第28話 クレイゴーレムと謎の洞窟
注)今回はかなりご都合主義な展開がありますのでご注意を……
「ふんふーん、ふんふーん、ふっふーんふふっふっふーん♪」
鼻歌混じりにピッケルを振り下ろし、出てきた鉱石をライムが集める。
ほんの2時間前くらいにしてたのと同じ作業をこなしながら、私は今後の予定について頭を巡らせる。
「えーっと……《鍛冶》スキルはもう取ったから、ある程度採掘ポイント回ったらグライセで《携帯炉》を買ってー……コスタリカ村に戻ってライム好みの合金インゴットの作成を……あ、あと武器作ってもらうための金策もしなきゃいけないし。それから、いい加減《初心者用MPポーション》からも脱却しないと……となると、あー、状態異常薬に使うようになったせいで、《酸性ポーション》の数も足りないんだった」
採掘ポイントを回るのはいいとして、そうすると《西の森》で採取する時間が減るんだよねー。それに、ライムの好物になる合金インゴットを作るって言っても、最適な組み合わせを見つけ出すのにどれくらいかかるか分からないし。
金策も、そもそもが最近レベル上げとお金稼ぎに行き詰って来たから武器が欲しくなったのに、それを解決するためにお金が必要って状態だから、それこそ毎日コツコツとクエストを達成しつつ、ウルの依頼通り1日1回《北の山脈》エリアを一緒に1周して研究材料になる鉱石類を提供するしかない。
あと、《初心者用MPポーション》の代わりだって、一応コスタリカ村に着いたお陰で《HPポーション》と《MPポーション》がNPCショップで販売されるようになったとはいえ、その調合レシピが未だに分からないから、隠しレシピを見つけるか、ポーションのレシピをアンロックしないといけないんだけど……流石に、《ハニーポーション》の時みたいに都合よく見つからないと思うし。
「うーん、やりたいこと多くて手が回らないなぁ。まあ、地道に1つずつやってくしかないかな?」
お兄も、「MMORPGは年単位でやるもんだ」とか言ってたし、その点私なんてまだ1週間もやってないからね。慌ててもしょうがないか。
「ならそろそろ一旦切り上げて……ん?」
採掘と鍛冶だけじゃなく、採取と調合も進めなきゃならないし、メニューを開けばもう時間は午後5時。
そろそろ採掘は終わりにして次に行こうかと思ったところで、《感知》スキルに反応が。
それと同時に、ドスッ、ドスッと、モンスターが出すにしても重々しい足音が響き始める。
「おっと、クレイゴーレムが出た。なら、ウルー……は、今いないんだった。どうしよう」
どうやら、採掘に夢中になっている間に近づいてきたらしいクレイゴーレムが、私を攻撃しようと腕を振り上げる。
うん、今のところ対抗手段も思いついてないし、かくなる上は……
「逃げるが勝ち!」
くるっと背を向けて走り出すと、すぐ後ろにズゴォォン!! と音を立ててクレイゴーレムの拳が叩きつけられ、軽く地面が揺れる。
「ひぃ!? やっぱりまともに相手なんてしてらんないよ、こんなの」
お兄は盾職だから、こんな攻撃も真正面から受け止めてるわけだよね。ほんと、よく出来るなぁ、私絶対無理だよ。
「ひえぇ!?」
どうでもいいこと考えてたら、続けて振るわれた剛腕が頭上スレスレを通り過ぎて、岩壁を叩き壊した。
ああもう、さっきまでゴーレムを崖から落とすくらい、私でも工夫すればなんとかなるんじゃないかな? なんて思ってたけど、これ無理、絶対無理! ウルがあっさり倒してたからって、私にもいけるだなんて思えるほど強くないでしょ私!!
「まあ、クレイゴーレムは足が遅いから、逃げるのはそんなに難しくないってところは助かるけど」
元々、《鍛冶師》と違って《魔物使い》はAGIが高いし、それを更に引き上げる《敏捷強化》スキルも装備してあるから、逃げるだけなら苦労はない。
それこそ今みたいに、正面から挟み撃ちでもされない限り。
「えぇ!? ちょっ、ウルと一緒だった時は一度も2体同時POPなんてしなかったのに、なんで1人でいる時に限って!?」
普通逆でしょ! 運営の悪意を感じるよこれ!
なんて抗議したところで、今のこの状態が解消されるわけでもなし、なんとかしないと……!
というわけで、この場を潜り抜ける案は!?
1.攻撃して正面突破
ATKが低すぎて効果ないし、私じゃ殴り倒されるほうが絶対早い、却下!
2.クレイゴーレムの脇を潜り抜けて逃げる
あの巨体相手にこの狭い足場で潜り抜けるなんて無理、却下!
3.謎の超パワーに突然目覚める
うん、これゲームだから! ファンタジーではあるけど、だからってそんなご都合主義なシステム搭載されてないから! 却下!
「ああもう、ロクな案が浮かばない!!」
くぅ、けどこのまま何もせずに死に戻りなんて嫌だし……仕方ない、可能性が一番高い2に賭けよう!
「ライム、しっかり掴まっててね!」
「――!」
ぷるんっと頷く(?)と同時に、ライムが私の肩に移動して、べちゃっと張り付く感じで固定される。
特に掴まるための手足があるわけでもないはずなんだけど、こうなってると意外なほど強い吸着力を発揮するから、案外大丈夫なんだよね。
ともあれ、これでライムの心配はなくなったし、後は突っ走るのみ!
「いっくよーーー!!」
正面のクレイゴーレムに向かって足を速め、そのまま足の間を抜けようと体勢を低くする。
動きの鈍いクレイゴーレム相手ならあるいは行けるかと思ったんだけど……そんな私の狙いを知ってか知らずか、クレイゴーレムが選んだ攻撃方法は、私に合わせて体勢を低くしながらの、右腕による薙ぎ払いだった。
「いぃ!?」
しゃがんでもダメ、左右どっちに動いても躱せない、下がるにも懐に飛び込むにも、今からじゃ回避に間に合わない! もう、上からの振り下ろし攻撃だったらまだ左右に回避できるスペースもあったのに!!
と、今日はとことんまでツイてない自分の運を呪いつつ、それでもこのままやられてたまるかと視線を巡らせて――ふと、右腕を振るうバランス取りのためか、逆に遠ざかっていく左腕が目についた。
「そうだっ、《バインドウィップ》!!」
クレイゴーレムの左腕に鞭が絡みついて動きを封じようとするけど、当然のように大きすぎるATK値の差に負けて、逆に私の体の方が大きく左腕に引っ張られる。
けどその代わり、クレイゴーレムが引く腕に持ち上げられた結果、右腕を使った薙ぎ払い攻撃の範囲からは逃れられた。
よし! ヒュージスライムと戦った時、リン姉にやられたことを思い出しただけだけど、上手く行った! さすが私!
……なんて、一瞬でも考えた数瞬前の自分を殴りたい。
「ひあぁぁぁぁ!?」
当たり前だけど、リン姉の指示で手加減してくれたはずのゴーレムでさえ、かなり乱暴な投げ方で下手な絶叫マシンより怖かったのに、野良の、それも攻撃するつもりの動きで振り回されたらどうなるかなんて、考えるまでもなかった。攻撃範囲からは逃れられても、代わりに私の体は天高く飛ばされ宙を舞い、このまま落ちれば即死間違いなしな状態に。
「もうっ、私のバカーーー!! 少しは考えて行動しなさいよねーー!!」
なんて叫んでみたところで、時間は巻き戻らないし翼が生えたりもしない。どうしようもない状況と、視界がぐるぐると回る恐怖心から半ばパニックになりながら、やがて重力に引かれ落下していく。
「ふぎゃ!?」
と、思った矢先、予想よりずっと早く地面に背中から落ち、そのままごろごろと少し転がったところで止まった。
今の衝撃でHPも減ったけど、半分も減らなかったから死に戻りにはまだ遠い。
「あたたた……えーっと? どこだろ、ここ」
本当は痛みと言える痛みはないんだけど、気分的にそう言いながら辺りを見渡すと、そこは洞窟みたいだった。
ただ、さっき入った《ゴスト洞窟》とは違うみたい。日差しが差し込んできて明るいし。
「うーん? ……うわっ、こんな高いとこまで飛ばされてきたんだ」
とりあえず洞窟の入り口から外へ顔を出してみれば、下の方に私が対峙してたっぽいクレイゴーレムが2体見えた。
逃げようとする私を妨害してまで仕留めようとしてきた極悪ゴーレムだけど、流石に見失ってまで獲物を探すつもりはないみたいで、2体はさっさと分かれてその場を離れていく。
「ふぅ、とりあえず助かったぁ……」
ほっと息を吐いて、その場に座り込む。
クレイゴーレムとは相性が悪いことも、対峙したら逃げ場がほとんどなくなることも最初から分かってたのに、何も出来ず死に戻る寸前まで行ったのは、ひとえに私が油断してたせいだ。なまじ、《西の森》で格上のハウンドウルフ相手に身を隠しながら採取出来たし、1対1なら倒すことだって出来たから、クレイゴーレムもなんとかなるだろうって根拠もなく漠然と思い込んでた。最悪、動きの鈍いゴーレム相手なら逃げるくらい余裕だろうって。
その見通しの甘さのせいでこうなったんだから、次からはちゃんと対策を考えてからここに来ないとなぁ。
「さて、反省もいいけど……これ、どうやって降りよう?」
斜面の中腹にぽっかり空いたこの洞窟は、少なくとも《北の山脈》の山道から普通に行き来できる場所じゃないし、飛び降りるにはちょっとまだ高すぎる。
「あれかな? もしかしてここ、隠しダンジョン的なやつ?」
攻略サイトの全部に目を通したわけじゃない……どころか読んでないところのほうが多いから、はっきりとは分からないんだけど、こんな露骨に見つけづらい場所にある洞窟なんて、それしか考えられない。
「でもそれなら、奥に進めば出口なり外に出るポータルなりあるはずだよね」
もしそうだったとしても、《ゴスト洞窟》並かそれ以上に高難易度なダンジョンだったら攻略なんて夢のまた夢だけど、それならそれで素直に死に戻って街に行けばいいんだし、元々死ぬところだったんだからデスペナルティが付くのも仕方ないと思える。
「よし、行こっか、ライム」
あれだけ派手に吹き飛ばされて転がったのに、今もまだしっかりと掴まっててくれた相棒にそう言いつつ、洞窟の奥へと足を踏み入れる。
どんなモンスターが出るのか、他の出口が本当にあるのか、ドキドキしながら先へ進む私だったけど、実際にはその心配は、どっちも杞憂だった。
何せ、1分も歩かないうちに、行き止まりっぽい少し開けた場所についちゃったからだ。
「……わお……何これ?」
それを見て、思わず呆然と呟く私だけど、それは出口がさっき私の入り込んだ入り口以外無さそうだってことへの絶望感からじゃなかった。
そこにあったのは、大量のアイテム。
モンスターの素材から始まり、ポーションみたいな消耗品、いくつかの鉱石や、見覚えのある薬草に食材アイテム。更にはゴールドそのものまで。
金銀財宝とは言わないし、1つ1つを見ればそこまで大したアイテムでもない、私でも簡単に手に入るアイテムばっかりだけど、やたら雑多に数が多いそれは、今の私にとっては宝の山だった。
「ダンジョンかもとは思ったけど、敵モンスターの1体も出ずにこれはびっくりだよ?」
誰にともなく呟くけど、当然返事なんてあるはずもない。
うーん、私、まだ何もしてないんだけど、これ貰っていいのかな? 確かにここへ来ようと思ったら、あの崖と言っても過言じゃない急斜面を、命綱なしに落下死する危険を承知でよじ登るか、私みたいにクレイゴーレムに投げ飛ばされるかしないと無理だろうけど、逆に言えばそれだけだ。こんなアイテムの山があるなんて知れたら、誰だって斜面で呑気に採掘なんてする暇があったら、ここを目指して崖をよじ登ると思う。
かと言って、じゃあここを発見したプレイヤーに対するボーナスエリアなのかって言われたら、それも違う気がする。
ここがダンジョンの入り口だって言うならそういうのもアリかもしれないけど、ただアイテムがたくさん転がってるだけの、モンスターの1体も出ない小さな洞窟なんて、最初に見つけたプレイヤー以外は何の役にも立たない場所だし。いくらなんでも、そんな隠しエリアをわざわざ運営も作らないでしょ。
ならここはなんだって言われると、さっぱり分からないんだけど。
「うーーん……まあ、考えても分からないや。夕飯の時にお兄にでも聞いてみよ」
悩んだ末にそう結論付けた私は、ひとまず目の前のアイテムの山を、インベントリに次々と放り込んでいく。
少なくとも、これがNPCの所有アイテムだったり、誰かのホームエリアだったりするならそもそもこれをインベントリに入れること自体出来ないはずだから、持って帰っても問題ないはず。
お兄も、そこら辺に落ちてるアイテムは、基本的に見つけた奴の物だって言ってたし。
「とはいえ、流石に多い……ライム、手伝って」
ダブってるアイテムもそれなりにあるし、ゴールドはお金だからアイテムと別とはいえ、インベントリはアイテム1種類に付き1枠使うから、ここにあるアイテムを全部入れようとすると枠の数が全然足りない。
でも、そこで活躍するのが《収納》スキルを持ってるライムだ。
またレベルが上がって13レベルになったこのスキルなら、今やインベントリ13枠分のアイテムを私の代わりに持ち歩いてくれるから、2人合わせてかなりのアイテムを一度に持ち歩くことが出来る。
……ほんと、この小さな体のどこにこんな大量のアイテムが入る隙間があるんだろう。うーん、不思議だ。
「さて、こんなものかな?」
とは言え、流石に山と積まれたアイテムの全部を持って帰ることは出来ないから、ゴブリンとかの売っても大したお金にならない素材を中心に、ある程度は置いていくことにする。
「一、十、百、千、万……うわっ、一気に20万Gも増えた!?」
アイテムと違って、お金の方はいくらでも持ち歩けるから、あった分全て回収したんだけど、それのお陰で所持金が一気に10倍近くに膨れ上がっちゃった。しかも、大量に手に入ったアイテムとは別で。
……これで、ウルに頼んだ武器だけじゃなくて、他にも何か高くて手が付けられなかったのが買えそう……うへへ。
思わずそんな下品な笑い声を心の中で上げてすぐ、ばばっと周囲を改めて見回す。
誰もいないのは分かってるけど、やっぱりこれだけの大金を一気に手に入れちゃうと、誰かに盗られやしないかと心配になる。
うん、ここは一つ、さっさと戻って安物でもなんでもホーム買おう。そしたらこの大金もそこに保管できるようになるし。
……あ、でもホームっていくらするんだろう? ウルは最低値10万Gって言ってたけど、それは鍛冶仕事する分の最低だから、単なる物置だと違うかもしれないし、それにどうせ作るならグライセじゃなくてコスタリカ村がいいから、ウルが言ったのとは相場も違うかもしれないし。
……まあ、それも込みでお兄に相談かな。何かさっきからそればっかり言ってる気がするけど。
「それで、最後の問題は……ここ、どうやって出よう?」
アイテムが置いてあった場所は行き止まりで、入ってきた入り口は断崖絶壁。いっそ投身自殺して死に戻りするっていう手もないことはないけど……それは本当に最後の手段にしたい。流石にゲームの中とはいえ、自殺体験なんてごめんだ。
「うーん……素手でここを降りていく……のは無理だよね、絶対途中で踏み外す自信あるし。となると、ロープか何かを伝って……そういえば、さっきそんなのも見つけたような」
インベントリを開いて、朧気な記憶を頼りに目的の物を探すけど、雑多に詰め込んでロクに整理もされてないからか、中々見つからない。
「えーっと……あ、あったあった、これだ!」
余計にインベントリを3回も見直して、やっと見つけたそれをタップすると、綺麗に束ねられたロープが1つ、虚空から現れて私の手に収まった。
説明文には20mの長さがあるって書いてあったし、これなら下まで降りられそう。
後はこれをどう結び付けるかが問題だったんだけど、それもロープの説明文を見るになんとかなりそうだ。
「種別:鞭って……これ、武器扱いなの?」
しかも、ご丁寧にATK補正まで付いてる。たった5で、《調教者の鞭》の半分しかないけど。
……でも、《蔓の鞭》なんて武器があったんだし、ロープが鞭扱いで武器になってもおかしくはない……のかな?
それに、そのお陰で下まで降りる算段が付いたんだし、お礼を言うならまだしも文句を言うことじゃないしね。
「さて、それじゃあそろそろ帰ろっか、ライム」
ぴょんっと跳び上がったライムを抱き留めた後、さっきクレイゴーレムに投げられて減ったHPを《ハニーポーション》で全快させると、またさっきみたいにライムを肩に載せて、入り口に立つ。
うぅ、多分大丈夫だとは思うけど、やっぱりこれだけ高いところから降りるのは怖いなぁ……ええい、女は度胸よ!!
「《バインドウィップ》!」
入り口の近くにあった、小さな岩の突起。そこを目標にアーツを使い、ロープを巻き付かせる。
普通なら、何かにロープを手で巻きつけて固定しなきゃならないんだろうけど、ちゃんとした結び方なんて知らないし、ただの片結びじゃ解けそうで怖い。
その点アーツなら、効果時間の間は私が意図的に解除しない限り絶対解けないから安心だ。ゴーレムみたいに、力負けして振り回される心配もないし。
「すー、ふー……いっくよー……よいしょっ!」
ロープがちゃんと固定されたのを確認した私は、それを両手で掴んだまま、洞窟から外へと身を投げ出す。
と言ってもバンジージャンプするわけじゃなくて、ちゃんと斜面に足を付けて、どこぞのアスレチックみたいな感じで降りていくつもりだけど。
「うん、取り敢えず大丈夫そう……って、あれ?」
足を斜面に着いて、このまま行けそうなのを確認しつつ上を向けば、洞窟への入り口が綺麗さっぱり無くなっていた。ロープ自体は、洞窟の中の突起にアーツで縛り付けたから、見た目だけなら何の変哲もないただの斜面から、いきなりロープが生えてきてるみたいに見える。
なにこれ、変なの。
「まあ、あの洞窟自体変な場所だったし、いっか」
細かいことはお兄に聞こうと思いながら、私はゆっくりと斜面を蹴って、どこぞの特殊部隊よろしくロープで体を支えながら降りていく。
もちろん、ゆっくり行き過ぎて《バインドウィップ》の効果時間が終わったら、90度直角とまでは行かないにしろ、滑り台なんて比じゃないこの急斜面を転げ落ちるハメになるから、それなりに急がないとダメだけど。
「よっ、ほっ! うん、ちょっと楽しくなってきたかも」
リアルと違って、アバターの体はロープを握りしめた感触は覚えても、それが掌を滑って行けば当然感じるはずの摩擦熱も、それに伴う痛みもない。更に、疲れ知らずだからずっと体重を支えていても握力が無くなっていくとか、そんなこともない。
だから、多少無茶な動きをしても全然問題ないし、慣れてくると案外楽しい。
「それ!!」
どうせだからと、地面を蹴って勢いを付け、ロープを握ったまま重力に任せて斜面を滑り降りてみる。
「ひゃーーーー!!!」
お腹の下がすっとするような、自然落下の感覚に酔いしれて、ジェットコースターに乗った時みたいに黄色い悲鳴を上げながら、地面に向かって一直線に突き進む。
いっそ、下に降りたらもう一回やってみようかな? なんて考えすら頭を過ぎりながら落ちていくと、不意に《感知》スキルに反応が。
「うん?」
それが何なのか思い至るよりも先に、地面が隆起し、唐突にクレイゴーレムが出現する。それも、私の落下地点に。
「えっ、ちょっ、待っ!?」
突然の事態に慌てた私は、ついていた勢いを落とそうと踏ん張るも足を滑らせ、うっかりそのまま空中に身を投げてしまう。
「いやぁぁぁぁ!!?」
ほんの少し前とは別の悲鳴を上げる私にようやく気付いたのか、クレイゴーレムが振り返ろうとするけど、流石に今度は落ちて来る私がぶつかる方が早かった。
無防備なその背中に、落下の勢いそのままに思いっきりぶつかる。
「あふぅ!? ふぎゃ!?」
我ながら乙女らしからぬ声を上げつつ、クレイ(粘土)とか言いながら普通に硬いその体に弾かれて、地面を転がる。
幸い、減速こそ出来なかったけど、ロープを掴んだままである程度速度が制限されてたからか、なんとか死に戻りだけは回避できた。
けどその代わり、全快させたばかりのHPがまた一瞬でレッドゾーンに突入したし、目の前にいるクレイゴーレムに一発でも攻撃されたら結局死に戻ることになっちゃう。
「うぐぅ、早く逃げないと……! ってあれ?」
そう思って急いで起き上がった私だけど、そこにいるはずのクレイゴーレムの姿がどこにもなかった。
辺りを見渡し、それでも見つからない姿に首を傾げると、そこでちょうど、レベルアップのファンファーレが響く。
「……えっ、もしかして、今の体当たりで崖から落ちた?」
強力な一撃を叩き込めば、バランスを崩して崖から落ちる。ウルが実際にそれをやるところを何度も見たし、私でも出来ないかな? とは思ったけど、まさかこんな形で成し遂げられることになるなんて。
とても再現できそうにない予想外の戦果に、私は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
ミオが見つけた洞窟の正体は、次々話で明らかになります。