第22話 ボロ小屋鍛冶師と化け熊さん
「《ストライクウィップ》!!」
鞭を繰り、発動したアーツによってグリーンスライムが大きく弾き飛ばされ、その体がポリゴン片になって砕け散ったことに、よしっ、と内心でガッツポーズを取る。
ヒュージスライムとの戦いで、自分の攻撃力不足を痛感した私は、あの後すぐに武器を《蔓の鞭》から《調教者の鞭》に、防具も“初心者用”って頭文字についた貧相な革装備一式から、“冒険者用”って名前のついたちょっとだけ良い装備に買い替えた。まあ、鞭はともかく、防具の方は見た目はあまり変わらず、ワンピースみたいなインナーの上に、重要な部位だけ最低限守るように革鎧が取り付けられた感じがいかにも貧乏臭いんだけど。
でも、これでATK補正に加えて、DEF補正もまた部位ごとに+1から+10へ、10倍にもなったから、お陰でグリーンスライムくらいなら、正面から楽々倒すことが出来るようになった。
それこそ、ライムのサポートがあれば、複数体纏めて相手取れるくらいに。
「ライム、右お願い!」
「――!」
《感知》スキルによって、左右からグリーンスライムが迫ってきているのを感じ取った私は、すぐにライムに指示を飛ばす。
了解! って感じに体を揺らすライムを信じて、私自身は左のグリーンスライムに向け、再び鞭を振るう。
リッジ君みたいに、アーツなしで攻撃してどうにかなるならそれが一番良いんだけど、流石に私にはそんなプレイヤースキルはないから、やるとなればアーツ一択だ。
「《バインドウィップ》!!」
向かってきたグリーンスライムを捕獲して動きを止め、ちらりとライムのほうを確認すると、もう1体のグリーンスライムを効果の上がった《麻痺ポーション》で足止めし、《酸性ポーション》と《酸液》のコンボで仕留めようとしているところだった。
うん、あっちは大丈夫そうだし、こっちを手早く片付けなきゃ。
というわけで、私は拘束したままのグリーンスライムに向け、インベントリから《毒ポーション》と《酸性ポーション》を取り出し順次投げつける。
うーん、ライムに渡して貰うのに慣れると、一々インベントリ開くのめんどくさいなぁ……まあ、今はそんなに切羽詰まってないからまだいいんだけどね。
「よし、終わり! ライム、お疲れ様ー」
そのまま特にトラブルもなく、グリーンスライムの討伐が完了した私は、ライムを抱きあげてなでなでする。
ぷるんぷるんっと、嬉しそうに体を揺らすライムの姿にほんわかしつつ、私はコスタリカ村への帰途に着きながら、自身のステータス欄を確認した。
名前:ミオ
職業:魔物使い Lv15
HP:144/144
MP:120/120
ATK:58
DEF:77
AGI:80
INT:51
MIND:76
DEX:105
SP:10
スキル:《調教Lv14》《使役Lv13》《鞭Lv14》《投擲Lv11》《感知Lv13》
控えスキル:《調合Lv13》《採取Lv14》《敏捷強化Lv8》《隠蔽Lv12》
名前:ライム
種族:ミニスライム Lv17
HP:78/78
MP:80/80
ATK:36
DEF:60
AGI:25
INT:42
MIND:31
DEX:42
スキル:《酸液Lv21》《収納Lv12》《悪食Lv13》《麻痺耐性Lv6》
この2日、《西の森》で採取して、コスタリカ村まで戻って調合して、そのアイテムを使って狩りをするというルーチンワークが完成したお陰で、最初のドタバタしてた時とは比べ物にならないくらい効率よく経験値を稼いで、やっとヒュージスライムと戦ってた時のお兄達と同じようなレベル帯になれた。
まあ、お兄も当然その間にレベルが上がって、今は23レベルらしいけど……差が縮まってるからよしとしよう、うん。
「ただ、そろそろレベルが上がりづらくなってきたなぁ」
戦闘だけじゃなくて、調合する時にも……それこそ、なぜかライムが作った《酸性ポーション》も私が調合した扱いになって経験値を得られてるから、こうして差が縮まってきたとはいえ、いい加減グリーンスライム相手じゃ得られる経験値が微々たるものになってきたし、昨日の終わりからまだレベルが1つしか上がってない。
これ以上を目指すなら、もっと強いモンスター……それこそ、初日に初めて死に戻りさせられたハウンドウルフでも狩らないとダメなんだろうけど、武器を買い替えた今でも、1対1じゃなきゃあれには勝てないんだよね。
「……まだ2日しか使ってないんだけど、替え時かな?」
腰に付けた新しい武器を見やりつつ、そうぼやく。
そもそも、本当なら《蔓の鞭》なんて使わずに、《調教者の鞭》を次の武器への繋ぎにしてレベリングをこなすのが普通だったらしいし、そういう意味では悪くないと思う。プレイヤーメイドの高性能武器を作って貰えれば、ひとまず当分は武器に困らないらしいし。
「ただ問題は、誰に作って貰うかだよね」
プレイヤーメイドというと聞こえはいいけど、プレイヤー同士顔を突き合わせて値段交渉するわけだから、私みたいな初心者だと足元見られてぼったくられたりなんてこと、簡単に想像がつく。
それに、武器を作って貰ってはいさよならじゃなくて、その後の整備や強化もお願いすることになるんだから、出来るだけ気心の知れた相手がいいよね。武器の制作依頼を通じて新しい友情を育むのも悪くはないだろうけど。
と、そんなことを考えている間に、ヒュージスライムと戦った平原を抜けて、コスタリカ村にたどり着いた。
相変わらずのんびりとした雰囲気漂うそこを抜け、私が目指したのは村の周りにある畑の一角。
そこで、鍬を手にせっせと耕している麦わら帽子のおじさんNPCを見つけ、話しかけた。
「おじさん! グリーンスライムの討伐終わったよー」
「おお、嬢ちゃんか、ありがとうよ。連中に畑を荒らされて困ってたんだ」
「どういたしまして。はいこれ、スライムゼリー」
「おう、確かに受け取ったぜ」
そんな簡単なやり取りの後に、ポーンっと軽快な音が鳴って、クエストの達成が知らされる。
今回に限らず、昨日も一昨日もこのおじさんからクエストを受けて、周辺のグリーンスライムの討伐と、そのドロップアイテムの納品をやってる。
1日1回、夜の0時更新で毎日受けられるクエストなんだけど、毎日毎日畑荒らされて、このおじさんちゃんとやっていけてるのかな? ちょっと心配なんだけど。
「おじさん、また明日クエスト受けるから、よろしくねー」
「バカ言え、次こそは俺が自力で追い払ってやらぁ!」
鍬を振り上げて威勢のいいことを言うおじさんだけど、昨日もそんなこと言って、結局「まさかあんな数を相手することになるとはな……」とか「今日はちょっと調子が悪くてな……」とか言ってクエスト発注してくれたんだよね。私としては助かるからいいんだけどさ。
「まあ、ほどほどに、怪我しないようにね~」
「おう、頑丈さだけが取り柄だからな、心配すんな!」
元気とポジティブさが取り柄なおじさんに手を振って別れ、私はさっき考えていたことについてもう一度思考を巡らす。
と言っても、もう答えは決まってるんだけど。
「分からない時は、まず知り合いに相談だよねーっと」
指を走らせ、メニューのフレンド一覧から、1つの名前を選びタップすると、その人の現在地が表示される。
うん、今は始まりの街にいるみたいだし、メッセージ飛ばしても迷惑じゃないかな?
というわけで、今から武器の相談がしたいから、近いうちに会いたい旨を記したメッセージを飛ばしてみると、1分と経たずすぐに返信が来た。
「今からでも会ってくれるってさ。早速行こっか、ライム!」
ライムを抱き直しそう言うと、私はすぐに、村の中央にあるポータルへ向かい、始まりの街である《グライセ》へと転移した。
グライセに転移した私は、マップに表示されてるフレンドマーカーを頼りに、相談相手が今いる場所の前へとやってきた……んだけど。
「えっと、ここで合ってるのかな……?」
街の中央広場からやや北寄り、今はまだ空き家が多いけど、プレイヤー用のホームがいくつか立ち並んでるここは、街の中でも、ポータルがある中央広場と、商店街がある南区と並んで多くのプレイヤーで賑わってる場所だ。
けど、それもあくまで通りに面している場所の話。今私がいるのは、路地裏とも言うべき薄暗い場所にある、粗末な掘立小屋みたいな物の前だった。
石造りの、それなりにしっかりした造りの建物が回りにある中、こんな木造の小屋がポツンとあって街の外観ぶち壊しだけどいいのかな? とか、これ、一応それなりのサイズはあるけど、本当に人住んでるの? とか、色々と思うところはあるけれど、ともあれマップ機能がバグっているわけじゃないんなら、ここに私が会おうとしているフレンドがいるのは間違いないんだし、ここは入ってみないと始まらないよね。
「ごめんくださーい」
というわけで、私は一度大きく深呼吸をした後、意を決して小屋の扉を開け――
「んん? 誰だ嬢ちゃん」
パタンっと、そのまま閉じた。
あれ、おかしいな。街の中はセーフティエリアのはずなんだけど、今物凄い大きな熊のモンスターが見えた気がするよ?
「おう嬢ちゃん、挨拶もなしにいきなり閉めるのは失礼じゃないかい?」
幻覚でも見えたのかな、なんて考えたりもしたけれど、すぐに小屋の扉が開いて当の大熊が現れて、それこそ甘い幻想だったんだと思い知らせてくれた。
茶色い毛皮に覆われた見上げるような巨体と、下手な木くらいは一撃で叩き潰せそうな太い腕。
なぜか人の言葉を喋ってたり、金属製のアーマーを胸や腰、腕や足に付けていたり、背中にこれまた巨大な大剣を背負ってたりと、ただの熊とは違う特徴がいくつも散見されるけど、そんなものは今この状況への理解を更に難解にして、より一層恐怖心を煽るだけだった。
「どうしたお嬢ちゃん、何も言わなきゃ分かんないぞ?」
「え、えと……あの、そのぉ……」
どどどどうしたらいいのこの状況!? これ何、何かのイベント!? 街中で戦闘勃発なの!? これ倒さなきゃ先進めないとか!? ムリムリムリムリ、絶対無理! こんな化け熊と戦うくらいなら、ヒュージスライムと1人で戦ったほうがまだマシだよ! 無理ゲーにもほどがあるってばぁ!!
「きゃっ」
その恐ろしい風貌に恐れ慄き、後退っていると、すぐにつまずいてその場で尻餅をついて転んじゃう。
そんな私に向け、化け熊はその太い腕をぬっと伸ばし――
「おーい、パパベアーさん、何してるのー?」
その手が私に届く直前、私はその声に弾かれるように反応し、そこを目指して一直線に駆け出した。
「ウルーーー!!」
少し歩くだけでも揺れ動く大きな胸、リアルの私のように短めに揃えられた髪。間違いなく、私が訪ねに来たフレンドであるウルの姿を目にした私は、それまで恐怖で縮こまっていたのが嘘のように、《敏捷強化》の補正をフル活用して瞬く間に距離を詰め、その体にひしっ! としがみ付くと、その背へと隠れるように退避した。
「おおっと!? み、ミオか。どうしたの……って、ああ、そういうことね」
何もない地面に向けて手を伸ばした格好で固まっている大熊を見て、何やら納得したらしいウルは、背に隠れたままの私の頭にそっと手を乗せ、優しく撫でてくれた。
「大丈夫大丈夫、あの人おっかない見た目してるけど、そんな悪い人じゃないから。私の鍛冶師としてのお客さんだよ」
「お、お客さん?」
改めて注視してみると、その化け熊の頭上にはプレイヤーを示す緑色のマーカーが浮かび上がってきた。
あ、あー……パニックになっててそこまでは全然目が行ってなかった。いや、見えてたとしても、あの風貌だとパニクってた気がするけどね。だって怖いもん。
「……俺、そんなに怖いか?」
「えっ、あ、えっと……はい」
「…………そうか」
化け熊改め、熊のおじさんにそう尋ねられ、取り敢えず頷いて返すと、今度は見るからに落ち込んだ様子でずずーんっと暗いオーラを纏い始めた。
え、えっと……もしかして、結構気にしてる? だったら、あんな大熊の変装なんてしなければいいのに……
「あー、えっとね、ミオ。パパベアーさん、リアルだとすっごい厳つい大男らしくてね、子供にいつも怯えられてるから、せめてゲームの中くらい親しみやすいようにって、あの着ぐるみ装備を揃えたんだってさ……」
そんな私の考えを察したのか、ウルは若干言いづらそうに、熊のおじさんの装備について説明してくれた。
あれでも、親しみやすさを狙った結果だったんだ……いや、うん、冷静になって見れば可愛げのある着ぐるみ、なんだけど……なんだろう、体が大きすぎるせいかな? 可愛さ2:怖さ8くらいの割合で怖いや、やっぱり。
「そうか……やっぱり俺は怖いのか……そうか……」
「ああもう、パパベアーさんも落ち着いて! ミオもちょっと驚いただけだって! 慣れれば普通に接してくれるから、ね、ミオ!」
「えっ、あ、ああ、うん、た、多分……?」
「そこは嘘でもいいから断言して!」
ウルの説明を聞いても、未だ隠れたままな私を見て、益々落ち込んでいく熊のおじさん。
ついでに、最後のウルの一言がトドメになったのか、「嘘……嘘って……」とがっくり膝を突いてその場に崩れ落ちた。
私はウルに武器の相談に来ただけなのに、なんだか予想外にドタバタしちゃったけど、結局、この後落ち着いて話が出来るまでに更に時間がかかったのは、言うまでもなかった。