第29話 鍛冶スキルと新しい好物
クレイゴーレムを予想外の方法で撃破した衝撃から立ち直った私は、そのままグライセに戻ると《携帯炉》だけ購入し、急いでコスタリカ村までポータルで転移した。
洞窟からアイテムを持ち出す時も、特に誰かに見られてたわけでもないし、大丈夫だとは思うけど、やっぱりいきなり大金を得ちゃうとPKみたいな良からぬ輩に狙われるんじゃないかって被害妄想を浮かべちゃうのは、小市民の性だ。
だったら早く使っちゃえばいいじゃんって思うかもしれないけど、夕飯までまだ時間あるからお兄はMWOに夢中だろうし、ウルも鍛冶作業中だろうから、こんな用事で邪魔するのも悪いし。
それに何より、そろそろご飯を作らないとライムの空腹ゲージがやばいし。
「というわけで、ライムの新しいご飯の開発研究を行っていきたいと思います!」
わーわー! と言わんばかりにぴょんぴょん跳ねて喜びを露わにするライム。
けどうん、楽しみなのは分かるけど、《携帯炉》は燃えてるから、そんなに間近で見てると危ないから。ライムはこっちで《酸性ポーション》作って待っててね?
「とりあえず、まずは普通のインゴットを作って慣れないとだよね」
《鍛冶》スキルがちゃんと装備されていることを確認した上で、買ってきた《携帯炉》を起動し火を灯す。
どうでもいいけど、持ち運べる炉ってなんだろ? 火種も何にも使ってないけど、燃料何使ってるの? やっぱり魔法的な何か?
そんな疑問を覚えつつも、スキルのアシストに従って、まずはインベントリから取り出した鉄鉱石を6つ、炉の中に放り込む。
まるで生き物みたいにうねる炎に飲まれた鉄鉱石は、その中で真っ赤に染まり、混ざり合い、1つになっていく。
「これでいいのかな?」
1つになった赤い塊を、大きめのペンチみたいな道具で挟んで取り出し、小さめの金床? の上に置いたところで、片手持ちのハンマーでカンッ! カンッ! と叩き始める。
うーん、やっぱり小さくても、こうやって金属を叩いてると、鍛冶仕事してるって感じがするよね。この工程に何の意味があるのかとか、そんなのは全く知らないんだけど。
「よっ、ほっ、ほっ」
掛け声と共に、リズミカルにハンマーで叩いていると、段々塊が黒くなってくる。
それをまた熱し直し、赤くなったのを叩いて、また熱して、叩いてと繰り返すうちに、ただのゴツゴツした塊だったそれの形が整って、ウルの小屋で見た綺麗な延べ棒みたいな形になっていく。ただ同じところを叩いてるだけで何でこうも綺麗な形になるんだとか、突っ込んではいけない。
そして、最後にまだ熱いそれを水に付けて冷やすと……
名称:鉄インゴット
詳細:鉄で出来たインゴット。武器の製作に使う。
「よし、取り敢えず出来た」
まあ、こんなところで躓いてたらライムのための食用インゴットなんて夢のまた夢だし、出来てくれなきゃ困るんだけどね。
「さて、次はー……」
幸い、あの洞窟で鉱石類もかなり手に入ったから、まずは《鍛冶》スキルのレベル上げも兼ねて純性のインゴットをいくつか作ってみる。
クリアライト、銅、銀、黒曜結晶、マナタイト。とりあえず、自力で見つけられた鉱石を1つずつ純インゴットにしてみたけど、黒曜結晶以外はちゃんと全部出来た。黒曜結晶だけは、なぜかインゴット化しても《大きな黒曜結晶》って、インゴットなのかそうじゃないのかよく分からない塊になったけど。
「これ、生産失敗なのかそうじゃないのか、どっちなんだろ」
そもそも生産スキルで失敗することがあるのかどうか自体、本当のところは知らないんだよね。DEXがそういう生産系に関係あるステータスだってお兄が言ってたから、低いと失敗することがあるのかなって思っただけで。
……でも、これでもし失敗することがないんだったら、このステータスなんの意味があるんだろ。《投擲》スキルの命中補正くらい? うーん……
そんなことを考えている間にも、純インゴットをそれぞれ《酸性ポーション》を作ってる最中のライムにあげて、反応をじっくり観察してみる。
ポーションと違って、インゴットは自分で味見出来ない上に、明確な性能が数字で表示されることもないから、出来栄えは完全にライムの反応で判断するしかない。だから一挙手一投足も見逃さないようじーっと見つめながら、メニューのメモ帳機能を使いつつ、同じ純インゴットでもいくつか微妙に作り方……ハンマーで叩く回数だとか、冷やして完成させるまでに熱する回数だとかを変えて作った物を食べさせてみる。
「うーん……純インゴットではクリアライトが一番ダメ、マナタイトが一番好き……銅と鉄は同じくらいだけど、やや銅が優勢、銀はマナタイトの次くらい? 黒曜結晶はやや微妙と……それで、同じインゴットでも作り方を変えると、名前は一緒だし、インベントリでも同じ枠に入るけど、微妙に味が変わる……ふむふむ」
ポーションの場合だと、作り方を変えればそもそも名前すら別物になって味も全然変わるから、まだ分かりやすいんだけどなぁ。
まあ、ライムの胃袋がブラックホールなお陰で、味見のほうは際限なく出来るからいいんだけど、だからって作り方まで突き詰めて検証するには流石に鉱石が足りない。
「まあ、今日のところは合金の組み合わせを考えるところまでにしよっと」
合金に限らず、インゴットを作る時には鉱石が6つ必要になる。
だからまずは、一番多い鉄鉱石を3つ炉に放り込んで、もう1種類、次に多いクリアライトを3つ放り込んでみる。
熱された塊をトンテンカントンテンカンと叩いて伸ばし、また熱して叩いてと繰り返し、早くも慣れ始めた作業の末に、水で冷やして出来上がったのが。
名称:合金インゴット
詳細:複数の鉱石を組み合わせて出来たインゴット。武器の製作に使う。
「うん、ウルに余り物の合金貰った時から分かってたけど、やっぱり使われてる鉱石の種類すら詳細に書かれないのね」
しかも、見た目も鉄インゴットからあんまり変わってないし。どうやって見分ければいいのさ。
……あ、なんか『この合金に名称を付けますか?』ってメッセージ出てきた。これで名前を付けたら見分けが付くようになるのかな?
まあ、良い合金が出来たら考えよう。
「次はーっと……」
出来れば全通り試してみたいところだけど、流石にそうするには数が足りな過ぎるから、取り敢えず1度に2種類、3個ずつ放り込んでそれぞれの組み合わせの相性を試していって、ライムの反応が良かった物から順に、良さそうな組み合わせを抜き出していく。
「んん~……一番がマナタイトと鉄鉱石! 次がマナタイトとクリアライト、最後に銅とクリアライト!」
一番だけじゃなく、上位3つを宣言すると、ライムは「正解!」と言わんばかりにぷるんぷるんと嬉しそうに体を揺らした。
ふふふ、私も伊達にライムのご飯兼ポーションを作り続けてないからね、ライムの感情表現への理解はもうバッチリだよ!
というわけで、今度はその上位3つの最適な比率を探るため、また炉に向かってポイポイと鉱石を放り投げ、トンテンカンとハンマーを振るう。
「うーん、鉱石足りるかな?」
あの洞窟から持ち出した鉱石は結構な量があったけど、ここまでたくさん作っていればみるみるうちに無くなってくる。
一応、今日検証する分は持ちそうだけど、明日も結局また採掘に行かないとダメかも。
「まあいっか。その分ライムがお腹いっぱいになるんだし」
厳密には、満腹ゲージなんてとっくに満タンなんだけど、今も《酸性ポーション》を作りながらじーーっと私の手元を見て、涎をだらだら垂らしてるし、まだまだ満足するには程遠そうだ。
え? それは涎じゃなくて《酸液》じゃないのかって? いいや、あれは涎だね! 《酸液》でもあるけど、ライムのあの目は間違いなく、目の前にある餌を我慢して待ってる子犬の目と同じだもん! ライムに目はないけど!
「さて、こんなところかな」
そんなことをしている間に、またもいくつかサンプルを作り、ライムに試食して貰ったところ、それぞれ最適なのはマナタイト4:鉄鉱石2、マナタイト5:クリアライト1、銅鉱石4:クリアライト2ということが分かった。
ライムもそれなりに気に入ったみたいだし、これで終わりにしてもいいんだけど……まだ鉱石もあるし、せっかくだからここは更に一歩進んで、鉱石3種類を使った合金を試してみよう。
「まずは、鉄鉱石」
他の鉱石に比べて、特に相性の悪い鉱石がなかったから、多分何と組み合わせてもそれなりに調和してくれる。きっとあれ、鍋で言うところのカレー的な。いや、それだとカレー味で誤魔化してるだけだから違うかな?
「次、マナタイト鉱石」
純正のインゴットで一番美味しかっただけに、やっぱりこれを使った合金はライムの中でも高評価なものが多かった。きっと鍋で言うお肉的な存在。いっぱい食べたいよね。でも食べ過ぎはNG。
「最後、クリアライト鉱石」
純正だと一番不評だったけど、他と混ぜると案外ライムからの受けが良かった。ただ、4つ以上使うと一気に評価が落ちて行く傾向があるみたいだから、少しだけ混ぜるのがポイントなんだと思う。きっと白菜とかそんな感じ。あってもみんな大して食べないけど、なかったらなかったでちょっと寂しい的な。
「トンテンカン~っと」
これら3つを、2:3:1の割合で炉に投入して、今までと同じように形を整えていく。
どうせカレー鍋に例えるなら、銅鉱石とか入れたほうが色がそれっぽくなりそう、とか一瞬頭を過ぎったけど、そもそもあくまで例えであって、今作ってるのは合金インゴット。料理とは違うんだから、色なんてどうでも……あ、いや、でもこれライムのご飯になるわけだし、見た目にも拘ったほうがいいのかな?
いやでも、合金インゴットの色ってどういう理屈で決まるんだろう? やっぱり元になった鉱石の色? うーん……
と、どうでもいいことを考えながらも手は休まず動き続け、特に何か問題が起きることもなくインゴットとして完成した。
「よしっ、出来た!」
乳白色で、ところどころ半透明になったこのインゴットは、金属というより水晶とかそんな感じの物に見えるけど、クリアライトの透明感と、マナタイトの白っぽさを合わせた合金と思えば、こんなものかな? って思う。
ただ綺麗ではあるけど、少なくとも、食べ物には見えない。
「おっと、分かった分かった、あげるから落ち着いて、ライム」
けど、ライムにはそれが美味しそうに見えたのか、私の足に擦り寄って早く早くとせがんできた。
そんな姿に和みながら、手に持ったインゴットを食べさせてあげる。
「――――!!」
「おっ、おお? ライム、気に入った?」
ぴょんぴょんっ! と、全身で喜びを露わにし、美味しそうに咀嚼(?)するライムを見てそう尋ねると、こくこくと頷く……ような感じに体を震わせた。
こんなにライムのテンションが上がったの、《ハニーポーション》以来だよ。
「えへへっ、気に入ってくれてよかった! これからは《ハニーポーション》だけじゃなくて、これも作って食べさせてあげるね」
「――!」
そう言うと、またも嬉しそうに跳ねまわるライム。
そんな無邪気な姿に心癒されつつ、私はふと、インゴットが完成した時から出したままにしてあったメッセージに気付いた。
うん、これからもこの合金インゴットはライムのご飯として何度も作ることになるだろうし、だったら名前がないと不便だよね。
「ライムのご飯なんだから……よし、名前はこうしよう」
凝ったネーミングなんてどうせ思いつかないし、ということで、特に悩むこともなく指を走らせる。
ライム合金。これからしばらくの間、MWOのプレイヤー達の間で話題を呼ぶことになる合金の名前は、こうして決定された。




