第190話 ミオVSキラ
リッジ君とユリアちゃんが相討ちとなり、二人は観客席に戻った。
戦闘前、あれだけ大観衆の前で揃って私への告白をしてくれた二人に、何かメッセージでも飛ばすべきかと思ったけど……うん、今はやめておこう。
まだ、私の決着が着いてないしね。
そして、その肝心な相手となるお兄の方はと言えば、順調に勝ち進んでいった。
私みたいに奇をてらうでも、リッジ君やユリアちゃんみたいに超人的なプレイヤースキルを見せるでもない、堅実で隙のない立ち回り。
あの守りをどうやって突破すればいいか……そんなことを考えていると瞬く間に時間が過ぎ、ついにその時がやって来た。
『さあ、白熱の大武闘会もいよいよ後半戦! 三回戦に突入だ! まずは、二回戦を不戦勝で勝ち上がったラッキーガール、《魔物使い》のミオ!』
誰がラッキーガールか。
と言いたい気もしたけど、実際に二回戦は、リッジ君とユリアちゃんが相討ちになったことで戦わずして勝利したわけだから、ぐうの音も出ない。
というかこの人、NPCかと思ったけど、実は中に運営の人が入ってたりする?
『続けて、これまで地味ながらも堅実な戦いぶりで勝利を納めて来た鉄壁の《戦士》! キラ!』
「地味で悪かったなコンチクショウ!」
反対側で、私と似たようなリアクションを取りながら現れたお兄を見て、私の緊張感は否応にも上がっていく。
「まあいいや。ミオ、何気に俺達が直接勝負するのは初めてだよな、楽しもうぜ」
背中から抜いた槍をぐるんと回し、盾と一緒にどっしりと構えるお兄。
観客として見てる分には確かに地味かもしれないけど、こうして直接対峙すると、まるで巨大な鉄球に身一つで挑みかかるような、そんな威圧感を覚える。
「お兄、私がゲーム始めた日、ライムのこと使えないって言ってたの、覚えてる?」
そんなお兄に対して、私は唐突にそんなことを尋ねた。
子供みたいに無邪気な顔で構えていたお兄は、その言葉を聞いて少し目を瞬かせると、一つ頷いて返事を返す。
「ああ、覚えてるぜ。あの時は、初めてやるゲームで、いきなりの苦行プレイなんて止めとけって、そう思ったんだよなぁ」
苦笑混じりに振り返るお兄に、私もまた苦笑を返す。
モンスターをテイムして、私だけのペットにして、思う存分可愛がる……そんな目的で始めたゲームだったけど、あの時のお兄の言葉で、もう一つの目標が出来たんだよね。
「確かに最初は、ゴブリンもロクに倒せなくて、ゴブリンを倒すためにゴブリンより強いモンスターから逃げ回りながら素材集めたり、苦労したけど……その甲斐あって私達、ここまで来たよ」
「そうだな。もうこのゲームやってて、スライムだから弱いなんて決め付ける奴はいないだろ。お前がこれまでのイベントで、そいつの有用性を示し続けて来たからな」
この子は私が強くする。誰にもバカにされないくらい強くする! だって私、テイマーだもん――
あの時は、ほとんど勢いのままに言っちゃったから、具体的にどうすればいいかなんて、全く考えてなかった。
ただライムと一緒にこの世界を冒険して、やれることを少しずつ増やしていって……そんな過程が、ただ楽しかった。楽しむ中で出来たフレンドや、新しい仲間達と過ごす時間が、とにかく心地よかった。
だから。
「そうかな? だとしたら、嬉しいな。うん、だからね……今日は残ったもう一つの目標、叶えてみせる」
見てなさいよ、絶対お兄よりすっごいプレイヤーになってやるんだから――
「手加減なんていらない、勝負だよ、お兄!!」
「当たり前だ、全力でかかって来い、ミオ!!」
私達がそう叫ぶと同時、タイミングを見計らっていたかのように開始のゴングが鳴り響く。
それを聞くなり、私はライムをぶん投げた。
「ライム、《麻痺ポーション》!! 《パワーシュート》!!」
先制は私。《投擲》スキルを活用してライムを投げつけ、《麻痺ポーション》をお兄目掛けて投下させると同時に、隠し持っていた《麻痺投げナイフ》をアーツの力でぶん投げる。
もう、ここまで来たらアイテムの出し惜しみなんて考える必要もない。私達の全身全霊を以て、お兄を倒す!
「させるか! 《エアスクリーン》!!」
お兄がアーツを発動すると、盾を中心に風が吹き荒れ、ライムのポーションも、私の投げナイフも全て弾き飛ばされる。
あれは、《盾》の上位スキル、《大盾》のアーツで、確か遠距離攻撃の威力を減衰して軌道を逸らす効果があったはず。
展開された風の幕に、一定以上のダメージが入ると効果が消えるんだけど……状態異常系の攻撃はほぼ例外なく威力が低いから、突破なんて出来るわけがない。
「続けて行くぜ、《スピアチャージ》!!」
けれど、お兄はそんな風の中で引きこもるのを良しとしなかった。
ライムが私の手から離れたのを好機と見てか、正面に槍を構えながらの高速の突進攻撃が襲い掛かってくる。
もちろん、リッジ君やユリアちゃんほど速いわけじゃないんだけど……全身を鎧で包み込んだお兄が体ごと突っ込んでくるその光景は、見てるだけで足が竦みそうなくらい迫力満点だ。
「《バインドウィップ》!! ライム、お願い!!」
それに対して、私は得意のアーツを放ち、お兄……ではなく、ライムを拘束する。
絡め取ったライムを力いっぱい引っ張ってお兄の眼前に移動させると、弾けるように広がったライムの《触手》スキルがお兄の槍を防ぎ止めた。
「っとぉ!」
出来ればそのまま捕まえたかったところだけど、そうなる前に迫る触手を弾き飛ばし、お兄は一旦距離を取る。
一度仕切り直そうっていう魂胆だろうけど、そうはさせない。
「ライム、《天獄薬》と《叫獄薬》ちょうだい!」
残り少ない強化薬を同時に使い、ステータスを強化。そして、腰から抜き放つはもはやお馴染みの解体包丁だ。
「《三枚卸し》!!」
ポーションの力で引き上げられたAGIを活かし、一気に懐に飛び込む。
これだけ加速すると、どうにも狙いが上手く定まらないものだけど、同じくポーションで引き上げられたDEXを活かしたアーツの補正があれば、適当に振っても急所――首に向かって飛んでいく。
「させるかよ、《硬化》!!」
けれど、確かに首筋に当たったはずの斬撃は、まるで固い金属に斬りかかったかのように弾かれ、全くダメージを与えられなかった。
これ、ライムが使ってるのと同じスキル! とんでもなくDEFが上昇するけど、代わりに効果時間中、動きが停止するはず。
なら、その隙に……!
「ライム、もう一回《麻痺ポーション》!」
私の指示を受けたライムがポーション瓶を吐き出し、お兄にぶつける。
これで攻撃し放題! かと思ったけど、流石にそう甘くはない。
「《リフレッシュ》!!」
麻痺状態になるや否や、お兄は即座に状態異常回復魔法を発動し、《硬化》による硬直もろとも無効化。再度攻撃しようと前のめりになっていた私に向け、槍を構えた。
「《トライデントスピア》!!」
眩いエフェクトを纏った槍が高速で突き出され、三つの軌跡を同時に描く。
至近距離から放たれた三か所同時の攻撃なんて、とても防ぎきれない。一発は私が解体包丁で受け、もう一発はライムが防いでくれたけど、残る一発が脇腹に突き刺さった。
「あぐっ!」
ダメージと同時に発生したノックバックで吹き飛ばされ、その衝撃で思わず声が漏れる。
ゲームだから痛みはないけど、地面を転がる中でぐるぐると回る視界が気持ち悪い。
慌てて体を起こすも、お兄は戦闘スタイルが守り寄りだからか、特に追撃しようとはせず、あくまで盾を構えてどっしりと待ちの姿勢に入っていた。
ふう、助かった。
「流石、逃げ足としぶとさはピカイチだな。今ので決められるかと思ったんだが」
「それ、褒めてるの? 貶してるの?」
「褒めてるに決まってるだろ? 長く生き残れるっていうのは大事だぜ」
何とも微妙な評価に顔を顰めてると、お兄は苦笑交じりにそう言ってくれた。
うーん、まあ、逃げ足はともかく、しぶとさっていう意味では壁役のお兄も似たようなものだしね、ここは素直に喜んでおこう。
「でも、これならどうだ?」
すると、お兄はまだ距離があるにも拘わらず、槍をぐっと引いて突きの体勢に入っ。
猛烈に嫌な予感に駆られた私は、更に距離を取ろうと後ろに跳んだものの……この場面でそれは悪手だった。
「行くぜ、《グングニル》!!」
放たれた槍の穂先から眩い光の柱が放たれ、安全のために開けた距離なんて関係ないとばかりに私へと迫る。
ちょっ、槍の遠距離攻撃アーツなんて聞いてないんですけど!?
「ライム!」
驚きながらも、頼れる相棒に指示を飛ばし、正面に触手の盾を作り上げる。
《鉄壁》と《硬化》、二つのスキルで極限まで引き上げられたDEFを誇るライムなら、これくらい――
と、そんなことを考えたからいけなかったのか。
お兄の放ったアーツはライムの守りを易々と貫き、私共々大ダメージを与えて来た。
「あうっ!?」
地面を転がりながらも、私の頭は信じられない思いでいっぱいだった。
まさか、ライムでも防ぎきれないアーツなんて! 防御寄りのお兄には、ラルバさんみたいに力づくでライムの守りをぶち抜く攻撃力があるわけないし、相手の防御を無視してダメージを与えるタイプの攻撃? それとも……。
「魔法攻撃……!?」
「正解! 《突撃槍》スキルの中でも、とりわけ使い勝手のいいアーツだ。愛用してる奴は多いから、覚えとけよ!」
近接職のスキルでも、上位のスキルを解放していけば、魔法属性を帯びたアーツが使えるようになるって聞いたことがある。しかも、魔法攻撃のくせにINTじゃなくてATKで威力が決定するとかいう便利な奴。
私の《カースドバインド》だって魔法攻撃扱いだから人のこと言えないけど、槍なのに遠距離まで届く魔法攻撃なんてずるい!
「ほら、どんどん行くぞ、《グングニル》!!」
「くっ……!?」
再び飛んできたアーツを横っ飛びに躱しながら、大慌てでライムにポーションを使って貰い、私とライムのHPを回復する。
ちょっとこれ、CT短くない? こんなに強いアーツなのに連射も効くなんて理不尽な。
距離を詰めても鉄壁の守りで弾き返され、距離を置いてもこのアーツでなぶり殺しにされる。絵面は地味かもしれないけど、その分隙がなくて対処法がほとんどない。
あるとすれば……。
「あれ行くよ、ライム。《アンカーズバインド》!!」
取り出した《蔓の鞭》の柄にライムが張り付き、たっぷりと《強酸》スキルを垂らした状態でお兄の腕に巻き付けることで、離れていても継続的にその効果を相手に及ばす、ラルバさん相手にも使った私達の新しい戦法。
防御無視の《強酸》スキルなら、お兄の鉄壁の守りを打ち崩せるはず!
「それはもう予選で見たぜ! 《エリアヒール》!!」
そんな私の目論見通り、お兄のHPが少しずつ減少を始めたところで、新たなアーツ……いや、魔法が発動した。
不可思議な光の紋様がお兄を中心に広がり、HPの減少が止まる。
これって、もしかして《神官》の《回復魔法》!? 一定範囲内にいる味方プレイヤーを、効果時間中回復させ続ける魔法!
「継続ダメージには継続回復ってな! もういっちょ、《グングニル》!」
「っ……!」
私の攻撃を封殺したと見るや、再び襲い来る光槍の乱打。
いくらCTが短いと言っても、数秒は存在するその空白で突っ込めなくはないけれど、これ以上距離を詰めたら躱すことすら出来なくなっちゃう。
うーん、ここに来て、一回戦で《氷獄薬》を使っちゃったのが効いて来たなぁ。あれさえあれば、ライムももう少しお兄の攻撃を耐えられるだろうし、やりようもあるんだけど。
「この状況で、私に活路があるとすれば……一つだけかな」
狙うは、お兄のMP切れ。ネスちゃんにやったのと同じだ。
《硬化》スキルだってMPを使うから、息切れさせることが出来れば解体包丁の一撃だって通るはず。アイテムをライムから供給して貰える都合上、持久力はこっちが上のはずだし、勝つ見込みがあるとしたらそこだけだ。
「ライム、《毒ポーション》! 《ペインアップ》、《マジックドレイン》! それから……《カースドバインド》!!」
右手に《蔓の鞭》を持ったまま、ライムに出して貰った《毒ポーション》をお兄目掛けて放り投げ、そのまま短杖を持って魔法を連発。そこから更に、武器を《ブルーテンタクルス》に持ち替えて、拘束と継続ダメージの効果を持つアーツを放つ。
拘束と言っても、ステータスで負けてたらその動きを封じ込めることは出来ないし、今回のメインは継続ダメージの方だ。これで、ライムの《強酸》や毒の状態異常と合わせれば、《エリアヒール》の回復量を越えてかなりのダメージを与えられる。
《ペインアップ》の効果と合わせれば、あっという間に倒すことも夢じゃない……とは思うけど。
「《リフレッシュ》!」
やっばり毒状態だけは、あっさりと解除された。《エリアヒール》の回復量を、《強酸》と《カースドバインド》の二つによる継続ダメージが僅かに越え、徐々にHPを減らすことに成功するものの、その速度は非常に遅い。《ペインアップ》の補助があってなお、だ。
でも、それでいい。お兄が《リフレッシュ》や《エリアヒール》のかけ直しを続ければ、《マジックドレイン》の効果も合わせてかなりの速度でMPが削れる。
後は“その時”が来るまで、私がひたすら耐えるだけ!
「《グングニル》!!」
お兄が放つ連続攻撃を、ひたすらに避ける、避けまくる。
《カースドバインド》の効果が切れ、CTが開ける度にかけ直し、泥沼の持久戦にもつれ込んでいく。
でも、流石にお兄も私と同じく、ひたすら耐えて機を伺うタイプなだけあって、持久戦の備えは万全だったみたい。
インベントリに頼らず、体を包む鎧やら手に持つ盾やら、色んな場所からポーションを取り出しては砕き、MPを回復させて対抗して来る。
お兄ほど色々と連発してるわけじゃないけど、私だって魔法やアーツを結構使ってる身。こうも粘られると、凌ぎきれるか不安になってきた。
「よっ、ほっ、とぉ……!」
それでも、私は粘る。粘って粘って粘り抜く。
ユリアちゃんやリッジ君みたいに華麗な回避なんて出来るわけもなく、目眩ましの魔法を放ったり、みっともなくその場に転がったり、それでも避けきれずに削られたHPをポーションで回復したり、泥臭く戦い続ける。
あまりにも消耗が激しすぎて、とてもこの試合に勝ったところで、続く準決勝を戦う余力なんて残りそうにないけど……それならそれで、構わない。
私は今日ここで、お兄に勝つ!
「……っ」
やがて、お兄が苦渋の表情を浮かべ、攻撃がピタリと止んだ。
あれだけアーツを連発したわけだし、いい加減MPも限界かな?
それは私もライムも同じで、MPの残量はかなり厳しいけど……元々燃費が良かった《触手》スキルなら使えるし、私もあと一回くらいならアーツを使える。
「今度こそ……! ライム、《麻痺ポーション》!」
再び出して貰ったポーションを、お兄に向かって投げつける。
盾職であまり動きの早くないお兄はまともにそれを喰らい、またも麻痺状態になった。
「くっ……!」
今までならすぐに回復させていたのに、その様子もない。
やっぱり、MPがもうないんだろう。
「貰ったよ、お兄!!」
すぐさま解体包丁を抜き、懐に飛び込む。
《リフレッシュ》だけは例外だけど、麻痺状態になったら他のどんな行動も取れない。
今アーツを急所に叩き込めば、それで勝負を決められる……!
「《リフレッシュ》!!」
その瞬間、お兄がそう叫び、麻痺状態から復帰した。
はっと顔を上げた私の前で槍を構えたお兄は、悪戯が成功した子供みたいな顔で、ニヤリと笑みを浮かべる。
「かかったなミオ、MP切れはフェイクだよ!! 《トライデントスピア》!!」
一瞬で迫る、三つの槍撃。
このまま受ければ、これまで必死に維持してきた私のHPだって、一瞬で消し飛んじゃう。
……でも。
「……だと思ったよ!」
「何!?」
何年お兄の妹やってると思ってるの? お兄の癖くらい、誰よりも知ってる。
私に悪戯するとき、にやけ笑いを誤魔化そうとして無理に苦しい表情を浮かべることも。
最後の最後に我慢できず、楽しそうに笑うことも。
そして……ギリギリでやり遂げるのが気持ちいいからって、後の保険なんて全く考えないことも。
要するに……これで、本当の本当にお兄の手は打ち止め!!
「《ユニオンドライブ》!!」
最後の切り札、テイマーとモンスターとのステータスを融合させるアーツを使い、ライムのステータスを私が受け取る。
ライムの持つ膨大なDEFが私に上乗せされたことで、お兄の放った必殺の三連撃を全て体で受け止めて尚、HPがほとんど削れなかった。
その上で、お兄の槍をがっちりと掴み、身動きが取れないようにする。
「《三枚卸し》!!」
「させるか!!」
槍の動きを封じながら放った私の渾身のアーツは、お兄が咄嗟に掲げた盾に弾かれる。
くう、流石お兄、しぶとい!
「さあ、ここからどうする? お前だって流石に今のでMPが尽きたんじゃないか?」
ギリギリのせめぎ合いの中、お兄がそう言って笑みを浮かべる。
確かに、私のMPは今のでもうすっからかん。アーツなんて使えないし、そんな状態でお兄の守りを突破できる攻撃なんて撃てるわけがない。
「ふふん、それはどうかな? ライム!」
そう、私にはね。
「なっ、そいつは今、《ユニオンドライブ》の効果でステータスが無くなってるはず……!?」
「ステータスがなくても、スキルは使えるんだよ! ライム、《強酸ポーション》!!」
驚きに目を見開くお兄目掛け、ライムがその体から数多のポーション瓶を投下する。
《収納》スキルの出し入れにはMPを消費しないし、このポーションの与える継続ダメージなら、お兄がどれだけ防御ステータスが高かろうと関係ない。
これで、今度こそ終わり!
「ま、だ、だぁぁぁ!!」
「っ!?」
でも、そんな私の確信を覆すように、お兄はその場で踏ん張るのをやめ、後ろへと倒れていく。
当然、反撃されないようにと槍を掴んでいた私の体もそれに引きずられ、お兄の上へと倒れ込んだ。
そう……ライムが投げた、《強酸ポーション》の射線上に。
「あ……」
まずい、と、咄嗟に躱そうとするも、転んだ状態から起き上がるなんて、ゲームの中でもそう素早くは出来ない。
ゆっくりと迫るその瓶を、私はどうすることも出来ず茫然と眺め……不意に、その視界に影が差した。
「ライム!?」
「――!!」
私を庇うように触手を伸ばしたライムが、自分で投げた《強酸ポーション》を代わりに被る。
防御無視の効果は、容赦なくその作成者であるライムにも牙を向き、その残り僅かなHPを削り落としてしまった。
パリン、と音を立て、ライムの体がポリゴン片となって霧散する。
「うおぉぉぉ!!」
「っ」
同時に、私にかかっていた《ユニオンドライブ》の効果も切れ、辛うじて抑え込んでいたお兄の体が跳ね上がる。
体勢が逆転し、背中から地面に叩き付けられたと実感する頃には、喉元へと槍の穂先が突きつけられていた。
「ふぅ、危なかったぜ……さあ、まだやるか?」
「……ううん、私の負け」
お兄の問いかけに、私は首を横に振ることで答える。
ライムが倒された時点で、僅かに残っていた攻撃手段も全部尽きた。
MPもないこの状態じゃ、仮にお兄が棒立ちだったとしても倒せやしない。
降参、と素直に口にして、私は敗北を受け入れた。
同時に、HPが尽きて死に戻っていたライムが私の元に戻って来る。
「はぁ……最後の最後に、お兄を倒してライムの強さを知らしめるつもりだったのに、ここまでかぁ……ごめんね、ライム」
がっくりと、私は仰向けになったまま溜息を溢す。
一回戦は、私達よりもネスちゃんの魔法の方が目立ってたし、二回戦は不戦勝。目標も達成できなかったし、なんとも微妙な結果だ。
「そうでもないぜ? ほら、見てみろよ」
「へ?」
胸元に抱いたライムを撫でて謝っていた私だったけど、お兄に促されて視線を動かす。
戦闘に夢中で全く気付いてなかったけど、今この瞬間、観客席は温かな拍手の音で満たされていた。
「いい試合だったぞー!」
「ミオちゃんお疲れー!」
「スライムを使った戦い、カッコよかったぞ!」
「最近何かと見直されてたけど、想像以上だったよ!」
口々に聞こえて来る、私とライムへの賛辞の声。
あの日、お兄に散々なことを言われて落ち込んでいた、か弱い役立たずのミニスライムは、もういない。
私の愛するモンスターは、立派に戦える相棒なんだって……これだけ大勢の人に認めて貰えた。
そう、心から実感出来た瞬間だった。
「良かったね、ライム」
「――!」
ライムと、自分自身に対してそう言うと、ライムもまた嬉しそうにぷるぷるとその体を揺らす。
グライセ大武闘会、8位。《魔物使い》ミオ&《メタルスライム》ライム
私とライムが共に戦った証を、その名と共に刻み込んで――
私の、今年最後のMWOは、こうして終わりを迎えた。