第21話 お世話の楽しみとポーション強化
夏休みの学生と言ったら、大抵は家でゴロゴロするか、宿題に追われてひいひい言うか、そうでなければ家族でどこかに出かけたりと、学校のことは一旦忘れて、思い思いに過ごすのが普通だ。
とは言え、それなら誰も学校に行かないのかと言えば、当然そんなこともない。実際、私も今日は部活の用事で学校に足を運んでいた。
「ふんふふんふふ~ん♪」
ある程度切って小さくしたリンゴを、ミキサーを使ってジュースにする。
そうして出来たジュースをペレットに加えて柔らかくして、牧草と一緒にもう一度ミキサーに入れ、混ぜ合わせる。
この時、牧草とペレットの比率によって完成した時の堅さが変わるから、それぞれの好みに合わせて数パターン作成するのも忘れない。
そうして出来上がった物を、ポリ手袋をしながら1つずつ綺麗に丁寧に、愛情込めて1口大に形を作って、最後にレンジで軽く温めて、水気を飛ばしてあげる。
「よし、出来た!」
完成したのは、ウサギ用の手作りおやつ、牧草クッキー。
なんでこんなものを作っていたのかと聞かれれば、もちろんそれはウサギに食べて貰うため。私の所属してる生物部で飼育してるウサギのお世話をするために、こうして学校に足を運んで調理室を借りているところというわけだ。
「ほえ~、相変わらず先輩のは凝ってますね~」
自分で作ったクッキーを見て、まぁまぁかな? なんて自己評価を下していると、私の1つ下の後輩――柊 風子ちゃんが、欠伸が出そうなくらい間延びした声でそう言いながら覗き込んできた。
机の上に顎を乗せるようにして、お~っと呟いて頭が動くのに合わせ、少し雑に纏められたポニーテールがぴょこんっと揺れて、なんとも可愛らしい。出来れば、もう少しちゃんと丁寧に纏めてるとなお可愛いと思うんだけどね。
「そう? これくらい普通だと思うよ?」
型抜きとかそういうのは持ってないから、作った形はハートとかひし形とかシンプルなやつだし、それにしたって少し不揃いで不格好だと思うんだけどなあ。
なんてことを考えながら、ポリ手袋を外して軽く手を洗い、風子ちゃんの後ろに回って髪を解き、軽く手櫛で梳いてから纏め直す。
普段面倒くさがりの風子ちゃんのことだし、手入れなんて大してしてないだろうに、指を通すとスっと流れるようにして抜けていくほどサラサラの髪を見てると、この世の理不尽を嘆きたくなるよ、全く。
「そもそも、学校で飼ってるウサギの餌やりで、わざわざ自分から料理だなんて、普通はやらないですよ~?」
特に嫌がるでもなく、むしろこれ幸いとばかりに私に身を委ねてくる風子ちゃんには呆れるけど、いつものことだから特に何か言うでもなく会話は続ける。
せっかく綺麗な髪なんだから、もうちょっと気を使えばいいのに。
それを言うと、「手入れが面倒だからってショートにしてる先輩に言われたくないです~」って感じに盛大なブーメランが返ってくるのは分かってるから、言わないけど。
「むー、なんでよー。あんな可愛い子達にあげるおやつだよ? 少しでも美味しい物食べさせてあげたいじゃん!」
「可愛いのはそうですけどね~。自分で飼ってるならともかく、学校の部活でお世話してるわけですから~。普通はほどほどにするものだと思うんですよ~」
「家で飼えないんだから、しょうがないでしょ!」
そんなことを話している間に髪も纏め終わり、よしっと軽く頭をひと撫でしてから、出来上がった牧草クッキーを纏めて風子ちゃんを立ち上がらせる。
「本当は、毎日だって学校に来てお世話したいくらいなのに、部長に言われて仕方なく週1にしてるくらいなんだからね?」
「だったら先輩~、餌やりついでに、私の分まで小屋のお掃除もやって貰えると~」
「ダメに決まってるでしょ、部長に言いつけるよ?」
「あ~……それはご勘弁を~……」
うへえ……って感じに顔を顰める風子ちゃんを見て、やれやれと溜息を吐きながら、校庭の一角、ウサギ小屋のある場所へと向かう。
調理室は校舎の玄関がある位置からはちょうど反対側で、ウサギ小屋もまた玄関の位置からは離れてるから、これがまた結構な距離を歩かなきゃならないんだけど、当然のように風子ちゃんは疲れたと言ってもたれかかってくる。
「う~、先輩、おんぶを所望します……」
「非力な私におんぶとか無理だから。ほら、シャキッとして!」
そんな風子ちゃんを宥めすかしながら、やっとの思い……っていうほどは掛かってないけど、ウサギ小屋までたどり着く。
うちの部長、「やる気の有り余ってる澪とだらけてる風子でちょうどいい凸凹コンビでしょ」っていつもこの組み合わせにしてくるけど、やる気ついでに面倒な子押し付けようとしてる感がビシビシ伝わってくるんだよね。
ちなみに、決して胸のサイズが凸凹なわけじゃないからね? 風子ちゃんも私も年齢相応、まだまだこれから大きくなるんだから!!
「先輩、いきなりどうしたんですか~?」
「なんでもないよ、うん」
そんな風に、誰にというわけでもない言い訳をしながらウサギ小屋に入ると、餌を持つ私達に気付いたのか、ウサギが一斉に集まってきた。
「ユキ、スノウ、シロ、チョコ、元気だった~?」
白ウサギのユキ、スノウ、シロの3匹と、茶色い毛並みのチョコをそれぞれ撫でながら、風子ちゃんと一緒に持ってきた4種類の牧草クッキーをお皿によそって目の前に置いていく。
それを見るなり、みんな我先にと目の前のお皿にがっつき始めた。
「ふふふっ。スノウ、最近少し大きくなった? いっぱい食べてもっと元気に育ってね。逆にユキは全然大きくならないけど、ちゃんと毎日食べてる? 私のおやつを気に入ってくれてるのは嬉しいけど、普通の牧草もちゃんと食べなきゃダメだからね? って、ああ、チョコ! シロのおやつ食べちゃダメだって! まだあるから!」
スノウとユキを撫でながら、その体の変化に一喜一憂し、ついでに食いしん坊のチョコが他の子の餌を取らないよう、追加でチョコ用の牧草クッキーをお皿によそってあげる。
入れた途端、シロの分には目もくれず自分のクッキーをもぐもぐと食べ始めるチョコに苦笑しつつ、その体を優しく撫でてあげてると、ふと風子ちゃんが私のほうをじーっと見てたのに気が付いた。
「あれ、どうしたの、風子ちゃん? 私の顔に何かついてる?」
「いえ、そうでなくて~。相変わらず、先輩はどうやってこの子達の見分けをつけてるんだろうな~と思いまして~」
心底不思議そうに尋ねてくる風子ちゃんに、私のほうがむしろ首を傾げる。
「一目見れば分かると思うけど」
「流石にそれは先輩だけだと思いますよ~」
「えぇ、そうかなぁ……? ほら、スノウは毛並みが新雪みたいにふわふわしてて触ると気持ちいいし、ユキは目がくりくりしてて可愛いし、シロは一番体おっきくてこう、のんびりした空気を醸し出してるじゃない? あと、チョコはそもそも毛の色が違うし」
「チョコは流石にわかりますよ~、けど、それ以外は言われてもさっぱり分からないですね~……」
「え~……」
うーん、分かると思うんだけどなぁ。
でも、こればっかりはお兄どころか、同じ動物好きであるはずの生物部のメンバーにさえ共感して貰えない。
いや、確かにスノウとユキとシロは三つ子の姉妹だから、違いが分かりづらいっていうのも分からないではないんだけど、でもほら、よく見れば分からない? 分からないかぁ……
「まあいっか、ほら、早く小屋の掃除するよ。道具持ってきて」
「え~……私、掃除している間にこの子達が逃げ出さないか見張る役でいいですか~?」
「ダーメ。ていうか、その役が必要ないようにわざわざ柵まで用意してあるんでしょ!」
「ちぇ~、分かりましたよ~」
ぶーぶーと文句を言う後輩にやれやれと溜息を吐きながらも、一緒に掃除道具を取りに行く。
なんだかんだ、こうしてちゃんと面倒を見ているあたり、部長の思惑通りなんだろうなぁと思うとなんだか釈然としないけど、手のかかる後輩もこれはこれで可愛いなぁと思ってしまうあたり、もう手遅れかもしれない……
「お世話するのは好きですけど、お掃除は面倒です~……」
「この子達に気持ちよく過ごして貰うためだと思えば、毎日だって苦じゃないと思うんだけどな~」
「う~、流石先輩、生粋のテイマーですね~……」
「ふっふーん、それほどでもないよ」
リアルで動物を育てる人っていうと、ブリーダーって呼んだほうがいいのかもしれないけど、風子ちゃんと私はちょくちょく携帯ゲーム機の育成ゲームで、育てた子を見せ合ったりする仲だから、自然とテイマーっていう呼び名が出てくる。
……そういえば、風子ちゃんってMWOはやってるのかな? あれなら、面倒だって言ってる掃除とか片付けは簡略化されてるし、風子ちゃんも楽しめそうだけど。
「先輩~、急に考え込んでどうしたんですか~?」
「ううん、なんでもない」
よくよく考えてみたら、そのMWOをやるために必要なVRギア自体、かなり気合を入れて開店前から並ばないと手に入らないはずだし、私もお兄がいなきゃ無理だったんだから、面倒くさがりな風子ちゃんが持ってるわけないか。
そう一人で結論付けた私は、鼻歌を歌いながら掃除に戻る。
そんな私に首を傾げつつ、なんだかんだでちゃんとやってくれる風子ちゃんと一緒に、1時間ほどで掃除を終わらせ、まだおやつのクッキーを食べたそうなウサギ達を宥めて主食の牧草を餌箱に足してあげつつ、学校を後にした。
「ふんふふんふふ~ん♪」
家に帰って、自分のお昼ご飯を食べた私は、MWOの中で今度はライムのご飯を作っていた。
作るのは、例の如く《ハニーポーション》。それから、どうしてもその味が癖になったらしい《麻痺ポーション》だ。
胃もたれしそうなくらいの甘味と、強烈という言葉に輪をかけて強烈な炭酸っぽい何かを私はどう足掻いても好きになれないんだけど、ライムが好きなんだから仕方ない。
ただ、普通の《麻痺ポーション》ばっかりっていうのも飽きちゃうだろうからってことで、今回は攻略サイトで見つけた新しいレシピを試してみる。
とは言え、作り方は元の《麻痺ポーション》と同じ。《シビレダケ》を煮て作った煮汁に、砕いた《ドクの実》を混ぜるだけなんだけど、この時、《シビレダケ》をただの水でなく、《酸性ポーション》を使って煎じると、《シビレダケ》そのものが全て溶けてなくなって、かなり色の濃い煮汁になる。
それを使って《ドクの実》と混ぜ合わせると――
名称:麻痺ポーション
効果:《麻痺Lv2》を付加する。
「よし、出来た!」
この通り、効果が一段階上がった《麻痺ポーション》になる。
攻略サイトでは、「使えない《酸性ポーション》の唯一の使い道」とか「量産性皆無の割には微妙な性能」とか散々な書き方がされてたけど、酷評されてる一番の原因である《酸性ポーション》の入手難易度が、ライムのいる私は他のプレイヤーに比べてぐっと低いから、十分実用に耐える代物なはず。
何より、ライムのお陰で作りやすいアイテムっていうところがポイント高い。
あとどうでもいいけど、《酸性ポーション》を使って効果が上がるのは《麻痺ポーション》だけじゃなくて《毒ポーション》も同じだから、酷評書いた人、唯一っていうの間違ってるよ。状態異常ポーションってくくりで見ればそうかもしれないけどさ。
「ほらライム、ご飯だよ~」
ともあれそんなことは置いといて、出来上がった《麻痺ポーション》をライムにあげると、飛びつかんばかりの勢いでその半透明の体の中に取り込み始めた。
楽しみにしてくれていたことがありありと伝わってくるその反応に、思わず笑みを零しつつ、心の奥ではそれにどんな反応を返してくれるか、ちょっとだけワクワクする。
「――――!」
「あははっ、ライム引っかかった~」
びくびくっ! と体を震わせて麻痺するライムに、私は堪らず笑い声を上げた。
ヒュージスライムを倒して2日。私はコスタリカ村を拠点に、近場で狩りをしてクエストをこなしたり、時折《西の森》まで出向いて採取したりして活動してる。
そんな中、私はクエストで稼いだお金の一部を使って、コスタリカ村の食堂で食べてたんだけど、ライムはそれだけじゃなく、《ハニーポーション》と《麻痺ポーション》を食べて過ごしていた。
食べる度食べる度麻痺になるのに、それでも食べたがるライムに苦笑しつつも与えていたら、なんと先日、ついにライムが《麻痺耐性》なんてものを習得したのだ。
まさか、レベルアップやスキルポイント以外でもスキルを習得できるってことも驚きなら、それを習得出来た理由が食い意地張り過ぎた結果っていうのも驚きだけど、ともあれそれ以降、ライムは1つだけなら麻痺せずに《麻痺ポーション》を食べられるようになった。
それ自体は喜ばしいことなんだけど……それで調子に乗って食べる量を増やすライムを見て、ちょっとした悪戯心が芽生えた私は、効果の高い《麻痺ポーション》の制作を思いつき、久しぶりに攻略サイトを覗いたわけだ。
お兄には、普段見ないくせにそんな理由で攻略サイト見るやつはお前くらいだって呆れられたけどね。
「さて、ご飯も終わったし、麻痺が解けたらクエスト行くよ、ライム!」
そう言って、未だ麻痺の残るライムの体を軽くぽよんぽよんと叩けば、肯定するようにぷるぷると揺れる。
そんな様子を見て微笑みつつ、私は頭の中で、今日は何をして遊ぼうかと、そんなことを考えていた。
早速の新キャラ登場。まったりしたキャラはほのぼのしやすくて便利です(*´ω`*)