第27話 合金インゴットと新しいご飯
総合評価3000pt超えました、ありがとうございます!
目指せ1万!(遠い
「うぅ、もうお嫁に行けない……」
「まあまあ、そんな時もあるって」
《北の山脈》から逃げ帰ってきた私は、正気に戻った後はひたすらウルの工房の隅っこで膝を抱えて座り込んでいた。
まさか、この歳になって幽霊(っぽい何か)を見ただけでパニック起こすなんて……仮令それがモンスター(?)のスキルの効果だったとしても恥ずかしすぎる。それも、あれだけたくさんのプレイヤーにそれを見られる形で。
もう、前にちょっとだけ魔が差して、服の中に果物入れて、鏡の前で「大きくなっちゃった♪」なんてやってたのをお兄に見られた時くらい恥ずかしいよ。
まあその時はお兄を(物理的に)黙らせてから(本棚の裏に隠してあった本を人質に)説得して、他言無用ってことにしたけど。
「――――」
「うぅ、ライムもごめんね? 放り出したりなんてして」
無言で擦り寄ってくるライムを撫でつつ、もう何度目かになる謝罪をする。
私が《混乱》状態だったせいかは分からないけど、襲ってきたレイス達はみんな私ばっかり狙って攻撃してきたから、幸いにもその時うっかり置いてけぼりにしちゃったライムは自力で洞窟から抜け出してきた。
だから、被害らしい被害は何もないんだけど、結果としてテイマーが使役モンスターを放り出して逃げるなんて最低のことをしちゃったことに変わりないから、何度謝っても謝りすぎっていうことはない。
「――!」
「う~、ありがとうライム!」
そんな私に更に体を擦り寄せ、「気にしてないよ!」とアピールしてくるライムを思わず抱きしめて、そのまますりすりと頬擦りする。
ああもう、こんなバカなご主人を慰めてくれるなんて、ほんといい子なんだから。もう一生離さない! むぎゅーっ!
「一言もしゃべってないように見えるけど、実はテイマーにだけ聞こえる声とかがあったりするの?」
「え? ないよ?」
「ないのかー……」
声なんてなくても、想えば心は通じるしね!
「そ、そう。それで、私は今日のところは鍛冶仕事に入るから、採掘の手伝いはまた明日頼める?」
「うん、いいよ。というか、どっちかというとここで打ち切られたら私のほうがお金足りなくて困るんだけどね」
色々と問題もあったけど、《ゴスト洞窟》での採掘は、回ったポイントこそ少ないものの、山の斜面で採掘するよりよっぽど良い物がたくさん採れてたみたいで、帰って来て早々、ライムが吐き出す鉱石類を見たウルのテンションは、上限を天元突破する勢いで上昇してた。
うん、あの時のウルは正直見てて怖かったなあ。私は私でいじけ気味だったからあんまり関係ないかもだけど。
まあそんなウルの邪魔しちゃ悪いし、今日のところは早く帰ろうと思って立ち上がると、それまで大人しくしてたライムが急にぽよぽよと暴れ始めた。
「うん? どうしたのライム?」
首を傾げつつ、軽く撫でながらライムの様子を見ていると、どうにもライムの視線(?)は、小屋の隅に纏めて乱雑に置いてある鉄やら何やらのインゴットの山に注がれてるみたい。
そういえば、採掘中に鉱石を拾ってる時も、なんだか食べたそうにしてたんだっけ……うーん。
「ねえウル、あれは?」
「ああそれ? 《鍛冶》スキルのレベル上げと、合金の実験のために色々作りまくった余り物だよ。使い道なくて死蔵してるんだ」
「そうなの?」
合金はその名の通り、複数種類の鉱石を混ぜ合わせて作った金属インゴットのこと。
リアルだとチタン合金とか、ステンレスだとかがぱっと思い浮かぶところだけど、MWOではその辺りは凄くゲーム的で、ほとんど当てにならないらしい。なったとしても、リアルの合金に何が使われてるのかなんて知らないんだけど。
まあ、マナタイト鉱石だとか、リアルにはない金属があるんだし、リアルの知識が役に立たないのもある意味当然なんだけど、だからこそ《鍛冶》スキルで武器を作ろうとするなら、どんな合金を使って作るかによってその性能に大きく差が生まれる。
だから、良い性能の武器を作るには、良い合金を作らなきゃならないわけで。そのために、合金を作る時の鉱石の組み合わせや比率を検証する試作品が、このインゴットの山みたい。
「一度合金にしちゃうと、溶かして元に戻すとかも出来ないし、出来の悪い合金で作った低性能な武器じゃ売れないし、かと言って捨てるのも勿体ないし。そのうち暇になったら投げナイフにでもして纏めて売ろうかなって」
「へ~」
投げナイフは元から消耗品で、状態異常薬を混ぜて使う都合上武器そのものの性能は大して重視されないから、プレイヤーショップで売られてるのは、ほとんどがそういう失敗作の合金のリデュース品なんだって。
「それなら、私がこれ少し買い取ってもいい?」
「え? いいけど、何に使うの?」
私の申し出が意外だったのか、目をぱちぱちさせるウル。
まあ確かに、使い道がないから死蔵してるのに、《鍛冶》スキルを持ってるわけでもない私が欲しがるのは普通のプレイヤーからすればおかしな話だよね。
「いやその、ライムが食べたいみたいで」
「えっ、ミニスライムって金属まで食べるの?」
だから素直に理由を打ち明けると、よっぽど意外だったのか、ウルはまじまじとライムを凝視しだした。
けど、最終的には自分の中で納得が言ったのか、「まあ、そんなこともあるか」と呟いて改めてインゴットの山に目を向ける。
「うん、いいよ。さっきも言った通り、特に使い道もないしね。1つ……100Gでどう?」
「えっ、100Gでいいの!?」
1つ200Gくらいまでだったらいいなぁ、と思ってたらまさかのその半分。それに驚いていると、そんな私にウルは苦笑を浮かべた。
「さっきも言った通り、インゴット単体なんて《鍛冶》スキルがなきゃ役に立たないし、その辺のはもう武器に使ってもダメって分かってるやつだからねー。投げナイフにしても1本150Gが精々だし、全部そうするには結構な手間と時間がかかるし、この場で売り捌けるなら多少安くても売っておきたいんだ」
「な、なるほど」
単純に、売るためにかかる手間の割に儲からないなら、安くても売りつけられるうちに売りつけたいってことみたい。
まあ、そういうことなら遠慮することはないかなってことで、インゴットの山から適当に20本くらい引き抜くと、ウルに2000Gを渡す。
「まいど! いやー、処分に困ってたから助かるよ。どうせだから、これからも定期的に買い取ってくれない?」
「うん、いいよ。……あーでも、ライムがあんまり気に入るようなら、《鍛冶》スキル取って食用のインゴットを自分で作るかも」
「食用インゴットなんて単語、β通して初めて聞いたよ……まあ、気が向いたらってことで」
「うん、それじゃあ私はこれで。また明日お願いね、ウル!」
「うん、また明日」
新しいライムのご飯を手に、ウルの作業の邪魔にならないうちに小屋を後にする。
元々自分の武器を作るために来たはずだったけど、新しいライムの餌の予感に胸を高鳴らせる私の頭には既に、武器のことなんてこれっぽっちも残ってなかった。
「さてライム、早速食べてみよっか」
「――!」
最近の活動拠点であるコスタリカ村に戻ってきた私は、待ち切れない様子のライムに早速合金インゴットを食べさせてあげることに。
ちなみに、コスタリカ村は人気がないのか何なのか、プレイヤーの姿は全くないから、屋外で座り込んでても見咎める人はほとんどいない。
「おい嬢ちゃん、そんなところ座ってたら汚れるぞ?」
「大丈夫、汚れないから」
ゲームだし。
「おう? そうか?」
この通り、精々やたらグリーンスライムに畑を荒らされるおじさんNPCがちょっと注意してくるくらいだ。
それも、畑の中ならいざ知らず、傍の草むらに座ってる分には怒られることもないし、気にしなくて大丈夫。
「それで、どれが食べたい?」
インベントリからバラバラと合金インゴットを取り出し、地面に並べていく。
どうでもいいけどこのアイテム、1つ1つ使ってる素材が違うせいか、インベントリに入れると全部別々で枠を使って1つに纏められないから、恐ろしいくらいインベントリを圧迫してたんだよね。
《初心者用HPポーション》なんかも作り方や回復量別に勝手に分けられるし、性能追及も良し悪しだなぁ。
そんなことを考えている間にも、ライムは手近なところにあったインゴットを取り込み、もぐもぐと(?)食べ始める。
他のに比べると色が鉄っぽいから、それが多い合金なんだろうけど……うん、特に元になった鉱石の種類が表示されるわけでもないから、さっぱり分かんない。
「美味しい?」
とりあえずそう聞いてみると、ライムはぷるんっと一応肯定の返事をくれたけど、特別美味しいってわけでもないみたい。
ライムって、《悪食》スキルのせいか好き嫌いしないし、味の評価が「不味い」「普通」「美味しい」じゃなくて、「普通」「美味しい」「凄く美味しい」って感じなんだよね。
実際はもっと細かいし、同じ「美味しい」でも反応に差があるんだけど、ともかく何をあげても食べるし喜ぶから、ちゃんと見ててあげないと本当に好物なのかどうか、時々わからなくなってくるのが困りものだ。
まあ、好き嫌いしないのはいいことなんだけどね。
「それじゃあこっちは?」
今度は大分茶色っぽい……多分銅が多く使われた合金を食べさせてみると、意外なことにさっきよりも美味しそうな反応が返ってきた。ポーションなんかだと、自分が好きな物に真っ先に食いつくのに意外。
それとも、金属だと味の違いは分かっても匂いの違いは分からないとか?
そんな、特に意味はない疑問を覚えつつもライムに合金インゴットを食べさせていくけど、特にこれと言ってライムの舌(?)を満足させる物は見つからなかった。
「うーん……やっぱり余り物じゃ、あんまり美味しいのはないのかな?」
ポーションでも、ライムは結構手の込んだ物が好きだったし。合金インゴットも、死蔵されるようなどうでもいい奴じゃなくて、それなりに良い物を作らないとダメなのかもしれない。
「となると、やっぱり自分で作るしかないよね!」
ウルの小屋でライムが食べたがった時点で、半ば以上こうするつもりだったけど、改めてスキル一覧から《鍛冶》スキルを選び習得する。これで、後は《携帯炉》を買えば、武器は無理だけどインゴットなら自作できるようになる。あとついでにナイフも。
それにしても、《調教》《使役》《鞭》《調合》《採取》《敏捷強化》《隠蔽》《感知》に《鍛冶》って、我ながら統一感ないなぁ。お兄にも言われたけど、どこ目指してるんだろう私……いや、ライムを育てる道を進んでるんだけどさ。
「まあ、細かいことはいっか。どうせガチの廃人プレイするつもりもないし」
上位スキルへの派生はスキルポイントを多めに使うから、調子に乗って取り過ぎると行き詰るかもとは言われてるけど、まだそれなりに余裕はあるしね。行き詰ったら行き詰った時ってことで、あまり深く考えないようにしよっと。
「それじゃあライム、もう一度採掘行くよ、ご飯のために!」
「――!」
おーっ! とばかりに私の胸の中でぷるんぷるんと軽く跳ねるライムを見て癒されつつ、私はもう一度、今度は1人で《北の山脈》目指して歩きだした。
スライムって取り合えず何でも食べそうなイメージありますよね。




