第26話 ゴスト洞窟と混乱状態
「ウル、ここは?」
「えーっと、確か、ゴスト洞窟って言ったかな?」
《北の山脈》エリアを、採掘ポイントを回ったりクレイゴーレムを(ウルが)倒したりしつつ進んだ先で見つけた洞窟。
どうやら新エリアとかそういうんじゃなく、元からあったものみたいだけど、その割にはどうにも歯切れが悪い。
「どういうところなの?」
「レイスとか、ゴーストとかのホラー系のモンスターが良く出て来るマップだったかな。真っ暗闇で何も見えないし、その手のモンスターは《物理攻撃無効》のスキル持ってるから、純物理職な《鍛冶師》の私には相性悪いし、あんまりよく知らないんだ」
「へ~」
物理に弱いクレイゴーレムから一転して、物理が効かないレイスが出て来る洞窟だなんて、運営の人も性格悪いなぁ。
あ、でもゴーレムも本当なら物理攻撃に強いんだったっけ? 物理特化なら確殺できるハメ技があるだけで。なら問題ない? うーん……まあ細かいことはいっか。
「じゃあ入ってみる?」
「いやいや、私の話聞いてた? レイスもゴーストも、私じゃ攻撃手段がないし、それはミオも同じでしょ?」
「こそっと入ってこそっと出れば大丈夫じゃない? ほら、私《隠蔽》スキルと《敏捷強化》スキル取ってるし」
「それ私には効果ないよね!?」
なんて押し問答をしながら、結局は私もウルも少しだけ洞窟の中に入ってみることになった。
ウル1人だけ置いていくのもちょっと……っていう理由もあるにはあるんだけど、やっぱり山の外側であれだけ採掘できるんだから、山の内部ならもっといい鉱石が取れるんじゃないかっていう予想があったからだ。
「うわっ、暗!? ほとんど何も見えないんだけど!?」
「うん、だから言ったでしょ? 私も出来れば採掘しに入りたいけど、やっぱり《鷹の目》スキルを取らないと無理かなぁ……」
一歩中へと足を踏み入れた私が、思わずモンスターのことも忘れてそう叫んでしまうくらい、《ゴスト洞窟》の中は暗かった。
《西の森》も夜には真っ暗になって大変だけど、あれはまだ微妙に木の隙間から明かりが差し込んでたからか、目を凝らせば少し先の景色まで見えてたし、その気になれば走り回ることも出来た。
でも、《ゴスト洞窟》は違う。ギリギリ足元が見える程度で、景色なんてほんとに何も見えない。これじゃあ、何の備えもなしに入ったら、目の前にモンスターが居ても気づかないかも。
ただ……
「あれ? でも、奥に何か見える……」
「え? いや、スキルもなしに何か見えるはずは……」
「んー、ちょっと行ってみる」
「あ、ちょっと待ってって! 私何も見えないんだからね!?」
すぐ傍の足元すら見えないのに、洞窟の奥にそこだけ不自然にぼんやり光る何かがある。
一瞬、モンスターか何かかと思ったけど、それにしても一向に動く様子のないそれに首を傾げつつ、それに向かって歩を進める。
言葉通り全く見えないのか、私とはぐれないようにウルが私の肩に捕まりながら慎重についてくるのを感じつながら近づいてみると……
「あ、これ採掘ポイントだ」
「えっ、どこ!? …………あ、本当だ確かにそれっぽい」
暗闇に浮かび上がって見えたのは壁の一部で、そこにあったのは大きな亀裂。間違いなく、採掘ポイントだった。
他は真っ暗で何も見えない中、これだけハッキリと見えるのは正直不気味過ぎて幻覚かとも思ったけど、ウルも近づけば見えるみたいでちょっとほっとする。
いや、うん。別にお化けとか、特別怖いわけじゃないんだけどね? ゴースト系のモンスターが出るって言われてるホラーマップで、自分しか見えない何かがあるってだけで不安になるのは仕方ないと思うんだ。
まあ、普通に採掘ポイントだったわけだし、多分《採取》スキルのせいなんだろうけど。
見えないはずなのに特定の物だけ見えるようになるなんて、やっぱりファンタジーだよね。この場だと完全にホラーだったけど。
「とりあえず、採掘しよっか。ウル、やる?」
「いや、よく見えないから手間取りそうだしやめとくよ。ミオに任せた」
「はーい」
採掘に限らず、薬草の採取でもなんでも、一度誰かが採取したポイントは他のプレイヤーの視点からも採取不可になって、しばらくするとまた取れるようになる。
だから、一か所一か所を見ればウルが全部採掘したほうが効率が良いし、山の斜面にある採掘ポイントと違って、他のプレイヤーの姿も見当たらない(暗すぎて居ても分からない)から横取りされる心配もない。
とは言え、私も《採取》スキルがなかったらこの鉱脈にちゃんとピッケルを振り下ろせる自信はないし、特に反対することもなく採掘を行う。
カンッ、カンッと、ピッケルが振り下ろされる度に小気味良い音を立ててポロポロと鉱石が落ちていき、それをライムがせっせと集める。
暗すぎてよく見えないから、今ライムが集めてるのが何なのかさっぱり分からないけど、まあきっとちゃんとやってくれてるだろうと信じて、私はひたすらカンカンとピッケルを振るい続ける。
「ねえ、ねえねえ、なんか足元に転がって来てるんだけど、これって鉱石アイテムだよね? 実はモンスターか何かじゃないよね?」
「大丈夫、今転がってるのはライムが捨てた石ころだけだから。……たぶん」
こんな場所でもライムはちゃんと鉱石の違いが分かるのか、さっきからライムは足元でそれを収納する傍ら、それを選別してはコロコロと吐き出してるっぽいし、石ころのはず。
一応、《感知》スキルにも反応はないし、きっと大丈夫。うん。
「……っと、折れちゃった」
そのままいくつかの採掘ポイントを巡った頃、パキィン! と甲高い音を立てて、振り下ろしたピッケルが唐突に折れる。
とは言え、NPCショップで買ってきた安物品だから、折れることくらいは想定済み。さっさと新しいピッケルを取り出そうとインベントリを開いて、
「あれ?」
「ん? どうしたの? 何かあった?」
唐突に、私の《感知》スキルに何かが引っかかり、そちらを向く。けど何も見えず、反応はすぐに消えた。
「ごめん、気のせいかも?」
何かのバグかなーと思いながら、改めてピッケルを取り出して振りかぶり――
『ケケケッ』
「ひゃあ!?」
いきなり耳元で何かの声が聞こえると同時に、今までにないくらい《感知》スキルが強く反応して、手元が狂ったピッケルが壁に走った亀裂から逸れて直接壁にぶつかり、甲高い音を立てて一撃で砕ける。
「な、何?! っ、きゃあ!?」
それまで何の反応もなかったはずなのに、いつの間に!? そう思いながら、咄嗟にいつものように腰の鞭に手をやりながら、反射的に飛びずさって距離を取ろうとして、足元に大量に転がってた石ころの一つに足を取られ尻餅をつく。
「ちょ、ミオ、どうしたの!?」
「てっ、敵モンスターが近くに!! ……って、あれ?」
周りが見えず、状況が把握出来てないウルに注意を促そうとして、ハタと気づく。
……また、敵の反応が消えてることに。
「ど、どこ!? どこに!?」
「う、ううん、もういないみたい」
見えない敵の存在に慄き、咄嗟に愛用のハンマーを構えるウルとは打って変わって、私のほうはちょっとわけがわからなかった。
確かに《感知》スキルには反応があったし、声も聞こえた。なのに、敵の姿だけ見えない。
今はまだ、攻撃の1つもされたわけじゃないんだけど……それがむしろ、本当にいるのかいないのか分からなくなって、逆に怖い。
「ね、ねえウル、物は相談なんだけど……」
「いや、私も同意見。こんな場所さっさと出よう?」
「うんうん、そうしようそうしよう」
私の言葉を先取りしてくれたウルに、ツッコミの一つも入れる余裕はなく、何度もこくこくと頷きを返す。
ここはダメだ、私が来るにはちょっと早すぎた。せめてさっきからちょくちょく反応してる何かがキチンと感知できるようになるまで、ここにはもう来ない。
そう決意を固めて、私とウルは出口を目指して歩きだす。
けど、最初に入ってくるときはともかく、今は採掘ポイントで掘り起こしてそのままになってる石ころが無数にあるせいで、足元を注意しながら少しずつ進まないとすぐに転びそうになって、中々思うように進めない。全く、誰だろうねこんな場所に石ころなんてばら撒いたのは。
うん、私だよね。正確には一度取り込んだ後にライムが撒いたんだけど、それを指示したのは私だもんね。
「ちなみにウル、一つ聞きたいんだけど。レイスとかゴーストって、どういう攻撃してくるの?」
入り口に向かって帰る最中、私はふと気になってウルに質問を投げかけた。
こんな暗い洞窟の中で、黙ったまま歩き続けるのに耐えられなかったっていうのもあるけど、今さっき私が声を聞いたり、《感知》スキルに反応した何かは、特に攻撃するでもなく出たり消えたりしただけで、凄く怖かったことを除けば悪戯みたいなレベルだった。
だから、案外安全(?)なモンスターかと思って聞いたんだけど……
「今更だね。えっと、確か普通に体当たりとか、あと一部が炎とか氷の魔法撃って来たりするって聞いたかな? ああ、強いのになるとMP吸収とかHP吸収みたいな特殊攻撃もしてくるみたいだけど」
「……それだけ? こう、いきなり出たり消えたり、気付いたら後ろにいて話しかけてきたりとか」
「なにそれ? 本物のお化けでもあるまいし、そんなのあるわけないじゃん」
「あははは、だよねー……」
えっ、だったら、さっき私のスキルが反応したのはバグ? 全部幻?
そんな風に混乱しながらも、元々大して奥まで入ったわけじゃないから、すぐに入り口の前まで辿り着く。そこで、ふと私の肩がトントンと叩かれた。
「どうかした? ウル」
「え? 何の話?」
「いや、今私の肩をとんとんって……」
「そっち、私の居る方と逆だよ?」
「え、じゃあ今のは一体……」
そう言いながら、何の気なしに振り返る。
するとそこには、青白い光を放つ不気味な骸骨が、視界一杯に見えるほど間近に出現していた。
「い……」
なんで《感知》スキルに引っかからないの? とか、ここまで近づいてきたのになんで攻撃しないの? とか、後になってみれば色々と疑問も湧いて出たけど、この時の私の頭の中にあったのはただ一つ。目の前にある恐ろしい何かに対する恐怖だけだった。
「いやぁぁぁぁーーーー!?」
「ミオ!?」
咄嗟に腰の鞭を抜き、めったやたらに振り回す。
ゴースト系のモンスターにはそもそも物理攻撃が効かないとか、出口は目の前なんだからそこまで逃げればいいだとか、そんな合理的な判断は全く下せず、ただひたすらに恐怖の根源を振り払おうと暴れ回る。
「ちょっ、これ《混乱》状態になってる!? ミオ、落ち着きなって、何にもいないから!!」
「来ないでぇぇぇーーー!!」
鞭を振り回す間に、抱いてたはずのライムは放り出していて、そのことにすら自分では気付けない。
そんなパニック状態の中、やがてそれに釣られるようにして本物のレイスが何体も姿を現し始めた。
「って、これが噂をすれば影ってやつ!? ああもう、ミオ、ちょっと強引だけど我慢してね!!」
「わあぁぁぁーーーー!!!」
ウルに後ろから羽交い絞めにされながら、強引に洞窟の外へと連行される。
そのお陰で、私は鞭をすり抜け襲い掛かってきたレイスの攻撃でHPをギリギリまで削られながらも、なんとか死に戻りせずに《ゴスト洞窟》及び《北の山脈》エリアから逃げ出すことが出来た。
ただ、《混乱》状態が続いたまま《北の山脈》を脱出しようとしたせいで、多くのプレイヤーにパニクってる姿を見られて、温かい目で見られたのは……穴があったら入りたいくらい恥ずかしかった。
混乱状態は混乱耐性スキルを取得する、もしくはMINDを高めることでレジスト出来ます。
少し効果が過激に見えますが、一応はただ恐怖心を煽る状態異常であって、パニックに陥らせる状態異常ではありません。
ミオが自分で思ってる以上にビビリだっただけです(ぉぃ




