第23話 武器発注と値段交渉
2018/7/22
鞭の仕様説明について指摘がありましたので修正しました。
「それでミオ、武器作って欲しいんだって?」
「うん、そうなんだ」
しばらくして、ようやく熊のおじさんが立ち直ったところで、私はようやく掘立小屋――ウルの作業場の中へ足を踏み入れた。
外見はちょっとボロくて大丈夫か心配だったけど、小屋の中は思ったより結構ちゃんとしていて、少なくとも炉の前で作業するには問題無さそうに見えた。
逆に言うと、鍛冶仕事以外をやるスペースはあんまり考慮されてなくて、形だけ置かれていた小さなテーブルを挟んで、私とウルが話しやすいように対面に座り、熊のおじさんはウルの隣に腰かける。
どうでもいいけど、巨大熊の姿のままウルの隣に座られると、威圧感が半端ないんですけど。私これ、相談相手間違えてないよね? この状態だと、どんなぼったくり条件提示されても飲んじゃいそうなんだけど、大丈夫だよね?
「それで、具体的にどんな武器が欲しいの? 多分鞭なんだろうけど、一口に鞭って言っても色々あるよ?」
そんな私の心配をよそに、至って普通の声色で本題を切り出すウルに内心でほっとしつつ、私も隣にいる熊のおじさんは極力視界に入れないよう、視線をウルに固定する。
……そしたら、テーブルに乗っかって形を変える2つのメロンが見えた気がしたけど、思わずもぎ取りたくなる前になんとか視線を外す。
別に羨ましくない、羨ましくなんてないもん。ゲームの中でなら私も同じくらい大きいし!!
「どうしたの?」
「なんでもない。それより、色々って例えば?」
なんとか表情を取り繕うことに成功したのか、「そう?」と首を傾げつつも、特に気にした様子もなく説明を続けてくれた。
「威力重視なら、リーチが短くなるけど金属製にするとか。逆に革製のままだと威力は低めだけど、リーチが長いし拘束系アーツに補正が付いたりするね。あとは先端に鉄球付けてモーニングスターにしたり、金属片を繋げて蛇腹剣にしたりっていうのもあるけど……その辺りは《鎚》スキルとか《剣》スキルも習得してないと使えないから、ミオは無理でしょ? 多分」
「あはは、うん、《鞭》以外の武器スキルは習得してないかな」
元々、私って体動かすのも、そういうアクション系のゲームも苦手だったから、武器使って自分から戦うつもりはなかったんだよね。比較対象が、廃ゲーマーのお兄と運動神経抜群の竜君、それに、文武両道を地で行く美鈴姉くらいだったせいかもしれないけどさ。いやほんと、美鈴姉、あんな邪魔そうな胸抱えてるのに、なんで運動となるとあんなに動けるの……っと、いけないいけない、思考が逸れてる。
「まあ、テイマーだと拘束アーツ重視してることが多いけど、ミオは使役してるのがミニスライムだし、威力重視のほうが……っと、あれから3日も経ったし、もう新しいモンスターテイムしてたりする?」
「ああ、うん、するつもりだったんだけど、狙ってた子が一昨日から見当たらなくって。だからちょっと保留中かな」
例のマンムー、ヒュージスライムを討伐した日までは居たんだけど、《調教》スキルが10超えて、テイム出来ないか足を運んでみたら、居なくなってたんだよね。
討伐されたのか、誰かがテイムして行ったのか、それとも偶々あれ以来見てないだけなのか……出来れば、誰かにテイムされて、今も元気でやっててくれると嬉しいんだけど……
まあ、そういうわけで、改めて他の子と、っていうのもなんだか微妙だったから、次にびびっと来る子が見つかるまでは保留にしてる。
「だったら、威力重視のほうがいいかな? リーチは今より短くなるかもしれないけど」
「うーん……」
元々、攻撃力不足が理由で武器を作って貰おうと思ってたわけだけど、かと言ってリーチが短くなるのはなぁ……それになんだかんだ、私って攻撃するよりも、《バインドウィップ》で拘束することのほうが多いし、そっちに支障が出るのはちょっと……
「あ、そうだ。これ、鞭の素材に使えるって聞いたんだけど、どうなんだろ?」
ふと思い出し、私はインベントリから《特大スライムゼリー》を取り出してテーブルの上に置く。
リン姉から鞭の素材に使えるとは聞いてたけど、今の今まですっかり忘れてた。どうせそれ以外に使い道なんてないし、使える物は使わなきゃね。
と思ったんだけど、ウルは私の出したゼリーを見るなり、ふむ、と顎に手を添えて少し悩むように唸り声を上げた。
実はあんまりいい素材じゃなかったのかな? と思って少し心配になったけど、どうにもそういうわけじゃないみたい。
「確かにそうだけど、それで出来るのは伸縮するタイプの鞭だね。振ると自在に伸びるから拘束系のアーツはかなり使い勝手が良くなるんだけど、代わりに威力は今とそんなに変わらないと思うよ?」
「へぇ、伸縮する鞭かぁ」
言われて、私は自分がそれを使ってるところを想像してみる。
伸縮自在の鞭。離れたところから一瞬で伸びて、敵を絡めとる武器。リーチが長ければ、ヒュージスライムと戦った時も、わざわざ草むらに潜んでチャンスを待つような消極的な動きじゃなくて、攻撃した直後を狙って拘束しにかかれただろうし、普段の戦闘でも、ポーション系のアイテムを使う関係上、少し距離を置いて戦ってるから、鞭を使う時は《投擲》スキルの射程より大分内側に入らなきゃならなかったところを、同じような距離感で戦えるようになるかもしれない。
そう考えると、下手に攻撃力を追求するよりもそっちの方がいい気がしてきた。
「うん、攻撃力が多少低くてもいいから、そっちでお願い! なるべくリーチ長めで!」
「へえ? 分かった、じゃあそっち方面で……っと、肝心なこと聞くの忘れてた」
「肝心なこと?」
「予算だよ、予算。いくらまで出せるの?」
「ああ」
言われてみれば確かに、作って貰う以上はそれが一番肝心だよね。すっかり伝えるの忘れてたよ。
と、内心で軽く反省しながらメニューを開き、今の所持金を確認する。
えーっと……
「2万Gとちょっと。とりあえずそれだけ持ってるよ」
いやぁ、ヒュージスライムと戦った時はたった300Gしか持ってなかったのに、たった2日で我ながら随分増えたよね。今なら確かに、所持金3桁なんて鼻で笑われても仕方ないって思えるよ。
「……えっと、そんだけ?」
「えっ……もしかしなくても、足りない?」
「うん、全然足りない」
と思ったら、ウルがなんだか可哀想な物を見る目を向けてきた。心なしか、それまでずっと黙ったままだった熊のおじさんの放つ威圧感が一段と増した気がするんだけど……も、もしかして怒ってる!? そんなに!? そんなに足りてないの!?
「ち、ちなみに、相場はおいくら万円なんでしょうか」
「その言い方だとリアルマネーのほうに聞こえるよ? ……えっと、勿論贋作から良作までピンキリだし、作る物にもよるんだけど、そうね……メイン武器を店売り品じゃなく、オーダーメイドで頼むなら、最低でも10万Gくらいかな?」
「じゅ、じゅうまんっ!?」
文字通り桁の違う金額に、思わず素っ頓狂な声が上がる。
いやいや、10万!? うそぉ!? そんなの稼ぐのに何日かかるか……あ、いや、しばらく使い続ける武器って意味ならそれが普通……? う、うーん……
「ちなみに、10万っていうのはあくまで目安の話で、例えばパパベアーさんのその大剣だと一から作れば一本20万くらいかな?」
「20万!?」
いや、もう、なんというか……私が手を出すの、やっぱり早かったんじゃないかなって気がしてきた。うん、なんかもう、これ以上ここにいるのもウルに悪い気が……
「な、なんかごめんウル。私全然そういうの知らなくて……」
とりあえず、この場は自分の無知を素直に謝って帰ろうかと思って、ぺこりと頭を下げる。
けど、ウルはそんな私に対して「気にしなくていいよ」と軽く笑ってくれた。
「まあ流石に、お金がないなら作ってはあげられないけど」
「うん、仕方ないよね……」
「そこで。この武器制作でかかる費用を安くする方法が3つある」
こればっかりは、プレイヤーメイドを甘く見ていた私が悪い。そう思って諦めようと思った私に向け、ウルがぴっ、と3本の指を立てて見せる。
「そ、そんな方法があるの!?」
目の前に提示された光明に、私は思わず身を乗り出すようにして食いつく。
そんな私に苦笑を浮かべながら、ウルは指を一本一本折りながら説明してくれた。
「まず1つ目。自分で《鍛冶》スキルを習得して自分で作る。ただ、これは一番安い《携帯炉》だとインゴットとナイフくらいしか作れないし、まともに剣を作れる《小型炉》を買おうと思うと、それ単体で1万G。そもそも設置型だから、自分のホームを持たないと使えないってことで、そっちがこれまた末端価格10万Gかかっちゃうね」
「まさかの初期投資額で既に武器の値段ぐらいかかってる!?」
お金がなくて自分で作りたくても、そのために結局武器を作るだけのお金を貯めなきゃならないというジレンマ。世知辛い……
「だから、今後《鍛冶》スキルでやってくつもりがないなら、これはやめた方が無難だね。で、そんなミオに2つ目。と言っても、これはそんなに特別なことじゃなくて、使う素材を持ち込んでくれればその分お安くするよってこと」
「あ、この《特大スライムゼリー》とか?」
「他にも色々とあればなお良いね。ただ、武器の製作って鍛冶師ごとにオリジナルの素材の配合比率とかあって、使う素材の内訳からそれを推測されるのが嫌だからって、メインに使う素材以外の持ち込みは認めてないプレイヤーがほとんどだから、あまり大幅な減額は期待しない方がいいよ」
勿論私もね? と笑うウル。
ですよねー、とテーブルに突っ伏した私に、「そんな落ち込まなくても、まだ話は終わってないから」とウルは頭をぽんぽんっと撫でてくれた。
ちなみにその時、ライムは《特大スライムゼリー》が気になるのか、その上に乗ってぷるんぷるんと一緒に揺れてたから、私がテーブルに突っ伏した時の衝撃で転がり落ちて、抗議するように私の足をぺちぺちと叩いてきた。
ごめんってばライム。後で《ハニーポーション》あげるから許して?
「で、最後、3つ目の手段なんだけど」
そんな風に、ライムをあやす私に苦笑を浮かべながら、ウルは改めて3本目の指を立てる。
「ミオの鞭とは別に、私のほうで欲しい素材の採取を手伝って欲しいんだよね。そうしたら、またいくらか安くしてあげるよ?」
どうする? と尋ねてくるウルの提案を、私が断る理由なんかなく。
ライムを膝の上に抱きながら、大きく頷きを返した。
交渉というより提案されて頷くだけなミオであった。




