第19話 ミニスライムとフィールドボス
2018/9/8
ゴブリンが消えた時に移るヘイトの対象を、リッジ君から召喚者であるリン姉に変更しました。
「リン姉、これどうすれば!?」
これまで何度か戦闘はしてきたけど、どれも1対1の状況だけだったし、それ以上の経験なんて抵抗らしい抵抗もせず死に戻ったハウンドウルフとの1戦だけ。それにしたって1対3だ。いくら事前にこの情報を聞いて知っていても、どう動くのが最善かなんてゲーム素人の私には分からないから、素直にそれを知っていそうな人に指示を仰ぐ。
「ミオちゃんはキラと一緒にボスを抑えて。周りの掃討は私とリッジ君でやるわ」
「わ、分かった!」
リン姉の指示に、私はこくこくと頷きを返す。
まさかボスと戦う役割を任せられるとは思ってなかったけど、よく考えたら攻撃力皆無の私には、弱いとはいえスライムを掃討するなんて無理だし、だったらボスを抑えるお兄のサポートをするほうが理にかなってる。
「なるべく早く終わらすよ、待っててミオ姉!」
「それがいいわね。《召喚》! クレイゴーレム!!」
そんな私の不安混じりの声を聞いてか、リッジ君はそう言うなりスライムの群れに突っ込んでいき、リン姉は先ほどまでと違う、茶色の宝石から土で出来たゴーレムを生み出す。
早く終わらせてくれるのは嬉しいけど、リン姉はともかくリッジ君はそんなにゲーム慣れしてないんだし、あまり危ない橋を渡られるとそっちのほうが心配になるし、慌てて声をかけようとして……
「せいっ!!」
草むらから飛びかかったところを、剣の一振りで倒されるスライムを見て、それは思いとどまった。
しかも、それに驚いている間にリン姉のゴーレムがその太い腕を一振りすれば、巻き込まれたスライムが数体まとめて吹っ飛び、ポリゴン片を巻き散らして蹂躙され始める。
うん、分かってはいたけど、本当にミニサイズのスライムって弱いんだなぁ……安心して任せられるのはいいけど、これはこれでちょっと複雑……
「こっちも行くぞミオ!」
「うんー、分かってる~……」
微妙に落ち込んでいる私に構わず、小さくなったヒュージスライムに向かっていくお兄の背を見送り、私は《酸性ポーション》を手に構える。
私の役目は、一応お兄の回復役だけど、今は全然お兄のHPにも余裕があるし、一緒に攻撃したほうがいいと思う。
「おらぁ! 《ヘイトアクション》!!」
ゴブリンが消えたことで、召喚者であるリン姉に向いていたヒュージスライムのターゲットを、お兄が槍を突き刺しながら使ったアーツで強引に奪い取る。
その瞬間目掛け、私は手に持った《酸性ポーション》を投げつけた。
いくら小さくなったとはいえ、まだまだ乗用車1台分くらいは大きなヒュージスライム相手に、スキルの恩恵すらある私が外すわけもなく、吸い込まれるように飛んでいって。
「えぇ!?」
すんでのところで、なんと躱された。
しかもそれだけでなく、ヒュージスライムはその後も地面の上をまるでスーパーボールか何かのように跳ね周り、触手がないのも何のそのとばかりに連続でお兄に体当たりを仕掛け始めた。
いやいや、確かにあの巨体であれだけ速く動けてたんだから、縮めばもっと速くなるのもわかるけどさ、だからって速すぎるでしょ!?
「ミオ、無理すんな、今はコイツを抑えることに集中して、周りが片付いたら全員で叩くぞ!」
「う、うん」
お兄の言葉に頷きを返し、ひとまず距離を置いてできることがないか探してみる。
けど、いくら《投擲》スキルがあっても、高速で動き回るヒュージスライムに当てるのは至難を通り越して無駄弾にしかならないし、攻撃後の隙を突こうにも、ヒットアンドアウェイを繰り返すヒュージスライムは体当たりした後すぐに大きく距離を取っちゃうから、弓や魔法ならともかく、投げるだけしか出来ない私じゃ射程が足りない。かと言って、回り込んで逃げた先に待ち伏せしようとしても、あの激しい動きの間もちゃんと周りを見ているのか、私がいるほうには絶対に逃げて来ないからそれも無理。
普通のテイマーなら、自分でどうにもならなくてもモンスターに頼って何とかするんだろうけど、私でも追いきれないモンスター相手に、私よりも遅いライムがどうにか出来るわけもない。運よく貼りつけたとしても、あんなに激しく動いてる相手じゃ、あっという間に振り払われるのがオチだ。
後は精々、お兄の回復役に徹するくらい。とは言え、ヒュージスライムの攻撃は、速さは上がったけど威力は落ちてるし、周りから群がってくるミニグリーンスライム達も、攻撃を防ぐ傍らで器用に槍で迎撃してるから、さっきまでよりもやや手持無沙汰になってる。
「むぐぐ……悔しい」
ミニスライムだって、育てればちゃんと戦えるってところを見せようと思ってたけど、そもそものレベル差と相性の悪さ、そして攻撃手段の乏しさはどうしようもなくて、何も出来ない自分に歯噛みする。
やっぱり、ゲーム慣れしてるお兄でも使えないなんて烙印を押されたライムへの評価を、私みたいな初心者がひっくり返すなんて無理だったのかな……
「きゃ!?」
そんな余計なことに考えを巡らせていたのが悪かったのか、足元に忍び寄っていた1体のミニグリーンスライムの存在に気付かず、体当たりでひっくり返された。
グリーンスライムと違って、ミニサイズなだけにダメージは全くと言っていいほどないけど、それ以上に、ボスがいるのに無防備に転んでしまったのが痛い。
「ミオ!?」
それまで、一心不乱にお兄を攻め立てていたヒュージスライムが、いきなり私の方に向き直る。
隙だらけの私を狙い時だと思ったのか、それとも、ミニグリーンスライムが転ばせた相手を優先的に狙うようにプログラムされてるのかもしれないけど、今はそんなのどっちでもよかった。
ヒュージスライムはお兄の必死の妨害もなんのそのとばかりに突撃の体勢に入り、ぐぐっと力を込めるように体を縮め始める。もう、あと数秒もしないうちに攻撃が来るけど、今からじゃとても回避なんて間に合わない。
かと言って、私のレベルとスキルじゃ、あの突進を止める手段なんて何一つない。
《バインドウィップ》はATKの値に差があり過ぎる相手の動きは止められないし、《麻痺ポーション》も、お兄の口ぶりからして全く効かないわけじゃなさそうだったけど、ネスちゃんが「使えない」って一言で切り捨てるくらいだから、1つや2つ使ったところで動きを止めるなんて出来ないと思う。それに、仮にそれで麻痺したとしても、勢いの付いた攻撃はそのまま止まらず突っ込んでくる。
「ミオちゃん、私のゴーレムに《バインドウィップ》を!」
「えっ?」
「早く!」
今にも飛び出してきそうなヒュージスライムを前に、ライムを抱きしめて庇うくらいしか出来ることがなくて諦めかけていた私に向けて、声が響く。
それに釣られて振り向けば、そこにはリン姉の使役するクレイゴーレムが、私のほうに駆け寄ってきていた。
その距離はまだ数メートルはあって、どれだけ急いだところで、盾になって貰うよりもヒュージスライムに跳ね飛ばされるほうが早いけど、《バインドウィップ》ならギリギリ届きそうだ。
でも、今ここで《バインドウィップ》なんか使ったら、私に巻き込まれてゴーレムまで一緒に倒されるだけなんじゃ……
「《バインドウィップ》!!」
そうは思ったけど、他に何が出来るわけでもない。
だから、どうなるか分からないけど、とにかく私はリン姉を信じて咄嗟にアーツを発動し、ゴーレム目掛けて鞭を振る。
それと同時に、ついにヒュージスライムがその力を解放し、私に向けて一直線に飛び出してきた。
「防いで、グラ!」
システムのアシストを受けた鞭が、一直線にグラって呼ばれたゴーレムへ迫り、その体を縛る前に、リン姉の指示を受けて腕を盾に防御姿勢を取る。
その結果、鞭は体を縛り付けることは叶わず、代わりにその腕へと巻き付いた。
「よし、そのまま、投げて!」
「えっ!?」
そしてここまで来れば、リン姉が狙ってることも分かる。分かってしまう。
だからこそ、頬を引きつらせる私だったけど、ゴーレムにそんな私を慮る気持ちなんてあるわけもなく。
命令に忠実な土人形は、鞭が巻き付いたままの腕を全力で振り回し、それを握ったままの私を投げ飛ばした。
「ひあぁぁぁぁ!?」
ズシャァァァァ!! っと、私が離れた地面をヒュージスライムが抉り取っていく音を聞きながら、私はゴーレムのグラに振り回される形で強引に危険域を脱出する。
ていうか怖っ!? それほど速いわけじゃないんだけど、ジェットコースターなんて目じゃないくらい怖い!!
そもそも私、筋力は大したことないんだから、こんな強引に振り回されたら耐えられるわけ……!
「あっ」
と、そんなことを考えていたら、案の定というべきか、ライムが飛んでいかないように抱えていたせいで片手でしか掴んでいなかった鞭がすっぽ抜けて、私は空高く宙を舞った。
「あぁぁぁぁぁ!!?」
死ぬ、死んじゃうぅ!? これヒュージスライムの体当たりは躱せたけど、このままじゃ結局落下ダメージで絶対死んじゃうよこれ!! リン姉のバカーー!!
なんて恨みつらみを頭の中で繰り返しつつ、ぐるぐると回る視界の中でひたすら悲鳴を上げ続ける。
「むぐっ!?」
「ミオ姉、大丈夫!?」
そんな、一瞬の時間が永遠にも感じる恐怖体験も、最後は地面とは別の何かに受け止められる形で唐突に終わりを迎える。
急に止められたせいか、未だに回り続けてる気がする視界のせいで状況はよく分からないけど、聞こえた声は間違えようもない。
「リッジ君! ありが……」
私は空中で受け止められてたみたいで、リッジ君は器用に体勢を整えて、地面に降り立つ。
その頃には、突然の空中遊泳でパニックになっていた頭も冷えて、自分の状態を顧みる余裕も取り戻せたから、一瞬遅れてそれに気づいた。
「ミオ姉? どうしたの?」
「いやその、リッジ君、手……」
「手?」
お礼を言いかけて、突然言いよどんだ私の様子に首を傾げるリッジ君に、私は顔が赤くなってるのを自覚しつつ、そうなった元凶を指差す。
私は今、リッジ君に所謂お姫様抱っこをされてて、それ自体も大概恥ずかしいんだけど、問題はその手の位置にある。
私の背中を支えてるほうのリッジ君の手が脇の下から伸びて、リアルにはない、けれど今の私にはある大きな胸を、思いっきり掴んでいた。
「わっ、わわっ!? ご、ごめん!!」
いや、うん。リアルじゃ絶壁すぎて、からかわれることはあっても触られることはなかったし、そもそも揉むこと自体物理的に無理だったけど、実際にこうして大胆に掴まれると結構恥ずかしいなぁ。
ただ、今はそんなことどうでもいい。いやほんとに。
「ちょっ!? 今離さないでよ、落ちるでしょー!?」
お姫様抱っこされた状態で咄嗟に手を離されたせいで、当たり前だけどそっち側に落っこちそうになる。
危うく頭から地面にキスするところだったけど、それは辛うじて、後からやってきたリン姉に受け止められる形で事なきを得た。
「おっと。もう、2人とも、何してるの。まだボス戦の途中よ?」
「ご、ごめん、リンさん! すぐ戻るから!」
リン姉のお小言に、リッジ君はすぐに頭を下げるけど、私はそれどころじゃなく。具体的には、受け止めてくれたリン姉の胸に頭をダイブするハメになってた。
うん、何これ、リン姉のってリアルそのままのサイズだよね? なんで盛った私より大きいの? こんなのもう凶器だよ、銃刀法違反だよ、差し押さえだよ!!
……うん、ダメだダメだ、そんなのとっくの昔から分かってたことなんだから、一旦落ち着こう私、うん、大丈夫。すーはーすーはー。よし、落ち着いた。
「ミオちゃん、どうしたの? 大丈夫?」
「大丈夫、ちょっと精神統一してただけだから」
「そう? じゃあ、はい、これ」
「あっ、ありがとう、リン姉」
リン姉から離れて地面に降り立ったところで、グラに持っていかれてた《蔓の鞭》が返ってきた。
それでようやく、周りの状況を落ち着いて見られる状態になったけど、あれだけ居たミニグリーンスライムは1匹残らずいなくなっていて、残るは未だに高速で跳ねまわるヒュージスライムだけになっていた。
リン姉もリッジ君も倒すの早すぎない? それともこれが普通? ……ネスちゃんが一人で倒せたって話だったし、普通なんだよねきっと。うん……
ともあれそのヒュージスライムも、一度攻撃して逃げられた私に固執するとかそんな様子もなく、ひたすらお兄を狙って高速体当たりによるヒットアンドアウェイを続けていた。
追撃されてたら危なかった、と今更ながら思い至って背筋に冷たいものを感じつつ、とりあえずさっきみたいに転んだりして隙を見せなければ大丈夫そうだと判断して、私は改めてリン姉に向き直る。
「リン姉、ここからのことなんだけど」
「ここから先は、ヒュージスライムが攻撃して逃げた直後を魔法か弓で狙うのが基本ね。私達は近接攻撃しか出来ないから、キラがやってるみたいにタイミングを合わせてカウンターするか、それとも……」
「ううん、そうじゃなくて」
多分、定番であろう攻略法を教えてくれるリン姉だけど、ここは敢えてそれを遮る。
まだ数日とはいえ、せっかくライムを育てて、出来る限り準備してこの戦闘に臨んだのに、結局アイテムを配るくらいしかやることがなくて、最後はそれすらお役御免になって、挙句一番後ろに居たのに油断してピンチになって助けられて、このままじゃ私、ただの寄生プレイだけで終わっちゃう。そんなのは嫌だ。
「ヒュージスライムの動きは、私とライムが止める!」
私の言葉に、リン姉もリッジ君も目を丸くする。
まあ、それはそうなると思う。私のレベルはこのパーティで最低だし、ちょっと小突かれた程度でHPが全損しかねないのにどうやって動きを止めるんだって話だし、私もついさっきまでなら同じことを思ったに違いない。
でもさっきの攻防で、私にも1つ、ヒュージスライムに一泡吹かせる方法が思いついた。
実際には可能性だけで、上手くいくか、そもそも出来ることなのかすら分からない。仮に出来たとしても、私みたいな素人のアイデアなんて、リン姉やお兄みたいにゲーム慣れした人からすれば、非効率極まりない愚策でしかなくて、もっとスマートな方法がいくつもあるのかもしれない。
それでも、仮令そうだったとしても。私とライムだって、役に立つってところを証明したい。
「だからお願い、2人とも、力貸して!」
だからこそ、そう必死にお願いして、私は思いついた作戦を説明する。
それを聞いた2人は、片や更なる驚きに目を見開いて、片や心配そうに私を見て、それぞれ了承してくれた。
「キラ、次の攻撃は回避なし、真正面から受け止めて!」
「そろそろHPがキツイから、一発だけだぞ! 《ガードアップ》!!」
リン姉からの指示を聞いて、お兄が一時的にDEFをアップする《盾》スキルのアーツを使いながら防御の構えを取る。
そんなお兄の動きもお構いなしに突進するヒュージスライムだったけど、ただでさえ攻撃力が減っている中で防御を固めたお兄の守りを崩すことなんて出来ずに、僅かばかりのHPを奪い取っただけで終わる。
「《ソニックエッジ》!!」
そんなヒュージスライム目掛け、リッジ君がアーツを繰り出すけど、その発動位置は少し距離があった。
元の、巨大すぎたヒュージスライムが相手だったならこれでも十分に当てられただろうけど、今の高速移動する一回り小さめなヒュージスライムには到底当たらない一撃だ。当然、それを見たヒュージスライムは、すぐに回避行動代わりに大きく距離を取ろうとする。
「《召喚》!!」
そこへ、リン姉が再び得意の召喚魔法を使って、予め地面に設置してあった宝石から次々とゴブリンやゴーレムを召喚し、ヒュージスライムを正面から半包囲していく。
とんでもない数だけど、今のリン姉はそれを操って攻撃させるほどのMPはないらしくて、完全に見た目だけのハリボテチームだ。
でも、そんなこと分かるはずもないヒュージスライムは、その包囲の穴……プレイヤーも召喚モンスターもいない唯一の空白地帯目指して、ひとっ跳びに後退する。
そう、ちょうど、私の目の前に。
「《バインドウィップ》!!」
十分に射程内に納めたヒュージスライム目掛け、お馴染みの拘束アーツを発動し、その体を縛り上げる。
ヒュージスライムにとってもこれは予想外だったのか、ぷるんぷるんっと、困惑したようにその体を揺らした。
どうしてプレイヤーの位置取りを把握して退避場所を選ぶはずのヒュージスライムが、私に向かって跳んできたかと言えば、それは私の《隠蔽》スキルの賜物だ。
さっき、体の色が草むらと被って保護色になってて、全く接近に気付けなかったミニグリーンスライムを見て、私でも出来るんじゃないかなーと思って伏せて待ち構えてみたんだけど、まさかここまで上手く行くとは思ってなかった。
成功率を上げるために、わざと大振りの一撃を繰り出してくれたリッジ君と、MPを振り絞って退避先を限定してくれたリン姉には感謝だよ。
あと、ずっと気を引いてくれてたお兄もね。一応。
「わひゃあ!?」
と、そこで、私を振り払おうとでもしたのか、ヒュージスライムがいきなり何もない場所を目掛け跳び出した。
さっきも言った通り、《バインドウィップ》はATKの値に差があり過ぎると、拘束しても動きを止める効果はなく、むしろ振り回される。当然、10レベルにもなってない私のATKが、ヒュージスライムにある程度でも拮抗してるわけがないから、このアーツじゃ到底ヒュージスライムの動きを止めることなんて出来ない。
でも、それは最初から分かってたことだ。
「よいっ、しょ! ライム、出番だよ、《麻痺ポーション》、ありったけぶちまけちゃって!!」
ヒュージスライムが足を止める一瞬前に鞭を捻って空中で位置を調整し、無理矢理私の体をヒュージスライムの体に不時着させ、そのまましがみ付く。
そうした状態で、私の胸元に半身を埋める形で張り付いていたライムが顔を覗かせ、その口(?)から《麻痺ポーション》を次々吐き出していった。
そう、最初から私の狙いは、《麻痺ポーション》によってヒュージスライムを麻痺状態に陥れること、ただその一点だ。
《投擲》スキルじゃ射程もスピードも足りないから、動き回るヒュージスライムに当てられない。
ただ潜んで、近くに来たところへ投げつけたところで、元々麻痺耐性の強いヒュージスライム相手じゃ、1つや2つぶつけたくらいじゃ麻痺状態にはなってくれない。
だからこそ、こうして《バインドウィップ》を使って強引に体にしがみついて、ゼロ距離でぶつけ続ける必要があった。
けれど私のATK値じゃ、張り付いたとしても両手でしっかり体を固定しなきゃすぐに振り落とされちゃうし、一々片手を動かしてメニューを操作してアイテムを取り出すなんて真似できるわけもない。
でも、ライムがいればその問題も一発解決だ。持っておける種類が少ないとはいえ、その1つ1つを見るのならインベントリと変わらない保有量を持つライムの《収納》スキルもあって、両手が塞がったままな私に代わり、あるだけ全部の《麻痺ポーション》を使い続けてくれる。
私が真っ当な《魔物使い》としてレベルを上げてれば、到底実行できなかった。ライムを使役し、ライムと一緒に戦うためにスキルを取ったからこそ、今のこの作戦がある。
「絶対、負けないから!!」
そんな気合を入れて一層しがみ付く力を入れる私だけど、ヒュージスライムも今自分に何を使われてるのか分かるのか、死に物狂いで暴れ回ってる。
右へ左へ、前へ後ろへ、時に真上へと跳び回るヒュージスライムだけど、今までほとんど何も出来なかった分、ヒュージスライムの動きはずっと観察出来た。だから、この子の動きの癖くらいは、私にだってちゃんと分かる。ヒュージスライムが跳ぼうとする方向を予測して、それに合わせて位置取りを変えるくらいはわけない。
そうして、私を振り落とそうとするヒュージスライムと必死の攻防を続ける間にも、ライムはポーションを吐き出し続ける。
1つ、2つ、3つ、4つ、5つ、6つ、7つ、8つ、9つ……
「ミオ、危ねえ!!」
「えっ」
そろそろ、使った個数が15に届こうかというところで、それまで何をしようとしているのかの事前説明もないままに静観してくれていたお兄から、突然注意喚起の声が聞こえてくる。
それと同時、嫌な予感を覚えた私だったけど、もう遅かった。
「きゃあああああ!?」
ヒュージスライムが、いきなりその場で高速スピンをし始めた。
ある程度の距離を跳躍する分には、飛んでる最中に位置を戻したりして対応出来たけど、延々と遠心力をかけられ続けたら耐えられない。しがみ付いていた手が離れ、間が悪くアーツの持続時間も終了したせいで、私は空中へ投げ出される。
「ミオ姉!!」
「来ないで、リッジ君はちゃんと前見て!!」
2度目の飛翔ということで慣れたのか、私を助けるために駆け寄ろうとするリッジ君にそう言いながら、私はライムの体を腕で抱えて振りかぶる。
「てやーーー!!」
そして、私を振り落としたと油断して動きを止めたヒュージスライム目掛け、思い切り投げつけた。
そのまま、受け止めてくれる人もいない私の体は地面を転がって、HPがゴリッ! と削れてレッドゾーンに突入したけど、なんとか死ぬ一歩手前でギリギリ耐える。
一方で、ライムの小さな体は《投擲》スキルの恩恵もあって、空中という不安定すぎる姿勢から放たれたとは思えないほど綺麗な放物線を描き、ヒュージスライムの巨体にぽよんっと乗っかる。
そこで、ライムは迷いなく最後の《麻痺ポーション》を投下し、中身の黄色の液体をぶちまけた。
「……やったっ!!」
それを浴び、ヒュージスライムのその巨体が、ついに麻痺状態に陥る。
びくびくと体を痙攣させ、一歩も動かないその姿は無防備そのもので、今なら攻撃し放題なのは素人目にも明らかだ。
「よし、今だ、行くぞぉ!! 《スピアチャージ》!!」
「《ユニオンアタック》!!」
「くっ……《トライデントスラッシュ》!!」
その隙を逃さず、お兄達の一斉攻撃がヒュージスライムへと突き刺さる。
お兄の槍がその体を抉り、リン姉のゴーレムとゴブリン達の、息を合わせた一斉攻撃で畳みかけ、トドメとばかりに繰り出されたリッジ君の三連撃が、その体に三角形を描く。
元々残り僅かだったHPを削り取り、それの残量を表示する緑色のバーが黒一色に染まり――
――それでも、ヒュージスライムは倒れなかった。
「なっ、なんで!?」
「げぇ、ミリ残りかよ!!」
驚きの声を上げるリッジ君の疑問に答える形で、お兄が表情を歪めながら叫ぶ。
ミリ残り。ようするに、HPが限界まで減って、もうHPバーにも残らないくらい少なくはなったけど、0にはなってない状態。仮令残りHPが1だったとしても、0じゃなければ倒したことにはならない。そんな、ダメージの乱数に嫌われて稀に起こる悲劇。
しかも、今は吹き飛ばされて距離が離れた私を除き、全員がアーツを使った直後で、次の攻撃に移るまでは時間がかかり、一方のヒュージスライムは、早くも麻痺状態から回復してしまった。
このままだと誰かが反撃を受けて、最悪死に戻ってしまうかもしれない。
だからこそ……最後のひと押しが出来るのなら、それは迷いなく実行するべきだよね。
「ライムっ」
この場においてたった1体。自由に動け、かつヒュージスライムを攻撃可能な位置にいる相棒に向けて、私は指示を出す。
「《酸液》!!」
このゲーム最弱モンスターによる、最弱の攻撃。
それが最後のひと押しとなり、ついにヒュージスライムのHPバーは、完全に砕け散った。
次話で第一章は完結です。




