
「えへへ……」
けど、私にとって元の強さなんて二の次。可愛いと思えるかどうかが一番大事だ。強さは愛で賄ってあげてこそのテイマーだと思ってる。
とはいえ、ここでまた感情に任せて抱き着いたりすると、せっかく自分から寄ってきてくれたのにまた嫌われるかもしれない。
ここは、古典的だけど餌で釣るとしよう。
「ほら、スライムちゃん、ご飯だよ~」
インベントリから《魔物の餌》を取り出してしゃがみ込み、掌に載せた状態でスライムの傍に持っていく。
目も口もないけれど、私の手の上に乗った餌に気付いたのか、スライムの意識がそちらに移ったのがなんとなく分かる。
興味を持ってくれるかどうか、ドキドキしながら待っていると、スライムはその体の一部を触手のように伸ばして、私の掌の上にあったブロック状の餌をその体内に取り込んでいった。
「おおっ、食べた!」
半透明な体に取り込まれて、消化の様子も見えたりするのかと思ったけど、取り込まれた傍から光に包まれて消えていったから、さすがにそこまでは分からなかった。
けど、消えると同時にスライムのぷるぷるボディがぷるんっと揺れて、その全身で喜びの感情を表現してる。
「えへへ、美味しかった? なら、もっと食べる?」
新しくもう一つの餌を取り出すと、今度は躊躇いなくすぐにパクついて、ぷるるんっと嬉しそうに体を揺らしながら取り込んでいく。
「えへへ……可愛い……」
掴みはオッケー。というわけで軽く撫でてみると、スライムの体はひんやりと気持ちよくて、ぷるぷると少し弾力のある感触が返って来る。
今度はちゃんと餌で好感度を稼いだからか、特に嫌がられることもなく、スライムは撫でられるままに身を任せてくれた。
「はあぁ……最高……っと、いけないいけない、テイムしに来たんだった」
スライムを撫でて満足しかけてたけど、ここでテイムしておけばもっとたくさんスキンシップを取れるのを思い出して、慌ててステータス画面を開き、《調教》スキルがセットされてることを確認する。
「えーっと、確か……テイムはモンスターを弱らせるか、一定以上好感度を稼いだ後に使うと成功率が高い、だっけ……」
お兄から教えて貰ったことを反芻し、改めてスライムの方を見る。
少なくとも、弱ってはいない。けど、これだけ傍でなでなでして、全く逃げる様子もないんだし、好感度が低いわけじゃないと思う。
けど、なんだか調教って字面があれだからか、なんとなく勝手にやるのも悪い気がして、気付けば目の前のスライムに問いかけていた。
「ねえ、スライムちゃん、私と一緒に冒険しない?」
スライムは喋れないみたいで、答えはない。けどその代わり、ぷるんっと軽く震えて、なんだか首を傾げているような、そんな雰囲気が伝わってきた。
「あはは、分かんないか。じゃあ、友達はどう? 私と友達になって欲しいな」
そう言い直すと、今度はぷるんっ! と一際強く波打って、私の手に擦りついてきた。
何を言いたいかは分からないけど、好意的な感情を向けてくれてるのはなんとなく分かる。
「うん、じゃあ行くよ! ……《テイム》!」
擦りついてくるままに、頭(?)に手を置いて、スキルの発動キーを唱える。
それと同時に、私の掌から出た光がスライムを包み込んで――
『《ミニスライム》が仲間になりました 名前を決めてください』
インフォメーションが流れて、テイムの成功を伝えてくれた。
「やった! 私の《MWO》初ペットだ!」
ここまで来れば遠慮はいらないとばかりに抱き上げ、ぴっぴっぴっと空中に現れたウインドウに名前を打ち込む。
じっくり考えてもいいんだけど、こういうのはインスピレーションが大事だから、ぱっと思いついたこれにしよう。
「これからよろしくねっ、《ライム》!」
ぎゅっと抱きしめたその子を、今付けてあげたばかりの名で呼びながらなでなでする。
そんな私のスキンシップを嫌がることもなく、ぷるぷるっと嬉しそうに震えながら、ライムは私の使役モンスターになった。