第186話 プレゼントと竜也の想い
竜君と一緒にやって来たのは、普段あまり足を運ぶことのない、ちょっと小洒落たレストラン。
ファミレス以上高級店未満な落ち着いた雰囲気のそのお店は、学生のお小遣いでも多少背伸びすれば来れるほどほどのお値段設定だ。
とはいえ、やっぱり子供だけで来るには高いことに変わりないから、割り勘にしようと提案したんだけど、「大丈夫だから」と突っぱねられてしまった。
事前に予約までしてあったみたいだし、相当気合入ってるなぁ。デートの下見かな?
「澪姉、好きなの頼んでいいよ」
「うーん、じゃあカルボナーラで」
即決。
竜君の財布に出来るだけダメージを与えないで済む安い物で、それでいてせっかくこんなお店に来たんだから、普段あまり食べない物を……というチョイスだと、真っ先に目についたのがこれだった。
そんな私の考えを見透かしていたのか、やや苦笑を浮かべた竜君は、ミートスパとコーンスープを注文する。
ややあって、無事に届いた料理を前に手を合わせながら、二人雑談を交わしつつ口に運んでいく。
「んーっ、美味しい! やっぱりちゃんとしたお店のは違うねー、うちで作ると大体手抜き料理になるし」
「ははは、喜んで貰えて良かった。まあ、僕は澪姉の料理も好きだけど」
「ふふ、ありがとう竜君。あ、せっかくだから一口交換しない?」
「うん、いいよ」
「よし、それじゃあはい、あーん」
「えっ」
くるくるとフォークで巻いたカルボナーラを、竜君の口へ近付ける。
それを見て、竜君は一瞬何事か口にしようとしたけれど、結局それを口にすることはなく、代わりに意を決したように口を開けた。
「あ、あー……」
赤くなりながら、必死な様子で突き出される口は震えていて、まるで生まれたての子犬みたい。可愛いなぁ。
そんな、口に出したら怒られそうなことを考えながら優しく中に入れてあげると、パクリと閉じた。
「ん……美味しい、ね」
「でしょ? こういうの食べると、私ももう少し料理覚えようかなって気になるよねー」
お兄の舌は当てにならないけど、竜君はちゃんと美味しいって言ってくれるし。あ、友里ちゃんに食べて貰うのもいいかなぁ。
そんなことを考えてニコニコしていると、今度は竜君が自分のミートスパをフォークに巻き付け、差し出して来た。
「ぼ、僕だけじゃ不公平だから……澪姉も」
「ありがと。じゃあ、遠慮なく、あー……んっ」
差し出されたそれをパクリと食べると、途端に広がるミートソースの刺激的な味。
うーん、これまた美味しいなぁ。あまり頻繁には来れないけど、偶にはこういうところで食べるのもいいね。
「ど、どう?」
「うん、美味しい」
だから、竜君の問い掛けに素直に答えると、嬉しそうな笑みが返って来た。
たとえ自分が作ったわけじゃなくても、こうやって食べて貰った後に美味しいって言って貰えると嬉しいからね。その気持ち分かるよ。
その後も、私達はお互いに食べさせあったり、MWOのことや、学校のこと、時間を忘れて色んな会話に花を咲かせた。
やがて全部食べ終えて、そろそろ学生が出歩くには遅い時間に差し掛かってきたところで、お店を後にする。
今日は家に泊まっていかないかって竜君に提案したんだけど、あまり迷惑はかけられないからと断られてしまった。
別に、迷惑なんてないんだけどなぁ。
「……澪姉、今日はありがとね」
「うん? どうしたの急に改まって」
そんなこんなで、駅に向かって歩く帰り道。
突然、神妙な顔でお礼を口にする竜君に、私は首を傾げる。
それほど長い時間じゃなかったとはいえ、竜君と一緒に過ごす時間は私にとっても楽しいものだったし、誘ってくれたのは竜君なんだから、ここは私の方からお礼を言うべきだと思うんだけど。
それを伝えても、竜君は「それでも」と笑みを浮かべる。
「澪姉と一緒に過ごせて楽しかったから。だから、ありがとう」
「あはは、どういたしまして」
こうも真っ直ぐお礼を言われると、なんだか照れちゃうな。
そんな内心を誤魔化すように頬を掻いていると、竜君は「あの、澪姉」と私に向き直った。
「これ、僕からのクリスマスプレゼント。澪姉にあげる」
「へ? 私に?」
こくりと頷く竜君から手渡された、小さな紙袋。
中を開けてみると、そこに入っていたのは綺麗な勾玉のネックレス。
さっき、アクセサリーショップでライムみたいだと気になっていた一品だった。
「澪姉がじっと見てたから、欲しいのかなって思って……えっと、あ、合ってたかな?」
「うん! ありがとう竜君、すっごく嬉しい!」
えへへ、と笑う私に、竜君は顔を赤くしてそっぽを向く。
早速着けてみようかと弄っていると、「ま、待って!」と竜君から制止の声がかかった。
「僕が着けてあげるよ。さっきやって貰ったし」
「そう? じゃあお願いね」
ネックレスを渡すと、竜君はそれを恭しく私の首に掛けてくれる。
竜君の赤くなった顔が間近に迫り、ガチガチに緊張しているのがすぐに分かった。
そんなになるなら無理しなくても、とは思うけど、同時に絶対にやり遂げるという竜君の意思が伝わってきて、それを口にするのは憚られた。
「……澪姉」
やがて、カチリと嵌まる音がして、ネックレスが首にかかる。
でも、なぜか竜君はそのまま離れることなく、肩に手を置いたまま私を見上げていた。
「僕がこの街から引っ越す時、さ。僕が言ったこと覚えてる?」
「うん。確か、私を守れる立派な男になる……だっけ?」
古い記憶を引っ張り出しながらその台詞を口にすると、竜君はこくりと頷く。
あの頃の竜君は、今と比べてずっと泣き虫で、甘えん坊で、いつも私の後ろをついて回っていた。
そんな竜君が、今や剣道で中学一年生としてはかなりの腕前の持ち主で、MWOでもイベント本戦に危なげなく勝ち進むくらい強い子になってると思うと、中々感慨深い。
「あの頃より、僕はずっと強くなれた。これからもずっと……僕は、澪姉を守れる男でありたい」
「あはは、ありがとう竜君。でも、そういう台詞はちゃんと好きな子に言わないと……」
「言ってるよ。だから今日、澪姉のこと誘ったんだ」
「へ?」
思わぬ台詞に、私はきょとんと目を丸くする。
そんな私に構わず、竜君は私の肩を一際強く握って……。
「澪姉、好きだ」
気付けば、お互いの顔の距離がゼロになっていた。
…………え?
えっ? えぇぇぇーーー!?
「僕、今よりももっともっと強くなるから。ひとまず、来週のイベント本戦、絶対優勝する。見ててね」
竜君が何やら言っている気がするけど、私は頭の中がパニックになっていて何も認識出来ない。
いや、え? 今私、何されて、竜君、何したの!?
「それじゃあ、また」
それだけ言って、竜君は駅の構内に駆け込んでいく。
そんな後ろ姿を呆然と見つめながら、私は未だに熱を帯びた自分の唇にそっと触れるのだった。